ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
「それでは本日のメインマッチ、豪傑、女傑ミノタウロスの戦いとなります! そして何と今回は生死不問!! 本物の殺し合いをお楽しみくださいっっ!!」
そんな司会の言葉など、もうそれぞれの耳には入っていなかった。
……やっぱり、強いな。
メイは、メイよりも更に二周りくらい大きいミノタウロスであるスィニチをじっと見る。
豪傑と言われている通り、ただ食べて大きくなっただけではなく、鍛えて続けて強くなった、巨木の如き安定性が見えた。
足や腕の太さもメイとは段違い。メイですら、一発でもまともに食らったら死は免れないだろう。
その上でかなり絞られた……そんな余分なものがない肉体をしているメイとは異なり、肉もある程度ついている体。メイとは比較にならない重さがあるとしても、動き回り続けられる体力はきちんとあるようにも見えた。
そして、スィニチの覚醒。
西のダンジョンで15階のフロアボスを務めていた頃のサブマスターにはもう勝てると断言していたのを思い出す。
それは即ち、そのくらいの疾さには付いていって攻撃を当てる手段を持っているという事。
……でも、私はウトと組み手をし続けてきた。
完全に捌き切る事までは出来なかったけれど、最初よりは確実に避けられるようになっていた。足捌きも、体捌きも上達した。それに、スィニチだってウトの攻撃を全て避けられるはずもない。
だから、私がやる事はいつもと変わらない。
避けて、避けて、避けて、致命の一撃を叩き込む。
ただそれだけ。
……見られている。
殺意とか、何もなしに、ただ淡々と奥底まで見透かしてくるように。
楽しさとか殺意だとか、そういうものがあるとしてもそれは表に出さず、ただ勝つという目的に意識が自然と集中している。
そして更に、既に覚醒している。
そこまで出来るようになる可能性もあるだろうとは思っていたが、同時にあるとしてもかなり低いとも思っていた。
女だと言うのに、体躯としては平均的なのに、その中身にはまるで同じミノタウロスだとは思えない程の
十分に負け得る。
そう、体が感じている。久しいこの感覚。
西のダンジョンでドラゴニュートに殺されてから、真に死んだ事はない。死に対して保険を自在に選択出来る東のダンジョンに挑んだ時も、保険を切ろうとは思わなかった。
本物の死が迫っている。正直に言ってしまえば、今からでも生死不問だなんてやめてしまいたい。健全に殴り合ってそれで終わりにしたい。
……まあ、俺の発言のせいなんだが。
それに、スィニチの膂力に対して健全に殴り合える存在など、最早ほぼほぼ居ない。
魔獣ですら一発で殴り殺せる。ドラゴンだって相当大きいものでなければ、きっと。
加えて、本当の殺し合いというものがどれだけ冷たくて、恐ろしいものなのか、馬鹿共にも教えてやらねばならん。
西のダンジョンに挑むという事は、そういう事なのだと。
スィニチは両手をひたりと合わせた。
それが、覚醒の為の所作。
メイがさせまいと飛び掛かってきた。
*
覚醒。
身体能力が跳ね上がるだけではない。深めていけば、素体の持つあらゆる可能性を引き出す事だって可能だ。
だが、その覚醒したメイの蹴りを、スィニチは覚醒する事なく腕で弾いた。
嘘っ!?
メイは内心驚き。
骨まで痺れたようだっ……!
スィニチはその攻撃の重みに、長く受け続ける事は出来ないと判断する。
覚醒している余裕もない。ほんの僅かな時間、手を合わせて呼吸を整えるだけで出来る程に鍛錬を重ねていたが、それをさせる隙すら与えてくれなさそうだった。
そしてメイは蹴りを弾かれても、体を翻してそのまま殴る。
一撃一撃が重過ぎる、速過ぎる!
あのドラゴニュートの拳がそのまま重みを持ったような、そんな絶望。
「お゛あ゛っ!!」
それでもスィニチは反撃にと、拳を振るった。このままでは削り殺されるだけだった。
するり。
避けられた。伸ばし切った拳。
そして……受けをすり抜けて、腹へと深くまでめり込んだ拳。
「ぅべぇぼぉ」
胃液どころじゃない。内臓が破れたのか、口から血がどばどばと溢れ出す。
ずぼぉ、と音を立てて拳が引き抜かれると、力なくその巨体が膝を着いた。
「ごぼっ、げぼぉ」
その体が小さく蹲る。血が地面へと染み込んでいく。
…………気持ち良い。とても、とっても、気持ち良い。
30日、その為だけに鍛錬してきたと言って良い。その為だけに、毎日毎日、くたびれ果てるまで体を動かして、呼吸を我が身の物として、覚醒まで辿り着いた。
覚醒した時も嬉しくはあった。でも、これとは比較にならない。
跪くスィニチの前に立ち、殴った拳に手を当てて、思わず余韻に浸ってしまう。
……スィニチが、両手を合わせている事に気付くのが遅れた程に。
「ごぼっ、ごほっ」
咳の音が変わる。体から蒸気が出てくる。
思わず飛び退く。
あの状態から攻撃しようとも、逆に殺される予感しかしなかった。
ゆっくりと、膝に手をついてスィニチが起き上がる。
口から溢れ出る胃液や血を拭い、飲み込んでいく。
どう見ても、破れた内臓すら治っていた。
…………私が対峙した中で、五本の指に入る気がする。
スィニチがたじろぐメイを見て、口を開く。
「慢心したな? らしくない」
「私は……スィニチの腹を殴って跪かせる為だけに、ずっと頑張ってきたから」
スィニチはそれを聞いて、大きく笑った。腹を抱えて、吹っ切れたように。
「……あー。あんたの事、必要以上に大きく見積もっていたようだ。
これから先、俺よりも確実に強くなるとしてもな」
それで良かったんだけど……。
「それで、続けるの?」
「あんたの負けで良いなら終わるがな」
「それは……無しで」
結局、メイはただの負けず嫌いと捉えても良いのかもしれない。それでも、常軌を逸した、というのは付くものの。
「なら、殺されても文句は言うなよ?」
強くてもサブマスターよりは……私の足を震えさせたあのたった1人のヒューマンよりは……どうにでもなる。
「うん」