見るの面倒くさいよ、という人も34、35、36、38、48、50話に加筆修正をしたので、今話を読む前に読んでいただきたいです…!本当に頑張ったので…!
パーティ会場は落ち着きを取り戻していた。
会場に残ったのは、アスラ王国に古くから仕える上級貴族のみ。
アリエルが次代の王となることは決まった。それならば、最後までこの顛末を見届ける。そんな考えから、彼らはアルブレヒトたちが去ってなお逃げ出さず、会場に残り続けた。
また、水神を倒し、その力を見せつけたアルブレヒトがいたこともある。貴族たちにはアルブレヒトがアリエルの配下に見えていた。
七大列強が協力していることは既にわかっていたが、水神をいとも簡単に打倒できるほどとは思ってはいなかった。
逆らえば、次はあの力が自分たちに向けられる。その恐れからも、上級貴族たちはアリエルのもとに足を止めていた。
そして、ルークはただ、圧倒されていた。
アリエルの命の危機でも何もすることができず、ただ立っていた自分とは違う。
アルブレヒトは血を流し、命を危険に晒してまで守るべきを守った。
あれが騎士。自分の目指すべき姿。
あまりにも遠い。どれほどの鍛錬を積めば、どれほどの戦場をくぐり抜ければ、あの境地に到れるのか。
ルークがそう考えていると、突然、一人の貴族が動いた。
その人物は素早くアリエルの前へと移動し、恭しく跪いた。
「アリエル様!」
ピレモン・ノトス・グレイラット。ルークの父である。
彼は媚びた笑みを貼り付けて、周りに誇示するかのように声を張り上げた。
「おめでとうございます!このピレモン、この日をどれだけ待ちわびたことか!」
ピレモンはさも嬉しそうにアリエルを見上げた。
「グラーヴェル派を油断させるべく、寝返ったふりをして機を伺っておりましたが、いやはや、私が何かをする必要などございませんでしたな。さすがはアリエル様。異国の地で十分すぎるほどに成長なされたようだ!」
聞こえの良い言葉を並び立て、アリエルに擦り寄るピレモン。その姿に顔をしかめる貴族もいた。彼らは知っている。ピレモンがグラーヴェルに取り入るため、アリエルを狙う刺客に兵を送ったことを。
それは、単に寝返ったというだけではない。かつて仕えていた主を、自らの保身のために殺そうとしたのだ。
その事実を知る者たちにとって、目の前の男の言葉はあまりにも見苦しいものだった。
「ピレモン様……」
アリエルが口を開きかける。
だが、ピレモンはそれを制するように、さらに言葉を重ねた。
「いえいえ、アリエル様、みなまで言う必要はありません。私も味方の少ないなか、他人に後ろ指を指されるような立ち回りをしました。しかしながら、全てはアリエル様を思ってのこと。こうなれば、あとは以前に戻れましょう。私がアリエル様の後ろ盾となり――」
アリエルは、最後まで聞かなかった。
「ピレモン・ノトス・グレイラット!」
その一喝は、ピレモンの声をかき消すほどだった。
咄嗟に口を閉ざしたピレモンを、アリエルは冷ややかに見下ろす。
「家の事情もありましょう。立場の事情もありましょう。寝返ったことに関しては、私が弱かったことにも理由がありましょう」
静かな声だった。
だが、その言葉には明確な怒りが込められていた。
「しかし、寝返ったのならば、最後まで矜持を持ちなさい!」
アリエルが一歩、前へ出る。
「敗者となった後に、もう一度元の鞘に収まろうなど、恥を知りなさい!」
「あ……う……」
ピレモンは目を白黒とさせ、口を開いたまま固まった。
やがて、絞り出すように言う。
「も、申し訳、ございません……」
周囲の貴族たちから、失笑が漏れた。
ピレモンは顔を真っ赤にして俯く。
しかし、アリエルの怒りは収まらなかった。
「寝返っただけならば、家を存続させるために仕方がなかったと思うところもありました」
アリエルは、あくまで冷静に言葉を続ける。
「ルークに家督を譲り、領地に隠居するのであれば、それ以上の追及をするつもりはありませんでした。あなたがしたことの責任を、家そのものにまで負わせる必要はないと考えていたからです」
