『WARHAMMER 40,000
――黒き総統と人類の証明――』
キング・ブラッドレイ
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■ プロローグ
銀河辺境宙域。
無数の戦争で焼き尽くされた、孤立惑星群。
その中心に存在するのが、辺境惑星
“アメストリア”。
そこは異様な世界だった。
医療技術は発達している。
だが人体改造は禁止。
超人兵士もいない。
機械化兵もいない。
存在するのは、生身の人間だけ。
しかしその軍隊は、銀河最悪クラスの白兵戦能力を誇っていた。
怪物を剣で殺し。
超人を包囲して斬り裂き。
悪魔へすら恐怖を抱かない。
そしてその頂点に立つ男。
二本のサーベルだけを持ち、戦場を歩く総統。
キング・ブラッドレイ。
銀河では彼をこう呼ぶ。
「最後の人間」
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■ 第一章
黒い軍服の惑星
帝国辺境艦隊は、救難信号を受けて辺境星域へ到着する。
しかし、そこで見た光景は異常だった。
壊滅したオーク軍勢。
斬り裂かれたティラニッド大型種。
首だけ消えた混沌兵士達。
銃創ではない。
全て、“刃”による殺傷だった。
帝国側は混乱する。
「こんな戦場を作れる勢力が存在するのか?」
やがて彼らは、一つの黒い艦隊へ遭遇する。
黒い軍服。
無駄の無い敬礼。
静か過ぎる兵士達。
それがアメストリア軍との最初の接触だった。
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■ 第二章
生身の怪物
帝国側は当初、アメストリアを軽視する。
所詮は未改造人類。
超人兵士であるスペースマリーン相手に勝てる訳がない。
――だが戦場で、その認識は崩壊する。
アメストリア兵達は、真正面からマリーンへ接近。
装甲の継ぎ目。
視界スリット。
関節部。
そこだけを正確に切断し、超人兵士を倒していく。
そして前線に現れる、一人の老人。
白髪。
眼帯。
二本のサーベル。
キング・ブラッドレイ。
彼は笑う。
「化け物か。」
「ならば斬ればいい。」
その瞬間、一個分隊のマリーンが数秒で切断される。
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■ 第三章
人間の証明
やがて帝国は知る。
アメストリア軍の強さは、超常ではない。
鍛錬。
経験。
覚悟。
ただそれだけ。
彼らは弱い。
撃たれれば死ぬ。
疲労もする。
恐怖も感じる。
それでも前へ進く。
だからこそ恐ろしい。
帝国軍内部では、ブラッドレイを巡って意見が割れ始める。
「危険思想だ。」
「だが辺境防衛には必要だ。」
「人類の可能性かもしれない。」
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■ 第四章
混沌侵攻
そんな中、辺境宙域へ大規模混沌侵攻が発生。
惑星が燃え、悪魔が溢れ、帝国軍は後退を余儀なくされる。
そして混沌側が最も警戒したのが、アメストリア軍だった。
理由は単純。
彼らは“恐怖で壊れない”。
狂気を見ても止まらない。
悪魔を見ても剣を握り続ける。
戦場は地獄と化す。
黒い軍服の兵士達が、無言で悪魔へ突撃していく。
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■ 第五章
総統の死
戦争末期。
混沌側はついに、ブラッドレイ抹殺を決断。
デーモンプリンス級存在との死闘の末、ブラッドレイは致命傷を負う。
しかし彼は倒れない。
腹を裂かれながら。
片腕を失いながら。
最後の一歩を踏み込み、敵の首を切断する。
その直後。
キング・ブラッドレイ、戦死。
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■ 第六章
黒い喪服戦争
銀河は歓喜する。
“怪物が死んだ”と。
だが、本当の悪夢はそこから始まる。
アメストリア軍全兵士が、腕へ黒布を巻く。
通信は減少。
会話は消失。
そして敵勢力が、一つずつ消えていく。
司令部。
補給基地。
艦隊。
全てが静かに破壊される。
彼らは叫ばない。
泣かない。
ただ、復讐を続ける。
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■ 最終章
最後の人間
数十年後。
辺境宙域から混沌勢力は消滅寸前となる。
しかし代償として、アメストリア軍は“伝説”へ変わっていた。
黒い軍服。
二本の剣。
静かな敬礼。
兵士達は今でも語り継ぐ。
