Sol-Orbitraにおける技術革新と人類文明の変遷   作:Hnz

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第5章 Tactical Frame : TF

5-1. Tactical Frame構想

 N.O.S. 19年(旧西暦2392年),A-Resの出現は,従来型の超高精度遠距離兵器体系を根本から崩壊させた.迎撃,妨害,電子欺瞞能力を極限まで高めたA-Res環境下において,従来兵器の優位性は急速に失われていったのである.

 同時期,ACSによる超高速制御技術,新素材工学,さらには小型核融合炉技術の進展は,新たな兵器体系の可能性を米軍事研究者たちに想起させた.

 そこで提唱されたのが,巨大人型戦術兵器“Tactical Frame”,通称TFであった.TF開発計画は,最高軍事機密「Steel Thor計画」として秘匿されることとなる.

 TFが戦場構造そのものを書き換える危険性を誰よりも理解していた米軍研究所所長は,計画の偽装工作として,被災地や危険区域における土木作業用大型機械の研究開発計画を同時に立ち上げた.

 そしてもう一つ,TF構想において極めて重要な要素が存在した.

 それは,TFが当初より“宇宙空間での運用”を強く意識して設計されていた点である.

 A-Resの出現によって,既存兵器体系は大きな変革を迫られた.しかし,それは各国共通の問題でもあった.陸・海・空には既に成熟した兵器体系が存在していた一方,宇宙空間における戦術兵器の体系は,依然として未開拓に近い状態であった.

 ここで米軍研究所が参考にしたのが,宇宙飛行士による船外活動(EVA)である.

 宇宙空間では,航空機や戦艦のような大型兵器を単純に配備しただけでは,高度な姿勢制御なしに安定運用することは困難であり,最悪の場合,制御不能なデブリへと化す危険性すら存在した.

 そこで研究所は,人間そのものが有する優れた空間認識能力および姿勢制御能力に着目した.

 すなわち,人間の身体運動を機体制御へ直接反映し,さらにEVA用セルフレスキュー推進装置「SAFER」に類似した姿勢制御ジェットを全身へ配置することで,宇宙空間において高い機動性と自由度を実現できる可能性がある,と結論付けたのである.

 さて,その後TFがどのような形で我々の知るところになったかは,読者である諸君は身に染みて実感しているであろう.

 

 

5-2. HIKAWA工業とGlobal Applied Dynamics社

 N.O.S. 42年(旧西暦2415年),HIKAWA工業およびGlobal Applied Dynamics社(通称 GAD社)は,突如として巨大人型作業機の存在を公表した[1,2].

 それぞれ“Izanami(HIKAWA)”,“TFA-012(GAD)”と呼称されたこれらの機体は,後に「第一世代TF」と総称されることとなる.

 両機の名目上の用途は,宇宙空間におけるコロニー建造および大型構造物工事用作業機であった.

 しかし,発表直後から各国軍事関係者は,これらの機体が単なる作業機械ではないことを即座に見抜いていたとされる.

 更に衝撃的であったのは,両機の基幹OSとして「NOXOS」が採用されていた点である.

 NOXOS登場から既に30余年が経過していたが,その卓越した最適化性能は依然として群を抜いていた.

 特に組込み用途においては,極めて厳しいメモリ制約下ですら安定した動作を実現し,その軽量性と信頼性は,他の追随を許さなかった.

 加えて,オープンソースコミュニティを中心として形成された巨大な開発コミュニティは,膨大なソフトウェア資産と技術基盤を築き上げていた.TFへのNOXOS採用は,単なるOS選定ではない.それは,30年以上に渡り蓄積されたACS時代の技術的奔流が,ついに次世代兵器へ到達した瞬間でもあった.

 

 

5-3. TF周辺工業の混沌とTactical Universal Network & Interface Terminology: T-UNITの策定

 IzanamiおよびTFA-012の登場は,軍事分野のみならず,産業界全体へも大きな衝撃を与えた.

 西側連合軍による正式採用に加え,当時激化しつつあった宇宙開発競争の需要も重なり,TF関連産業は爆発的な成長を遂げることとなる.

 脚部,腕部,肩部,頭部装備といった機体部品のみならず,専用OS,火器管制システム,姿勢制御補助モジュール,さらにはカスタムACSチップに至るまで,無数の企業やコミュニティがTF市場へ参入した.

