火の国なんて滅んでしまえ!!   作:中津戸バズ

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火山炎上!

 

「ふん、ふん、ふん、ふん」

 吸う空気には焼ける肉の匂い。その空気は、鼻歌になって吐き出される。

「ふふふふん、ふふん、ふふふふん、ふふん」

 荒涼とした大地の先に火山が見える。火山灰の地面に生えた雑草はまばらだ。鼻歌に合わせて、オトモアイルーが踊っている。

「ふふふ、ふふふん、ふふふん、ふふふん、ふふふん」

 ほんのり焦げ目がついた肉の表面を、脂が垂れる。脂が火に落ち、じゅうと大きな色を立てた。

「ふふふふふんっ」

 肉焼きセットから、大きな肉を女ハンターは持ち上げた。

「上手に焼けましたー、っとお」

 こんがり焼けた肉は、えもいえぬ芳香を放っている。エデッタはかぶりつこうとして、背後の気配に気付いた。

「お、来た来た」

「待たせたか?」

「いやあ、ぜんぜん」

 カモンだ。いつもの火竜の防具を身につけた彼の目の前に、エデッタが肉を差し出す。

「食べる?」

「……食べる」

 立ち上る匂いに逆らえず、カモンは兜を脱いだ。かぶりつこうとして、彼は思い留まる。

「どうしたの、カモン」

「いや……俺もお祈りをした方がいいのか?」

 エデッタは吹き出して笑う。

「あははははっ! いいよやらなくて! 真面目だね、あんた!」

「いいのか? 火の神がどうとかって」

「あたしは信じてないもん。『まもりたも〜』とか、バカみたいじゃん。どうせ守られてないし」

 エデッタは肩をすくめ、肉にかぶりつく。カモンは肉を手に下げたまま言った。

「でも、アトリの家じゃみんなやってた」

「あたしがこの国じゃ変わり者の方なんだよ。それにあの家は別だよ。姫様は『聞こえる』んだから」

「聞こえる?」

「火の神の声がさ。あの一族にはそれを聞く巫女が生まれるんだって。だからあいつらが村を治めてる。バカバカしいよ、ホントに」

 口の端を歪め、エデッタが笑う。その視線は、煙を吐き続ける火山を見上げていた。

「それで……今日の狩り、どうする?」

「そうだったな。ターゲットはアグナコトルとウラガンキンか。二手に分かれるか?」

「えー? カモンが囮になってくれるんじゃないの?」

 エデッタの甘えた口ぶりにも、カモンは冷たく言い返す。

「違う。二手に分かれてペイントボールを当てておくんだ。そこから合流する」

 その真剣さは、緊張からくるものとは違っていた。エデッタもハンターとしてのキャリアは長い。無駄にふざける必要はない。

「なるほど。後ろから襲われたら困るしね。いいよ」

「よし。俺がアグナコトルを探す」

「ウラガンキンはあたし。これで決定?」

「ああ。いくぞ」

 カモンはこんがり肉を食いちぎった。

 

 

「おかしい」

 カモンの独り言は、兜の中に消えた。

 アグナコトルの姿はない。アグナコトルが火山を得意とするモンスターとはいえ、その巨体で活動できる場所は限られている。その全てを当たったというのに、新しい足跡ひとつ見つからなかった。

 すでに遠くからペイントボールの匂いもする。ウラガンキンとは、もうすでに接触できたようだ。

 合流するか。そう考えた時、カモンは一つの痕跡に目を留めた。

 それは一組の轍だった。大型モンスター用の荷車の跡だ。轍の間隔を見るに、おそらくは昨日見た、この火の国のものだろう。そのそばにしゃがみ込み、カモンはその轍を撫でる。

