玉葱騎士、六面世界に立つ   作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア

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第2章 遍歴編
第7話 激戦


 

 赤竜の下顎。

 鋭くえぐられた岩肌は、まるで巨大な生き物の歯列のように天を噛み砕いている。

 風は谷底から吹き上げ、雪の匂いを孕んでいた。

 その片隅に、俺、ルーデウス・グレイラットと――銀髪の偉丈夫、オルステッドが立つ。

 

 空気が、重い。

 強烈な圧迫感。

 魔力が軋み、皮膚の下で泡立つ。

 

 身体はボロボロで、もう何もできない。

 

 予見眼は死の未来を写すだろう。決して逃れえぬ終わりが俺に迫っていた。

 

「まあいい、死ね」

 

 オルステッドの手が俺の体を貫くビジョンが見える。

 

 死ぬ。あっけなく、死ぬ。

 

 ビジョンよりほんの少し遅れて迫る貫手。逃れえぬ絶望。

 

 ――それを、剣閃が掻き消した。

 

 オルステッドは後ろに飛び退き斬撃を避けるが、手に一筋の切り傷がつく。

 

 俺を守るように、1人の影がオルステッドに立ち塞がる。誰だ?エリス?ルイジェルド?…いや違う。知らない背中だ。でも、どこか懐かしく、頼もしい背中だった。

 

 影が左手に持った鈴を鳴らすと、暖かい光が俺を包み、痛みが遠ざかっていった。

 

「あとは任せろ」

 

 いつか聞いたことがあるような、淡々としているが優しい声に安心して意識が薄れていく。何の確証もなかったが、もう大丈夫だと感じた。この背中に任せておけば大丈夫だと信じられた。

 

 意識が途切れる寸前、記憶の中の誰かと影が重なって見えた。

 

 

 

 

「誰だ、貴様」

 

 雪吹き荒ぶ赤竜の下顎の中、男が2人対峙する。

 

 1人は龍神オルステッド。

 

 1人は玉葱のような鎧を身に纏った騎士。

 

 騎士は右手に長剣を持ち、左手に盾をつけたオーソドックスな姿であった。

 

「我が名はカタリナ騎士ジークフリート。この少年を守りに参上した。」

 

「…また知らん名だな。お前もヒトガミの手先か?」

 

「………」

 

「答える気はないか」

 

 吹雪の中から雷の如き速さで現れ、かすり傷とはいえ龍聖闘気で守られた体に傷をつけた騎士を警戒するオルステッド。

 

 場に緊迫した空気が満ち、お互いに出方を伺う。オルステッドは敵の見知らぬ武具、どの流派にも当てはまらない構えを観察する。長剣と盾に、玉葱のような丸い鎧。北神流奇抜派のような変わり種に見えるが、練り上げられた無骨な構えがそれを否定する。

 

 対してジークフリートは敵の得体の知れなさに動きたくても動けなかった。なんの構えも取らず、一見隙だらけに見えるが、どこから斬り込んでも反撃を食らうイメージしか浮かばなかった。

 

 ただ沈黙が流れる。

 

 先に動いたのはオルステッドだった。目にも止まらぬ速さで右の貫手を打ち出すが、それに反応したジークフリートの盾によって受け流される。龍聖闘気で強化された貫手が、盾を削って火花を散らす。

 

 間髪入れず左の手刀が迫る。長剣で受け止め、手と剣が軋みながら鍔迫り合う。

 

「……っ!」

 

 長くは持たないと感じたジークフリートは、貫手を受けていた盾を滑らせ殴りかかる。オルステッドは即座に飛び退いて避け、両者の間に距離が空く。

 

 それと同時に、渾身の踏み込みでジークフリートが距離を詰める。先程の一合で受けに回ってはただ嬲られるだけだと理解し、果敢に攻め込む。長剣を両手で持ち、渾身の闘気を込めて下から逆袈裟で切り上げる。

 

 オルステッドが長剣を受け流してカウンターを取るために水神流の構えを取る。

 

「むっ…!?」

 

 長剣のはずだった。だが、切り上げられたそれは、鉄塊だった。体勢を崩すオルステッド。その隙に、ジークフリートの()()()が振り下ろされる。

 

 両手を交差させ防御するも、受け止めきれなかった衝撃が体を突き抜けて地面を砕く。ジークフリートは深く息を吸うと何度も特大剣を振り下ろし、滅多打ちにする。鋼鉄が激しくぶつかり合うような音が響き渡り、オルステッドの腕から血が滲む。

 

 連撃に耐えきれず、膝をつくオルステッド。形勢不利を悟ったオルステッドが全身に闘気を漲らせ、無理矢理に剣を弾こうとした瞬間、特大剣が白い光を放つと雷を纏った大斧に姿を変える。

