血と鉄の境界線
⸻
混沌軍撃退から七日後。
カルザーンⅣは、
ようやく本当の意味で静けさを取り戻し始めていた。
だが。
帝国側の空気は重い。
勝利したはずなのに、
誰も安堵していなかった。
理由は単純。
アメストリアという存在が、
あまりにも異質だったからだ。
⸻
帝国辺境艦隊旗艦《グロリアス・レクイエム》。
尋問室。
重厚な鉄扉の奥で、
数名の高官達が険しい表情を浮かべていた。
尋問官ヘルマン。
提督ヴァルディス。
機械神学派技師官マルケウス。
そして中央モニターには、
火星機械教団との通信映像。
赤いローブを纏った機械神官が、
不快そうな機械音声を発する。
『理解不能。』
『生身の人類のみで、
混沌戦力及びティラニッド群を撃退。』
『論理矛盾。』
マルケウスが低く答える。
「しかし事実です。」
映像には、
アメストリア軍の戦闘記録が映されていた。
剣のみでスペースマリーンへ接近。
集団連携による関節破壊。
視界潰し。
包囲。
頸椎切断。
機械神官が沈黙する。
やがて。
『……危険。』
その一言だけを残し、
通信が切れる。
室内が静まり返った。
⸻
提督ヴァルディスが吐き捨てる。
「異端認定か。」
ヘルマンは腕を組んだまま動かない。
「まだだ。」
「だが時間の問題だろう。」
アメストリアは、
帝国の常識を否定し過ぎている。
機械化を拒絶。
遺伝子改造を否定。
それでいて超人的戦闘能力を持つ。
帝国にとって、
理解不能な存在は危険だ。
そして危険は、
いずれ粛清対象になる。
⸻
その頃。
アメストリア側は平然としていた。
都市復旧作業。
戦死者埋葬。
孤児保護。
兵士達は黙々と働いている。
誰も泣かない。
誰も絶望しない。
戦争が終われば、
次の戦争へ備える。
それがアメストリアの日常だった。
⸻
帝国側観察官は、
復旧中の都市を歩いていた。
そこで再び、
異様な光景を見る。
戦場帰りの兵士達が、
子供達へ剣術を教えている。
負傷兵ですら、
片腕で鍛錬している。
市民達は兵士を英雄扱いしない。
畏怖もしない。
ただ自然に接している。
まるで。
“全員が兵士”
であるかのように。
⸻
広場。
一人の少女が、
帝国兵へ水を差し出した。
まだ十歳にも満たない。
だがその腰には木剣。
帝国兵が苦笑する。
「君も兵士になるのか?」
少女は首を傾げる。
「もうなってるよ?」
その返答に、
帝国兵は言葉を失う。
⸻
アメストリアには、
軍人と民間人の境界が薄い。
理由は単純。
怪物達は、
民間人かどうかなど気にしないからだ。
だから全員が戦う。
生きるために。
人間で居るために。
⸻
その日の夜。
総統府。
キング・ブラッドレイは、
静かに窓の外を見ていた。
都市夜景。
復旧作業灯。
遠くで聞こえる訓練音。
そこへ、
副官セリムが現れる。
黒軍服の若い士官。
彼は静かに敬礼した。
「帝国側の動きが不穏です。」
「当然だ。」
ブラッドレイは振り返らない。
「奴らは我々を理解出来ん。」
「……敵になりますか?」
少しの沈黙。
やがてブラッドレイは低く答えた。
「既に半分は敵だ。」
⸻
セリムが苦い顔をする。
「ですが我々は人類です。」
「帝国も人類だ。」
「なら何故。」
そこで。
ブラッドレイは静かに目を細めた。
「人は、自分と違う人間を恐れる。」
その声には、
長い疲労が滲んでいた。
⸻
彼は昔を思い出していた。
アメストリアも、
最初からこうだった訳ではない。
かつては普通の植民惑星だった。
だが。
辺境だった。
帝国は遠い。
援軍は来ない。
怪物だけが来る。
オーク。
混沌。
ティラニッド。
海賊。
人々は死に続けた。
機械も足りない。
強化技術も無い。
だから彼らは。
肉体を鍛えた。
技術を磨いた。
恐怖を殺した。
それしか、
生き残る方法が無かった。
⸻
ブラッドレイは呟く。
「我々はな。
生き延びた結果、
こうなっただけだ。」
セリムは黙って聞いている。
「最初から狂っていた訳ではない。」
「では今は?」
老総統は少しだけ笑った。
「……狂っているだろうな。」
その時だった。
警報。
都市全域へ鳴り響く。
副官が即座に端末確認。
顔色が変わる。
「ワープ裂け目です!!」
「規模は!?」
「……都市級。」
空気が凍る。
混沌汚染。
しかも大規模。
⸻
外。
空が裂けていた。
紫黒の亀裂。
雷鳴。
血の雨。
市民達が即座に避難開始。
兵士達が走る。
帝国側も緊急武装。
そして。
亀裂の中から。
“何か”が出て来る。
⸻
悪魔。
純粋なワープ存在。
角。
牙。
燃える眼。
物理法則すら歪める怪物。
帝国兵達が絶望する。
「デーモンだ!!」
通常兵器では意味が薄い。
精神汚染。
狂気。
恐怖。
人類最大級の災厄。
だが。
アメストリア軍は止まらない。
⸻
ブラッドレイが前へ出る。
帝国側が叫ぶ。
「総統!