 土の柔らかさと轍の深さ、空気による浸食具合。それらを測れば、轍の時期はわかる。

 土はやや柔らかいが、轍の形はしっかりと残っている。ごく最近できたものだ。ここ三日のうちだろう。

 この依頼を受けた時に、アトリに周辺での狩猟記録も見せてもらった。だが、この三日、大型モンスターの狩猟記録は、昨日のカモンによるアグナコトルの討伐以外になかった。

「密猟か……」

 だがこれ以上、ここで調査を続けている場合ではない。ひとまずは、ウラガンキンの狩猟だ。

 立ち上がったカモンは、ペイントボールの匂いをたどってウラガンキンのもとへと走る。

 大型モンスターの姿が見えた。貫通弾の連射をものともせず、モンスターはガンナーへと近づき、その大顎を地面に叩きつける。

 爆鎚龍ウラガンキン。鈍い光沢を放つ体。背中には無数の突起が生えており、大きく発達した顎を武器にして外敵を倒す、危険度の高い獣竜種のモンスターだ。

 なんとか攻撃をかわしたエデッタだが、地面を揺らす振動にバランスを崩している。もう一撃加えようと狙いを定めるウラガンキンに、カモンが飛びかかる。双剣での連続攻撃。左足を集中的に切り付けられ、ウラガンキンは狙いを変えた。

「ありがと、カモン!」

「早く逃げろ!」

 エデッタにそう告げた瞬間、カモンの体が宙を舞った。地面に激突し、ごろごろと転がる。

 周囲を薙ぎ払うウラガンキンの尻尾の威力は高い。激痛に顔を歪めながらカモンは立ち上がった。

「くそっ、こいつ!」

 何発もの弾丸がウラガンキンに突き刺さる。しゃがみ撃ちと呼ばれるヘビィボウガンの連射法だ。その犯人、エデッタをウラガンキンは睨みつける。

 体をしならせて勢いをつけると、ウラガンキンは高速で転がった。人間風に言えばでんぐり返し。だがそのスピードと威力は桁違いだ。

 背中に生えた突起がスパイクの役目を果たし、どんな環境であっても敵を逃さない。

「わっ、わっ、わ〜〜〜っ!」

 エデッタは武器をしまって逃げ惑う。近づいてくるウラガンキンに対して、直角の向きに転がった。

 車は急に止まれない。ごろごろと転がったウラガンキンは両足をつけ踏みとどまると、もう一度回転攻撃を繰り出す。

「も〜〜〜!」

 再び逃げ惑うエデッタ。カモンはそれを横目に、回復薬の瓶を取り出した。

 回復薬。ハンターズギルドが太鼓判を押すハンターの必需品だ。負傷した際に飲むものだが、基本的に、その効果は傷を治すものではない。

 この回復薬に含まれる薬草の効果は、鎮痛作用と強心剤、それから気付けといったところだ。栄養満点で消化によく、細菌の感染症にも一定の効果があると言われているが、出血毒を持つモンスターに対しては無力だ。

 骨折や大量出血に関しては、ギルドはアイルー達による荷車、通称ネコタクを使用することを推奨している。自分の足で逃げることも難しい際には、信号弾を打ち上げてネコタクを呼び、ベースキャンプまで戻るのである。

 したがって、余裕のある段階でネコタクを呼ばない限り、ベースキャンプに戻ったならそのままリタイアするのが通例である。

 多くのクエストにおいて、ハンターの生命保持の観点からネコタクの使用は三度までとの規定がある。その回数を全て使い切るとすれば、少しの負傷でネコタクを呼ぶ腰抜けか、少しベッドで眠るだけで傷を完全に癒してしまう超人くらいのものである。

