辺境惑星アメストリア   作:甘めのコーヒー

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辺境惑星アメストリア

『WARHAMMER 40,000

 

――黒き総統と人類の証明――』

 

キング・ブラッドレイ

 

 

■ プロローグ

 

銀河辺境宙域。

 

無数の戦争で焼き尽くされた、孤立惑星群。

 

その中心に存在するのが、辺境惑星

“アメストリア”。

 

そこは異様な世界だった。

 

医療技術は発達している。

だが人体改造は禁止。

 

超人兵士もいない。

機械化兵もいない。

 

存在するのは、生身の人間だけ。

 

しかしその軍隊は、銀河最悪クラスの白兵戦能力を誇っていた。

 

怪物を剣で殺し。

超人を包囲して斬り裂き。

悪魔へすら恐怖を抱かない。

 

そしてその頂点に立つ男。

 

二本のサーベルだけを持ち、戦場を歩く総統。

 

キング・ブラッドレイ。

 

銀河では彼をこう呼ぶ。

 

「最後の人間」

 

 

■ 第一章

 

黒い軍服の惑星

 

帝国辺境艦隊は、救難信号を受けて辺境星域へ到着する。

 

しかし、そこで見た光景は異常だった。

 

壊滅したオーク軍勢。

斬り裂かれたティラニッド大型種。

首だけ消えた混沌兵士達。

 

銃創ではない。

 

全て、“刃”による殺傷だった。

 

帝国側は混乱する。

 

「こんな戦場を作れる勢力が存在するのか?」

 

やがて彼らは、一つの黒い艦隊へ遭遇する。

 

黒い軍服。

無駄の無い敬礼。

静か過ぎる兵士達。

 

それがアメストリア軍との最初の接触だった。

 

 

■ 第二章

 

生身の怪物

 

帝国側は当初、アメストリアを軽視する。

 

所詮は未改造人類。

 

超人兵士であるスペースマリーン相手に勝てる訳がない。

 

――だが戦場で、その認識は崩壊する。

 

アメストリア兵達は、真正面からマリーンへ接近。

 

装甲の継ぎ目。

視界スリット。

関節部。

 

そこだけを正確に切断し、超人兵士を倒していく。

 

そして前線に現れる、一人の老人。

 

白髪。

眼帯。

二本のサーベル。

 

キング・ブラッドレイ。

 

彼は笑う。

 

「化け物か。」

 

「ならば斬ればいい。」

 

その瞬間、一個分隊のマリーンが数秒で切断される。

 

 

■ 第三章

 

人間の証明

 

やがて帝国は知る。

 

アメストリア軍の強さは、超常ではない。

 

鍛錬。

経験。

覚悟。

 

ただそれだけ。

 

彼らは弱い。

 

撃たれれば死ぬ。

疲労もする。

恐怖も感じる。

 

それでも前へ進く。

 

だからこそ恐ろしい。

 

帝国軍内部では、ブラッドレイを巡って意見が割れ始める。

 

「危険思想だ。」

 

「だが辺境防衛には必要だ。」

 

「人類の可能性かもしれない。」

 

 

■ 第四章

 

混沌侵攻

 

そんな中、辺境宙域へ大規模混沌侵攻が発生。

 

惑星が燃え、悪魔が溢れ、帝国軍は後退を余儀なくされる。

 

そして混沌側が最も警戒したのが、アメストリア軍だった。

 

理由は単純。

 

彼らは“恐怖で壊れない”。

 

狂気を見ても止まらない。

悪魔を見ても剣を握り続ける。

 

戦場は地獄と化す。

 

黒い軍服の兵士達が、無言で悪魔へ突撃していく。

 

 

■ 第五章

 

総統の死

 

戦争末期。

 

混沌側はついに、ブラッドレイ抹殺を決断。

 

デーモンプリンス級存在との死闘の末、ブラッドレイは致命傷を負う。

 

しかし彼は倒れない。

 

