玉葱派の道場が開いてからしばらくして、シャリーア郊外にちょっとした規模の道場が建てられた。グレイラット家の庭ではさすがに手狭になったためだ。
道場の中には、今日も子供たちの声が響いている。
アルブレヒトは、子供たちの前に立ち、木剣を構えた。
「では、もう一度だ。先ほど教えたことを思い出せ」
「はい!」
元気な返事が道場に響く。
子供たちが一斉に木剣を振り上げた。
「待て。振り上げる前に、足元を確認しろ」
「足元?」
「そうだ。剣を振ることばかり考えていては足元がおろそかになる。足がふらつけば、剣を振る前に倒れてしまうぞ」
アルブレヒトは自分の足を指差し、ゆっくりと構えを見せた。
「右足を少し引く。膝は固めすぎず、いつでも動けるようにしておく。そして、剣を握る手に力を入れすぎない」
言いながら、自分の構えを確かめる。
何度も繰り返してきた動作だ。
敵と向かい合ったとき、どのように立つか。どこに重心を置くか。相手の動きにどう反応するか。それらなら、いくらでも説明できる。
「師範、こう?」
一人の少年が、おそるおそる木剣を構えた。
「……む」
アルブレヒトは少年の前に立ち、しばらくその姿勢を眺めた。剣先が下がっている。肩には余計な力が入り、足も左右に開きすぎていた。
「少し違うな」
「うう……」
少年の顔が曇る。
「いや、悪いと言っているのではない。まずは、そうだな……」
アルブレヒトは少年の隣に立ち、自分も同じように木剣を構えた。
「俺の真似をしてみろ」
「はい!」
少年がアルブレヒトを見ながら、足の位置を直す。
「そうだ。次に、肩の力を抜く」
「こう?」
「もう少しだ。剣を落とさぬ程度に握り、腕だけで支えようとするな。剣の重さを感じるんだ」
「剣の重さ……?」
「難しく考えなくていい。まずは、握りしめすぎないことだ」
少年は何度か手の位置を直し、ようやく構えを整えた。
アルブレヒトは、その姿を見て頷く。
「よし。さっきより良くなったぞ」
「ほんと!?」
「ああ」
少年の顔がぱっと明るくなった。
その笑顔を見て、アルブレヒトは僅かに目を細める。
できたことを認める。それだけで、こんなにも嬉しそうな顔をするのか。
以前の自分なら、正しい構えができるまで何度もやり直させていたかもしれない。だが、子供たちはまだ剣を覚え始めたばかりだ。最初から完璧にできるはずもない。
「では、次は素振りだ」
アルブレヒトが木剣を持ち上げる。
「頭の上まで振りかぶり、真っ直ぐ振り下ろす。まずはゆっくりでいい。剣筋を意識しろ」
「はい!」
子供たちが一斉に木剣を振り上げる。
「えいっ!」
「やあっ!」
「とりゃー!」
思い思いの掛け声とともに、木剣が振り下ろされた。ある者は勢い余って前につんのめり、ある者は途中で剣先が横へ逸れる。
中には、振り下ろした木剣をそのまま床にぶつけてしまう子までいた。
「……むむ」
アルブレヒトは腕を組んだ。
どこから直すべきか。一人ずつ教えるべきか。
それとも、全員にもう一度手本を見せるべきか。
考え込んでいると、隣からパウロが声をかけた。
「アル。まずは一つずつだ」
「一つずつ、ですか」
「ああ。いっぺんに全部直そうとすると、子供は何をすればいいのかわからなくなる」
パウロは、木剣を地面にぶつけた少年のそばへ歩いていった。
「おいおい、そんなに床を叩いたら、剣がかわいそうだぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいさ。剣を振るとき、腕に力を入れすぎたんだ。今度は、もう少しゆっくり振ってみな」
「はい!」
少年は今度こそ慎重に木剣を振り下ろした。
まだ少しぎこちない。それでも、先ほどよりはずっと良い。