 回復薬の瓶を飲み干し、カモンは力強く両腕を肩より上に振り上げる。ギルドで推奨されている、薬を服用した後の体操だ。

 回転攻撃をなんとか回避し、エデッタは息も絶え絶えのまま、担いでいるボウガンを構えた。

 両足を踏みしめるように威嚇するウラガンキンに、もう一度弾丸を叩き込む。

 駆け出したカモンも、ウラガンキンに切り掛かった。鬼人のごとき連続攻撃。だがその大型モンスターは、何かを吸い込むように体を伸ばし、力んだ。

「しまった……!」

 催眠作用のある気体を体から周辺へ噴射し、小型モンスターや人間を一時的に昏倒させる、ウラガンキンの得意技だ。そのガスを吸い込み、カモンはふらふらと歩き出す。

 このままでは、倒れてしまう。元気ドリンコを探してアイテムポーチをまさぐるが、両手の先に力が入らない。

 気付けになったのは、ボウガンの弾丸だった。痛みでカモンの目が覚める。大きく振りかぶったウラガンキンの顎の攻撃範囲から、カモンは走って逃げ出した。

「しっかりしてよ!」

「わかってる!」

 地面に顎を打ち付けたウラガンキンには隙ができる。カモンは切れ味鋭い双剣で、その固い顎を切りつけた。同時に弾丸がウラガンキンの頭部へ撃ち込まれる。

 ウラガンキンが怒りに任せて、咆哮した。その大音量に、思わずハンターたちは耳を塞ぐ。どしん、どしんと顎で地面を打ち鳴らし、ウラガンキンはカモンを睨む。

 ふと、ウラガンキンは気づいた。視界の端に、顔のすぐそばに、見慣れない物が刺さっている。人間が飛ばしてくる他のやつとは形が違う。

 その弾丸は、徹甲榴弾だった。顔のすぐそばでそれは炸裂し、ウラガンキンは豪快に倒れた。脳が揺らされ、意識が朦朧とする。倒れたまま両足でもがくが、カモンはその隙を逃さない。

 鬼か、人か。乱れ舞う双つの剣が、ウラガンキンの顎を削っていく。

 体勢を立て直し、ウラガンキンが立ち上がる。だが、全身に力を漲らせたカモンの双剣が、その甲殻をぶち抜いた。

 悲鳴を上げ、ウラガンキンは大きく怯んだ。固い顎の甲殻が削り取られ、柔らかい肉が露出する。

 エデッタが弾んだ声を上げた。

「部位破壊!」

「ああ!」

 ウラガンキンは敵に正面を向けつつ戦うモンスターだ。顎の硬さが攻撃を防いでいたが、今はその盾はない。

 二人のハンターは、もう一度武器を構え直した。

 

 

 

 巨躯のモンスターは、下半身を落とし穴に埋めたまま、大きないびきをかいていた。捕獲用麻酔玉のガスをたらふく吸い込み、昏睡状態だ。

 二人のハンターは、ウラガンキンの前で腰を下ろす。

「いやー、なんとかなったね、ほんと」

「ああ。……次はアグナコトルだな」

「そうだね」

 クーラードリンクに口をつけようとして、エデッタは手を止めた。にんまりと笑い、彼女は訊く。

「もしかしてさ、ペイントボール忘れた?」

 まだペイントボールの臭いは感じない。カモンがアグナコトルを見つけていれば、ペイントボールの臭いですぐわかるはずだ。

「いや、持ってきてる。……アグナコトルがいないんだ」

「いない?」

 がばりと立ち上がり、エデッタがカモンに詰め寄った。座ったままのカモンを見下ろすような格好だ。

「ちょっと待ってよ、あたしとか、他のギルドの調査員とか、このへんの火山にはよく来てるんだよ? それでアグナコトルがここにいるって調査結果出てんの。見つからないっておかしくない?」

 彼女の追求を聞きながら、カモンはクーラードリンクを飲み干した。えぐみと苦味が残る口を開く。

「わからん。とにかく、時間いっぱい探すぞ」

「そりゃそうだけどさ……。これでクエスト失敗ってなったら最悪すぎるでしょ」

「最悪でいい。これはギルドの手落ちだ」

 立ち上がったカモンは兜を被り直して歩き出す。エデッタは、飲み残しのクーラードリンクに口をつけようとして、ふと、ある可能性を口にした。

「……密猟者、とかね」

「なんだって?」

 聞き返すカモン。エデッタの視線は瓶に向けられたままだ。

「噂はあるからね。……まあ、わかんないけど」

 顔を上げ、彼女は笑う。残りのクーラードリンクを飲み干して、彼女も歩き出した。

 