腹を裂かれながら。

片腕を失いながら。

 

最後の一歩を踏み込み、敵の首を切断する。

 

その直後。

 

キング・ブラッドレイ、戦死。

 

 

■ 第六章

 

黒い喪服戦争

 

銀河は歓喜する。

 

“怪物が死んだ”と。

 

だが、本当の悪夢はそこから始まる。

 

アメストリア軍全兵士が、腕へ黒布を巻く。

 

通信は減少。

会話は消失。

 

そして敵勢力が、一つずつ消えていく。

 

司令部。

補給基地。

艦隊。

 

全てが静かに破壊される。

 

彼らは叫ばない。

泣かない。

 

ただ、復讐を続ける。

 

 

■ 最終章

 

最後の人間

 

数十年後。

 

辺境宙域から混沌勢力は消滅寸前となる。

 

しかし代償として、アメストリア軍は“伝説”へ変わっていた。

 

黒い軍服。

二本の剣。

静かな敬礼。

 

兵士達は今でも語り継ぐ。

 

「総統は死んでいない。」

 

「あの人は、俺達の中にいる。」

 

そして辺境では、今も噂されている。

 

戦場の最前線。

 

黒い軍服の老兵が、二本の剣を持って歩いている、と。

 

怪物へ向かって。

人類がまだ終わっていない事を証明するために。

 

エピローグ

 

――人類は、まだ終わっていない――

 

キング・ブラッドレイ

 

ブラッドレイ戦死から、五十年。

 

辺境宙域は静かだった。

 

かつて惑星を埋め尽くしたオークの残骸は風化し、

混沌に焼かれた都市群には灰だけが残っている。

 

だが――

 

戦争だけは終わっていなかった。

 

 

アメストリア連邦は今も存在している。

 

黒い軍服。

無駄の無い敬礼。

静かな兵士達。

 

その姿は、かつてと何も変わらない。

 

ただ一つ違うのは。

 

もう誰も、“総統”の名を軽々しく口にしない事だった。

 

 

辺境惑星ヴァルガン。

 

吹雪の降る防衛要塞。

 

若い兵士達が、食堂で古い記録映像を見ていた。

 

映像は粗い。

 

そこに映っているのは、一人の老人。

 

白髪。

眼帯。

二本のサーベル。

 

怪物の群れへ歩いていく後ろ姿。

 

兵士の一人が呟く。

 

「本当に、生身だったのか……?」

 

すると隣にいた古参兵が静かに笑う。

 

「ああ。」

 

「あの人は最後まで、人間だった。」

 

 

現在のアメストリア軍は、銀河でも特異な存在として恐れられている。

 

超人兵士を持たない。

機械化兵もいない。

 

それでもなお、辺境最強クラス。

 

理由は単純だった。

 

ブラッドレイの思想が、今も生きているからである。

 

 

訓練施設の壁には、今でも彼の言葉が刻まれている。

 

「恐怖は消えない。」

 

「ならば抱えたまま前へ進め。」

 

新兵達は血を吐きながら剣を振る。

 

倒れても立ち上がる。

泣きながら前へ出る。

 

彼らは知っている。

 

自分達は弱い。

人間でしかない。

 

だからこそ鍛える。

 

それがアメストリアだった。

 

 

帝国軍内部では、今でも議論が続いている。

 

「ブラッドレイは危険思想だったのか。」

 

「それとも、人類の可能性だったのか。」

 

結論は出ない。

 

ただ一つ確かな事がある。

 

彼の存在は、多くの兵士達へ希望を与えてしまった。

 

 

ある辺境戦線では、こんな噂が囁かれている。

 

壊滅寸前の防衛線。

怪物に包囲された兵士達。

 

その最前線で、黒い軍服の老兵を見た者がいるという。

 

白髪。

眼帯。

二本の剣。

 

そして静かな声。

 

「何を怯える。」

 

「首を落とせば死ぬ。」

 

