ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
控えの場所においてスィニチも居たが、それぞれが言葉を交わす事はなかった。
メイからすれば少し意外だったが、だからと言ってスィニチに話しかけに行く事もなかった。
色々理由はない事もなかったが、単純に人見知りだったから。
だからと言ってやる事もなく、端の方で目を瞑ってこれまでの鍛錬のことを思い出していた。
『覚醒する為には、心身共に満ち足りた状態でないといけない。その上で、自分が最も集中出来る姿勢で呼吸を体に巡らせる必要がある』
ひたすらに石を砕き、ひたすらに組み手をし、大体20日目の事。そう言われて、1日体をゆっくりと休め。
メイが一番集中出来る姿勢と言えば、やはり次の挑戦者が来るのを待っている時の姿勢だった。
斧槍を抱き抱えて、冷たい石の壁に凭れながら、目を閉じている。
起きて、食べて寝て、食べて寝てを繰り返したその夜。
久々にその黒い斧槍を手にして、すっかり慣れ親しんだ海の波音を聞きながらそうしてみた。
……ダンジョンの中で挑戦者を待っていた時は、過去の経験をひたすらに反芻していた。最初の頃、緊張を和らげる為に、ここまで鍛えられてきたのだから大丈夫だと自分を落ち着かせる目的でやっていた事を、結局ずっと続けていた。
斧槍を抱えて、その代わりに呼吸を隈なく体に張り巡らせる事に集中する。
胸から肩や太腿を通り、指先まで巡って帰ってくる血の流れ。
吸って吐く。胸が上下する。ただそれを静かに繰り返す。
陸の上に居ながら、自分の体がどこか沈んでいくような感覚。
……今、私は、私の魂に触れている?
細く長く吸って、しっかりと体に新鮮な空気を溜めて、使われた後の空気を細く長く吐く。
結果的に言ってしまえば、体の中で空気を使うのは、火が燃えるのと同じらしい。
空気の中のある成分が、強い熱で別の成分と結びついた結果の現象が火なんだとか。
『別にそんな理屈なんて俺もそういうもんなのかって知ってるだけなんだけどさ。
勉強なんて、騙されないように算学だけは叩き込まれたくらいで、星が丸いだなんて今でも信じられてねえし。
まあ、でも火はイメージとしては良いだろ? そういうのもあって、とりわけ種族として何千年も鍛治に携わっているドワーフなんかは本当に感覚として覚醒まで短期間で出来る人が多いらしい』
……でも、メイにとっては、火はそんな親しいものではなかった。そもそも獣人は肉食だろうと食事に火を必要としない。草食なら言わずもがな。生まれ育ったミノタウロスの集落も朝日と共に目覚めて日が沈むと共に眠る、そんな本当に田舎だった。
だから、それよりも良いイメージが必要だった。
……小さい頃、親に言われるがままに木に耳を当ててみると、シューシューと音がした事を思い出した。
木々も呼吸をしている事。生きている事。
……ちょっと、私、暴力に毒されすぎたかな。
呼吸の基礎を学ぶ為に、何本もの木を殴って蹴って折ってしまった事を今更ながら申し訳なく思いつつ。
木が硬く太い幹を携えながら成長していく様を想像して更に呼吸を深めていくと、更に自分の魂にしっかりと触れた感覚がして。
それは一気に熱を持った。
あの時の感動というか、世界が開けたような感覚は、いつ以来だったか。前にもあったような気がするし、でも初めてかもしれない。
とにかく、とても気持ちが良かった。
そこから、そんな壁に凭れて斧槍を持つ、だなんて格好じゃなくても確実に覚醒出来る、というまでは出来なかったけれど。
スィニチと戦う前には、控室で予め程よい棒でも持てばきっと覚醒出来るだろう。
そう思っていたら、誰かが近付いてくるのを感じて目を開けた。
*
「続いてはワーウルフ3兄弟と女傑ミノタウロスの戦闘となります!」
「あー……」
「ワタシもアレ等はダンジョンで見たな? チームワークが良くてワタシも初見で突破されてしまった」
「へぇ。実際かなり仲が良くていつも3人で行動している奴ら。街のダンジョンを短期間で突破して、西のダンジョンの事を知らないまま凱旋してきたらしい。
3人とも覚醒出来るし、まあ、3人掛かりなら確実に俺より強いよ。1人なら確実に俺が勝つけど」
「メイは勝てるのか? ウトの爪はメイに届く事もあったのだろう?」
「確実ではないと思う。
前にあいつらからメイさんの事を教えてくれって言われたんだけど、対等に3兄弟の事をメイさんにも教える事を条件にしたら聞かない事にしたし。
ただ、嫌な予感がするんだよな……」
「それは、どっちにとって?」
「そりゃあ、もちろん、3兄弟にとって」
もし……万一、西のダンジョンの事を知らないままだとしたら。西のダンジョンの事を、街のダンジョンと変わらないものだと信じ込んでいたら。
そう思っていると、司会に近付いてくる人が居て。その人から何かを聞いて、驚いたように聞き直して。
「え、ええと、すみません、ワーウルフ3兄弟は棄権との事です。誠に申し訳ありません。罰金を支払ってでも棄権との事です」
「賢い選択だな?」
「そう、かもな……」
「その代わりに本日の目玉である、豪傑ミノタウロスと女傑ミノタウロスの戦闘が、互いの合意の元、生死不問となりました!」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
*
「あんたがメイか?」
「……何?」
3人のワーウルフ。多分、次の相手なのだろう。
……私のこと、舐めてる?
「提案があるんだが」
「提案?」
「次、オレ達とお前なんだよ。それで、殺しもアリにしないか?」
「良いけど」
「えっ? 良いのか?」
「うん」
軽く了承しながら、メイは目を細める。
……多分、本当の殺し合いをした事がない。
挑発か何かのつもりなのだろう。逆に怖気付いたワーウルフ達の後ろからつかつかとスィニチがやってきて。
「馬鹿野郎共がっ!!!!」
拳骨が3人に振舞われた。
「お前等、こいつがどういう奴か理解した上でそんな事言ってんのか!?!?」
「えっ、だって、ダンジョンのって。ダンジョンって、どうせ、死んでも生き返る場所で……」
そこまで聞いて、スィニチも理解したようだった。
大きく、とても大きく溜息を吐いて。
「仕方ない。本当の殺し合いってのを俺達が見せてやるよ。良いよな?」
「私もスィニチとはそのつもりはなかったけど。別に良いよ」
メイがスィニチに対しても何も迷わず殺し合いを承諾したのを見て、3兄弟は目を丸くする。
ついでに、とにかく殺したい程嫌われていると思っていたスィニチも。
「……あんたの事は良く分からん……。
だが、全力で臨ませて貰う。こいつらに説教してくるから、始まるまでもう暫く待っていてくれ」
「うん」
そう言って3兄弟を引きずっていくスィニチを見送ってから。
「……別に、本当にゲロ吐いてるところ見れれば良かったんだけど」
殺されるかもしれない。でも、30日前のような絶望感もない。どのくらいかまでは分からないけれど、勝てる可能性はきちんとある。
だから、ダンジョンでどのくらいの強さすらも分からない相手を待っている時より、気持ちは楽にも程があった。
「準備、しておくかな。
すみませーん。長い棒ってあったりしますか?」