辺境惑星アメストリア   作:甘めのコーヒー

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第3話

血と鉄の境界線

 

⸻

 

混沌軍撃退から七日後。

 

カルザーンⅣは、

ようやく本当の意味で静けさを取り戻し始めていた。

 

だが。

 

帝国側の空気は重い。

 

勝利したはずなのに、

誰も安堵していなかった。

 

理由は単純。

 

アメストリアという存在が、

あまりにも異質だったからだ。

 

⸻

 

帝国辺境艦隊旗艦《グロリアス・レクイエム》。

 

尋問室。

 

重厚な鉄扉の奥で、

数名の高官達が険しい表情を浮かべていた。

 

尋問官ヘルマン。

提督ヴァルディス。

機械神学派技師官マルケウス。

 

そして中央モニターには、

火星機械教団との通信映像。

 

赤いローブを纏った機械神官が、

不快そうな機械音声を発する。

 

『理解不能。』

 

『生身の人類のみで、

 混沌戦力及びティラニッド群を撃退。』

 

『論理矛盾。』

 

マルケウスが低く答える。

 

「しかし事実です。」

 

映像には、

アメストリア軍の戦闘記録が映されていた。

 

剣のみでスペースマリーンへ接近。

 

集団連携による関節破壊。

 

視界潰し。

 

包囲。

 

頸椎切断。

 

機械神官が沈黙する。

 

やがて。

 

『……危険。』

 

その一言だけを残し、

通信が切れる。

 

室内が静まり返った。

 

⸻

 

提督ヴァルディスが吐き捨てる。

 

「異端認定か。」

 

ヘルマンは腕を組んだまま動かない。

 

「まだだ。」

 

「だが時間の問題だろう。」

 

アメストリアは、

帝国の常識を否定し過ぎている。

 

機械化を拒絶。

 

遺伝子改造を否定。

 

それでいて超人的戦闘能力を持つ。

 

帝国にとって、

理解不能な存在は危険だ。

 

そして危険は、

いずれ粛清対象になる。

 

⸻

 

その頃。

 

アメストリア側は平然としていた。

 

都市復旧作業。

 

戦死者埋葬。

 

孤児保護。

 

兵士達は黙々と働いている。

 

誰も泣かない。

 

誰も絶望しない。

 

戦争が終われば、

次の戦争へ備える。

 

それがアメストリアの日常だった。

 

⸻

 

帝国側観察官は、

復旧中の都市を歩いていた。

 

そこで再び、

異様な光景を見る。

 

戦場帰りの兵士達が、

子供達へ剣術を教えている。

 

負傷兵ですら、

片腕で鍛錬している。

 

市民達は兵士を英雄扱いしない。

 

畏怖もしない。

 

ただ自然に接している。

 

まるで。

 

“全員が兵士”

であるかのように。

 

⸻

 

広場。

 

一人の少女が、

帝国兵へ水を差し出した。

 

まだ十歳にも満たない。

 

だがその腰には木剣。

 

帝国兵が苦笑する。

 

「君も兵士になるのか?」

 

少女は首を傾げる。

 

「もうなってるよ?」

 

その返答に、

帝国兵は言葉を失う。

 

⸻

 

アメストリアには、

軍人と民間人の境界が薄い。

 

理由は単純。

 

怪物達は、

民間人かどうかなど気にしないからだ。

 

だから全員が戦う。

 

生きるために。

 

人間で居るために。

 

⸻

 

その日の夜。

 

総統府。

 

キング・ブラッドレイは、

静かに窓の外を見ていた。

 

都市夜景。

 

復旧作業灯。

 

遠くで聞こえる訓練音。

 

そこへ、

副官セリムが現れる。

 

黒軍服の若い士官。

 

彼は静かに敬礼した。

 

「帝国側の動きが不穏です。」

 

「当然だ。」

 

ブラッドレイは振り返らない。

 

「奴らは我々を理解出来ん。」

 

「……敵になりますか?」

 

少しの沈黙。

 

やがてブラッドレイは低く答えた。

 

「既に半分は敵だ。」

 

⸻

 

セリムが苦い顔をする。

 

「ですが我々は人類です。」

 

「帝国も人類だ。」

 

「なら何故。」

 

そこで。

 

ブラッドレイは静かに目を細めた。

 

「人は、自分と違う人間を恐れる。」

 