次の瞬間、怪物の群れが切断されていた。

 

 

真実かどうかは、誰にも分からない。

 

だが辺境兵士達は、その噂を笑わない。

 

なぜなら彼らは知っているからだ。

 

キング・ブラッドレイとは、一人の男の名前ではない。

 

絶望の中でも前へ進む、人間の意志そのものだと。

 

 

そして今日も。

 

銀河のどこかで、黒い軍服の兵士達が剣を握っている。

 

怪物へ向かうために。

仲間を守るために。

 

そして証明するために。

 

“人類は、まだ終わっていない。”

 

外伝

 

――継承者――

 

キング・ブラッドレイ

 

ブラッドレイ戦死から、七十年。

 

辺境宙域では、新たな戦争が始まっていた。

 

かつて壊滅したはずの混沌勢力が再結集し、

複数惑星が同時侵攻を受ける。

 

アメストリア軍は迎撃へ向かうが、状況は過去最悪。

 

敵の数が多過ぎた。

 

前線は次々崩壊。

要塞都市は炎上。

補給線も寸断される。

 

兵士達の間には、久しく存在しなかった感情が広がり始める。

 

“限界”だった。

 

 

■ 一人の若い士官

 

そんな中、一人の若い士官が注目され始める。

 

名は、

レオン・ヴァイス。

 

二十代後半。

 

特別な才能は無い。

超人でもない。

伝説的剣士でもない。

 

ただの生身の人間。

 

しかし彼は、異常だった。

 

どれだけ絶望的状況でも最前線へ立つ。

誰より先に突撃する。

負傷兵を見捨てない。

 

そして何より。

 

怪物を前にしても、目が死なない。

 

 

■ 古参兵達の反応

 

最初に異変へ気付いたのは、老兵達だった。

 

彼らはレオンを見る度、沈黙する。

 

立ち姿。

剣の構え。

静かな眼。

 

それが、あまりにも似ていた。

 

誰かに。

 

 

■ 崩壊寸前の防衛線

 

辺境惑星ハルディア防衛戦。

 

数万の混沌兵と巨大悪魔によって、防衛線は完全包囲される。

 

撤退勧告。

降伏推奨。

 

全て無視して、レオンは前線へ出る。

 

部下達は叫ぶ。

 

「死にます!」

 

しかし彼は静かに剣を抜く。

 

そして、かつてブラッドレイが残した言葉を口にする。

 

「恐怖は消えない。」

 

「ならば抱えたまま前へ進め。」

 

その瞬間。

 

崩壊しかけていた兵士達が、再び立ち上がる。

 

 

■ “継承”

 

レオンはブラッドレイではない。

 

剣技も届かない。

戦闘能力も比較にならない。

 

怪物を数秒で切断する事も出来ない。

 

だが。

 

彼には、“意志”があった。

 

死を理解しながら前へ出る覚悟。

人間である事を捨てない誇り。

仲間を見捨てない執念。

 

それこそが、ブラッドレイの本質だった。

 

 

■ 老兵の涙

 

戦闘後。

 

生き残った古参兵の一人が、レオンへ敬礼する。

 

老兵は震える声で言う。

 

「総統閣下に……似ています。」

 

レオンは困ったように笑う。

 

「やめてください。」

 

「俺は、ただの人間です。」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

老兵は初めて涙を流した。

 

なぜなら、それこそ。

 

キング・ブラッドレイが最も好みそうな答えだったからである。

 

 

■ 新たな時代

 

やがて辺境では、新たな噂が流れ始める。

 

黒い軍服の若い士官。

最前線へ立つ男。

怪物へ剣を向ける“普通の人間”。

 

人々は彼をこう呼び始める。

 

「第二のブラッドレイ」

 

しかしアメストリア兵達だけは、その呼び名を否定する。

 

彼らは知っているからだ。

 

ブラッドレイは唯一無二。

 

だが同時に、こうも理解している。

 

“意志は死なない”

 