 

「……!?」

 

 大斧を掲げると、激しい雷が収束してバチバチと空気が鳴る。

 

「――おおおおおッ!」

 

 大斧と共に振り下ろされた全力の雷が、オルステッドの体を叩き潰し、焼く。並の戦士相手であれば既に何百回も死んでいるであろう怒涛の連撃。しかし、ジークフリートは手を緩めず、大斧をもう一度掲げ雷を収束させる。油断はしない、完全に息絶えるまで叩き込――

 

「なるほど、概ねわかった」

 

 掌底を腹部に打ち込まれ、吹き飛ばされる。ボールのように何度か地面を跳ね、叩きつけられる。

 

 潰された内臓から血が逆流して口から吐き出される。兜の中身が血で染まり、目のスリットから涙のように血が流れ出す。

 

 堅牢な曲面装甲のカタリナメイルが大きくへこんでいる。おそらく、次の一撃は耐えきれないだろう。

 

 龍神がゆっくりと迫る。

 

「間合いが狂うな。武器を変えているのか?」

「面白い技だ。軽い一撃と見せかけて重厚な一撃を繰り出せる。熟練の戦士相手でも十分に通用するだろう」

「随分と長い時を生きてきたが、お前のような相手は初めてだ。見切るのに時間がかかったぞ」

 

 わざと受けられていた。オルステッドは反撃できなかったのではなく、しなかった。技を観察し、分析するためにあえてされるがままにされていた。

 

「っ……!」

 

 ジークフリートはダメージが抜け切らない体を無理矢理起こす。回復する暇はない、迫ってくる龍神に応対しなければならない。

 

「雷を乱魔で消そうとしたが消せなかった。魔法由来のものではないのか?」

 

「うおおおおッ!!!」

 

 咆哮と共に大斧を薙ぐジークフリート。

 

「マジックアイテムか?いや、少し違うな…」

 

 あっけなく片手で受け止められる。

 大斧を刺剣に変え、首を狙って突きを繰り出す。

 

「遅い」

 

 容易く受け流され、鳩尾を殴られて首に手刀を入れられる。崩れ落ち、意識が飛びそうになるのを舌を噛んで何とか持ち堪える。

 

「もう一度聞く。お前は誰だ。ヒトガミの使徒か?なぜそうしてまでこの子供を守ろうとする」

 

「……騎士として、弱き者を見捨てるわけにはいかない」

 

「本当にそれだけか?」

 

「……」

 

 剣を支えにしてなんとか立ち上がるが、ふらつく。オルステッドにたった数回撃ち込まれただけで、ジークフリートは戦えなくなっていた。

 

「なんにせよ、ヒトガミの使徒は全て殺す。それを邪魔する者も殺す」

 

 真っ赤なスリットから、それ以上に赤黒い目がオルステッドを睨んだ。

 

「どうあっても引く気は無いか」

 

「無い」

 

「ならば死ね」

 

 貫手がジークフリートの心臓を撃ち抜く。体が大きく痙攣し、剣を取り落とす。脱力し、急速に命が失われていく。

 

 敵の死を確信したオルステッドは手を体から抜こうとする。

 

 その手を、ジークフリートが掴んだ。

 

「なにっ…!?」

 

「……ッッ!!」

 

 断固たる祈り。体の強靭性を高め、攻撃を受けながらも奇跡を繰り出すための戦技。ジークフリートは薄れゆく意識の中、奇跡を練る。白い波動が収束し、極力な衝撃波となって放たれた。

 

 衝撃は地面を砕き、小規模な雪崩を起こす。雪煙が視界を覆い、騎士の姿が完全に見えなくなる。

 

 数秒後、視界が晴れた時、

 そこにあったのは、深く抉れた地面と、谷底へ続く赤黒く染まった雪だけだった。

 

 死体はない。

 

(……?)

 

 オルステッドは一瞬だけ眉をひそめる。だが、あの損傷で生きているはずがない。

 吹雪に紛れて転がり落ちたか、岩陰に落ちたか——

 いずれにせよ、この高度差と出血量で生存はありえない。

 

 残りの少年、ルーデウスを始末するために踵を返そうとする。

 

 その時だった。

 

 ――気配。

 

 ほんの一瞬、背後で空気が歪む。

 オルステッドが振り向いた時、

 

 そこには、既に“それ”がいた。

 

 玉葱のような鎧の騎士が、少年を抱え上げている。

 

 いつからそこにいた?

 どうやって近づいた?

 先ほどまで、確かに存在しなかったはずだ。

 

 警戒心が、これまでにないほど跳ね上がる。

 

(…考えている暇は、ない!)