そこで、わずかに声が低くなった。
「ですが、寝返ったうえで、なお裏切った相手に擦り寄るなど……!」
その目に、怒りが宿る。
「恥知らずにもほどがあります。あなたは、自分が誰に仕え、何を裏切ったのかすら理解していないのですか!」
ピレモンの顔から、血の気が引いていく。
「そのような者を、王国に置いておくわけにはいきません!死んで詫びなさい!」
ルークはその言葉を聞いて、ぎゅっと口を結んだ。
これは茶番だ。
アリエルはこうなることを予測していた。ピレモンは、情勢が覆ればまた容易に立場を翻し、こちらにすり寄ってくると。もしピレモンが大人しくしていたなら、処刑までとはいかなかったかもしれないが、もうすべてが遅い。
「ルーク、剣を貸しなさい!せめて、私が直々に引導を渡しましょう!」
その言葉を聞き、ピレモンは本格的に怯えた顔でルークをみた。
助けを求めるような目。なんとかしてくれ、と縋る目。
その目を受けてルークは、迷った。
■
俺の父は、卑怯で小心者で、愚鈍だ。
最初からそうだった、というわけではないと思う。長い間兄弟と比べられ、祖父と比べられ、領地を統べることもままならず、家臣にすら陰口を叩かれ。その蓄積が、父を歪めてしまったのだろう。
父は弱い。
だからといって父のやったことを正当化するつもりはないが、どうしても彼は弱いのだ。弱いから、容易く揺らぎ、甘言に乗り、裏切る。
自分にはそのことを責める権利はない。ヒトガミの言葉に惑わされ、仲間を疑い、間違いを犯しかけた自分には。
父は弱い。そして、俺も弱かった。
父の顔を見るのは、八年ぶりだった。
八年ぶりに会った父は、記憶にあるよりもずっと老けていて、小さく見えた。
「る、ルーク……」
震え、怯え、助けを求めてこちらを見つめてくる。
きっと、これは俺のあったかもしれない未来だ。
疑念に惑わされ、アリエル様を守ることをおろそかにし、決定的な間違いをした俺。
俺にはアルブレヒト殿やアリエル様がいたから、致命的な分岐点の直前で立ち戻れた。だが、父のそばには誰もいなかった。それでも父は一人で必死に考え、家を守るために決死の覚悟で選択したのだろう。
俺も同じだ。ただ、周りに恵まれただけ。
父を見捨てることは正しいのだろう。
俺はアリエル様の騎士だ。アリエル様が処刑する、というのならば止める権利はない。
だが、だが、それでも迷う。そして、ある言葉を思い出した。
『迷ったなら、考えろ。自分が何を守りたいのか、誰のために剣を握るのか』
アルブレヒト殿の言葉。そのおかげで、自分はアリエル様の騎士であると覚悟を決めることができた。
迷ったなら、考える。
自分が、何を守りたいのか。
誰のために、剣を握るのか。
決まっている。アリエル様のためだ。
だが…
「…………」
父を見る。
怯えきっていて、なんとか迫りくる死から逃れようとするみっともない姿。
でも、それでも。
父に守られたことも、あったのだ。
卑屈で、卑怯で、姑息で、無能でも、俺を守って、育ててくれたのだ。
俺は……俺は、父を―――
「――アリエル様」
「なんですか、ルーク」
「父を、許してくださらないでしょうか」
アリエル様がこちらを向く。
その目は冷ややかだ。
王としての目。裏切った者を断罪する、王として当然の責務を果たそうとしている。
「……それはできません」
「ギレーヌの件で?」
「いいえ、寝返りを許すわけにはいかないからです」
当然だ。父はアリエル様を裏切り、あろうことか兵まで刺客として送り込んだ。到底許されることではない。
父は、死ぬべきだ。
それでも。それでも、俺は嫌だった。
自分を守ってくれた父を仕方ないからと見殺しにして、そのままのうのうと生き続けるのは騎士ではないと思った。
アリエル様の騎士としては失格かもしれない。今でも父を守ることに迷っている。本当に今していることは正しいのか。俺が今していることはただのわがままなのではないか。
でも、それでも。父を守りたい。
その気持ちに嘘はなかった。その決意は偽りではなかった。