と。

 

 

■ 最後の場面

 

物語の最後。

 

レオンは新兵達へ訓練を行っている。

 

誰もが疲弊し、倒れ込み、息を切らしている。

 

その中でレオンは静かに言う。

 

「俺達は弱い。」

 

「だから鍛える。」

 

「恐怖する。」

 

「だから仲間と並ぶ。」

 

そして彼は剣を構える。

 

夕焼けの中。

 

その後ろ姿だけが、一瞬だけ。

 

かつての“黒き総統”に見えた。

 

 

終章

 

――次の世代へ――

 

キング・ブラッドレイ

 

レオン・ヴァイスの名が辺境へ広まり始めてから、さらに三十年。

 

戦争は終わらなかった。

 

銀河は今日も燃えている。

 

怪物は尽きず、

混沌は滅びず、

人類は今も滅亡寸前だった。

 

だが、それでも。

 

アメストリア軍は存在していた。

 

 

■ 古くなった軍服

 

アメストリア中央士官学校。

 

訓練場の片隅に、一着の古い黒い軍服が保管されている。

 

擦り切れた袖。

無数の裂傷。

乾き切った血痕。

 

そして胸元には、小さな二本剣の徽章。

 

キング・ブラッドレイが最後の戦場で着ていた軍服だった。

 

それは勲章のように飾られている訳ではない。

 

豪華なケースにも入っていない。

 

ただ静かに置かれている。

 

まるで、今でも持ち主が戻ってくるかのように。

 

 

■ 子供達

 

現在のアメストリアでは、子供達ですらブラッドレイの名を知っている。

 

だが彼らにとって、それは神話ではない。

 

“昔いた、一人の兵士”

 

として語られている。

 

学校教師達は、過剰な英雄化を避ける。

 

なぜならブラッドレイ本人が、最もそれを嫌ったと伝わっているからだ。

 

だから教えられるのは、強さではない。

 

恐怖を知りながら前へ進んだ事。

仲間を見捨てなかった事。

人間である事を捨てなかった事。

 

それだけだった。

 

 

■ 新兵達の時代

 

今の新兵達は、ブラッドレイを見た事がない。

 

レオンですら、既に歴戦の老将。

 

時代は変わっている。

 

武器も進化し、戦場も変化した。

 

だが訓練内容だけは、昔と変わらない。

 

泥の中を走る。

剣を振る。

仲間を背負う。

 

効率だけ見れば、時代遅れ。

 

だがアメストリア軍は、その訓練をやめない。

 

なぜなら彼らは理解しているからだ。

 

最後に前へ出るのは、結局“人間”なのだと。

 

 

■ レオンの老い

 

白髪混じりになったレオンは、ある日、士官学校の屋上から訓練場を眺めていた。

 

そこでは若い兵士達が、血を吐きながら剣を振っている。

 

その姿を見て、隣にいた副官が言う。

 

「時代遅れですよ。」

 

「今はもっと効率的な戦い方があります。」

 

レオンは静かに笑う。

 

そして答える。

 

「かもしれないな。」

 

「だが、人間は効率だけで戦えない。」

 

その言葉には、かつてのブラッドレイの面影があった。

 

 

■ 受け継がれるもの

 

アメストリア軍で、本当に継承されているのは剣術ではない。

 

思想だった。

 

恐怖から逃げない事。

弱さを認める事。

仲間と並んで戦う事。

 

そして。

 

「人間は、人間のまま戦える」

 

という信念。

 

それだけは、何世代経っても消えなかった。

 

 

■ 最後の授業

 

ある日の訓練終了後。

 

若い候補生がレオンへ質問する。

 

「総統ブラッドレイって、本当に最強だったんですか?」

 

レオンは少し考える。

 

そして空を見上げながら答える。

 

「ああ。」

 

「だが、あの人が本当に凄かったのは、強さじゃない。」

 

候補生達は黙って聞く。

 

レオンは静かに続ける。

 