 

 

 アトリが、深刻な声で繰り返した。

「ふむ……見つからずじまいか」

「ああ」

 できる限り探したものの、狩猟エリアにアグナコトルの姿はなかった。

「この辺りではたまにあることだ。ハンターが気にすることではない」

 長、ジャカはそう言った。火の国に戻ってきた二人のハンターは、アトリに招かれて長の家を訪ねていた。窓の外は暗い。虫の鳴く声が聞こえる。

「気にすることじゃない……」

 反芻するようにカモンは呟く。彼が帯びている任務は、その密猟者を特定し、販売経路を掴むことだった。もちろん、それはここでクエストの斡旋をするギルドガールであるアトリにすら明かしてはいない。

「ま、長の言うとおりだよ。このへん、よくあるんだから」

 エデッタの言葉にも、カモンの眉間の皺は変わらない。

「密猟がか?」

「そうではない。他のモンスターに襲われたとも考えられる」

 ジャカが答えるが、カモンは黙ったままだ。彼を悩ませるのは密猟の疑いだけではなかった。家の奥から漂う匂いが、彼の鼻腔を刺激していた。

「旦那様〜! 晩ご飯の支度ができましたニャ〜!」

「……おお、すまんな。どうだ、二人とも。食事でも」

 カモンの目が輝いた。

「いいのか?」

「ああ。アトリも喜ぶ」

 エデッタも、頭の後ろで手を組みにやりと笑う。

「今日はあたしも晩飯ご馳走になっちゃおっかな。あのクソババアいないんでしょ?」

「ば……エデッタ!」

 アトリにそう咎められるが、彼女は気にしたふうでもない。

「なに?」

「なんという口を利くのだ、叔母様に向かって」

「あ〜、フラカン様か。あたしフラカン様のことだなんて言ってないけど」

 顎をかきながらとぼけるエデッタ。アトリは二の句が継げなかった。

「なっ……!」

「やっぱり姫様もクソババアって思ってんじゃん」

 エデッタが笑った。反論したいアトリも言葉に詰まっているようだ。

「そ……それは……」

「まあ、いい。おい、二人の食事は出せるか?」

 ジャカが肩越しに振り返り、屋敷の奥に声をかける。料理番のアイルーが答える。

「できますニャ。お酒も出しますかニャ?」

「ああ。……カモン、酒は?」

「いい。苦手だ」

 ジャカの問いに、カモンは首を振る。

「では、私とエデッタだけ楽しませてもらおうか」

「さっすがぁ、話がわかるねジャカ様は!」

 にたにたと笑い、エデッタは厨房へと歩き出す。微笑ましげに、ジャカはその背中を見送った。

 

 

 

「だからぁ! おかしいんだって、ギルドは!」

 食事が終わってからも、彼らの宴は続いていた。その中心で叫んでいるのはエデッタだ。

「エデッタ……」

「姫様だってさぁ! おかしいと思うでしょ! 紅玉なんてものはさぁ! ホントは売ったら一生遊んで暮らせるんだよ?」

 酒が回り、エデッタの声は大きい。彼女は強引にアトリと肩を組んだ。半ば呆れたように彼女は相槌を打つ。

「ああ、そうだな。私もそう思う」

「あーっ! 思ってないでしょ姫様! だいたいゼニーなんてよぉ、何に使えるってんだよ、ええ?」

 エデッタはカップを呷った。アトリは、諭すようにゆっくりと話した。

「しかし、ハンターズギルドの独自通貨があるから、モンスターの素材も道具の取引もできているんだろう?」

「でもさあ、あれ、タンジアでもロックラックでも使えない!」

「確かに、一般の通貨とは別のものだ。だからこそ、この火の国も安価に、アイテムを手に入れられるのだろう?」

 大量生産と大量消費。それが、多数のハンターを抱えるギルドのやり方である。そのため、ハンターの多い街では、多くの場合ギルドが雑貨屋と契約を結んでおり、ゼニーによる狩猟道具の取引ができる。