 N.O.S. 43年(旧西暦2416年)からN.O.S. 49年(旧西暦2422年)にかけてのTF業界は,後に「TF混沌期」とも呼ばれるほど,極めて混乱した状況にあった[3].

 事態を深刻視した連合軍および連合各国は,N.O.S. 50年(旧西暦2423年)1月,連合議会においてTF専用国際規格「Tactical Universal Network & Interface Terminology : T-UNIT」を正式に制定した[4].

 T-UNITは,通信規格,機体接続規格,制御API,火器管制インターフェース,さらには安全認証基準に至るまで,TF運用に関する広範な統一規格を定義するものであった.

 さらに同議会では,「T-UNIT非準拠製品の一切の運用を禁止する」という極めて強硬な条項も可決される.これは表向きには,“TF事故による人的被害防止”および“運用安全性確保”を目的として掲げたものであった.しかし実際には,連合軍がTF産業における主導権を確立し,軍事的優位を固定化することが本質的目的であったことは,当時の関係者にとって半ば公然の事実であった.

 

5-4. 基幹システムの脆弱性問題

 T-UNIT制定以降,TF産業は徐々に規格統一と安定化を遂げつつあった.

 しかし,その安定はN.O.S. 53年(旧西暦2426年)3月31日に発生したある事件によって根底から覆されることとなる[5].

 事件は,アメリカ合衆国内に存在した連合軍北米基地におけるTF合同運用訓練中に発生した.

 当時,同基地では多国籍連合各国のTF部隊による統合演習が行われており,実戦を想定した機体運用試験および新兵教育課程が並行して進められていた.

 事故機体は,演習直前までベテラン兵による操縦が行われていたが,機体交代後,新兵が搭乗した直後に異常挙動を示し始めたとされる.

 直後,TF基幹システムが外部から不正侵入を受けていたことが確認され,動力源である小型核融合炉の制御系統が異常動作を開始した.

 現場部隊は直ちに機体放棄命令を発令し,搭乗兵は辛うじて脱出に成功したものの,暴走した融合炉は数分後に爆発した.爆発そのものは基地防護区画内に封じ込められたが,衝撃波および高熱プラズマ流によって周辺設備は甚大な被害を受け,多数の重傷者を出した.

 なお,死者が発生しなかったことは,当時「奇跡が起きた」と報じられている.

 連合軍統合司令部は,事件発生直後よりTF全機の緊急停止命令を発令すると同時に,大規模な調査を開始した.その結果,TF内部のブラックボックスに残存していた通信履歴から,外部侵入経路の一部逆探知に成功したとされる.

 当時の国際情勢を背景として,連合軍は本事件を中東諸国およびロシア系勢力による共同攻撃であると判断した.その後,特定された通信拠点群に対して連合軍は大規模巡航爆撃を実施し,数日以内に事態は鎮圧されたと公表された.なお,この件に関して地球連邦は関与を否定している.

 本事件は,第三次世界大戦が残した“負の遺産”の深刻さを改めて浮き彫りにすると同時に,TFという兵器体系が抱える潜在的危険性を世界へ強く認識させることとなった.

 

 

5-5. TFシミュレータの出現

 TF不正アクセス事件よりやや遡ること数年前,HIKAWA工業製“Izanami”およびGAD社製“TFA-012”が公表されてから約5年後のN.O.S. 47年(旧西暦2420年),一般向けTF操縦シミュレータ「TF Simulator ver1.0」が公開された[6].

 これは元来,連合軍内部で運用されていた訓練用シミュレータを基礎としており,機密情報および軍用機能のみを削除した民生版であったとされる.連合軍はTF時代の到来を見据え,将来的なパイロット候補者層を早期に育成する意図を有していたと推察されている.

 さらに翌年のN.O.S. 48年(旧西暦2421年),TF Simulatorはver2.0へと大型アップデートされ,インターネットを介した対人戦機能が実装された.専用操縦コントローラも同時発売され,TF Simは急速に世界規模の競技文化へと発展していく.

 N.O.S. 50年(旧西暦2423年)には,ACS成立50周年を記念した「TF Sim World Championship」が開催された.世界中から数百万規模の参加者が集まる中,優勝を果たしたのは,当時15歳であったユーザー“Calamity_Candy01”氏である.優勝者には賞金100万ドルおよび優勝カップが授与された[7].