悪魔相手に白兵戦は――」
「知っている。」
彼は二本のサーベルを抜いた。
「だから殺す。」
⸻
悪魔達が突撃。
空間が歪む。
普通の人間なら、
存在するだけで発狂する。
だが。
アメストリア軍は進む。
恐怖に耐えながら。
歯を食いしばりながら。
仲間を信じながら。
彼らは知っていた。
恐怖とは、
消すものではない。
踏み越えるものだと。
⸻
最前線。
巨大悪魔が兵士を吹き飛ばす。
炎。
悲鳴。
血。
そこへ。
ブラッドレイが踏み込む。
悪魔が咆哮。
巨大爪が振り下ろされる。
避ける。
斬る。
速い。
いや。
“正確過ぎる”。
悪魔の筋肉動作。
重心。
攻撃軌道。
全て見切っている。
老総統は、
まるで数秒先を読んでいた。
⸻
帝国兵達は震える。
「何なんだあの男は……」
尋問官ヘルマンだけが静かに呟く。
「恐らく。」
「人類が、
怪物に抗い続けた果ての姿だ。」
⸻
ブラッドレイの刃が悪魔の核を断つ。
断末魔。
ワープ炎。
怪物が崩壊する。
だが。
裂け目の向こうには。
さらに巨大な影。
帝国側全員が青ざめる。
「まだ居るのか……」
空間そのものが軋む。
超巨大悪魔。
半身だけで建物並み。
その姿を見た瞬間、
一般兵達の一部が膝を付く。
本能的恐怖。
人類では抗えない存在。
だが。
ブラッドレイだけは、
静かに空を見上げていた。
そして。
薄く笑う。
「ようやく“大物”か。」
その瞬間。
アメストリア兵達の目から、
恐怖が消える。
総統が笑っている。
なら勝てる。
彼らは本気でそう信じていた。
⸻
黒い軍服の兵士達が、
再び剣を構える。
血塗れで。
満身創痍で。
それでも。
怪物へ向かって前進する。
生身の人間として。
誇りだけを武器に。
空が燃えていた。
紫黒の裂け目。
そこから溢れ続けるワープの瘴気が、
都市全体を腐らせていく。
血の雨。
歪む重力。
空中で反転する建築物。
人間の悲鳴に似た風。
帝国兵達は顔を青くしていた。
「現実が侵食されている……!」
「ワープ汚染速度が異常だ!」
機械神官達は必死に祈祷を続ける。
だが。
裂け目は拡大し続けていた。
⸻
そして。
“それ”は現れた。
巨大過ぎる影。
都市防壁より高い上半身。
燃えるような眼。
捻じれた角。
裂けた口。
悪魔。
いや。
既に“災害”だった。
奴が動くだけで、
周囲の建物が歪む。
現実が耐え切れていない。
帝国兵の一人が膝を付く。
「勝てる訳が……」
その瞬間。
アメストリア軍将校が怒鳴った。
「顔を上げろ!!」
凄まじい怒気。
「総統がまだ立っている!!」
兵士達が顔を上げる。
そこには。
黒い軍服の老兵。
キング・ブラッドレイ。
彼だけが、
悪魔を真っ直ぐ見上げていた。
恐怖など存在しない。
まるで。
巨大な獣を観察する剣士。
⸻
悪魔が咆哮する。
音だけでガラスが砕け、
兵士数名が耳から血を流して倒れる。
だが。
ブラッドレイは歩く。
一歩。
また一歩。
帝国兵達は理解出来なかった。
何故。
何故この男は、
悪魔を前にして平然としていられるのか。
⸻
尋問官ヘルマンが低く呟く。
「……違う。」
提督ヴァルディスが振り向く。
「何がだ。」
「あの男は、
恐怖を感じないんじゃない。」
ヘルマンはブラッドレイを見つめたまま続ける。
「恐怖を制御している。」
⸻
ブラッドレイは知っている。
恐怖とは生物として正常な反応だ。
死を理解している証拠。
だから彼は恐怖を否定しない。
ただ。
支配させないだけだった。
⸻
悪魔の腕が振り下ろされる。
轟音。
都市道路が粉砕される。