 回復薬などのアイテムの調合方法や品質を安定させ、流通も解決して狩猟における不測の事態を減らす。ハンターズギルドの取り組みは成功だった。

 真っ赤な顔で、ぐらぐらと左右に揺れながら管を巻く。きょとんとした顔のティコに、アトリはさらにまくし立てた。

「あのね、素材をハンターがもらえるのはいい! ゼニーも、百歩譲って許す! そこまではいい! 最高! でもさ、ギルド以外への売却は禁止って、そんなの詐欺じゃん、サギサギ!」

 ハンターにとって、モンスター素材の使い道は、装備の素材か売却かの二択と言っていい。その売却先は、ギルドの窓口か、ギルドと契約している商人のみ。ギルドが民間に卸す際の価格に比べれば恐ろしいほどの安値で取引するよう、ギルドの掟で定められている。

 ハンターが手に入れたモンスターの素材を安く買いたたき、それを目玉が飛び出る価格で消費者に売り捌く。ギルドのやっていることはまさにそれだった。

「違うな」

 じろりと横目でカモンが睨む。彼の声は冷たい。

「ああ〜〜? なにがちがうってんだよ〜〜!」

「ハンターが好き勝手に素材を売れば、モンスター素材の価格は暴落する。そうなれば、ハンターズギルドの運営が成り立たない」

 よく見れば、彼の目も据わっていた。口を開くたび、酒の匂いがする。結局、彼もエデッタに飲まされたのだ。

「ズルじゃん。こっちは命かけてんだよ? それで報酬があれっぽっちってさぁ!」

「依頼人からの報酬は、ハンターへの報酬金とは無関係だ。金持ちの依頼しか受けなくなれば、通商が破壊される」

「おー、おー、おー」

 酔っ払いの彼女はカモンの言葉に相槌を打つ。だが、その目の焦点はあっていない。カモンの言葉が理解できていないが、とりあえず返事をしているのだ。

「だからギルドは依頼人とは無関係に、そのモンスターの被害が大きければハンターを出動させているんだ」

「おー、なるほどなあ!」

 エデッタは元気よく、深く頷いた。

「その時ハンターを動かすには、ギルドが金を持っている必要がある。町の防衛設備にもギルドが関わっているそうだ」

 ジャカが付け加えたが、エデッタが理解できているかは怪しいものだ。

「ん〜〜〜〜! おかしい!」

 やはり理解できていなかったようだ。

「おかしいよな、姫様!」

「そうだな、エデッタ。お主が正しい。うん」

 肩を抱かれ、揺さぶられながらアトリは彼女をあやしている。アトリは姫でありながら、ギルドの受付の資格も持っている。その彼女ですら、今のエデッタの剣幕には抗えないようだ。

 ジャカが少し声をひそめた。

「すまぬが、カモン。エデッタを家まで送ってくれぬか」

「俺が?」

「ああ。場所はエデッタに聞けばいい」

 彼らはエデッタの様子を横目で見る。彼女はアトリに無理やり酒を飲ませようとしているらしい。酒の器を彼女の口に押し付けている。

「ここに泊めてやった方が……」

「あの調子では明日もすぐには動けん。……明日の朝には、フラカンが帰ってくるのだ」

「フラカン……。あんたの妹か」

 カモンは火の国に来た日に会った、中年の女を思い出す。火の山の神への信仰が篤い女だ。

「ああ。フラカンとエデッタは犬猿の仲でな……。顔を合わされてはたまらん」

 面倒だったが、くだらない人間関係のごたごたで火の国でのハンターの扱いが悪くなっては困る。カモンは渋々、頷いた。

「わかった」

 視界の端で、エデッタの持つ酒の器がひっくり返った。アトリの胸元に溢れる。

「あーっ! もったいない!」

「やっ、やめんか! バカ者!」

 アトリの胸元の酒を、エデッタが手で掬って飲もうとしていた。彼女を家まで運ぶ仕事は、一筋縄では行かなさそうだ。

 