「……それでも、どうか。父の命を助けていただけないでしょうか」
「できません」
アリエル様は揺らがない。俺とは違う、確固たる姿だ。
彼女はきっと、これからも揺れないのだろう。
純然たる誇りと、間違いのない決断を持って、王として君臨し続けるのだろう。
正しい。正しすぎるくらいに、正しい。
だが、その正しさによって父は死のうとしている。因果応報、当然のことと言えばそうだ。
それでも、それでも俺は諦めたくなかった。ここで父を見捨てては、自分が自分でなくなるような気がしていた。騎士ではなくなるような気がしていた。
「アリエル様―――」
再び口を開こうとした、その時だった。
「何があった」
聞き覚えのある声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
「アルブレヒト殿……」
振り返ると、アルブレヒト殿たちが会場へ戻ってきていた。
先ほどまで水神と刃を交え、命を懸けて戦っていた男。鎧には戦いの痕跡が残り、その姿を見るだけで、つい先ほどまでの激闘が脳裏に蘇る。
そんな彼が、何事もなかったかのようにこちらへ歩いてくる。
アリエル様は一瞬だけそちらに目を向けると、再び父へ視線を戻した。
「私を裏切ったピレモンを処刑するところです。お目汚しになるかもしれませんが、ご容赦ください」
「それだけではないだろう。ルークの様子が変だ」
アルブレヒト殿はそう言って、俺に目を向けた。
まるで、俺の胸中を見透かそうとするかのように。
「………私が、アリエル様に父の助命を嘆願したのです」
「なるほど」
アルブレヒト殿は、それだけ言って頷いた。
責めるでもなく、呆れるでもなく。ただ、俺の言葉を受け止めていた。
そして、静かに口を開く。
「ルーク。お前は騎士だな?」
「はい」
「…騎士として、守りたいと思ったのか?」
「はい」
迷いはなかった。父を助けたい。
その願いが騎士として正しいのか、今でもわからない。
アリエル様を裏切った父を庇うことは、主への忠誠に反する行為なのかもしれない。
それでも、守りたいと思った。
その気持ちだけは、偽りではなかった。
「………そうか」
アルブレヒト殿は短く答えると、少しだけ考え込んだ。
兜に隠れたその横顔からは、何を考えているのか読み取れない。
やがて、彼はアリエル様へ視線を向けた。
「先ほど、サウロスを亡き者にしたのは自分だとダリウスが言っていた。ピレモンは利用されたに過ぎないのだろう」
「……ダリウスはどうなりました?」
「殺した」
「そうですか……」
俺は思わず息を呑んだ。
あの男は、もういない。
サウロスを死に追いやり、アリエル様の命を狙い、王国を混乱に陥れた男。その男が裁かれたことに、安堵がないわけではなかった。
だが、それで全てが終わったわけではない。目の前には、まだ父がいる。そして、アリエル様の判断を待っている。
アリエル様は顎に手を当て、考え込んでいた。その表情からは、容易に本心を読み取れない。
王として、裏切りを許すわけにはいかない。
ここで父を許せば、アリエル様の決断そのものが揺らいでしまう。王としての威厳を保つためにも、何らかの処罰は必要なのだろう。
裏切っても、情に訴えれば許される。
そんな前例を作ってしまえば、これから王となる彼女の足元を揺るがしかねない。
かといって、父をこの場で処刑することが、必ずしも王国のためになるとも限らない。
ノトス家の扱い。残された家臣たち。俺という、アリエル様に忠誠を誓う騎士。そして、目の前にいるアルブレヒト殿の功績。
考えるべきことはいくつもあった。
「…アリエル王女。ルークはあなたが王になるために身を粉にして尽くしてきた。その褒美として、ピレモンを助けてやることはできないか」
「だとしても、裏切りを許すことはできません」
アリエル様の返答は早かった。その声に迷いはない。
アルブレヒト殿は、それを否定しなかった。
「そうだな。裏切りをなかったことにするべきではない」
その言葉に、アリエル様がわずかに目を細めた。