「総統は死んでいない。」
「あの人は、俺達の中にいる。」
そして辺境では、今も噂されている。
戦場の最前線。
黒い軍服の老兵が、二本の剣を持って歩いている、と。
怪物へ向かって。
人類がまだ終わっていない事を証明するために。
エピローグ
――人類は、まだ終わっていない――
キング・ブラッドレイ
ブラッドレイ戦死から、五十年。
辺境宙域は静かだった。
かつて惑星を埋め尽くしたオークの残骸は風化し、
混沌に焼かれた都市群には灰だけが残っている。
だが――
戦争だけは終わっていなかった。
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アメストリア連邦は今も存在している。
黒い軍服。
無駄の無い敬礼。
静かな兵士達。
その姿は、かつてと何も変わらない。
ただ一つ違うのは。
もう誰も、“総統”の名を軽々しく口にしない事だった。
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辺境惑星ヴァルガン。
吹雪の降る防衛要塞。
若い兵士達が、食堂で古い記録映像を見ていた。
映像は粗い。
そこに映っているのは、一人の老人。
白髪。
眼帯。
二本のサーベル。
怪物の群れへ歩いていく後ろ姿。
兵士の一人が呟く。
「本当に、生身だったのか……?」
すると隣にいた古参兵が静かに笑う。
「ああ。」
「あの人は最後まで、人間だった。」
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現在のアメストリア軍は、銀河でも特異な存在として恐れられている。
超人兵士を持たない。
機械化兵もいない。
それでもなお、辺境最強クラス。
理由は単純だった。
ブラッドレイの思想が、今も生きているからである。
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訓練施設の壁には、今でも彼の言葉が刻まれている。
「恐怖は消えない。」
「ならば抱えたまま前へ進め。」
新兵達は血を吐きながら剣を振る。
倒れても立ち上がる。
泣きながら前へ出る。
彼らは知っている。
自分達は弱い。
人間でしかない。
だからこそ鍛える。
それがアメストリアだった。
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帝国軍内部では、今でも議論が続いている。
「ブラッドレイは危険思想だったのか。」
「それとも、人類の可能性だったのか。」
結論は出ない。
ただ一つ確かな事がある。
彼の存在は、多くの兵士達へ希望を与えてしまった。
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ある辺境戦線では、こんな噂が囁かれている。
壊滅寸前の防衛線。
怪物に包囲された兵士達。
その最前線で、黒い軍服の老兵を見た者がいるという。
白髪。
眼帯。
二本の剣。
そして静かな声。
「何を怯える。」
「首を落とせば死ぬ。」
次の瞬間、怪物の群れが切断されていた。
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真実かどうかは、誰にも分からない。
だが辺境兵士達は、その噂を笑わない。
なぜなら彼らは知っているからだ。
キング・ブラッドレイとは、一人の男の名前ではない。
絶望の中でも前へ進む、人間の意志そのものだと。
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そして今日も。
銀河のどこかで、黒い軍服の兵士達が剣を握っている。
怪物へ向かうために。
仲間を守るために。
そして証明するために。
“人類は、まだ終わっていない。”
外伝
――継承者――
キング・ブラッドレイ
ブラッドレイ戦死から、七十年。
辺境宙域では、新たな戦争が始まっていた。
かつて壊滅したはずの混沌勢力が再結集し、
複数惑星が同時侵攻を受ける。
アメストリア軍は迎撃へ向かうが、状況は過去最悪。
敵の数が多過ぎた。
前線は次々崩壊。
要塞都市は炎上。
補給線も寸断される。
兵士達の間には、久しく存在しなかった感情が広がり始める。
“限界”だった。
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■ 一人の若い士官
そんな中、一人の若い士官が注目され始める。
名は、
レオン・ヴァイス。
二十代後半。
特別な才能は無い。
超人でもない。
伝説的剣士でもない。
ただの生身の人間。
しかし彼は、異常だった。
どれだけ絶望的状況でも最前線へ立つ。