「怪物だらけの銀河で、最後まで“人間”でい続けた事だ。」

 

風が吹く。

 

夕焼けの空の下。

 

訓練場では、新しい世代の兵士達が再び剣を振り始めていた。

 

 

■ ラストシーン

 

銀河の果て。

 

燃え上がる戦場。

 

黒い軍服の若い兵士達が、怪物の群れへ突撃していく。

 

その先頭には、一人の新人士官。

 

まだ未熟。

まだ弱い。

 

それでも彼は、恐怖を抱えたまま前へ進く。

 

そして静かに剣を抜く。

 

その背中を見た老兵達は、誰も何も言わない。

 

ただ、小さく敬礼する。

 

なぜなら彼らは知っているからだ。

 

キング・ブラッドレイは、もういない。

 

だが――

 

“人類の意志は、次の世代へ受け継がれた。”

 

 

訓練場の隅。

 

夕焼けに染まった古いベンチへ腰掛けた老兵が、静かに呟く。

 

「……懐かしいな。」

 

視線の先では、新兵達が泥まみれになりながら剣を振っている。

 

転び、怒鳴られ、血を流し、それでも立ち上がる。

 

その光景は、何十年経っても変わらない。

 

 

老兵は震える手で煙草へ火を付ける。

 

耳を澄ませば、昔の声が聞こえる気がした。

 

無駄の無い足音。

静かな軍靴の音。

 

そして、あの低い声。

 

「遅い。」

 

「そんな剣では、自分すら守れん。」

 

誰より厳しく。

誰より前へ立っていた男。

 

キング・ブラッドレイ

 

 

老兵は苦く笑う。

 

「怖かったなぁ……あの人。」

 

本当に怖かった。

 

怒鳴らなくても怖い。

静かに見られるだけで背筋が凍る。

 

訓練は地獄。

戦場はもっと地獄。

 

何度死にかけたか分からない。

 

それでも。

 

不思議と恨む者はいなかった。

 

なぜなら、あの男は必ず前にいたからだ。

 

一番危険な場所に。

一番死にやすい場所に。

 

誰より先に剣を抜いていた。

 

 

若い新兵達の笑い声が響く。

 

老兵は目を細める。

 

昔なら考えられなかった。

 

あの頃は、皆もっと余裕が無かった。

毎日が生き残るだけで精一杯だった。

 

だが今は違う。

 

笑える。

未来を語れる。

次の世代が育っている。

 

それこそ、ブラッドレイが命を懸けて守ったものだった。

 

 

一人の若い士官が老兵へ近付く。

 

「先輩。」

 

「本当にいたんですか?」

 

「“黒き総統”って。」

 

老兵は少し黙る。

 

そして空を見上げ、小さく笑った。

 

「ああ。」

 

「いたよ。」

 

「化け物みたいに強くて……」

 

「誰より、人間臭い人だった。」

 

 

風が吹く。

 

夕焼けの空。

 

訓練場では、新兵達が再び剣を構える。

 

その姿を見ながら、老兵は静かに目を閉じる。

 

まるで遠い昔の戦場が、そこに重なったようだった。

 

黒い軍服。

血の匂い。

静かな足音。

 

そして、最前線を歩く一人の男。

 

「恐怖は消えない。」

 

「ならば抱えたまま前へ進め。」

 

老兵は小さく敬礼する。

 

誰に見せるでもなく。

 

ただ、懐かしむように。

 

 

呼んだかね?

