火の国なんて滅んでしまえ!!   作:中津戸バズ

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未曾有の脅威

 

 

 小鳥の甲高い声を聞いて、クレイは屋根の上をを見上げた。噴煙の隙間から青空が覗いている。

 

 火祭りから二日が経った。彼は火の山の神の死を知っていながら、真実を公表することはなかった。

 野良仕事に精を出す彼を、畑の傍らの家からの声が呼び止めた。

 

「クレイ、クレイ!」

 

 草取りの手を止め、クレイは立ち上がる。

 

「何だよ」

「ご飯だって!」

 

 ぱたぱたと足を踏み鳴らしながら、小さな子供が駆け寄ってくる。クレイの甥っ子だ。

 

「おー、わかった」

 

 腰を上げ、彼は母屋へ向かう。中に入ると、質素な食事の匂いがした。机にはもう、クレイの兄と、その妻の姿がある。

 腰を下ろしたクレイが食事に手を伸ばすと、甥っ子が甲高い声をあげた。

 

「こら、ダメだろ」

「え?」

「お祈りしないと。火の山の神様に」

 

 甥っ子はそう言って、誇らしげに両手を組んだ。

 

「うるせえ!!」

 

 クレイの怒鳴り声だ。彼は立ち上がり、顔を歪めて叫ぶ。

 

「そんなもんっ……! そんなもんいやしねえんだよ!」

 

 目を丸くしてクレイを見上げていた甥っ子は、その迫力に怯えて泣き出してしまった。彼の母親が、抱きしめて慰める。

 彼女は、彼女の夫に目をやった。小さく頷き、彼も立ち上がる。

 

「なあ、クレイ、ちょっと外に出よう」

 

 先に食っててくれ、と妻に言ってから、兄はクレイの肩を抱いて家の外へと引っ張っていく。通りの方ではなく、畑の端へ連れて行った。

 

「お前、あの火祭りの日から変だぞ。何かあったのか?」

 

 優しい兄の声に、クレイは目を逸らす。

 

「何もねえよ」

「あれか? エデッタに振られたか?」

「振られた? 俺が? あいつに?」

「好きだろ、お前。ちっちゃい頃はいつも一緒に遊んでてさ」

 

 当たり前のように言う兄に、ますますクレイは腹を立てた。

 

「うるせえな」

「確かに姫様は、火の山の神様はお休みになるって言ってたけどよ。お祈りはしろよ。な?」

 

 笑ってみせた兄を見ることができず、クレイは俯いた。

 

「火の山の神が……お休みに、か」

 

 火祭りの最終日、供物を捧げる寸前に、アトリは火の国の民にそう告げた。

 だがクレイは真実を知っている。アトリは、火の山の神を殺したと、そう言っていた。

 

「姫様は嘘なんかつかない。そうだろ?」

「……わかってんだよ」

 

 混乱を避けるための嘘。だが、真実を知っているクレイにとって、嘘をつき続ける罪悪感は大きかった。

 

 

─────────────────

 

 

 エデッタがカモンの家の戸を開けた。昼の日差しに慣れた目には、家の中は暗く見えた。

 

「あれ、姫様だけ?」

「ああ。もうすぐカモンも帰ってくるだろう」

 

 椅子に腰掛けていたアトリが答える。彼女たちにカモンを加えた三人は、ここで待ち合わせをしていた。今後の動きの相談をするためだ。

 ずかずかと入ってきたエデッタに、アトリが尋ねる。

 

「あれから、クレイたちは?」

「何もないよ。いつでも一狩りいける」

「そうか……」

 

 ほっとしたように、アトリは微笑んだ。アトリは火の国の民に対し、エデッタの密猟はジャカの脅迫によるものだと発表した。事実を知っている一部の人間、つまり、密猟の協力者たちには根回しを済ませている。

 

「そっちは?」

「なんだ?」

「だから、フラカンは?」

 

 エデッタがそう訊いた。アトリは、椅子に深く腰掛け直した。

 

「……塞ぎ込んでしまっていてな、ほとんど部屋から出てこない。私の顔も見たくないのだろうな」

「ふーん……」

 