「だが、ルークは自分の立場を危うくしてまで父を救おうとしている。それもまた、あなたに仕えてきた男の一面だろう」
その言葉に、俺は思わず顔を上げる。
「ルークだけで足りないなら、俺の功績も使ってくれ。……押し付けがましいが、一応俺はあなたの命を救った」
「……そうですね」
アリエル様は、すぐには答えなかった。
視線を落とし、静かに考え込む。周囲の貴族たちも、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
ここで父を処刑すれば、裏切り者を許さないという姿勢を示せる。だが、嘆願を退け、アルブレヒト殿の功績すら顧みずに処刑することが、本当に最善なのか。
それに、父は確かに裏切ったが、今回の一連の騒動を主導したのはダリウスだ。ピレモン一人を処刑したところで、王国の秩序がそれだけで安定するわけではない。
むしろ、ここで父を殺せば、忠誠を尽くした騎士に対して、どのような王であると示すことになるのか。アリエル様はそう考えているような気がした。
アリエル様は、ゆっくりと顔を上げた。
「……わかりました。ピレモン様の命は助けましょう」
「……!」
思わず、父を見る。
父は呆然とした顔でアリエル様を見上げていた。
アリエル様はすぐに続けた。
「ただし、誤解しないでください。これは、あなたの裏切りを許したという意味ではありません」
その視線が、ピレモンを射抜く。
「あなたがしたことは、王国への明確な背信行為です。私を裏切り、刺客まで差し向けた。その罪がなかったことになるわけではありません」
「は、はい……!」
「今後の処遇については改めて決定します。領地や家督の問題も含め、相応の責任を負ってもらいます」
父の顔が強張った。
それでも、命が助かるという事実に安堵したのか、何度も頷いている。
アリエル様は、そんな彼を見下ろしたまま、言葉を続けた。
「そして、今回の一件については、ダリウスを主犯として扱います。実際、彼が主導していたことに間違いはないのでしょう?」
「ああ」
アルブレヒトが答えた。
「ならば、ダリウスの罪として処理するのが、今回の騒動を収めるうえでも最も現実的でしょう」
アリエル様は、そこで初めてわずかに表情を緩めた。
「王として、裏切り者を処断することは必要です。ですが同時に、忠臣や協力者の功労に応えることもまた、王の役目です」
その言葉には、先ほどまでの怒りとは違う重みがあった。
「今回だけは、ルークの功績とアルブレヒト様の嘆願に免じて、命を助けましょう」
そして、視線を移す。
「ギレーヌも、それでいいですか?」
問いかけられたギレーヌは、父を睨んだまま口を開いた。
「あたしは……」
その表情には、明らかな不満があった。
父を斬りたいのだろうか。
サウロスを失ったことへの怒りが、まだ収まっていないのだろうか。簡単に納得できる話ではないはずだった。
と、そこでエリスがギレーヌの尻尾をぎゅっと引っ張った。
「っ!?」
ギレーヌの身体がびくりと震え、反射的にエリスへ振り返る。
エリスは尻尾から手を離すと、腕を組み、くっと顎を上げた。
「ギレーヌ!お祖父様の仇は、さっきので我慢しなさい!」
堂々と言い放つ。
その言葉に、ギレーヌはしばらく黙り込んでいた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「…………エリスお嬢様が、そう言うのなら」
その返答を聞いて、アリエル様は満足そうに頷いた。
「そういう事です、ピレモン様。沙汰は追って下します」
「ハッ……!」
父は深々と頭を下げた。
床に這いつくばるように平伏し、ただひたすらに恐縮している。
お咎めなしとはいかないだろう。
アリエル様を裏切った罪は重い。今後、何らかの処罰を受けることになるはずだ。
それでも命は助かった。
「ルーク……すまん……」
小さな声が聞こえた。
父は、まだ床に額をつけたままだった。
その姿を見つめながら、俺は胸の奥から込み上げる安堵を感じていた。
助かった。父が、生きている。