 なお,Calamity_Candy01氏はその3年後,連合軍より正式にスカウトを受けている.その後の消息については明らかとなっていないが,TF Sim出身者が実際のTFパイロットへ転身した例は,以後決して珍しいものではなくなっていった.

 軍靴の足音は,大衆によって聞こえなくなってしまうものである.

 

 

5-6. Tactical Operating Systems(TOS)の開発

 N.O.S. 53年(旧西暦2426年)9月,同年3月に発生したTF不正アクセス事件を受け,連合軍はTF基幹OS「NOXOS」の大規模改修へ着手した.

 この際,連合軍はNOXOS開発者であるnox_00F氏へ接触し,OSソースコードそのものを“買い取った”ものと推察されている.もっとも,当時既にNOXOS誕生から40年以上が経過しており,個人開発者であったnox_00F氏がOS本体の継続的保守を単独で担い続けることは,現実的に困難となっていた可能性が高い.

 その後,連合軍はNOXOSを基礎とした軍用fork版OS──正式名称不明──を独自開発し,順次連合軍TFへ組み込んでいったとされる.後年,一部資料ではこれを総称して“Tactical Operating Systems(TACOS)”と呼称している[8].

 なお,TACOS導入以降,N.O.S. 53年(旧西暦2426年)の不正アクセス事件と同規模の大規模侵入事案は,一度も確認されていない.

 余談ではあるが,nox_00F氏はソースコード譲渡に際し,いくつかの条件を提示したとする説が存在する.その中でも特に有名なのが,「Nox’s Boxの存続」および「NOXOSのアップデート継続」である.

 執筆現在,nox_00F氏の生死は依然として不明である.

 しかし,NOXOS誕生から既に100年という年月が経過していることを踏まえれば,既に故人となっていても何ら不思議ではない.

 そして,NOXOS 100周年を迎えた本年,Nox’s Boxにて「年末を以てNOXOSのアップデートを終了する」とのアナウンスが発表された.この報は世界中へ衝撃を与え,筆者自身も驚きを隠せなかった.

 一つの時代が静かに幕を下ろした瞬間であった.

 

 

5-7. Q1tech社によるQXOSの出現

 N.O.S. 56年(旧西暦2429年),Q1tech社は,ACS-IC向けへ高度に最適化された新型OS「QXOS」を発表した[9].

 名称からも察せられる通り,QXOSはNOXOS思想への強い影響を受けていたと考えられている.しかしその一方で,QXOSは従来のオープンソースコミュニティ主導型OSとは異なり,完全商用ライセンス制を採用していた.

 QXOSは有料OSであったものの,

 1. NOXOSを上回る強固なセキュリティ

 2. 極めて充実したACS-ICドライバ群

 3. 優れたリアルタイム処理性能

 の3点を実現しており,当時のベンチマークでは,同条件下においてNOXOS比およそ14%の演算性能向上が確認されている.

 特にTF分野では,QXOSの高い安定性と統合管理性能が高く評価され,以後QXOS系OSは,軍需・宇宙開発・大型TF産業を中心として急速に普及していくこととなる.

 後年,一部技術者はQXOSを「ACS-IC時代におけるOS最適化の完成形」と評している.

 

 

References

[1] “HIKAWA Heavy Industries Unveils Humanoid Orbital Construction Machine ‘Izanami’”, XYZ News, May 14th, 2415.

[2] “Global Applied Dynamics Reveals TFA-012 amid Growing Orbital Development Race”, XYZ Business Weekly, May 19th, 2415.

[3] R. Keller et al., “The First Tactical Frame Chaos Era”, Orbitra Military Industry Review 12, 44-91 (2424).

[4] Multinational Allied Council, “Tactical Universal Network & Interface Terminology (T-UNIT) Specification v1.0”, MAC Standard Archive, 2423.

[5] Allied Forces Cybersecurity Bureau, “North America TF Incident Investigation Report”, AFCB Security Report, AFCB-2426-31.

[6] “Tactical Frame Simulator ver1.0 Civilian Release Notes”, XYZ News, July 9th, 2420.

[7] “15-Year-Old Player Wins TF Sim World Championship”, XYZ Network News, August 18th, 2423.

[8] Multinational Allied Forces, “Announcement Regarding Next-Generation Tactical Operating Systems”, Official Press Release, September 21st, 2426.

[9] Q1tech Corporation, “QXOS Enterprise Specification Sheet”, Q1tech Product Archive, QXOS-2429-SPEC.

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