その声には、

長い疲労が滲んでいた。

 

⸻

 

彼は昔を思い出していた。

 

アメストリアも、

最初からこうだった訳ではない。

 

かつては普通の植民惑星だった。

 

だが。

 

辺境だった。

 

帝国は遠い。

 

援軍は来ない。

 

怪物だけが来る。

 

オーク。

混沌。

ティラニッド。

海賊。

 

人々は死に続けた。

 

機械も足りない。

 

強化技術も無い。

 

だから彼らは。

 

肉体を鍛えた。

 

技術を磨いた。

 

恐怖を殺した。

 

それしか、

生き残る方法が無かった。

 

⸻

 

ブラッドレイは呟く。

 

「我々はな。

生き延びた結果、

こうなっただけだ。」

 

セリムは黙って聞いている。

 

「最初から狂っていた訳ではない。」

 

「では今は?」

 

老総統は少しだけ笑った。

 

「……狂っているだろうな。」

 

その時だった。

 

警報。

 

都市全域へ鳴り響く。

 

副官が即座に端末確認。

 

顔色が変わる。

 

「ワープ裂け目です!!」

 

「規模は!?」

 

「……都市級。」

 

空気が凍る。

 

混沌汚染。

 

しかも大規模。

 

⸻

 

外。

 

空が裂けていた。

 

紫黒の亀裂。

 

雷鳴。

 

血の雨。

 

市民達が即座に避難開始。

 

兵士達が走る。

 

帝国側も緊急武装。

 

そして。

 

亀裂の中から。

 

“何か”が出て来る。

 

⸻

 

悪魔。

 

純粋なワープ存在。

 

角。

牙。

燃える眼。

 

物理法則すら歪める怪物。

 

帝国兵達が絶望する。

 

「デーモンだ!!」

 

通常兵器では意味が薄い。

 

精神汚染。

 

狂気。

 

恐怖。

 

人類最大級の災厄。

 

だが。

 

アメストリア軍は止まらない。

 

⸻

 

ブラッドレイが前へ出る。

 

帝国側が叫ぶ。

 

「総統!

悪魔相手に白兵戦は――」

 

「知っている。」

 

彼は二本のサーベルを抜いた。

 

「だから殺す。」

 

⸻

 

悪魔達が突撃。

 

空間が歪む。

 

普通の人間なら、

存在するだけで発狂する。

 

だが。

 

アメストリア軍は進む。

 

恐怖に耐えながら。

 

歯を食いしばりながら。

 

仲間を信じながら。

 

彼らは知っていた。

 

恐怖とは、

消すものではない。

 

踏み越えるものだと。

 

⸻

 

最前線。

 

巨大悪魔が兵士を吹き飛ばす。

 

炎。

 

悲鳴。

 

血。

 

そこへ。

 

ブラッドレイが踏み込む。

 

悪魔が咆哮。

 

巨大爪が振り下ろされる。

 

避ける。

 

斬る。

 

速い。

 

いや。

 

“正確過ぎる”。

 

悪魔の筋肉動作。

 

重心。

 

攻撃軌道。

 

全て見切っている。

 

老総統は、

まるで数秒先を読んでいた。

 

⸻

 

帝国兵達は震える。

 

「何なんだあの男は……」

 

尋問官ヘルマンだけが静かに呟く。

 

「恐らく。」

 

「人類が、

 怪物に抗い続けた果ての姿だ。」

 

⸻

 

ブラッドレイの刃が悪魔の核を断つ。

 

断末魔。

 

ワープ炎。

 

怪物が崩壊する。

 

だが。

 

裂け目の向こうには。

 

さらに巨大な影。

 

帝国側全員が青ざめる。

 

「まだ居るのか……」

 

空間そのものが軋む。

 

超巨大悪魔。

 

半身だけで建物並み。

 

その姿を見た瞬間、

一般兵達の一部が膝を付く。

 

本能的恐怖。

 

人類では抗えない存在。

 

だが。

 

ブラッドレイだけは、

静かに空を見上げていた。

 

そして。

 

薄く笑う。

 

「ようやく“大物”か。」

 

その瞬間。

 

アメストリア兵達の目から、

恐怖が消える。

 

総統が笑っている。

 

なら勝てる。

 

彼らは本気でそう信じていた。

 

⸻

 