 そう言いながら、エデッタは床に腰を下ろす。少し、不愉快そうだ。

 

「どうした?」

「いや、別に。カモンは?」

 

 エデッタは、後ろに手をついた。くつろいだ姿勢を作って、尋ねる。

 

「あやつには今、火の山の様子を見てもらっている。もうすぐ帰ってくると思うが……」

 

 アトリはそう言って、窓の外に目をやる。今日も変わらず、火の山が煙を噴き上げていた。だがその手前に、赤い鎧のハンターの姿が見える。

 

「カモン!」

 

 アトリは思わず立ち上がり、窓の方へ駆け寄る。その感情は、カモンが帰ってきた喜びではない。彼の左の手甲から溢れる血が、道に点々と赤い跡を残している。

 

「遅くなった……。すまない」

 

 エデッタが窓枠に手をかけ、カモンに顔を近づける。

 

「あんたっ、何その怪我!」

「……ティガレックス、亜種だ。取り逃した。そこの箱から、包帯を」

「うん!」

 

 エデッタの動きは素早かった。カモンが手甲を外す間に、傷口を洗浄する水と包帯を用意している。

 傷口に水が沁みて、カモンは顔をしかめた。エデッタが呟く。

 

「ティガレックス亜種か……初めて狩るよ」

「それだけじゃない。アトリ、お前の仮説の通りだ」

「やはりか……!」

 

 アトリの顔色が変わった。

 カモンの腕に包帯を巻きながら、エデッタが尋ねる。

 

「ねえ、その仮説って?」

「火の山の神がモンスターを呼び寄せていた、という仮説だ。それに則って、私たちは……火の山の神を殺した」

 

 言葉が鈍ったアトリに、包帯に顔をしかめていたカモンが、続く。

 

「だが、火の山の神が死んだ今、モンスターの多くはこの火の山を離れるだろう」

 

 きつく包帯を結んで、アトリは顔を上げた。

 

「それって、まさか……」

 

 カモンが頷いた。

 

「縄張りのない大型モンスターたちが一斉に山を降りてくる。この火の国も、タダじゃ済まないはずだ」

 

 重苦しい雰囲気の中、アトリは椅子に腰を下ろす。

 

「大型モンスターの大移動。まさしく、未曾有の脅威だ」

 

 その言葉を、ため息と共に吐き出した。彼女は膝の上で、両手を握りしめた。

 

「それって、あたし達が火の山の神を殺したから……」

「……この可能性は、私も考えてはいたのだ。だから、お主のせいではない」

「でも、あたしのせいでしょ? あたしが生贄になったから、姫様は火の山の神を……」

 

 憔悴したエデッタは、アトリに詰め寄っていく。

 

「いや、違うな」

 

 その言葉を発したのはカモンだった。彼は包帯を巻いた腕を窓から中に垂らし、迷いのない目で二人を見つめている。

 

「火の山の神がモンスターを呼び寄せていたのは事実だ。殺したことで、火の国周辺のモンスター被害は減ることだろう。それに、火の山の神もいずれ寿命で死ぬ。この大移動は遅かれ早かれ怒ったことだ」

「……そっか。そうだよね」

 

 エデッタは、小さく頷いた。その説明に納得し切ったわけではない。

 

「カモン」

「何だ?」

 

 カモンは、椅子の上のアトリに聞き返す。彼女は、心底ほっとしたような顔だ。

 

「お主は、優しいのだな」

 

 唇を尖らせ、カモンは鼻を鳴らした。見慣れない年相応な姿に、アトリたちは笑ってしまった。

 

「そんなことより、もう一つの問題だ」

 

 カモンの表情は固い。それは傷の痛みから来るものではない。アトリの顔に真剣味がもどる。

 

「……ハンターズギルドか」

「ああ。この火の国から、俺たちのロックラックギルドは手を引く」

「たとえこの未曾有の脅威を乗り切ったとしても、モンスターへの対応は今まで以上に後手に回ってしまうわけか……」

 