だが。
そこにブラッドレイの姿は無い。
帝国兵が目を見開く。
「消えた!?」
違う。
速過ぎる。
老総統は既に、
悪魔の側面へ到達していた。
サーベル閃光。
巨大な皮膚へ斬撃が走る。
火花。
しかし浅い。
悪魔が笑う。
『人間風情が。』
声だけで空気が震える。
ブラッドレイは静かに息を吐いた。
「硬いな。」
次の瞬間。
彼は後退する。
同時に。
アメストリア軍が一斉突撃。
帝国側が絶句する。
「正面から行くのか!?」
⸻
黒い軍服の兵士達が、
超巨大悪魔へ殺到する。
普通なら狂気の沙汰。
だが。
彼らの動きには一切の迷いが無い。
ワイヤー射出。
建物壁面走行。
多方向同時侵入。
巨大怪物へ対する、
完全な対大型戦術。
兵士達が悪魔の身体へ飛び乗る。
刃を突き立てる。
目。
関節。
筋肉接続部。
人間が、
怪物を“解体”していく。
⸻
悪魔が暴れる。
何人も吹き飛ぶ。
潰れる。
燃える。
それでも。
アメストリア兵は止まらない。
仲間が死んでも。
脚が千切れても。
彼らは刃を離さない。
帝国兵達は震えていた。
「狂ってる……」
違う。
覚悟しているのだ。
この銀河で生きる事を。
⸻
ブラッドレイは戦場全体を見ていた。
兵士達の動き。
悪魔の癖。
筋肉収縮。
視線。
呼吸。
全てを読む。
彼の“最強眼”は、
怪物相手でも機能していた。
そして。
見つける。
核。
悪魔存在を維持する、
中心部。
通常なら不可能。
だがブラッドレイには見えていた。
⸻
彼は呟く。
「そこか。」
次の瞬間。
踏み込む。
空気が裂ける。
帝国兵ですら視認出来ない速度。
悪魔が反応する。
巨大爪。
衝撃波。
炎。
しかし当たらない。
ブラッドレイは最小動作で回避し続ける。
半歩。
首傾け。
体重移動。
たったそれだけで、
致命攻撃全てを避ける。
帝国兵が呆然とする。
「あれが……人間?」
⸻
悪魔が怒り狂う。
空間歪曲。
周囲へワープ炎爆発。
兵士達が吹き飛ぶ。
その瞬間。
ブラッドレイは跳んだ。
瓦礫。
壁。
悪魔の腕。
空中機動。
一直線。
悪魔核へ。
『貴様ァァァ!!』
巨大咆哮。
悪魔が掴み潰そうとする。
だが。
遅い。
ブラッドレイの刃が先に届く。
二本のサーベルが交差する。
一閃。
沈黙。
次の瞬間。
悪魔の身体中央に、
巨大な裂け目が走った。
⸻
時間が止まる。
悪魔が、
信じられないものを見るように、
ブラッドレイを見下ろす。
老総統は静かだった。
返り血を浴びながら。
ただ立っている。
そして。
超巨大悪魔は。
崩壊した。
⸻
ワープ炎。
断末魔。
裂ける空間。
怪物が粒子化して消滅する。
同時に。
空の裂け目も縮小を始めた。
帝国兵達が絶句する。
「倒した……?」
「生身の人間が……?」
⸻
だが。
その瞬間だった。
ブラッドレイの動きが止まる。
膝が揺れる。
口元から血。
帝国側が息を呑む。
副官セリムが駆け寄る。
「総統!!」
ブラッドレイは片手で制した。
「騒ぐな。」
だが明らかに異常だった。
尋問官ヘルマンが目を細める。
「……限界か。」
当然だった。
ブラッドレイは超人ではない。
純粋な人間。
肉体には限界がある。
老化もする。
傷も蓄積する。
それでも。
彼は立ち続けていた。
⸻
周囲の兵士達が集まる。
誰も声を出さない。
ただ。
総統を見ている。
ブラッドレイは静かに笑った。
「そんな顔をするな。」
血を拭いながら。
「まだ死なん。」
兵士達の表情から、
少しだけ緊張が消える。
それを見た帝国兵達は理解した。
この男は。
アメストリアそのものだ。