 

 

「う〜〜……きもちわるい……」

「悪くない」

「きもちわるいの!」

 肩を貸しながら、カモンはエデッタの大声に顔をしかめた。

「ここか? お前の家」

「ん〜〜〜? ……んー」

 アトリたちから聞いた通り、村から少し離れた場所にその家はあった。畦道沿いから家の裏手には荒れ果てた畑が見えた。

「入るぞ。鍵は?」

「なに〜〜?」

「ないんだな」

 日干しレンガでできた家だ。手をかけると、古びた木戸が軋みながら開いた。

「はきそう……」

 入った家は広かった。左手には煮炊きに使うであろうかまどがあり、右手は壁。正面の壁際には織機があった。左手の奥には、樹皮か何かで編まれた布団が敷いてある。

 見たところ、その布団は三人分はあるようだった。

 家を眺めている場合ではない。見回すと、かまどの隣に大きな瓶があった。中には水が入っている。

「いつ汲んだやつだ?」

「う〜……」

「……汲んでくる。この辺、井戸は?」

「大丈夫、大丈夫だから」

「寝てろ」

 一人、カモンは水瓶を手に外に出た。瓶の中の水を庭先に捨てる。真っ暗な夜にその水音が跳ねた。再び、あたりは静寂に包まれる。虫の小さな声が聞こえるばかりだ。

「誰だ」

 そうカモンは尋ねた。その何者かの姿を見たわけではない。足音が聞こえたわけでもない。ただ、この家の近くに、何かを嗅ぎ回っている人間がいる。それだけは確かなことだった。

 ハンターとして、ギルドナイトとして研ぎ澄まされた彼の五感は、常人をはるかに凌駕する。武器は自分の家に置いてきてしまったが、素人に遅れを取るはずもない。

 カモンの言葉に、返事はなかった。声も音もなく、気配がじわじわと遠ざかっていく。

 いい気分はしなかった。何か探られていることは間違いない。

 だが、カモンはそれ以上の追求をしなかった。

 彼の任務は、密猟者とそのネットワークの捕捉だ。彼を探る不審者を捕まえても、それが密猟者に繋がっている保証はない。

 何より、「普通のハンターと違う」と思われてしまうことを危惧していた。ハンターの仕事はモンスターの狩猟であって、人間を狩ることではない。ここで不審者狩りをやってみせても、密猟者たちを無駄に警戒させるだけだろう。最悪の場合、ギルドナイトという素性まで辿り着かれてしまう。

 水をいっぱいに汲んだ水瓶を手に、カモンがエデッタの家に帰ってきた。

「ああ、おかえり」

 布団の上のエデッタは体を起こしていた。先ほどよりは、体調は良くなっているようだ。

「一人で住んでるのか?」

「ん……なんか変?」

 エデッタは小さく首を傾げる。カモンは部屋を見渡した。

「一人にしては広い家だ」

「田舎だからね。それに前は三人で住んでた」

「家族か?」

「なに、尋問?」

「気になったんだよ」

「ふうん……おかわり」

 カモンは言い返すことなく、水差しから空の器へ水を注ぐ。水音の中、エデッタが小さな声で言った。

「お父さんとお母さんと、三人だった。十年前まではね」

「そうか」

 差し出されたカップを、エデッタは両手で受け取った。上目遣いにカモンを見つめる。

「聞かないの? なんで今はいないのかって」

「……興味ない」

「聞いてよ」

 彼女はカップを枕元に置いた。一方の手が、ネックレスに下がる青い石を撫でていた。

 ため息をつき、カモンは彼女の布団の傍らに座った。

「……なんで今はいないんだ」

「死んだの。十年前。お父さんもお母さんも、モンスターに食い殺された」

「……別に珍しい話じゃない」

 カモンはそう言って目を逸らした。彼の頭の中に、上司からの言葉が蘇る。情が移ってはいけない。

「まあね。でも、あたしにとっては、大事件だった」

 ぱさりと髪がエデッタの肩に落ちた。髪を解いたのだ。下ろされた前髪が彼女の目元までを覆う。目つきの悪い上瞼が隠され、つぶらで幼なげに見える目が、カモンを見つめている。