 彼女の目標は、言うまでもなく火の国を守ることだ。火の山の神を殺し、モンスターが減ったとしても、ハンターがいなければ被害はむしろ増えるだろう。

 アトリは考え込んだ。解決方法は一つ思いついている。しかし、その実行は限りなく難しいだろう。エデッタも膝を抱えている。

 その時、外から何台もの荷車の音がした。音だけで、大きく重いものを運んでいることがわかる。

 

「見てくる」

 

 そう言い残し、カモンは窓から離れていく。

 

「いや、私も行く」

「えっ、ちょっと待ってよ」

 

 三人が、家の前の通りに出たのはほとんど同時だった。

 大きなアプトノスが、これまた大きな荷車を引いている。そのアプトノス車が、列を成して通りを進んでいた。

 

「えっ、何これ?」

 

 エデッタの問いにも答えず、カモンが小さく鼻を鳴らす。彼は怪訝な顔だ。

 

「お主、これはなんだ」

「あれ、姫様ですよね? どうもお久しぶりです」

 

 確かに見知った商人だ。彼は明るく答えるが、アプトノス車は止まらない。アトリは早歩きで追走する。

 

「ああ、元気そうで嬉しい。それで、これは」

「えっ、だって、ジャカ様から聞いてるでしょ。こんなデカい買い物、やっぱりアプトノス車ですよね」

「だから……、この積荷は何だと聞いているんだ!」

「え? 知らないんですか? 参ったなあ」

 

 カモンが、荷車の一つの上に飛び乗った。アプトノスも御者も気づいていない。彼は布をめくった。

 人が一人入ってしまいそうな、黒々とした、大きな鉄の筒。カモンは目を見開いた。

 

「バリスタと大砲です。とりあえず、広場に置いときますね」

 

 御者は、親指で荷車を指差した。アトリは面食らって、激しい調子で尋ねる。

 

「待て、これは、いったい誰が!」

「ジャカ様ですよ。もう代金はいただいてますから、受け取りだけお願いします」

 

 アプトノス車の列は呆然と立ち尽くすアトリを尻目に先へ進んでいく。

 

「代金……そうか……そういうことだったのか……」

「姫様?」

 

 追いついたエデッタが、とぼけた顔で尋ねる。アトリは彼女に抱きついた。

 

「ちょっ、ちょっと、どうしたの?」

「父上は、この防衛設備を揃えるために密猟を……!」

 

 彼女の声は涙ぐんでいた。エデッタの肩に顔を載せ、強くエデッタを抱きしめる。

 

「私は嬉しいのだ。父上が、ずっと火の国のことを考えていたことがわかって……」

 

 アトリはそこから、言葉を詰まらせた。彼女の背中を、エデッタが撫でる。

 エデッタは視線を上げた。アプトノス車から飛び降りたカモンが頷いた。密猟の罪が、消えたわけではない。だが、その行動が今、身を結んでいるのだ。

 

 

───────────────────

 

 

 つばの広い羽帽子を目深に被った男だった。顎に短い髭を生やした彼は、市場のある通りを抜け、坂道を上っていく。

 その先には、この火の国で最も大きい邸がある。言うまでもなく、ジャカの家である。

 

「ごめんください、火急の要件でございます!」

 

 男は戸を叩いた。程なくして、アイルーがその戸を開けた。

 

「はい、どなたですかニャ」

 

 彼女の表情は凍りついた。羽帽子の男の顔を見たからだ。だが彼は、にやりと笑って用件を切り出す。

 

「フラカンはいるかい?」

「あなたは……」

「すまねえな、ネココ。今はショウフクだ。ナイショにしといてくれ」

 

 アイルーは、ヒゲをわなわなと震わせる。しばしショウフクを睨みつけたが、諦めたようにため息を吐き、肉球のついた手で後ろを指した。

 

「奥の、左側の部屋ですニャ」

「ありがとよ」

 

 ショウフクは帽子を脱いだ。大きな体を屈めて、その帽子をアイルーに持たせる。迷うことなく歩を進め、また、木のドアの前で立ち止まった。

 

「フラカン、俺だ」

 