黒い軍服の兵士達が、

再び剣を構える。

 

血塗れで。

 

満身創痍で。

 

それでも。

 

怪物へ向かって前進する。

 

生身の人間として。

 

誇りだけを武器に。

 

 

空が燃えていた。

 

紫黒の裂け目。

 

そこから溢れ続けるワープの瘴気が、

都市全体を腐らせていく。

 

血の雨。

 

歪む重力。

 

空中で反転する建築物。

 

人間の悲鳴に似た風。

 

帝国兵達は顔を青くしていた。

 

「現実が侵食されている……!」

 

「ワープ汚染速度が異常だ!」

 

機械神官達は必死に祈祷を続ける。

 

だが。

 

裂け目は拡大し続けていた。

 

⸻

 

そして。

 

“それ”は現れた。

 

巨大過ぎる影。

 

都市防壁より高い上半身。

 

燃えるような眼。

 

捻じれた角。

 

裂けた口。

 

悪魔。

 

いや。

 

既に“災害”だった。

 

奴が動くだけで、

周囲の建物が歪む。

 

現実が耐え切れていない。

 

帝国兵の一人が膝を付く。

 

「勝てる訳が……」

 

その瞬間。

 

アメストリア軍将校が怒鳴った。

 

「顔を上げろ!!」

 

凄まじい怒気。

 

「総統がまだ立っている!!」

 

兵士達が顔を上げる。

 

そこには。

 

黒い軍服の老兵。

 

キング・ブラッドレイ。

 

彼だけが、

悪魔を真っ直ぐ見上げていた。

 

恐怖など存在しない。

 

まるで。

 

巨大な獣を観察する剣士。

 

⸻

 

悪魔が咆哮する。

 

音だけでガラスが砕け、

兵士数名が耳から血を流して倒れる。

 

だが。

 

ブラッドレイは歩く。

 

一歩。

 

また一歩。

 

帝国兵達は理解出来なかった。

 

何故。

 

何故この男は、

悪魔を前にして平然としていられるのか。

 

⸻

 

尋問官ヘルマンが低く呟く。

 

「……違う。」

 

提督ヴァルディスが振り向く。

 

「何がだ。」

 

「あの男は、

 恐怖を感じないんじゃない。」

 

ヘルマンはブラッドレイを見つめたまま続ける。

 

「恐怖を制御している。」

 

⸻

 

ブラッドレイは知っている。

 

恐怖とは生物として正常な反応だ。

 

死を理解している証拠。

 

だから彼は恐怖を否定しない。

 

ただ。

 

支配させないだけだった。

 

⸻

 

悪魔の腕が振り下ろされる。

 

轟音。

 

都市道路が粉砕される。

 

だが。

 

そこにブラッドレイの姿は無い。

 

帝国兵が目を見開く。

 

「消えた!?」

 

違う。

 

速過ぎる。

 

老総統は既に、

悪魔の側面へ到達していた。

 

サーベル閃光。

 

巨大な皮膚へ斬撃が走る。

 

火花。

 

しかし浅い。

 

悪魔が笑う。

 

『人間風情が。』

 

声だけで空気が震える。

 

ブラッドレイは静かに息を吐いた。

 

「硬いな。」

 

次の瞬間。

 

彼は後退する。

 

同時に。

 

アメストリア軍が一斉突撃。

 

帝国側が絶句する。

 

「正面から行くのか!?」

 

⸻

 

黒い軍服の兵士達が、

超巨大悪魔へ殺到する。

 

普通なら狂気の沙汰。

 

だが。

 

彼らの動きには一切の迷いが無い。

 

ワイヤー射出。

 

建物壁面走行。

 

多方向同時侵入。

 

巨大怪物へ対する、

完全な対大型戦術。

 

兵士達が悪魔の身体へ飛び乗る。

 

刃を突き立てる。

 

目。

関節。

筋肉接続部。

 

人間が、

怪物を“解体”していく。

 

⸻

 

悪魔が暴れる。

 

何人も吹き飛ぶ。

 

潰れる。

 

燃える。

 

それでも。

 

アメストリア兵は止まらない。

 

仲間が死んでも。

 

脚が千切れても。

 

彼らは刃を離さない。

 

帝国兵達は震えていた。

 

「狂ってる……」

 

違う。

 

覚悟しているのだ。

 