「ねえ」

 カモンの手に、エデッタが手を重ねる。やや分厚い皮が張った、古傷だらけの手。それが縋るようにカモンの手を握っている。

「ハンターになったのもその復讐か?」

 エデッタの次の言葉をカモンが遮った。同時に、彼はエデッタの手を小さく振り払う。

 彼女は曲げた膝を両手で抱えた。

「……ふふ、そう。絶対に許せないから」

 下ろされた髪に隠れて、彼女の顔はほとんど見えなかった。

 カモンは立ち上がった。

「帰るんだ?」

「ああ。明日はこの辺りの狩場を見回りたい」

 玄関へ向かうカモンの背中に、エデッタが声をかける。

「気をつけてね。神座(かむくら)には入っちゃダメだから」

「カムクラ?」

 カモンは肩越しに振り返る。

「そ。火の山の神がおわすんだって。火口の方。縄、張ってあるからわかると思うけど」

 布団の上で、エデッタは肩をすくめた。彼女はどうやら、火の神への信仰心が薄いようだ。

「わかった。またな」

「ん。おやすみ」

 カモンは家の外に出た。欠けた月が、彼を照らしている。夜目が利く彼にとっては、十分すぎるほど明るい。

 だがその夜目を用いるまでもなく、家の前に若者が数人見えた。一際体格がいい男が、棒を肩に担いでふんぞりかえっている。

「……俺か? エデッタか?」

「お前だ。余所者め」

 体格のいい男が答える。どうやら彼がこの集団のリーダーのようだ。

 冷静に、カモンはその集団を確認する。人数は四人。だが見たところ、戦いの心得はないようだった。

「さっきの見張りはお前か?」

 右から二番目に立っている小柄な男にカモンは声をかけた。図星を指され、その男は目を逸らす。

 それを庇うように、リーダーの男が一歩進み出る。

「エデッタとは仲がいいのか?」

「いけないのか?」

「あいつは神を信じていない」

「俺も信じてない」

 リーダーの男は声を張り上げた。

「馬鹿が! この火の国は、神のご加護があって初めて成立しているんだ!」

 カモンの胸に、棒の先が触れた。威嚇するように棒を突きつけながら、リーダーの男は小柄なカモンの顔を睨みつける。

「お前らが神を蔑ろにするから、火の山の神はお怒りなんだ! このままじゃ、次の『火祭り』で生贄を出すことになるんだぞ」

「生贄?」

 思わずカモンは聞き返した。

「そう、生贄」

 その声は、家の中から聞こえてきた。ややふらつく足取りで、エデッタが玄関からやってくる。

「火の山の神の怒りが収まらなかったら、若い娘を生贄に出す。それがこの火の国のしきたりなの」

 エデッタの話は、カモンにとってあまりに前時代的で、非科学的な話だった。

「エデッタ!」

 リーダーの男は彼女を怒鳴りつけた。

「お前、盗み聞きしてやがったな」

「クレイの声、デカすぎるもん。ねえ?」

 そうエデッタが同意を求めると、取り巻きの男達は何も言い返せなかった。クレイと呼ばれた男は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「お前も痛い目に遭いたいのか?」