 返事は返ってこない。ドア越しに酒の匂いがする。ショウフクはドアを開けた。

 酒の匂いが一層強くなった。外は昼間だと言うのに窓を締め切っている。真っ暗な部屋の寝台の上で、人影が体を起こす。

 

「なんだい、あんた。今更」

 

 酒で焼かれた喉から声がした。フラカンだ。彼女は寝台に座っている。

 

「今更……そうだろうな」

 

 木のカップが投げつけられた。それはショウフクの胸に当たって床に転がる。

 

「俺はお前を捨ててギルドに着いた」

「……あたしはあんたを捨てて火の国を守ろうとした。それが、このザマさ」

 

 フラカンは小さく肩をすくめた。酒を入れていたであろう器が、あちこちに散らかっている。ショウフクはそれを踏まないように避けながら、歩いていく。

 

「俺は、この国が憎かったんだ。お前が離れられないこの国が。バカげた歌を作ったりもした」

 

 彼は窓を開けた。外は明るかったが、東向きの窓からはもう、光は差し込んでこなかった。

 

「だから、最後に少しだけ、罪滅ぼしがしたくてな」

 

 外の明るさにフラカンは目を細めた。

 

「どういう心境の変化だい?」

「俺の……まあ、知り合いがな。この国を滅ぼさないでくれって。ほだされたのさ、この俺が」

 

 振り返ったショウフクは、懐に手をやった。

 書類の束が、どさりと寝台の上に放られる。フラカンが刺々しい口調で言った。

 

「なんだい、これは」

「言ったろ、罪滅ぼしって」

 

 フラカンは渋々その書類を手に取った。一枚、二枚とめくり、驚愕に満ちた顔でショウフクを見る。

 

「あんた、これ……!」

「聞くなよ。聞かない方がいい」

 

 彼は窓枠に身を預ける。外の明るさを背負った彼が、フラカンには眩しかった。

 

「バレちゃおしまいだ。だが、これを使えば火の国もなんとかなるかもしれない」

 

 フラカンは半信半疑といった様子で、その書類に目を通している。

 木戸が開いた音がした。顔を上げようとして、フラカンは小さく首を振る。視線を資料に落としたまま、彼女は言った。

 

「……行くのかい?」

 

 戸を開けたのは、ショウフクだった。

 

「ああ。今の俺はショウフクだ。この国の人間じゃない。手を出す義理はないんだ」

「あの子にも、ちゃんと挨拶してやんなよ」

「ネココか? あいつのこと、雇ってくれてありがとな」

 

 彼はそう言って、親指で玄関の方を示す。

 

「あいつも、あんたのこと忘れられてないんだから」

「……すまねえな、本当に」

 

 ショウフクは、フラカンから顔を背け、部屋を後にする。これが、今の彼の精一杯だった。

 

 

─────────────────

 

 

「へえ……これ、ですか……」

 

 商人たちは、荷車ごと置いていった。広場にずらりと並んだ荷車に、加工屋の男は目を丸くしている。その荷車には、大砲やバリスタ砲のパーツがうず高く積まれている。

 カモンとエデッタを引き連れて、アトリは聞く。

 

「組み立てはできぬのか?」

「できますけどね。この国でこんなもん、お目にかかれると思ってませんでしたよ」

 

 この男は、元は火の国の人間ではない。アトリに対しても、やや砕けた態度だ。

 

「とにかくさ、せっかくあるんだからじゃんじゃん設置してもらわないと」

 

 荷車の前でエデッタが両手を広げる。だが、加工屋は首を捻っている。

 

「しかしなあ、俺の加工屋の連中を動員したってこれだけの数は……」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

「それにお前、なるべく早く、っつってたか? なんだってそんなに急ぐんだい? 何かあったのか」

 

 エデッタとアトリは、顔を見合わせる。火の山の神が死んだためにモンスターの大移動が起こる、という事実を告げるわけにはいかない。混乱を招くからだ。

 荷車の影から声がした。

 

「何やってるんだい、アンタらは」

「叔母様!?」

 

 フラカンだ。いつも通りの煙管を手に、いつもの高飛車な態度だった。

 

「モンスターがまた暴れるって言うんだろ?」

「えっ、それは……」

 