誰より先に突撃する。
負傷兵を見捨てない。
そして何より。
怪物を前にしても、目が死なない。
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■ 古参兵達の反応
最初に異変へ気付いたのは、老兵達だった。
彼らはレオンを見る度、沈黙する。
立ち姿。
剣の構え。
静かな眼。
それが、あまりにも似ていた。
誰かに。
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■ 崩壊寸前の防衛線
辺境惑星ハルディア防衛戦。
数万の混沌兵と巨大悪魔によって、防衛線は完全包囲される。
撤退勧告。
降伏推奨。
全て無視して、レオンは前線へ出る。
部下達は叫ぶ。
「死にます!」
しかし彼は静かに剣を抜く。
そして、かつてブラッドレイが残した言葉を口にする。
「恐怖は消えない。」
「ならば抱えたまま前へ進め。」
その瞬間。
崩壊しかけていた兵士達が、再び立ち上がる。
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■ “継承”
レオンはブラッドレイではない。
剣技も届かない。
戦闘能力も比較にならない。
怪物を数秒で切断する事も出来ない。
だが。
彼には、“意志”があった。
死を理解しながら前へ出る覚悟。
人間である事を捨てない誇り。
仲間を見捨てない執念。
それこそが、ブラッドレイの本質だった。
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■ 老兵の涙
戦闘後。
生き残った古参兵の一人が、レオンへ敬礼する。
老兵は震える声で言う。
「総統閣下に……似ています。」
レオンは困ったように笑う。
「やめてください。」
「俺は、ただの人間です。」
その言葉を聞いた瞬間。
老兵は初めて涙を流した。
なぜなら、それこそ。
キング・ブラッドレイが最も好みそうな答えだったからである。
■ 新たな時代
やがて辺境では、新たな噂が流れ始める。
黒い軍服の若い士官。
最前線へ立つ男。
怪物へ剣を向ける“普通の人間”。
人々は彼をこう呼び始める。
「第二のブラッドレイ」
しかしアメストリア兵達だけは、その呼び名を否定する。
彼らは知っているからだ。
ブラッドレイは唯一無二。
だが同時に、こうも理解している。
“意志は死なない”
と。
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■ 最後の場面
物語の最後。
レオンは新兵達へ訓練を行っている。
誰もが疲弊し、倒れ込み、息を切らしている。
その中でレオンは静かに言う。
「俺達は弱い。」
「だから鍛える。」
「恐怖する。」
「だから仲間と並ぶ。」
そして彼は剣を構える。
夕焼けの中。
その後ろ姿だけが、一瞬だけ。
かつての“黒き総統”に見えた。
終章
――次の世代へ――
キング・ブラッドレイ
レオン・ヴァイスの名が辺境へ広まり始めてから、さらに三十年。
戦争は終わらなかった。
銀河は今日も燃えている。
怪物は尽きず、
混沌は滅びず、
人類は今も滅亡寸前だった。
だが、それでも。
アメストリア軍は存在していた。
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■ 古くなった軍服
アメストリア中央士官学校。
訓練場の片隅に、一着の古い黒い軍服が保管されている。
擦り切れた袖。
無数の裂傷。
乾き切った血痕。
そして胸元には、小さな二本剣の徽章。
キング・ブラッドレイが最後の戦場で着ていた軍服だった。
それは勲章のように飾られている訳ではない。
豪華なケースにも入っていない。
ただ静かに置かれている。
まるで、今でも持ち主が戻ってくるかのように。
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■ 子供達
現在のアメストリアでは、子供達ですらブラッドレイの名を知っている。
だが彼らにとって、それは神話ではない。
“昔いた、一人の兵士”
として語られている。
学校教師達は、過剰な英雄化を避ける。
なぜならブラッドレイ本人が、最もそれを嫌ったと伝わっているからだ。
だから教えられるのは、強さではない。
恐怖を知りながら前へ進んだ事。
仲間を見捨てなかった事。
人間である事を捨てなかった事。
それだけだった。
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■ 新兵達の時代
今の新兵達は、ブラッドレイを見た事がない。