⸻
夜。
都市復旧作業が始まる。
死体回収。
負傷兵搬送。
瓦礫撤去。
誰も止まらない。
明日また戦争が来ると知っているからだ。
⸻
総統府医務室。
ブラッドレイは上半身包帯だらけで椅子に座っていた。
医師が怒鳴る。
「安静にしてください!!」
「断る。」
「肋骨三本骨折してます!!」
「まだ動ける。」
医師が頭を抱える。
副官セリムが苦笑した。
「昔からこうなんだ。」
⸻
その時。
来客。
尋問官ヘルマン。
帝国側最危険人物。
彼は静かにブラッドレイを見る。
「単刀直入に聞く。」
「何だ。」
「何故そこまで人間に拘る。」
部屋が静まる。
ブラッドレイは少し黙った。
やがて。
低く答える。
「簡単だ。」
その目は、
どこか遠くを見ていた。
「怪物になれば、
戦う理由を忘れる。」
ヘルマンは黙って聞く。
「力を求めれば、
人は簡単に化物になる。」
ブラッドレイは窓の外を見る。
復旧作業を続ける市民達。
兵士達。
子供達。
「だがな。」
静かな声。
「弱くても。
恐怖しても。
傷付いても。」
老総統は笑う。
「人間だからこそ、
守りたいものがある。」
沈黙。
尋問官ヘルマンは、
初めて理解しかけていた。
この惑星の異常さを。
そして。
その異常さが、
どれほど“人類的”なのかを。
人類という名の狂気
⸻
カルザーンⅣ戦役から二週間。
惑星は再建されつつあった。
だが。
帝国側の空気は、
日に日に重くなっていく。
理由は単純。
アメストリアを知れば知るほど、
理解出来なくなるからだ。
⸻
帝国尋問官ヘルマンは、
単独で都市調査を続けていた。
彼は数百年を生きる古参尋問官であり、
数多の異端と狂気を見てきた。
混沌崇拝者。
肉体改造狂信者。
機械化極致派。
異種族協力者。
だが。
アメストリアだけは、
分類出来ない。
⸻
朝。
都市第五区画。
霧の立ち込める工業街。
そこでは、
戦闘訓練が行われていた。
まだ十代前半の少年少女達。
木剣。
模擬銃。
ナイフ。
教官の怒号。
「遅い!!」
「怪物は待ってくれん!!」
少年達が転がる。
叩き付けられる。
だが。
誰も泣かない。
誰も逃げない。
ヘルマンは眉を顰める。
「子供にここまでやらせるのか。」
隣に居た教官が答える。
「死なせたくないので。」
その返答に、
ヘルマンは言葉を失う。
⸻
訓練内容は異常だった。
対オーク戦術。
対ティラニッド戦術。
対混沌汚染対応。
敵解剖学。
急所。
包囲連携。
撤退判断。
完全に“戦争教育”。
だが。
そこには狂気じみた虐待感が無い。
教官達の目は真剣だった。
本気で、
この子供達を生かそうとしている。
⸻
訓練後。
少年兵の一人がヘルマンへ近付く。
「帝国の人?」
「ああ。」
「スペースマリーンって本当に三メートルあるの?」
「……個体による。」
少年は目を輝かせる。
「すげぇ。」
その顔には、
恐怖より好奇心があった。
ヘルマンは気付く。
アメストリアでは、
怪物達が“現実”なのだ。
絵本の中ではない。
日常だ。
だから子供達も受け入れている。
⸻
都市中央医療区画。
そこもまた異様だった。
医療技術は高い。
帝国基準でも上位。
だが。
機械義肢区画だけ、
異様に静かだった。
ほとんど利用者が居ない。
ヘルマンは主任医師へ問う。
「何故使わん。」
老医師はカルテを閉じる。
「総統の方針です。」
「非効率だろう。」
「ええ。」
老医師は頷く。
「ですが。」
その目には、
奇妙な誇りがあった。
「この惑星の人間は、
“人間として戦う”事に意味を見出している。」