 フラカンは顎をしゃくった。その先は、カモンの右腕の包帯だ。

 

「この火の国にモンスターが来る。だったら、迷ってる時間はないだろう?」

 

 フラカンは、火の山の神の死を知っている。アトリたちの慌てようを見れば、モンスターの大移動が起こることは見当がついた。

 アトリは声を潜め、フラカンに言う。

 

「しかし……真相を告げれば民の混乱を」

「バカだねえ。デタラメ抜かせばいいんだよ」

「そんな……」

 

 その口ぶりにアトリは言葉を失う。野太い声が、通りに響いた。

 

「フラカン様! 集めてまいりました!」

 

 ずらりと男たちが並んでいる。人数は三十人ほど。先頭には、自信に満ちた顔つきのクレイが立っている。

 

「遅いよ、クレイ」

「えっ? 何を、どういうつもりですか!」

 

 アトリの問いも意に介さず、フラカンは荷車の上に登った。男たちを見下ろし、演説を始める。

 

「あたしとアトリは今朝、火の山の神の声を聞いた! モンスターの大移動のお告げだ!」

 

 男たちがどよめいた。モンスターの大移動。だが、フラカンの言葉が彼らをまた鎮める。

 

「連中を追い返すよ、東の谷で迎え討つ! まず……シペ、トナカ、ティコ、ウィツィロ!」

「はっ、はい!」

 

 名前を呼ばれた男たちが、手を挙げて前に進み出る。

 

「あんたらは加工屋の連中を手伝って、バリスタと大砲の組み立て! 一台ずつ作れたら、荷車曳いて東の谷! 後で人をやるから、完成品は加工屋に置いてきな」

 

 指示に従い、彼らはバリスタや大砲のパーツを担ぎ出す。

 

「それから、クレイより右側、手ぇ挙げな」

 

 言われた通りに男たちが手を挙げた。

 

「残りの連中は、木材置き場から木材を持ってくる! リーダーはクレイ! バリケード用と設備の台座用だ、頑丈なのを選ぶんだよ」

「はい!」

 

 一際大きな声でクレイが応える。彼を先頭に、男たちは駆け出して行った。幾分か、辺りは静まった。フラカンは、荷車の下のアトリたちに目をやった。

 

「加工屋一人借りるよ、あたしと一緒に東の谷。 バリスタと大砲の場所を決めるんだ」

「はっ、はい!」

 

 アトリと話していた加工屋は頷いた。荷車から降りたフラカンに、アトリは駆け寄る。

 

「叔母様……」

「あんたは今すぐ女を集めるんだよ。五人、十人はいらないね。ネココを連れて、男衆の飯の支度。いいね?」

「なぜ、こんなことを」

 

 目を閉じ、フラカンは小さく笑った。

 

「あたしはね、あんたなんかよりもずっと、この国で長く生きてるんだよ」

 

 彼女は、懐から取り出した書類の束をアトリに押し付ける。

 

「昔の連れから貰った。うまく使いな」

 

 アトリが目を白黒させている間に、フラカンはエデッタに声をかける。

 

「エデッタもおいで。モンスターをどう狙えばいいか、詳しいんだろ?」

「なんであたしが……」

 

 エデッタは口を尖らせ、隣のカモンに目をやった。モンスターの専門家という意味では、カモンも同じだ。

 

「怪我人を働かせて、あんたはふらふら遊んでる訳かい?」

「あ、そういう意味じゃないってわかんない? あんたと一緒に仕事なんかしたくないってこと」

「バカにはわからないかもしれないけどねぇ、好き嫌いなんて言ってる場合じゃないんだよ」

 

 嫌味の応酬の末に言い負かされたエデッタは、悔しさに顔を歪めた。

 

「あ〜〜、もう! 行けばいいんでしょ、行けば!」

 

 フラカンたちを待つことなく、彼女は西の谷へ足音を鳴らして歩いていく。

 

「じゃあ、カモン。あんたは家で休んでな。ハンターの力がなくちゃ、モンスターには勝てっこないんだ」

 