 

 なんにせよ再度殺せばいい、今度は2人まとめて。

 

 瞬間、オルステッドは世界を置き去りにした。

 身体は容易に音速を超え、光速に到達ーーいや、龍神の手刀は光すら超える。

 

 剣神流奥義、光の太刀。

 

 光すらも届かない真っ暗な世界で、手刀は鎧をたやすく引き裂き、肉体に届く。黒い臓腑が撒き散らされ、ジークフリートが倒れ——ない。

 

 

「何っ!?」

 

 

 まだだ。まだ、倒れるわけにはいかない。守ると決めた。

 

 惜別の涙。致命傷であっても、一度だけ命を留めることができる奇跡。

 

 皮一枚で耐えたジークフリートはルーデウスを抱いたまま崖を飛び降り、血を吐きながら咆哮する。

 

「来いっっっ!!ヘルカイトッッ!!!」

 

 その声に応え、赤竜が吹雪を掻き分け現れる。2人を背中で受け止め、そのまま吹雪の奥に逃げていく。

 

「チッ……」

 

 即座に追おうとするオルステッド。

 

 それを遮るように、仮面の女性が叫ぶ。

 

「待って、オルステッド!あいつら、生かしておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

「なに…?」

 

「あいつらは私と同じかもしれない。元の世界に戻るきっかけになるかもしれないのよ!」

 

「………」

 

「お願い」

 

「………わかった」

 

 仮面の女は安心したように息を吐く。

 

 オルステッドは、吹雪の奥を強く睨みつけていた。

 

 

 

 

 パチパチと火のなる音が聞こえる。

 

 エリスはゆっくりと目を開く。

 

 暗い横穴を、篝火が照らしている。その傍に玉葱のような鎧の騎士と、2つの人影を見つける。ぼんやりとしていた目がゆっくりと慣れ、人影の姿がはっきりとしてくる。

 

 坊主の戦士と、亜麻色の髪に端正な顔立ちの少年が篝火のもとで横たわっていた。

 

「ルーデウス!」

 

 篝火を躊躇なく踏み越えて、ルーデウスの元に飛びつく。衣服や髪が少し焦げたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 ルーデウスの安否を確認する。体には傷一つなく、顔色もいい。腹を貫かれたとは思えないほどであったが、それをローブに開いた大穴が否定する。

 

「眠っているだけだ。じき目覚める」

 

 兜でくぐもった声がかけられる。

 

「あんた、誰よ」

 

「私はカタリナ騎士ジークフリート。敵ではない」

 

「…そう」

 

「………」

「………」

 

 沈黙が流れる。

 

 エリスは騎士と龍神の一戦をぼんやりとだが見ていた。武器を変幻自在に操る熟練の技巧も、見たことのない強力な武器も。

 

 突然現れ、あの龍神と渡り合いルーデウスを守った騎士。本来であれば感謝して然るべきだがーー彼はさっき、確かに死んだはずだ。

 だが、今は生きている。得体の知れなさにどうしても警戒せざるを得なかった。

 

 特にスリットから見える赤い瞳を見ると、今にもこちらに切りかかってくるのではないかと思ってしまう。

 

「…ルーデウスを助けてくれてありがとう」

 

 しかし、とにかく礼を言うことにした。正体がなんにせよ、ルーデウスを助けてくれたのは事実であるし、悪人にも見えない。

 

「いや、礼には及ばない。騎士として当然のことだ」

 

「そう」

 

「………」

「………」

 

 また沈黙が流れる。

 

 今度は先に口を開いたのはジークフリートだった。

 

「すまなかった」

 

「…?なにがすまないのよ」

 

「私は君たちを見捨てた」

「君たち3人が襲われているのに気づいて助けに入ったが、奴はあまりにも強く、彼しか助けることができなかった」

 

「命に優先順位をつけるつもりはなかったが、結果的に君たちを見捨ててしまった。だから、すまない」

 

 深く頭を下げるジークフリート。

 

「………」

「………」

 

 エリスはその姿を見て腕を組み、口をへの字にしてしばらく考える。

 

「あんた、変なやつね」

「別に私たちは生きてるし、あんたはルーデウスを助けてくれたんだからいいわ」

 

「…そうか。ありがとう」

 

 この騎士は怪しい。

 だが、このほんの少しの間でも、驚くほどに善性の存在であることはわかった。なら、それでいい。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

 

「エリス。エリス・ボレアス・グレイラットよ」

 

「私も改めて名乗ろう。カタリナ騎士()()()()()()が子、ジークフリートだ。よろしく頼む」

 

「ええ」

 

 篝火に照らされながら、2人は握手した。





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