 

 

訓練場へ吹いていた風が、不意に止まる。

 

夕焼けの赤の中。

 

老兵達の表情が固まった。

 

聞こえるはずのない声。

 

低く、静かで、どこか皮肉げな声。

 

「――呼んだかね?」

 

誰かが息を呑む。

 

軍靴の音が響く。

一定の速度。

無駄の無い歩幅。

 

そして、訓練場の入口に立つ一人の老人。

 

白髪。

眼帯。

黒い軍服。

 

腰には、二本のサーベル。

 

キング・ブラッドレイ

 

 

新兵達は凍り付く。

 

伝説の人物。

既に死んだはずの男。

 

だが古参兵達だけは、動かなかった。

 

いや。

動けなかった。

 

ある老兵は、震える声で呟く。

 

「……閣下?」

 

ブラッドレイは小さく肩を竦める。

 

「何だ、その顔は。」

 

「幽霊でも見たようだな。」

 

その瞬間。

 

老兵達の目に涙が浮かぶ。

 

何十年経っても忘れられない。

 

その口調も。

立ち姿も。

静かな威圧感も。

 

全て、あの日のままだった。

 

 

若い士官レオンは、ゆっくり前へ出る。

 

彼はブラッドレイ本人を知らない世代。

 

だが、本能で理解する。

 

目の前にいるのは、

“人間のまま怪物へ届いた男”だと。

 

レオンは敬礼する。

 

ブラッドレイは彼を見て、少しだけ目を細めた。

 

「ほう。」

 

「悪くない眼だ。」

 

「死を知っている眼だ。」

 

レオンの背筋へ冷たい汗が流れる。

 

たった一言。

 

それだけで、自分の全てを見透かされた気がした。

 

 

周囲の新兵達は、完全に沈黙している。

 

伝説。

英雄。

神話。

 

そんな存在だと思っていた。

 

だが実際に現れた男は、妙に自然だった。

 

ただ静かに立ち。

ただ周囲を見ている。

 

それなのに。

 

戦場そのものが歩いて来たような圧力がある。

 

 

やがてブラッドレイは、訓練場の新兵達を見渡す。

 

泥だらけ。

傷だらけ。

未熟な兵士達。

 

だが彼は、僅かに笑った。

 

「……いい顔になった。」

 

「昔より、少しはマシな軍隊になったらしい。」

 

老兵達が苦笑する。

 

相変わらず褒めているのか分からない。

 

だが、それが妙に嬉しかった。

 

 

夕焼けの中。

 

誰かが小さく呟く。

 

「おかえりなさい。」

 

ブラッドレイは答えない。

 

ただ静かに、訓練場の中央へ歩いていく。

 

そして二本の剣を抜く。

 

銀色の刃が、夕陽を反射する。

 

その瞬間。

 

新兵達は理解した。

 

伝説は、終わっていなかったのだと。

 

 

まったく、人間で居たかったのにな、

 

 

 

訓練場の空気が静まり返る。

 

夕焼けの赤が、黒い軍服をゆっくり染めていた。

 

キング・ブラッドレイ は、抜いたサーベルを静かに眺める。

 

長い年月を戦い続けた刃。

無数の怪物を斬り、無数の戦場を越えてきた剣。

 

その切っ先へ映る自分の顔を見ながら、彼は小さく笑った。

 

「……まったく。」

 

「人間で居たかったのにな。」

 

その声は、どこか疲れていた。

 

 

誰も言葉を返せない。

 

老兵達ですら、初めて聞いた。

 

そんな弱音に近い言葉を。

 

ブラッドレイは空を見上げる。

 

辺境の空。

昔と変わらない、血の色みたいな夕焼け。

 

「気付けば、周りは怪物ばかりだ。」

 

「超人、悪魔、化け物……」

 

「人間でいるには、少々厳しい時代だった。」

 

彼は冗談めかして言う。

 

だが、その目だけは笑っていなかった。

 

 

レオンは静かに問い掛ける。

 

「……後悔しているんですか。」

 

ブラッドレイは少し考える。

 

そして、ゆっくり首を横へ振った。

 

「いや。」

 

「後悔は無い。」

 

「ただ……少し疲れただけだ。」

 

その瞬間。

 

古参兵達の胸が締め付けられる。

 

誰より強かった男。

誰より前を歩いた男。

 

その背中だけを見て来た。

 

だから忘れていたのだ。

 