レオンですら、既に歴戦の老将。
時代は変わっている。
武器も進化し、戦場も変化した。
だが訓練内容だけは、昔と変わらない。
泥の中を走る。
剣を振る。
仲間を背負う。
効率だけ見れば、時代遅れ。
だがアメストリア軍は、その訓練をやめない。
なぜなら彼らは理解しているからだ。
最後に前へ出るのは、結局“人間”なのだと。
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■ レオンの老い
白髪混じりになったレオンは、ある日、士官学校の屋上から訓練場を眺めていた。
そこでは若い兵士達が、血を吐きながら剣を振っている。
その姿を見て、隣にいた副官が言う。
「時代遅れですよ。」
「今はもっと効率的な戦い方があります。」
レオンは静かに笑う。
そして答える。
「かもしれないな。」
「だが、人間は効率だけで戦えない。」
その言葉には、かつてのブラッドレイの面影があった。
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■ 受け継がれるもの
アメストリア軍で、本当に継承されているのは剣術ではない。
思想だった。
恐怖から逃げない事。
弱さを認める事。
仲間と並んで戦う事。
そして。
「人間は、人間のまま戦える」
という信念。
それだけは、何世代経っても消えなかった。
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■ 最後の授業
ある日の訓練終了後。
若い候補生がレオンへ質問する。
「総統ブラッドレイって、本当に最強だったんですか?」
レオンは少し考える。
そして空を見上げながら答える。
「ああ。」
「だが、あの人が本当に凄かったのは、強さじゃない。」
候補生達は黙って聞く。
レオンは静かに続ける。
「怪物だらけの銀河で、最後まで“人間”でい続けた事だ。」
風が吹く。
夕焼けの空の下。
訓練場では、新しい世代の兵士達が再び剣を振り始めていた。
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■ ラストシーン
銀河の果て。
燃え上がる戦場。
黒い軍服の若い兵士達が、怪物の群れへ突撃していく。
その先頭には、一人の新人士官。
まだ未熟。
まだ弱い。
それでも彼は、恐怖を抱えたまま前へ進く。
そして静かに剣を抜く。
その背中を見た老兵達は、誰も何も言わない。
ただ、小さく敬礼する。
なぜなら彼らは知っているからだ。
キング・ブラッドレイは、もういない。
だが――
“人類の意志は、次の世代へ受け継がれた。”
訓練場の隅。
夕焼けに染まった古いベンチへ腰掛けた老兵が、静かに呟く。
「……懐かしいな。」
視線の先では、新兵達が泥まみれになりながら剣を振っている。
転び、怒鳴られ、血を流し、それでも立ち上がる。
その光景は、何十年経っても変わらない。
⸻
老兵は震える手で煙草へ火を付ける。
耳を澄ませば、昔の声が聞こえる気がした。
無駄の無い足音。
静かな軍靴の音。
そして、あの低い声。
「遅い。」
「そんな剣では、自分すら守れん。」
誰より厳しく。
誰より前へ立っていた男。
キング・ブラッドレイ
⸻
老兵は苦く笑う。
「怖かったなぁ……あの人。」
本当に怖かった。
怒鳴らなくても怖い。
静かに見られるだけで背筋が凍る。
訓練は地獄。
戦場はもっと地獄。
何度死にかけたか分からない。
それでも。
不思議と恨む者はいなかった。
なぜなら、あの男は必ず前にいたからだ。
一番危険な場所に。
一番死にやすい場所に。
誰より先に剣を抜いていた。
⸻
若い新兵達の笑い声が響く。
老兵は目を細める。
昔なら考えられなかった。
あの頃は、皆もっと余裕が無かった。
毎日が生き残るだけで精一杯だった。
だが今は違う。
笑える。
未来を語れる。
次の世代が育っている。
それこそ、ブラッドレイが命を懸けて守ったものだった。
⸻
一人の若い士官が老兵へ近付く。
「先輩。」
「本当にいたんですか?」
「“黒き総統”って。」
老兵は少し黙る。
そして空を見上げ、小さく笑った。
「ああ。」
「いたよ。」
「化け物みたいに強くて……」
「誰より、人間臭い人だった。」
⸻
風が吹く。
夕焼けの空。
訓練場では、新兵達が再び剣を構える。
その姿を見ながら、老兵は静かに目を閉じる。
まるで遠い昔の戦場が、そこに重なったようだった。
黒い軍服。
血の匂い。
静かな足音。
そして、最前線を歩く一人の男。
「恐怖は消えない。」
「ならば抱えたまま前へ進め。」
老兵は小さく敬礼する。
誰に見せるでもなく。
ただ、懐かしむように。
呼んだかね?