「おっ、できたじゃないか!」
「できた!」
「そうそう。その調子だ」
パウロが笑いながら頭を撫でると、少年も嬉しそうに笑った。
アルブレヒトは、その様子をじっと見つめていた。
(……なるほど)
剣の扱いを教えるだけではない。
できるようになったことを、本人に気づかせる。
それもまた、教える者の役目なのだろう。
「師範、見て!」
別の子供が、木剣を構えて声を上げた。
「今度はちゃんとできたよ!」
「うむ。見せてみろ」
アルブレヒトはそちらへ向かった。
少年は先ほどよりも安定した構えで、木剣を振り下ろす。
まだまだ未熟だ。剣筋も荒く、足運びもぎこちない。
「……良いぞ」
それでも、アルブレヒトはしっかりと頷いた。
「先ほどより、ずっと良くなった」
「ほんと!?」
「ああ。だが、まだ直せるところはある」
「うん!」
「焦る必要はない。今日できなかったことが、明日できるようになればいい」
口にしてから、アルブレヒトは少しだけ考え込んだ。今日できなかったことが、明日できるようになる。それは、子供たちだけの話ではない。
自分もまた、そうして剣を学んできたはずだった。
最初から強かったわけではない。
何度も敗れ、何度も立ち上がり、少しずつ前へ進んできた。いつの間にか、その過程を忘れかけていたのかもしれない。
「師範?」
「……いや、何でもない」
アルブレヒトは小さく首を振った。
「よし。では、もう一度やってみよう」
「はい!」
再び、子供たちが木剣を振り上げる。
アルブレヒトは一人ひとりの動きを見て回り、足の位置を直し、剣の握り方を教えた。
時には説明に詰まり、どう言えば伝わるのかと考え込むこともあった。
自分では当たり前にできることを、言葉にするのは難しい。それでも、投げ出すことはしなかった。
「違う、ではなく……そうだな。もう少し、こうしてみろ」
「こう?」
「そうだ。それでいい」
子供が笑う。
アルブレヒトも、ほんの少しだけ口元を緩めた。剣を教えるのは、敵を倒すためだけではない。
少なくとも、この道場にいる子供たちにとって、今はまだそうではないのだ。
木剣を振れるようになったこと。昨日より少し上手くできたこと。褒められたこと。そうした小さな喜びを積み重ねながら、子供たちは剣を学んでいく。
そしてアルブレヒトもまた、彼らに教えながら、少しずつ師範として成長していた。
「先生! もう一回!」
「ああ。何度でも付き合おう」
元気な声に応え、アルブレヒトは再び木剣を構えた。その姿を、パウロは少し離れた場所から眺めていた。
不器用だ。教え方も、言葉の選び方も、まだまだぎこちない。
それでも、子供たちの目を見て、何とか伝えようとしている。そして、子供たちもそれに応えようとしていた。
「……ま、悪くないな」
パウロは小さく呟き、満足そうに笑った。
道場には、今日も子供たちの声が響いていた。
そして、そんな道場に、突然来訪者が現れた。
「失礼する」
低い声だった。
その一言に、道場の空気がわずかに揺れる。
入口に立っていたのは、髭面の男だった。鋭い目つきに、荒々しい顔立ち。腰には使い込まれた剣と、仕立ての良い剣を帯びている。
愛想の欠片もない。ただ立っているだけなのに、そこだけ道場の雰囲気から浮いていた。
先ほどまで元気に木剣を振っていた子供たちも、いつの間にか動きを止めている。
「……誰、あれ」
「道場破りじゃないか?」
「こわい……」
小さな囁きが広がった。
男は子供たちの視線など気にも留めず、道場の中へ足を踏み入れる。
こつ、こつ、と足音が響いた。
その歩みには迷いがない。ただ、まっすぐに奥へと進んでくる。まるで、そこにいる一人だけを目指しているかのように。
「……師範」