 そう言い残して、フラカンたちも西の谷へと歩き出した。

 残されたカモンは、呆然としていた。あっという間に話をまとめてしまったフラカン。彼女の手腕に、彼は驚かされていた。

 

「叔母様はああいう方だ。一度決めたら一直線というか……」

 

 アトリは、フラカンたちが去っていった方を眺めていた。その頬は緩んでいる。

 

「カモン、お主も早く休め。一刻も早く、万全の体制を整えるのだ」

「わかってる。……頼んだぞ」

「うむ。今は皆、やれることをやるだけだ」

 

 

────────────────

 

 

 市場通りから東へまっすぐ。すでに、慣れた道だった。

 収穫の終わったオオモロコシ畑は、寂しいものだ。それを横目に、カモンはぼんやりと歩いていく。右手の痛みはまだ残っていた。

 

 畑仕事に出ているものもまばらだ。彼らは、カモンに気づくことなく、自分の仕事に精を出す。

 この国の料理は、カモンも気に入っていた。

 

 すでに住み慣れた自分の家。だがその軒下に、背の高い、帽子の男の姿があった。

 

「ぼっちゃま、お久しぶりです」

 

 ショウフクだ。カモンは強張る体に力を込めて、さらに足を踏み出す。

 

「ああ。久しぶりだな」

「ぼっちゃま、旦那様はお怒りですよ」

 

 隠語だ。カモンはそれが、自分の上役であるショウフクの、さらに上役。ギルドの上層部のことを指しているとわかった。

 カモンはショウフクに近づいていく。

 

「そうか。……父上は、何と」

「冗談です。今の所、全て私の胸に秘めております」

 

 ショウフクはそう言って、口角を上げる。カモンはその顔を見つめた。

 その内側の感情は、カモンには読み取れなかった。

 

「実家に、戻った方がいいか」

「ええ、そうですね。いつ旦那様がお聞きになるかわかりません」

 

 軒下に並んだ二人は、風景を見つめている。雑草がぼうぼうに生えた荒地。アグナコトルに破壊された廃屋が、その中に見えた。

 

「……ショウフク。お前なら、どうする?」

「は?」

「もしお前が俺の立場だったら、仕事のために、火の国を見捨てるのか?」

「見捨てましたね」

 

 ショウフクは迷いなく答えた。まるで、経験したことがあるかのようだ。

 

「……そうか」

「ただ、ぼっちゃまは私とは違う。私には到底できぬことをやり遂げたとか」

 

 両手を後ろで組んで、ショウフクは歩き出した。家沿いに歩くと、左に曲がる。彼の視線の先は、火の山だ。

 

「知っているのか」

「推理しただけですよ。……あれは、私にはできなかったことです」

 

 遠い目で、彼は火の山の煙を見つめている。カモンが火の山の神を殺した事実を突き止めた彼の能力は、ギルドナイトとしても優秀な部類だ。

 だが、不思議と、カモンはそれを恐ろしいとは感じなかった。

 

「旦那様と縁を切り、この国でハンターとして生きていく。不可能ではありません」

「この国で?」

「ええ。ロックラックのギルドが見捨てたとしても、この国にはハンターが必要ですから」

 

 ショウフクは振り返り、にこりと笑った。カモンは目を逸らした。家の正面の廃屋に視線を戻す。

 

「俺を育てるのに、金もかかったはずだ」

「おっしゃる通りです。しかし、この国には旦那様の権力も及ばなくなる。ぼっちゃまは自由の身です」

「俺に釘を刺しに来たんだろう?」

「ぼっちゃまの人生です。このショウフク、応援いたしますよ」

 

 ショウフクは、カモンにとって育ての親でもある。彼は拳を強く握った。

 

「俺は……俺を育ててくれた父上を、捨てたくない」

「……左様ですか。しかし、義理だけで生きていくのも不便なものです」

 

 笑ったまま、ショウフクは目を伏せた。カモンも笑う。

 ショウフクの言葉と、今の彼ら二人の態度の奇妙な一致。カモンは、それが可笑しく感じられた。

 

「もう少し、時間をくれ」

「早いに越したことはありませんが……答えをお待ちしましょう」

 