この銀河で生きる事を。

 

⸻

 

ブラッドレイは戦場全体を見ていた。

 

兵士達の動き。

 

悪魔の癖。

 

筋肉収縮。

 

視線。

 

呼吸。

 

全てを読む。

 

彼の“最強眼”は、

怪物相手でも機能していた。

 

そして。

 

見つける。

 

核。

 

悪魔存在を維持する、

中心部。

 

通常なら不可能。

 

だがブラッドレイには見えていた。

 

⸻

 

彼は呟く。

 

「そこか。」

 

次の瞬間。

 

踏み込む。

 

空気が裂ける。

 

帝国兵ですら視認出来ない速度。

 

悪魔が反応する。

 

巨大爪。

 

衝撃波。

 

炎。

 

しかし当たらない。

 

ブラッドレイは最小動作で回避し続ける。

 

半歩。

 

首傾け。

 

体重移動。

 

たったそれだけで、

致命攻撃全てを避ける。

 

帝国兵が呆然とする。

 

「あれが……人間?」

 

⸻

 

悪魔が怒り狂う。

 

空間歪曲。

 

周囲へワープ炎爆発。

 

兵士達が吹き飛ぶ。

 

その瞬間。

 

ブラッドレイは跳んだ。

 

瓦礫。

 

壁。

 

悪魔の腕。

 

空中機動。

 

一直線。

 

悪魔核へ。

 

 

『貴様ァァァ!!』

 

巨大咆哮。

 

悪魔が掴み潰そうとする。

 

だが。

 

遅い。

 

ブラッドレイの刃が先に届く。

 

二本のサーベルが交差する。

 

一閃。

 

沈黙。

 

次の瞬間。

 

悪魔の身体中央に、

巨大な裂け目が走った。

 

⸻

 

時間が止まる。

 

悪魔が、

信じられないものを見るように、

ブラッドレイを見下ろす。

 

老総統は静かだった。

 

返り血を浴びながら。

 

ただ立っている。

 

そして。

 

超巨大悪魔は。

 

崩壊した。

 

⸻

 

ワープ炎。

 

断末魔。

 

裂ける空間。

 

怪物が粒子化して消滅する。

 

同時に。

 

空の裂け目も縮小を始めた。

 

帝国兵達が絶句する。

 

「倒した……?」

 

「生身の人間が……?」

 

⸻

 

だが。

 

その瞬間だった。

 

ブラッドレイの動きが止まる。

 

膝が揺れる。

 

口元から血。

 

帝国側が息を呑む。

 

副官セリムが駆け寄る。

 

「総統!!」

 

ブラッドレイは片手で制した。

 

「騒ぐな。」

 

だが明らかに異常だった。

 

尋問官ヘルマンが目を細める。

 

「……限界か。」

 

当然だった。

 

ブラッドレイは超人ではない。

 

純粋な人間。

 

肉体には限界がある。

 

老化もする。

 

傷も蓄積する。

 

それでも。

 

彼は立ち続けていた。

 

⸻

 

周囲の兵士達が集まる。

 

誰も声を出さない。

 

ただ。

 

総統を見ている。

 

ブラッドレイは静かに笑った。

 

「そんな顔をするな。」

 

血を拭いながら。

 

「まだ死なん。」

 

兵士達の表情から、

少しだけ緊張が消える。

 

それを見た帝国兵達は理解した。

 

この男は。

 

アメストリアそのものだ。

 

⸻

 

夜。

 

都市復旧作業が始まる。

 

死体回収。

 

負傷兵搬送。

 

瓦礫撤去。

 

誰も止まらない。

 

明日また戦争が来ると知っているからだ。

 

⸻

 

総統府医務室。

 

ブラッドレイは上半身包帯だらけで椅子に座っていた。

 

医師が怒鳴る。

 

「安静にしてください!!」

 

「断る。」

 

「肋骨三本骨折してます!!」

 

「まだ動ける。」

 

医師が頭を抱える。

 

副官セリムが苦笑した。

 

「昔からこうなんだ。」

 

⸻

 

その時。

 

来客。

 

尋問官ヘルマン。

 

帝国側最危険人物。

 

彼は静かにブラッドレイを見る。

 

「単刀直入に聞く。」

 

「何だ。」

 

「何故そこまで人間に拘る。」

 

部屋が静まる。

 