近くにいた子供が、アルブレヒトの袖を引いた。
「あの人、なんか怖いよ」
「……ああ」
アルブレヒトは短く答えた。
そして、顔を上げる。
男と目が合い、アルブレヒトの表情が変わった。
「……カークか」
男――カークは、そこで初めて足を止めた。
「久しぶりだな」
「ああ」
カークは短く答えた。
その声には、再会を喜ぶような浮ついた響きはない。ただ、目の前の相手を確かめるように、アルブレヒトの姿をじっと見つめていた。
アルブレヒトもまた、黙ってカークを見返す。
かつて剣の聖地で出会った男。
互いに強さを求め、剣を磨き、競い合った剣士。
あの頃と比べれば、立ち姿も、目つきも、纏う空気も変わっている。
何より、腰に帯びた剣と、そこから感じられる気配が、以前とは明らかに違っていた。
(……なるほど)
アルブレヒトは僅かに目を細める。
カークは何も語らない。だが、その姿だけで十分だった。
この男は、強くなっている。それも、並大抵の鍛錬では届かない領域にまで。
アルブレヒトはゆっくりと立ち上がった。その動きにつられるように、子供たちが息を呑む。
普段の師範とは違う。いつもなら子供たちの目線に合わせて腰を屈めるアルブレヒトが、今は背筋を伸ばし、真正面から来訪者と向き合っている。
そこには、七大列強の一角に名を連ねる剣士の姿があった。
「……剣王に、なったようだな」
「わかるのかよ」
「ああ。見ればわかる」
アルブレヒトは、カークの立ち姿を見ていた。
重心の置き方。足の運び。剣を持たずとも、全身から滲み出る闘気。
以前とは違う。剣王に至った者だけが持つ、独特の鋭さがあった。
「それで、何の用だ?」
カークは、すぐには答えなかった。
その視線が、道場の中を巡る。
子供たち。木剣。壁に掛けられた、北神流の看板。
そして、師範としてそこに立つアルブレヒト。
カークは、ゆっくりと息を吐いた。
「……頼みがある」
その言葉に、アルブレヒトは僅かに目を細めた。
カークは一歩前へ出た。
そして、深く頭を下げた。
「俺に、剣を教えてほしい」
道場が静まり返った。子供たちが息を呑む。
あの人相の悪い男が、剣王と呼ばれるほどの剣士が、誰よりも強さを求めてきた男が。
自らの好敵手に、頭を下げている。
カークは頭を下げたまま、続けた。
「これまで、自分の剣を磨くことだけを考えてきた」
「勝つことを求め、強さを求め……それだけを追い続けてきた」
「だが、まだ足りない」
声に迷いはなかった。
「お前の剣を見た。お前の強さを知った。自分の未熟さを思い知らされた」
カークは顔を上げた。
その目には、以前と変わらぬ闘志が燃えていた。
だが、そこにはかつてなかったものもある。
自分の未熟さを認める、剣士としての潔さ。
「……アルブレヒト」
その声は真剣だった。
一人の剣士として。そして、教えを請う者としての声だった。
「どうか、俺を弟子にしてくれないか」
アルブレヒトはしばらく黙っていた。カークの目を見つめる。
冗談でも、挑発でもない。ただ、純粋に強くなりたい。
そのために、己の誇りを一度脇へ置いて、頭を下げている。
「……わかった」
アルブレヒトは静かに頷いた。
そして、壁に立てかけてあった木剣を一本取り、カークへ向けて放り投げた。
「構えろ」
カークは片手で受け取った。
そして、静かに構える。
アルブレヒトもまた、木剣を構えた。
「一本でも入れたら、入門を認める……ということになっている」
「わかった」
カークは、短く答えた。
その瞬間、二人を取り巻く空気が張り詰めた。
アルブレヒトはこれまで訪れた挑戦者たちに対して、ほとんど構えることすらなかった。
適当に受け流し、あしらうだけで終わらせていた。
だが、今は違う。