 軽薄な使用人、ショウフクとしての慇懃な態度は、もうなかった。カモンは、ショウフクの不器用さを初めて知った。

 

「ありがとう」

 

 カモンの言葉に、ショウフクは小さく笑い声を立てた。

 

 

───────────────────

 

 

 翌日の朝早く、カモンは東の崖を訪れた。カモンの家から北に進むと、崖がある。その下には広がる平地が、決戦場所となるはずだ。そこは、かつて密猟したラングロトラを解体した場所だった。

 

 わずか一日の間に、バリケードは出来上がっていた。身をかがめればなんとか通れる程度の隙間を潜り抜けると、すでに数十人もの男たちが作業に取り掛かっていた。

 崖下の平地に誘い込む、という判断のもと、平地のあちこちにバリスタ砲や大砲が設置されている。

 

「おーい、こっちだ!」

「どこ狙う気だよ、お前は! 逆逆!」

「地ならし終わったぞー!」

 

 あちこちから、作業中の声が聞こえる。これから襲撃されるにしては、焦りは小さい。カモンはそう思った。

 崖の上から、フラカンが見下ろしている。彼女はカモンに気づいた。

 

「カモンじゃないか。どうだい、傷は」

「だいぶ良くなった。今は?」

「大砲とバリスタの設置中だよ。バリケード組には二つ目のバリケードを用意させてる」

 

 設備設置のための櫓を組んでいる班、大砲を組み立てる班、バリスタの弾を運んでいる班。彼らの作業は、驚くほど順調だった。

 

「崖の上にも、砲は置くんだろう?」

 

 カモンは、バリケードの向こう側に目をやった。

 崖沿いに東西に走る道を東に進めば、崖下に降りるなだらかな坂に行き着く。バリケードは、その東西に走る道を封鎖していた。

 バリケードが設置された今、設備を崖下に下ろすことは難しい。しかし、大砲やバリスタ砲のパーツが、まだ崖の上に置いてあるのだ。

 

「そうだよ。崖下を狙い撃つ。モンスターは北側からここに誘いこんでおくれ」

 

 崖下の平地は、南側を崖に阻まれているが、北側は火の山へと続く上り坂になっている。カモンはうなずいた。

 

「早いな。人数も増えてる」

「そりゃそうさ。みんな、この国を守りたいんだよ」

 

 内心、カモンは舌を巻いていた。崖の上から見ればわかるが、あちこちで作業している人間の中に、余剰人員はほぼいない。すべての人間が十分の力を発揮できるように配置されている。

 

「ギルドはもう、この国から手を引く。あんたは、これからどうするんだい?」

 

 フラカンの言葉に、カモンは振り向いた。彼女がカモンに対して興味を持ったのは、ほとんど初めてだった。

 

「……なんで、そんなことを聞くんだ?」

「別に、興味本位さ。あんたがあたしの昔の知り合いに似てるから、ついね」

「俺は、この戦いが終わったら、この国を去る。ロックラックのハンターズギルドで、また働くつもりだ」

 

 フラカンは、煙管に口をつけた。ゆっくりと吸った煙を、朝の澄んだ空気に吐き出していく。

 バリケードの向こうから声がした。

 

「フラカン様、おはようございます!」

「遅いよ。あんたは、そうだね……。ティコの班、わかるだろ? あそこに行きな。固定作業に入るから、人が要るはずだよ」

「わかりました!」

 

 来たばかりの人夫は、その指示通りに小走りで崖下へ降りていく。

 フラカンの手腕に感心しながら、カモンはその人夫の背をなんとなく目で追っていた。

 

「アトリはね」

 

 フラカンだ。煙管を持ったまま腕を組み、視線はまだ崖の下に向けている。

 

「あの子は、あんたに出ていってほしくないみたいだよ」

「え……?」

 

 間の抜けたカモンの返事に、フラカンは笑ってしまった。彼女は振り向く。

 

「それで、どうだい? 女泣かせてでも、この国を去れるのかい?」

「……俺も、この国が嫌いじゃない。でも……」

「そうだろうね」

 

 明確な答えを、フラカンは求めなかった。煙管を一吸いし、指示を出す。

 