ブラッドレイは少し黙った。

 

やがて。

 

低く答える。

 

「簡単だ。」

 

その目は、

どこか遠くを見ていた。

 

「怪物になれば、

 戦う理由を忘れる。」

 

ヘルマンは黙って聞く。

 

「力を求めれば、

 人は簡単に化物になる。」

 

ブラッドレイは窓の外を見る。

 

復旧作業を続ける市民達。

 

兵士達。

 

子供達。

 

「だがな。」

 

静かな声。

 

「弱くても。

恐怖しても。

傷付いても。」

 

老総統は笑う。

 

「人間だからこそ、

 守りたいものがある。」

 

沈黙。

 

尋問官ヘルマンは、

初めて理解しかけていた。

 

この惑星の異常さを。

 

そして。

 

その異常さが、

どれほど“人類的”なのかを。

 

人類という名の狂気

 

⸻

 

カルザーンⅣ戦役から二週間。

 

惑星は再建されつつあった。

 

だが。

 

帝国側の空気は、

日に日に重くなっていく。

 

理由は単純。

 

アメストリアを知れば知るほど、

理解出来なくなるからだ。

 

⸻

 

帝国尋問官ヘルマンは、

単独で都市調査を続けていた。

 

彼は数百年を生きる古参尋問官であり、

数多の異端と狂気を見てきた。

 

混沌崇拝者。

 

肉体改造狂信者。

 

機械化極致派。

 

異種族協力者。

 

だが。

 

アメストリアだけは、

分類出来ない。

 

⸻

 

朝。

 

都市第五区画。

 

霧の立ち込める工業街。

 

そこでは、

戦闘訓練が行われていた。

 

まだ十代前半の少年少女達。

 

木剣。

 

模擬銃。

 

ナイフ。

 

教官の怒号。

 

「遅い!!」

 

「怪物は待ってくれん!!」

 

少年達が転がる。

 

叩き付けられる。

 

だが。

 

誰も泣かない。

 

誰も逃げない。

 

ヘルマンは眉を顰める。

 

「子供にここまでやらせるのか。」

 

隣に居た教官が答える。

 

「死なせたくないので。」

 

その返答に、

ヘルマンは言葉を失う。

 

⸻

 

訓練内容は異常だった。

 

対オーク戦術。

 

対ティラニッド戦術。

 

対混沌汚染対応。

 

敵解剖学。

 

急所。

 

包囲連携。

 

撤退判断。

 

完全に“戦争教育”。

 

だが。

 

そこには狂気じみた虐待感が無い。

 

教官達の目は真剣だった。

 

本気で、

この子供達を生かそうとしている。

 

⸻

 

訓練後。

 

少年兵の一人がヘルマンへ近付く。

 

「帝国の人?」

 

「ああ。」

 

「スペースマリーンって本当に三メートルあるの?」

 

「……個体による。」

 

少年は目を輝かせる。

 

「すげぇ。」

 

その顔には、

恐怖より好奇心があった。

 

ヘルマンは気付く。

 

アメストリアでは、

怪物達が“現実”なのだ。

 

絵本の中ではない。

 

日常だ。

 

だから子供達も受け入れている。

 

⸻

 

都市中央医療区画。

 

そこもまた異様だった。

 

医療技術は高い。

 

帝国基準でも上位。

 

だが。

 

機械義肢区画だけ、

異様に静かだった。

 

ほとんど利用者が居ない。

 

ヘルマンは主任医師へ問う。

 

「何故使わん。」

 

老医師はカルテを閉じる。

 

「総統の方針です。」

 

「非効率だろう。」

 

「ええ。」

 

老医師は頷く。

 

「ですが。」

 

その目には、

奇妙な誇りがあった。

 

「この惑星の人間は、

 “人間として戦う”事に意味を見出している。」

 

⸻

 

ヘルマンは思い出す。

 

ブラッドレイの言葉。

 

『怪物になれば、戦う理由を忘れる。』

 

あの男は。

 

本気で信じているのだ。

 

人類は、

人類のまま銀河を戦えると。

 

⸻

 

その日の夜。

 

総統府地下。

 

アメストリア軍中央作戦室。

 

巨大ホログラムには、

周辺宙域の戦況が映っている。

 

赤だらけだった。

 

オーク侵攻。

 

混沌反応。

 

ネクロン覚醒兆候。

 