この男も、本当は。

 

痛みを感じる、一人の人間だった事を。

 

 

ブラッドレイは続ける。

 

「私は怪物になりたかった訳じゃない。」

 

「生き残るために剣を振っていただけだ。」

 

「仲間を死なせないために、前へ出ていただけだ。」

 

彼は剣を鞘へ戻す。

 

金属音が静かに響く。

 

「だが、いつしか周囲は私を“人間”として見なくなった。」

 

「便利なものだ。」

 

「化け物だと思えば、恐れなくて済む。」

 

 

新兵達は息を呑む。

 

彼らにとってブラッドレイは伝説だった。

 

絶対的強者。

死神。

戦場の怪物。

 

だが今、目の前にいるのは。

 

ただ静かに疲れた顔をする、一人の老人だった。

 

 

しばらく沈黙が続く。

 

そして老兵の一人が、震える声で言う。

 

「……それでも。」

 

「閣下は、最後まで人間でした。」

 

ブラッドレイは少しだけ目を閉じる。

 

風が吹く。

 

黒い軍服の裾が揺れる。

 

やがて彼は、小さく笑った。

 

今度の笑みは、少しだけ柔らかかった。

 

「そうか。」

 

「なら……悪くない人生だった。」

 

夕焼けの光の中。

 

新兵達は、その後ろ姿を見つめる。

 

怪物ではない。

 

超人でもない。

 

傷付き、疲れ、それでも最後まで剣を握り続けた。

 

一人の“人間”の背中を。

 

 

誰が私の遺体を、アメストリアの医療技術で直

したようだ、お陰で、生身では無くなったよ

 

 

 

夕焼けの訓練場。

 

風の音だけが響く。

 

誰も動けなかった。

 

キング・ブラッドレイ は、自分の右手をゆっくり見下ろす。

 

その動きは、昔と何一つ変わらない。

 

だが――

 

どこか“静か過ぎた”。

 

 

彼は苦笑する。

 

「誰がやったのかは知らん。」

 

「私の遺体を回収し……アメストリアの医療技術で繋ぎ直したらしい。」

 

「お陰で、この通りだ。」

 

ブラッドレイは胸元へ軽く触れる。

 

その瞬間。

 

軍服の隙間から、一瞬だけ鈍い金属光沢が覗く。

 

新兵達の顔色が変わる。

 

誰かが息を呑む。

 

生身至上主義。

“人間のまま戦う”事を誇りとしていた男。

 

その彼が。

 

今や、生身ではない。

 

 

沈黙。

 

重い沈黙だった。

 

最初に口を開いたのは、老兵だった。

 

震える声。

 

「……閣下。」

 

「それは……」

 

ブラッドレイは遮るように笑う。

 

「安心しろ。」

 

「頭まで機械になった訳ではない。」

 

「まだ酒の味も分かる。」

 

冗談めかした声。

 

だが、その奥には微かな苦味が滲んでいた。

 

 

レオンは静かに尋ねる。

 

「嫌でしたか。」

 

ブラッドレイは少し黙る。

 

夕陽を見つめたまま、ゆっくり答える。

 

「……ああ。」

 

即答だった。

 

「私は、人間で終わりたかった。」

 

その言葉は重い。

 

誰より“人間”に拘った男。

 

怪物達の世界で、最後まで生身を貫いた男。

 

その彼が、死後に機械で繋ぎ止められた。

 

それはある意味、最大の皮肉だった。

 

 

だがブラッドレイは怒っていない。

 

ただ、少し困ったように笑う。

 

「だがまあ……」

 

「生き返った以上、働かされるのが軍人というものだ。」

 

老兵達から、小さな笑いが漏れる。

 

相変わらずだった。

 

死んでも変わらない。

 

 

ブラッドレイは新兵達を見る。

 

恐怖。

困惑。

尊敬。

 

様々な感情が混ざっている。

 

彼は静かに言う。

 

「勘違いするな。」

 