「痛い目に合わせる気なんだ? じゃあ長に告げ口しちゃおっかな」

「やってみろよ。俺らはフラカン様の命令でお前らを監視してるんだ」

 クレイがそう言うと、エデッタは大袈裟に笑い出す。

「へえ〜、監視しろって言われたら棒でブン殴るの? 馬鹿な部下持って、あのババアも大変だあ」

 顔を赤くして、クレイはエデッタに棒を突きつける。

 だが、その棒の先が掴まれた。カモンだ。

「やめろ。酔っ払いの女だぞ」

「黙ってろ。これは火の国の話だ。余所者は関係ねえ」

 カモンは棒の先を掴んだまま、その中程を蹴り上げる。梃子の原理で、その棒はクレイの手から勢いよく跳ね上がる。

「なっ……!」

 面食らったクレイの顔へ、カモンは奪った棒を横薙ぎに振るう。

 寸止めだ。だが、クレイは驚いて仰け反った。

 もう一撃は、足払いだった。棒に打ちのめされた足が高く上がり、クレイは勢いよく尻餅をつく。

 一瞬の早技。エデッタの目から見ても、そのカモンの行動は達人のものだとわかった。

「早く失せろ。俺とエデッタに近寄るな」

 地面の上で足の痛みにうめくクレイに、今度はカモンが棒を突きつけた。クレイの取り巻きたちも、怯えた顔でカモンを見ている。

「うるせえ……! 『火祭り』までに、火の山の神の怒りを鎮めなきゃいけねえんだぞ!」

 尻餅をついたままクレイは怒鳴った。威勢の良さに少し驚きながらも、傍らのエデッタに訊く。

「『火祭り』というのは何だ」

「知らないの?」

 意外そうにエデッタは聞き返す。カモンは少し苛立った。

「当たり前だろう。俺はこの国に来たばかりだ」

「俺が教えてやる」

 クレイの声だった。取り巻きが手を貸そうとする中、彼はそれを拒んで立ち上がる。

「二年に一度、篝火の月に行う祭りだ。火の山の神に祈りを捧げ、供物を奉納する」

 篝火の月といえば再来月だ。カモンがさらに尋ねる。

「その供物が生贄か」

「普段なら、酒や肉とか、火の山の神を讃える絵を納める。だが、火の山の神がお怒りなら、若い娘を供物に加えるんだ」

「バカげてるでしょ? でもね、これが許されるのが火の国なの」

 エデッタが笑う。取り巻きの男たちが殺気立ったが、カモンの一睨みで萎縮する。

 はっきりと言えば、カモンはこの馬鹿げた儀式を認められなかった。

「火の山の神のご機嫌はどう調べるんだ」

「次の満月の晩から七日間、巫女様が神座(かむくら)に籠って神の声を聞く。そこでもし神の怒りが大きければ」

 くだらない。神の声を聞くことなど不可能だ。カモンは聞き方を変えた。

「火の山の神が怒るとどうなる」

「山が炎を吹く。それに、モンスター達が暴れ出すんだ」

「わかった。もういい」

 突然説明を止められて、クレイはカモンの顔を見る。

「……なんだと?」

「さっさと失せろ。二度と俺とエデッタに近寄るな」

「お前が話せって言ったんだろうが!」

 クレイの怒鳴り声も意に介さず、カモンは棒を両手で握ると、まるで細い木の枝のようにへし折ってみせた。

「まだ痛い目に遭いたいか?」

 数秒の緊張の後、クレイは舌打ちして踵を返す。取り巻きたちも、彼の後を追って去っていった。

 以前のような静寂が戻ってきた。遠くに虫の声が聞こえる。

「どうするの?」

 カモンの背中に、エデッタが尋ねる。

「……生贄は、俺も認めたくない。モンスターを大人しくさせればいいんだろう」

 カモンは振り返った。エデッタが顔を綻ばせた。

「じゃあ……もっとクエスト受けないとね」

「ハンターの仕事だ。お前も文句はないだろう」

 その言葉はむしろ、ギルドナイトとしての彼自身に向けたものだった。密猟者を捕える使命は重要だが、ハンターとしての本分を果たすことに問題はないはずだ。

「ええ〜、あたしも手伝うの?」

 言葉に反して、エデッタは笑顔だった。

「嫌か?」

「ううん、お父さんとお母さんだって、きっと応援してくれてるし」

 カモンにはその答えがわかっていた。両親をモンスターに殺されたエデッタなら、嫌がる道理もないだろうと思ったのだ。

「がんばろ」

「ああ」

 二人のハンターは握手を交わす。火の国を変える。その決意に満ちた握手だった。

 

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