足を開き、腰を落とす。木剣を正中に構える。
相手の一挙手一投足を見逃さぬよう、意識を研ぎ澄ませる。
カークもまた、呼吸を整え、剣を大上段に構える。剣王の称号を得た男。その全身から、静かな闘気が立ち上る。
子供たちにもわかった。
この二人は、強い。
今まで自分たちが見てきた大人たちとは、まるで違う。
誰かが、思わず息を呑んだ。
そして、一閃。
カークの姿が、ぶれた。
次の瞬間には、すでに間合いの内側へ踏み込んでいた。
床を蹴る音すら、ほとんど聞こえない。
重心の移動。腰の動き。肩から腕へと伝わる力。
そのすべてが、寸分の無駄もなく一つの動作へと収束していく。
振り抜かれた木剣の軌跡は、白い光が走ったようだった。目で追うことすら許さない速度。剣を振るうという動作そのものが、極限まで削ぎ落とされている。
予備動作もなく、力みもない。ただ、斬るという結果だけが、最短距離を通って現れる。それは、剣技というよりも、ひとつの現象に近かった。
カークの剣が、アルブレヒトに迫る。
アルブレヒトは木剣を、ほんの僅かに傾けた。
乾いた音が道場に鋭く響く。
正面から受け止めたわけではない。光の太刀が持つ勢いを見切り、その刃筋を紙一重で逸らしたのだ。
剣と剣が触れたのは、ほんの一瞬。
それだけで、カークの木剣は軌道を狂わされていた。
だが、カークもまた、ただでは終わらなかった。
逸らされた剣を無理に追わない。
崩れかけた体勢を、踏み込みの勢いと腰の回転で支える。斬撃の終わり際。ほんの僅かに残された動作の中で、最後の一押しを加えた。
常人ならば、最初の一撃を逸らされた時点で終わっている。
だが、カークは違った。
剣王に至るまでに積み上げてきた技量が、敗北を悟るよりも先に次の一手を生み出していた。
それでも、アルブレヒトの剣はそこにあった。
バゴン!と、先ほどよりも重い音が響いた。
木剣に亀裂が走る。次の瞬間、カークの手元で、それが砕け散った。
木片が宙を舞う。
静寂。
カークは、振りかぶった姿勢のまま止まっていた。
荒々しく踏み込んだ足。振り抜いた腕。全身を使い切ったような、鋭い姿勢。その一撃に込められていたものが、どれほどのものだったのか。剣を知らぬ子供たちにさえ、伝わっていた。
恐ろしいほど速かった。そして、恐ろしいほど鋭かった。あれを受けることができる人間など、そうはいないだろう。
だが、その斬撃を受け流したアルブレヒトには、傷一つなかった。
姿勢も崩れていない。呼吸すら、乱れていない。
…だが――
「…………一本、だな」
アルブレヒトが呟く。
道着の裾が、ほんの僅かに切れていた。
「甘めに見て、だが」
「――ッ、ハァッ……ハァッ……!」
カークの肩が大きく上下した。張り詰めていた緊張がほどけ、膝が崩れる。
ほんの一合。ただ一度、剣を交えただけ。
それなのに、カークは全身の力を使い果たしたかのように、荒い息を繰り返していた。
あの一瞬に、すべてを懸けたのだ。
剣王として積み重ねた技。鍛え抜いた肉体。研ぎ澄ませた感覚。
そのすべてを、一撃に込めた。
それでも、届かなかった。
だが、届かなかったからこそ、わかったこともある。
この男の剣を学びたい。この男の見ている世界に、少しでも近づきたい。
カークは、荒い息を整えながら、深く頭を下げた。
「……参りました」
アルブレヒトは、木剣を下ろした。
「入門を認める」
「――はい!」
その返事は、先ほどまでの荒っぽい声とは違っていた。喜びと、安堵と、これからへの決意が込められた声だった。
そして、場違いな拍手が道場に響いた。
「いやあ、見事見事。成長いたしましたな、カーク殿」
「てめえは――オーベール!」
カークが振り返る。
