Sol-Orbitraにおける技術革新と人類文明の変遷   作:Hnz

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第4章 ACS成熟期

4-1. 新世代材料の探索 ~物理シミュレーション革命~

 NOXOSの出現により,オープンソースコミュニティのみならず研究界でも革命が起こりつつあった.ACS-IC搭載ワークステーションはNavier–Stokes方程式やSchrödinger方程式などの物理現象──厳密にはそれを記述する偏微分方程式系であるが──のリアルタイムソルバーかつシミュレータを実行という,今までには到底実現不可能と考えられていた偉業を成し遂げた.我々はこれをシミュレーション革命と呼ぶ.

 シミュレーション革命により,有機・無機材料問わず既存の材料研究は大幅な飛躍を見せた.実際,N.O.S. 12年(旧西暦2385年)からN.O.S. 22年(旧西暦2395年)の10年間に材料系国際ジャーナル約20誌に投稿された論文数は過去のいかなる10年間と比較しても群を抜く数である[1].特に,従来では合成困難であった準安定相や超高圧相などの探索が爆発的に進展し,もはや探索されていない材料や特性を見出すことが困難となるほどであった.

 これにより研究者に求められる能力も大きく変化した.それまでにもシミュレーションを専門とした研究者が多く存在したが,実験設備やその限界を検討しながら研究対象を決定していた.しかし,シミュレーションの重要性がより一層高まったことも相まって,シミュレーションへの理解や開発能力へと比重が移っていった.そして,当時のシミュレーション結果を盲信した研究不正や,ブラックボックス化した計算環境による再現性問題も同時に発生していたことには注意が必要である[2].

 国際物理評議会は後に,この10年間を新世紀物理学の黄金期と称した.

 

 

4-2. Atomic resonator: A-Resの出現とAtomic Fogの観測,誘導兵器の終焉

 旧西暦2352年~2360年に発表されたACSの根幹を成した理論・定理群が齎したのは,なにもACSだけではない.時系列は多少前後するが,N.O.S. 9年(旧西暦2382年)──FFE社製ACS-ICが発表された翌年──に,当時存在した宇宙先端工・化学研の所長L. Peach氏が原子共振器(Atomic Resonator : A-Res)を開発した.A-Resはその名の通り原子レベルの共振機構を有したデバイスであり,特定条件下において周辺空間へ極めて高密度なエネルギー干渉領域を形成することが確認された.しかし,当時の理論物理学を以てしてもその詳細な動作原理を完全に説明するには至らなかった[3].

 A-Res周辺では極微細な粒子的ノイズ層が形成され,レーダー波,レーザー測距,慣性誘導系などに深刻な誤差を引き起こした.後にこの現象はAtomic Fogと命名される.特に軍事分野への影響は凄まじく,従来主流であったレーダー誘導兵器や衛星誘導兵器の命中率は著しく低下するというシミュレーション結果が報告された.これにより各国軍は誘導兵器の使用がほとんど不可能な戦術体系への転換を迫られることとなる.

 当然ながら軍事以外の通信インフラにも多大な影響を及ぼすと予想された.A-ResによるAtomic Fogの発生はいわば,電子機器類を生かしたままにEMPが炸裂するようなものであった.

 尚,これらの結果は軍内部でも最優先秘匿事項となり,N.O.S. 30年(旧西暦2403年)まで公開されることはなかった.

 

 

4-3. レーザ,プラズマ及びレールガンの発展と限界

 ACSやシミュレーション革命による新材料探索の成果の一つとして,高密度な光閉じ込めによる超高出力レーザ,精密な電磁場制御を基にしたレールガンを開発できた点があげられるだろう.

 当時,多くの軍事研究者は,レーザ兵器やプラズマ兵器こそが次世代戦の主役になると予測していた.実際,従来では不可能であった出力密度・連続照射時間を実現した試作兵器群は,旧世代兵器を大きく上回る性能を示していた.新材料による従来型実体弾への高い耐性という流れも,これらの兵器が注目された要因としてあげられるだろう.

 しかしながら,A-ResおよびAtomic Fogの存在は,これら高精度兵器体系の発展に深刻な制約を与えることとなる.特に長距離照準システムや高精度追尾機構はAtomic Fog環境下において著しく性能が低下すると予測された.

 レーザ兵器は理論上極めて高速な攻撃手段であったが,Atomic Fog環境下では長距離における光の強い散乱および位相乱れが発生し,実戦環境における有効射程は大きく制限された.プラズマ兵器においても同様に,長距離での形状維持が困難であり,局地兵器としての運用に限定された.

 一方,物理弾頭を超高速射出するレールガンはAtomic Fogの影響を比較的受けにくく,その後も主力兵器として発展を続けることとなる.

 軍事研究者は頭を悩ませた.しかし,この短距離限定の光学的兵器と物理弾頭に見た希望こそが後のTactical Frame構想へと繋がったのである.

 

 

4-4. 瞬間精密制御技術の発展と核融合炉の実現

 ACSが齎した超高速演算処理による物理現象へのリアルタイム干渉・制御手段,シミュレーション革命による高精度なシミュレーション・新材料探索,兵器開発途上におけるプラズマ制御の発展の3つが重なり,N.O.S. 15年(旧西暦2388年),人類は長年の夢であった核融合炉の実現に至った[4].

 人類社会において肥大化の一途をたどっていた電力問題に一筋の光が差した.これにより旧時代からの火力発電,原子力発電は徐々に姿を消し,20年後のN.O.S. 35年(旧西暦2408年)には核融合発電によって人類社会全体の9割9分の電力を賄うまでに普及した.

 そして,この核融合炉の小型化を以て,Tactical Frameの心臓は鼓動を始める.

 

 

References

[1] I. Houston et al., “A Decade of Computational Materials Discovery after ACS”, Advanced Materials Review 44, 1-89 (2394).

[2] J. Velassi et al., “High-Pressure and Metastable Phase Exploration in the ACS Era”, Journal of Computational Matter 18, 201-276 (2393).

[3] L. Peach, “Atomic Resonator : Public Technical Overview”, Advanced Space Engineering Agency Archive, ASEA-PD-2382-11.

[4] Multinational Allied Forces Energy Research Laboratory, “Compact Fusion Reactor Stabilization using ACS-Assisted Systems”, MAFERL Technical Report, MAFERL-2388-77.

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