訓練場へ吹いていた風が、不意に止まる。
夕焼けの赤の中。
老兵達の表情が固まった。
聞こえるはずのない声。
低く、静かで、どこか皮肉げな声。
「――呼んだかね?」
誰かが息を呑む。
軍靴の音が響く。
一定の速度。
無駄の無い歩幅。
そして、訓練場の入口に立つ一人の老人。
白髪。
眼帯。
黒い軍服。
腰には、二本のサーベル。
キング・ブラッドレイ
⸻
新兵達は凍り付く。
伝説の人物。
既に死んだはずの男。
だが古参兵達だけは、動かなかった。
いや。
動けなかった。
ある老兵は、震える声で呟く。
「……閣下?」
ブラッドレイは小さく肩を竦める。
「何だ、その顔は。」
「幽霊でも見たようだな。」
その瞬間。
老兵達の目に涙が浮かぶ。
何十年経っても忘れられない。
その口調も。
立ち姿も。
静かな威圧感も。
全て、あの日のままだった。
⸻
若い士官レオンは、ゆっくり前へ出る。
彼はブラッドレイ本人を知らない世代。
だが、本能で理解する。
目の前にいるのは、
“人間のまま怪物へ届いた男”だと。
レオンは敬礼する。
ブラッドレイは彼を見て、少しだけ目を細めた。
「ほう。」
「悪くない眼だ。」
「死を知っている眼だ。」
レオンの背筋へ冷たい汗が流れる。
たった一言。
それだけで、自分の全てを見透かされた気がした。
⸻
周囲の新兵達は、完全に沈黙している。
伝説。
英雄。
神話。
そんな存在だと思っていた。
だが実際に現れた男は、妙に自然だった。
ただ静かに立ち。
ただ周囲を見ている。
それなのに。
戦場そのものが歩いて来たような圧力がある。
⸻
やがてブラッドレイは、訓練場の新兵達を見渡す。
泥だらけ。
傷だらけ。
未熟な兵士達。
だが彼は、僅かに笑った。
「……いい顔になった。」
「昔より、少しはマシな軍隊になったらしい。」
老兵達が苦笑する。
相変わらず褒めているのか分からない。
だが、それが妙に嬉しかった。
⸻
夕焼けの中。
誰かが小さく呟く。
「おかえりなさい。」
ブラッドレイは答えない。
ただ静かに、訓練場の中央へ歩いていく。
そして二本の剣を抜く。
銀色の刃が、夕陽を反射する。
その瞬間。
新兵達は理解した。
伝説は、終わっていなかったのだと。
まったく、人間で居たかったのにな、
訓練場の空気が静まり返る。
夕焼けの赤が、黒い軍服をゆっくり染めていた。
キング・ブラッドレイ は、抜いたサーベルを静かに眺める。
長い年月を戦い続けた刃。
無数の怪物を斬り、無数の戦場を越えてきた剣。
その切っ先へ映る自分の顔を見ながら、彼は小さく笑った。
「……まったく。」
「人間で居たかったのにな。」
その声は、どこか疲れていた。
⸻
誰も言葉を返せない。
老兵達ですら、初めて聞いた。
そんな弱音に近い言葉を。
ブラッドレイは空を見上げる。
辺境の空。
昔と変わらない、血の色みたいな夕焼け。
「気付けば、周りは怪物ばかりだ。」
「超人、悪魔、化け物……」
「人間でいるには、少々厳しい時代だった。」
彼は冗談めかして言う。
だが、その目だけは笑っていなかった。
⸻
レオンは静かに問い掛ける。
「……後悔しているんですか。」
ブラッドレイは少し考える。
そして、ゆっくり首を横へ振った。
「いや。」