道場の入口に立っていたのは、パラボラアンテナのような髪型の男。北帝、オーベール・コルベットだった。
アスラ王国でアルブレヒトと幾度も対決し、そのたびに逃げ延びてきた男である。
「何の用だ!」
「何、と申されましても」
オーベールは、いかにも愉快そうに笑った。
「アルブレヒト殿には、見逃していただいた恩もありますからな。何か返す機会はないものかと訪ねてみれば……懐かしい顔がいるではありませんか。思わず出てきてしまった次第で」
「見逃した、などと。オーベール殿が本気で逃げれば、逃げ切れたでしょうに」
「ははは。買いかぶりすぎですよ」
オーベールは肩を竦めた。
そして、アルブレヒトへ向き直る。
「さて、某も入門の儀を通らせていただいてもよろしいかな?」
「……オーベール殿は、もう既に通っていますよ」
「おや。それはありがたい」
オーベールは目を丸くした。オーベールはアスラ王国でアルブレヒトに一太刀入れている。十分な成果だ。
「ですが、カーク殿があれほどの努力で勝ち取ったものをあっさり手に入れてしまうのは、少々申し訳ないですな」
「てめえ……煽ってんのか?」
「ははは。まさかまさか!格下相手を煽るなど、そんな雑魚のような真似はしませんとも!」
オーベールは大げさに手を振った。
「…………殺す」
腰の剣に手をかけるカーク。
オーベールも、笑みを浮かべながら腰の二刀に手をかけた。
「二人とも、やめろ」
アルブレヒトの一言で、二人の動きが止まった。
「オーベール殿……いや、オーベール。カークを無駄に挑発するな」
「これは失礼」
「カーク、お前も見え見えの挑発に乗るな。お前の欠点だぞ」
「……チッ。わかったよ」
二人とも、すぐに引き下がった。
相手がアルブレヒトだからこそ、というのもあるのだろう。
だがそれ以上に、ここでは彼が師範なのだ。
剣を教わる以上、その言葉には従う。それが、二人なりの礼儀だった。
「今は子供たちの稽古の時間だ」
アルブレヒトは、二人を道場の隅へ追いやるように手を振った。
「とりあえず、そこで大人しくしていろ」
「承知しました」
「……わかったよ」
二人が並んで座る。
「……入門したのは俺が先だからな。お前が弟弟子だ」
カークが、ぼそりと呟いた。
「は。先に一本を入れたのは某ですぞ。貴公こそ弟弟子でしょう」
「ざけんな!ちゃんと申し込んだほうが先に決まってんだろうが!」
「はぁ……妙にみみっちいですな。剣王になっても、そういうところは変わらないようで」
「てめえ、やっぱり殺す!」
「二人とも、静かに」
「「……はい」」
アルブレヒトの声に、二人はぴたりと口を閉じた。その様子を見ていた子供たちが、くすくすと笑う。
先ほどまであれほど恐ろしい戦いを見せていた男が、今はまるで子供のように言い争っている。
それがなんだか、おかしかった。
「………ふふっ」
アルブレヒトも、思わず小さく笑った。
イゾルテのことを忘れたわけではない。彼女とのことに、答えが出たわけでもない。
悲しみは、まだ胸の奥に残っている。
それでも、道場には子供たちの笑い声が響いていた。
強くなりたいと願う子供たち。
その子供たちを教える父。
そして、己の未熟さを知り、頭を下げてまで剣を学ぼうとする二人の剣士。
ここには、まだ自分にできることがある。
誰かを守るために剣を振るうだけではない。誰かが強くなる、その手助けをすることもできる。
アルブレヒトは、道場の中を見回した。
「……では、稽古を再開するぞ」
「「「はい!」」」
子供たちの元気な返事が響いた。
アルブレヒトは木剣を持ち直す。
悲しみを振り切れたわけではない。だが、今はそれを抱えたままでも、前へ進める気がした。
北神流玉葱派の道場で、今日もまた、賑やかな一日が始まる。