⸻
ヘルマンは思い出す。
ブラッドレイの言葉。
『怪物になれば、戦う理由を忘れる。』
あの男は。
本気で信じているのだ。
人類は、
人類のまま銀河を戦えると。
⸻
その日の夜。
総統府地下。
アメストリア軍中央作戦室。
巨大ホログラムには、
周辺宙域の戦況が映っている。
赤だらけだった。
オーク侵攻。
混沌反応。
ネクロン覚醒兆候。
ティラニッド航路。
地獄のような宙域。
副官セリムが報告する。
「第三植民衛星、
オーク先遣隊と交戦中。」
「第五採掘基地、
通信途絶。」
「混沌汚染反応、
辺境居住区にて微増。」
ブラッドレイは静かに聞いていた。
疲労の色が濃い。
だが目だけは鋭い。
⸻
そこへ帝国側から緊急通信。
提督ヴァルディスの顔が映る。
「総統。」
「何だ。」
「帝国本部より通達だ。」
空気が少し変わる。
ヴァルディスは苦い顔をしていた。
「……アメストリアへ監査艦隊が派遣される。」
沈黙。
副官達の目付きが変わる。
ブラッドレイだけが静かだった。
「予想より早いな。」
⸻
監査艦隊。
その意味は単純。
調査。
審問。
そして場合によっては――粛清。
帝国は理解不能な存在を恐れる。
特に。
“制御出来ない強さ”を。
⸻
ヴァルディスが低く言う。
「逃げろとは言わん。」
「だが備えろ。」
「来るのは異端審問局と機械教団だ。」
副官達に緊張が走る。
だが。
ブラッドレイは静かに紅茶を飲んだ。
「構わん。」
「総統!!」
セリムが声を上げる。
「奴らは本気です!!
最悪、惑星浄化すら――」
「分かっている。」
ブラッドレイは遮った。
その目には、
怒りも焦りも無い。
ただ。
長い諦観だけがあった。
⸻
「人類は昔からそうだ。」
静かな声。
「理解出来ぬものを恐れる。」
「そして恐怖は、
いずれ刃になる。」
⸻
副官達が黙る。
誰も反論出来ない。
彼らも知っている。
アメストリアは異常だ。
帝国から見れば、
危険思想そのもの。
だが。
彼らは人類だった。
誰よりも。
⸻
その時。
警報。
全員が振り返る。
通信士が叫ぶ。
「第七外縁防衛ラインより緊急通信!!」
ホログラム起動。
そこには。
燃える宇宙港。
大量の死体。
そして。
黒い巨影。
帝国側全員の顔色が変わる。
ネクロン。
⸻
金属骸骨達が、
静かに前進していた。
無言。
無感情。
ガウス兵器で、
人間を分子分解していく。
アメストリア兵達が応戦する。
だが。
ネクロンは異質だった。
恐怖しない。
疲労しない。
痛覚も無い。
純粋な殺戮機械。
⸻
通信越しに、
兵士の悲鳴が響く。
「駄目です!!
再生する!!」
切断されたネクロン兵が、
再び起き上がる。
帝国兵が呻く。
「最悪の相手だ……」
だが。
ブラッドレイは静かに立ち上がる。
軍帽を被る。
二本のサーベルを取る。
その動作だけで、
作戦室の空気が変わる。
⸻
副官セリムが問う。
「総統。」
「何だ。」
「……勝てますか。」
少しの沈黙。
ブラッドレイは、
ホログラムのネクロン軍勢を見つめる。
機械の怪物。
魂を捨てた種族。
永遠の兵士。
そして。
老総統は静かに笑った。
「知らん。」
全員が目を見開く。
ブラッドレイは続ける。
「だが。」
軍服を翻し、
出口へ歩き出す。
「勝てるかどうかで、
戦う訳ではない。」
その背中を見た瞬間。
アメストリア兵達の恐怖が消える。
総統が前に出る。
ならば戦える。
彼らは本気でそう信じていた。
⸻
ブラッドレイは歩く。
燃える戦場へ。
終わらない銀河へ。
人間である事を、
証明するために。