ティラニッド航路。

 

地獄のような宙域。

 

副官セリムが報告する。

 

「第三植民衛星、

 オーク先遣隊と交戦中。」

 

「第五採掘基地、

 通信途絶。」

 

「混沌汚染反応、

 辺境居住区にて微増。」

 

ブラッドレイは静かに聞いていた。

 

疲労の色が濃い。

 

だが目だけは鋭い。

 

⸻

 

そこへ帝国側から緊急通信。

 

提督ヴァルディスの顔が映る。

 

「総統。」

 

「何だ。」

 

「帝国本部より通達だ。」

 

空気が少し変わる。

 

ヴァルディスは苦い顔をしていた。

 

「……アメストリアへ監査艦隊が派遣される。」

 

沈黙。

 

副官達の目付きが変わる。

 

ブラッドレイだけが静かだった。

 

「予想より早いな。」

 

⸻

 

監査艦隊。

 

その意味は単純。

 

調査。

 

審問。

 

そして場合によっては――粛清。

 

帝国は理解不能な存在を恐れる。

 

特に。

 

“制御出来ない強さ”を。

 

⸻

 

ヴァルディスが低く言う。

 

「逃げろとは言わん。」

 

「だが備えろ。」

 

「来るのは異端審問局と機械教団だ。」

 

副官達に緊張が走る。

 

だが。

 

ブラッドレイは静かに紅茶を飲んだ。

 

「構わん。」

 

「総統!!」

 

セリムが声を上げる。

 

「奴らは本気です!!

 最悪、惑星浄化すら――」

 

「分かっている。」

 

ブラッドレイは遮った。

 

その目には、

怒りも焦りも無い。

 

ただ。

 

長い諦観だけがあった。

 

⸻

 

「人類は昔からそうだ。」

 

静かな声。

 

「理解出来ぬものを恐れる。」

 

「そして恐怖は、

 いずれ刃になる。」

 

⸻

 

副官達が黙る。

 

誰も反論出来ない。

 

彼らも知っている。

 

アメストリアは異常だ。

 

帝国から見れば、

危険思想そのもの。

 

だが。

 

彼らは人類だった。

 

誰よりも。

 

⸻

 

その時。

 

警報。

 

全員が振り返る。

 

通信士が叫ぶ。

 

「第七外縁防衛ラインより緊急通信!!」

 

ホログラム起動。

 

そこには。

 

燃える宇宙港。

 

大量の死体。

 

そして。

 

黒い巨影。

 

帝国側全員の顔色が変わる。

 

ネクロン。

 

⸻

 

金属骸骨達が、

静かに前進していた。

 

無言。

 

無感情。

 

ガウス兵器で、

人間を分子分解していく。

 

アメストリア兵達が応戦する。

 

だが。

 

ネクロンは異質だった。

 

恐怖しない。

 

疲労しない。

 

痛覚も無い。

 

純粋な殺戮機械。

 

⸻

 

通信越しに、

兵士の悲鳴が響く。

 

「駄目です!!

 再生する!!」

 

切断されたネクロン兵が、

再び起き上がる。

 

帝国兵が呻く。

 

「最悪の相手だ……」

 

だが。

 

ブラッドレイは静かに立ち上がる。

 

軍帽を被る。

 

二本のサーベルを取る。

 

その動作だけで、

作戦室の空気が変わる。

 

⸻

 

副官セリムが問う。

 

「総統。」

 

「何だ。」

 

「……勝てますか。」

 

少しの沈黙。

 

ブラッドレイは、

ホログラムのネクロン軍勢を見つめる。

 

機械の怪物。

 

魂を捨てた種族。

 

永遠の兵士。

 

そして。

 

老総統は静かに笑った。

 

「知らん。」

 

全員が目を見開く。

 

ブラッドレイは続ける。

 

「だが。」

 

軍服を翻し、

出口へ歩き出す。

 

「勝てるかどうかで、

 戦う訳ではない。」

 

その背中を見た瞬間。

 

アメストリア兵達の恐怖が消える。

 

総統が前に出る。

 

ならば戦える。

 

彼らは本気でそう信じていた。

 

⸻

 

ブラッドレイは歩く。

 

燃える戦場へ。

 

終わらない銀河へ。

 

人間である事を、

証明するために。

 

 

 

 

 

 

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