「機械になったから強い訳ではない。」

 

「私は、生きていた頃に既に完成していた。」

 

その一言に、空気が震える。

 

圧倒的自負。

 

だが誰も反論出来ない。

 

実際、その通りだからだ。

 

 

彼は訓練場を歩く。

 

軍靴の音。

 

しかし耳の良い古参兵達だけは気付く。

 

昔より足音が少し重い。

 

ほんの僅かに。

 

人間ではなくなった証拠。

 

 

ブラッドレイは空を見上げる。

 

夕焼けの色が、義体化した身体へ反射する。

 

「まったく……」

 

「死んでなお、戦場へ戻されるとはな。」

 

その声には、呆れと諦め。

 

そしてほんの少しだけ。

 

再び剣を握れる事への、静かな喜びが混ざっていた。

 

 

仕方ないな、どれ、私に着いてくるといい

 

 

 

 

訓練場に、静かな緊張が走る。

 

キング・ブラッドレイ は軍帽を軽く被り直し、夕焼けの向こうへ視線を向ける。

 

義体化された身体。

それでも背筋は真っ直ぐで、立ち姿に一切の衰えは無い。

 

彼は小さく息を吐く。

 

「仕方ないな。」

 

「どれ、私に着いてくるといい。」

 

その一言だけで、空気が変わった。

 

 

新兵達の背筋が反射的に伸びる。

 

老兵達は思わず苦笑した。

 

懐かしかった。

 

昔もそうだった。

 

どれほど絶望的戦場でも。

どれほど勝ち目が薄くても。

 

この男は、まるで散歩へ出るような口調で前へ歩き出す。

 

そして気付けば、本当に戦線を突破している。

 

 

レオンが問う。

 

「……どちらへ?」

 

ブラッドレイは振り返らない。

 

ただ静かに歩きながら答える。

 

「辺境外縁。」

 

「少々、騒がしいらしい。」

 

その瞬間、古参兵達の顔色が変わる。

 

辺境外縁。

 

現在、混沌残党と巨大異形群が衝突し、複数防衛線が崩壊しかけている最悪戦域だった。

 

普通なら、大規模艦隊を集結させる。

 

だがブラッドレイは、一人で行くような口調だった。

 

 

若い新兵が思わず叫ぶ。

 

「無茶です!」

 

「あそこは地獄ですよ!」

 

ブラッドレイは少しだけ笑う。

 

「知っている。」

 

「だから行くのだ。」

 

静かな声。

 

だが、その言葉には絶対的な重みがあった。

 

 

やがて老兵の一人が立ち上がる。

 

膝は震え、古傷も痛む。

 

それでも敬礼し、言う。

 

「……お供します。」

 

すると次々に兵士達が立ち上がる。

 

若者も。

古参も。

 

誰も命令されていない。

 

それでも自然と武器を取る。

 

ブラッドレイは横目でそれを見る。

 

そして、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

 

「相変わらず物好きな連中だ。」

 

「私に付き合うと、碌な死に方をせんぞ。」

 

老兵が笑う。

 

「今さらです。」

 

「閣下の背中を追って、何十年ですか。」

 

周囲から小さな笑いが漏れる。

 

死地へ向かう前とは思えないほど穏やかな空気。

 

それこそが、アメストリア軍だった。

 

 

ブラッドレイはゆっくり二本の剣を抜く。

 

夕焼けを反射した刃が、赤く輝く。

 

その姿を見た新兵達は理解する。

 

伝説とは、過去の話ではない。

 

今この瞬間も、最前線へ歩いていくものなのだと。

 

 

そして黒い軍服の集団は、静かに歩き出す。

 

燃え続ける辺境宙域へ。

怪物達の待つ戦場へ。

 

先頭を歩くのは、一人の老人。

 

かつて“最後の人間”と呼ばれた男。

 

今は半ば機械となってもなお。

 

誰より人間らしい背中で、前を歩き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

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