「後悔は無い。」
「ただ……少し疲れただけだ。」
その瞬間。
古参兵達の胸が締め付けられる。
誰より強かった男。
誰より前を歩いた男。
その背中だけを見て来た。
だから忘れていたのだ。
この男も、本当は。
痛みを感じる、一人の人間だった事を。
⸻
ブラッドレイは続ける。
「私は怪物になりたかった訳じゃない。」
「生き残るために剣を振っていただけだ。」
「仲間を死なせないために、前へ出ていただけだ。」
彼は剣を鞘へ戻す。
金属音が静かに響く。
「だが、いつしか周囲は私を“人間”として見なくなった。」
「便利なものだ。」
「化け物だと思えば、恐れなくて済む。」
⸻
新兵達は息を呑む。
彼らにとってブラッドレイは伝説だった。
絶対的強者。
死神。
戦場の怪物。
だが今、目の前にいるのは。
ただ静かに疲れた顔をする、一人の老人だった。
⸻
しばらく沈黙が続く。
そして老兵の一人が、震える声で言う。
「……それでも。」
「閣下は、最後まで人間でした。」
ブラッドレイは少しだけ目を閉じる。
風が吹く。
黒い軍服の裾が揺れる。
やがて彼は、小さく笑った。
今度の笑みは、少しだけ柔らかかった。
「そうか。」
「なら……悪くない人生だった。」
夕焼けの光の中。
新兵達は、その後ろ姿を見つめる。
怪物ではない。
超人でもない。
傷付き、疲れ、それでも最後まで剣を握り続けた。
一人の“人間”の背中を。
誰が私の遺体を、アメストリアの医療技術で直
したようだ、お陰で、生身では無くなったよ
夕焼けの訓練場。
風の音だけが響く。
誰も動けなかった。
キング・ブラッドレイ は、自分の右手をゆっくり見下ろす。
その動きは、昔と何一つ変わらない。
だが――
どこか“静か過ぎた”。
⸻
彼は苦笑する。
「誰がやったのかは知らん。」
「私の遺体を回収し……アメストリアの医療技術で繋ぎ直したらしい。」
「お陰で、この通りだ。」
ブラッドレイは胸元へ軽く触れる。
その瞬間。
軍服の隙間から、一瞬だけ鈍い金属光沢が覗く。
新兵達の顔色が変わる。
誰かが息を呑む。
生身至上主義。
“人間のまま戦う”事を誇りとしていた男。
その彼が。
今や、生身ではない。
⸻
沈黙。
重い沈黙だった。
最初に口を開いたのは、老兵だった。
震える声。
「……閣下。」
「それは……」
ブラッドレイは遮るように笑う。
「安心しろ。」
「頭まで機械になった訳ではない。」
「まだ酒の味も分かる。」
冗談めかした声。
だが、その奥には微かな苦味が滲んでいた。
⸻
レオンは静かに尋ねる。
「嫌でしたか。」
ブラッドレイは少し黙る。
夕陽を見つめたまま、ゆっくり答える。
「……ああ。」
即答だった。
「私は、人間で終わりたかった。」
その言葉は重い。
誰より“人間”に拘った男。
怪物達の世界で、最後まで生身を貫いた男。
その彼が、死後に機械で繋ぎ止められた。
それはある意味、最大の皮肉だった。
⸻
だがブラッドレイは怒っていない。
ただ、少し困ったように笑う。
「だがまあ……」
「生き返った以上、働かされるのが軍人というものだ。」
老兵達から、小さな笑いが漏れる。
相変わらずだった。
死んでも変わらない。
⸻
ブラッドレイは新兵達を見る。
恐怖。