それだけで、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ気がした。
父がやったことが許されたわけではない。
これまでのことがなかったことになるわけでもない。
それでも俺は父を失わずに済んだ。
今は、それでよかった。
これで長かった王選もようやく終わる。
そう思い、俺はアルブレヒト殿へ駆け寄った。
「アルブレヒト殿、本当にありがとうございます。あなたには何度も助けられた」
何度礼を言っても足りない。
今回だけではない。
迷い、間違えかけた俺を正しい道へ引き戻してくれたのも、父を救うために力を貸してくれたのも、アルブレヒト殿だった。
俺一人では、きっと何もできなかった。
だからこそ、感謝を伝えたかった。
「……大した、ことじゃない」
アルブレヒト殿の返答は、いつもと変わらなかった。
まるで、本当に大したことではないと言うように。
しかし、その身体がわずかに傾いた。
「……?」
ふらついたように見えた。
俺は眉をひそめる。
先ほどの戦いで、相当な傷を負ったはずだ。それでも、今まで平然と立っていた。
無理をしていたのだろうか。
「どうかしましたか?どこか怪我を――」
言い終える前だった。
がしゃん、と重い音が響いた。
金属が床に打ちつけられる、耳障りな音。
目の前で、アルブレヒト殿が崩れ落ちた。
■
「アル!?」
「アルブレヒト殿…!」
ルーデウスとルークが、ほとんど同時に駆け寄った。
ルーデウスは膝をつくと、倒れたアルブレヒトの身体を抱き起こす。
重い鎧が腕にのしかかった。
つい先ほどまで、あれほどの戦いを繰り広げていた男だ。傷を負いながらも剣を振るい、レイダを討ち、アリエルを救った。
それなのに、今は腕の中でぐったりとしている。
「に、いさ……」
「どうした!?怪我が治ってないのか!?」
かすかに開いた唇から、弱々しい声が漏れた。
ルーデウスは慌てて治癒魔術をかける。
身体の状態を探る。目立った出血はない。レイダに斬られた傷も、すでに塞がっているように見えた。
「なんでだ…!」
治らない。
いや、違う。
治癒魔術が効いていないわけではない。そもそも、治すべき傷が見当たらないのだ。
アルブレヒトの顔色は悪く、意識も急速に薄れていく。
まるで、傷とは別の何かに命を削られているようだった。
「クリフのところへ……魔道具、が……」
アルブレヒトが、途切れ途切れに言葉を絞り出した。
それだけ告げると、張り詰めていた糸が切れたように、首から力が抜ける。
「アル!?おい、アル!!」
呼びかけても、返事はない。
その瞬間、アルブレヒトの身体を覆っていた鎧が、音もなく崩れ始めた。
金属の輪郭がほどけ、無数の光となって消えていく。やがて、そこに残ったのは一人の青年の身体だった。
「…!まさか…!」
アルブレヒトの胸を見る。
服にはレイダに袈裟懸けに斬られた跡が残っており、傷は直ってはいるが、素肌が見えていた。
そう、素肌が見えている。つけているはずの、呪いを抑える魔道具が壊れて。
「まずい……!」
ルーデウスの背筋に冷たいものが走る。
魔道具が壊れている。つまり、アルブレヒトを蝕む呪いを抑えられない。今はまだ、目に見える変化はない。だが、それがいつまで続くかはわからなかった。
ここで呪いの影響が表に出れば、どうなるのか。考えたくもなかった。
「急いで運ぶぞ!」
ルーデウスはアルブレヒトの身体を抱え直す。
一刻も早くクリフのもとへ連れていかなければならない。
今はそれだけを考えろ。余計なことを考えるな。
弟を助ける。そのために動け。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
人の気配がした。
ルーデウスが顔を上げる。
そこに、一人の女性が立っていた。
「……………あは」
イゾルテ・クルーエル。
アルブレヒトに祖母を殺され、瞳を濁らせた彼女は、小さく笑いながら、アルブレヒトを見下ろしていた。
周囲に緊張が走る。
イゾルテは、ただ、淀んだ瞳でアルブレヒトを見ていた。