「それじゃあカモン。あんたは火の山に行ってくれ」

「モンスターの調査だな」

「ああ。それと、モンスターどもの死体を集めてほしいんだ」

「大型モンスターを、ここに集める餌ってわけか」

「そういうこと」

 

 満足げにフラカンは頷いた。バリケードをくぐり、家へと戻るカモンの背中に、彼女は一人の男を重ねていた。

 

 

─────────────────

 

 

「ありがとう。お主のおかげで、この国も救われる」

「そんな、大袈裟な……」

 

 照れくさそうに、加工屋の男は首を振った。アトリは彼の手を握っている。

 

「あれ、姫様」

 

 店の奥から、エデッタが顔を出した。何気なく近づいてくる彼女に、アトリは驚いていた。

 アトリは、エデッタの新たな鎧を怪訝そうに見る。

 

「エデッタ……お主、どうしたのだ?」

「ん? ああ、フィッティングが済んだからさ。いつモンスターが来るかわかんないし。どう、この新装備」

 

 兜を頭に載せると、両手を広げ、ぐるりと自慢げに回る彼女。その体を覆っているのは、リオレイアの緑ではない。

 

 露出した二の腕と、ガンナー装備特有の大きな左手甲。それ以外の鎧の表面は、ほとんどが赤く煌めいていた。

 房飾りのついた胴体と二段のスカートは、アトリの祭礼用の服にも似ていた。

 

「それは……アグナコトルの装備だろう」

 

 アグナコトル。エデッタにとっては、父親を殺した憎いモンスターであるはずだ。

 

「別に、素材はあったんだよ。密猟だってしてたしね」

「それを、なぜ今?」

 

 エデッタは、兜の庇を持ち上げた。加工屋の入り口から、通りの方へ目をやる。

 

「ん〜〜〜……ようやく、腹括ったってことかな。まだ嫌いだけど、好き嫌いなんて言ってる場合じゃないでしょ」

「そうか……。すまぬ、私はもう行くが」

「あたしも行くよ。崖でしょ?」

 

 にへら、と笑ったエデッタは、アトリと肩を組んだ。二人は連れ立って、通りを東へ歩いていく。通りかかった家は、まだ火祭りの気分が抜けないようで、紅蓮石が屋根から下げられている。

 

「それで、姫様こそどうしたの。こっちまで来てさ」

「うむ……ギルドの話だ。ようやく、加工屋との話がついた」

「そうなの?」

「まあな。この件については、まとまってからまた話そう」

「そう……」

 

 アトリが話を変えたのは、エデッタの表情が曇ったことに気づいたからだった。ギルドがこの火の国から手を引くことになったのは、元はといえばエデッタの責任だ。

 

「親ってさ。やっぱり、子供を守りたいもんなのかな」

 

 通りを進むうち、長の邸への坂道に差し掛かった。エデッタは、ほとんど無意識にその邸を見上げていた。

 アトリは、歩みを止めず、正面を見据えて答えた。

 

「……お主がどう思っているかはわからんが、父上は、この国の民全てを自分の子供のように思っていた。それが、長の責務だ、と」

「そう……じゃあ、親不孝しちゃったね」

 

 自嘲するエデッタの肩に、アトリの肩が当たった。

 

「その分、親孝行をしてくれれば良い」

「もういないよ」

 

 笑ってエデッタは首を振る。アトリは胸を張って威張ってみせた。

 

「私がこの国の長を継ぐのだ。お前も、私の娘だぞ」

 

 彼女の顔と目をまじまじと見つめ、エデッタは吹き出した。

 

「姫様ってさ、ぜんっぜん、冗談似合わないね」

「む、そうか……」

 

 アトリは肩を落とした。その背中を、エデッタはぽんと叩く。

 

「ありがとう。あたし、頑張るよ」

 

 遠くに、バリケードが見えた。作業に精を出す火の国の民の声。今この国はしがらみを捨て、一つになりかけている。

 

「火の国を、滅ぼさせてたまるもんか」

 

 エデッタは、両手を強く握りしめて、そう言った。

 

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