困惑。
尊敬。
様々な感情が混ざっている。
彼は静かに言う。
「勘違いするな。」
「機械になったから強い訳ではない。」
「私は、生きていた頃に既に完成していた。」
その一言に、空気が震える。
圧倒的自負。
だが誰も反論出来ない。
実際、その通りだからだ。
⸻
彼は訓練場を歩く。
軍靴の音。
しかし耳の良い古参兵達だけは気付く。
昔より足音が少し重い。
ほんの僅かに。
人間ではなくなった証拠。
⸻
ブラッドレイは空を見上げる。
夕焼けの色が、義体化した身体へ反射する。
「まったく……」
「死んでなお、戦場へ戻されるとはな。」
その声には、呆れと諦め。
そしてほんの少しだけ。
再び剣を握れる事への、静かな喜びが混ざっていた。
仕方ないな、どれ、私に着いてくるといい
訓練場に、静かな緊張が走る。
キング・ブラッドレイ は軍帽を軽く被り直し、夕焼けの向こうへ視線を向ける。
義体化された身体。
それでも背筋は真っ直ぐで、立ち姿に一切の衰えは無い。
彼は小さく息を吐く。
「仕方ないな。」
「どれ、私に着いてくるといい。」
その一言だけで、空気が変わった。
⸻
新兵達の背筋が反射的に伸びる。
老兵達は思わず苦笑した。
懐かしかった。
昔もそうだった。
どれほど絶望的戦場でも。
どれほど勝ち目が薄くても。
この男は、まるで散歩へ出るような口調で前へ歩き出す。
そして気付けば、本当に戦線を突破している。
⸻
レオンが問う。
「……どちらへ?」
ブラッドレイは振り返らない。
ただ静かに歩きながら答える。
「辺境外縁。」
「少々、騒がしいらしい。」
その瞬間、古参兵達の顔色が変わる。
辺境外縁。
現在、混沌残党と巨大異形群が衝突し、複数防衛線が崩壊しかけている最悪戦域だった。
普通なら、大規模艦隊を集結させる。
だがブラッドレイは、一人で行くような口調だった。
⸻
若い新兵が思わず叫ぶ。
「無茶です!」
「あそこは地獄ですよ!」
ブラッドレイは少しだけ笑う。
「知っている。」
「だから行くのだ。」
静かな声。
だが、その言葉には絶対的な重みがあった。
⸻
やがて老兵の一人が立ち上がる。
膝は震え、古傷も痛む。
それでも敬礼し、言う。
「……お供します。」
すると次々に兵士達が立ち上がる。
若者も。
古参も。
誰も命令されていない。
それでも自然と武器を取る。
ブラッドレイは横目でそれを見る。
そして、ほんの僅かに口元を緩めた。
⸻
「相変わらず物好きな連中だ。」
「私に付き合うと、碌な死に方をせんぞ。」
老兵が笑う。
「今さらです。」
「閣下の背中を追って、何十年ですか。」
周囲から小さな笑いが漏れる。
死地へ向かう前とは思えないほど穏やかな空気。
それこそが、アメストリア軍だった。
⸻
ブラッドレイはゆっくり二本の剣を抜く。
夕焼けを反射した刃が、赤く輝く。
その姿を見た新兵達は理解する。
伝説とは、過去の話ではない。
今この瞬間も、最前線へ歩いていくものなのだと。
⸻
そして黒い軍服の集団は、静かに歩き出す。
燃え続ける辺境宙域へ。
怪物達の待つ戦場へ。
先頭を歩くのは、一人の老人。
かつて“最後の人間”と呼ばれた男。
今は半ば機械となってもなお。
誰より人間らしい背中で、前を歩き続けていた。