ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
スィニチの体躯から、一切の手加減のない体術がメイへと振るわれる。
素手だろうと鎧を貫通するどころか腹に穴を開けるだろう。素足だろうと壁にまで叩きつけられて壁まで砕けるだろう。
遠くに居ても風切り音が聞こえてくる。その余波だけでも耳どころか体にダメージが入ってもおかしくない。
けれど、メイはその一つ一つを丁寧に捌いていた。身を逸らし、射程を見切って足捌きで避け、時に横から叩いて、距離を取って。
戦闘経験ですら、スィニチには遠く及ばないだろう。ただ、真に生き死にの世界で2年以上もの間戦い続けてきた、その濃さで言うならばメイも負けていなかった。
そして、覚醒には欠点もある。単純に、体力の消費が激しい。
ミノタウロスとしても重いスィニチは、その浪費もメイとは比較にならないだろうが、その欠点もある程度克服出来ているのがメイからしても分かった。
ざっくばらんに言ってしまえば、覚醒は全体的な能力の底上げである。それを、自己治癒から肉体強化まで細かく分別する事で体力の浪費を抑えている。
……筋肉が更に膨れ上がるから分かり易いものの、どっちにせよまともに受けてはいけない事に変わりはないから、結局は距離を詰めてくる脚だけ注意しておけば良い訳だけれど。
問題は、そうしてメイがスィニチの攻勢にギリギリ対応出来ているとしても、良くて共倒れ。悪くて先にメイの体力が尽きるという事だった。
この状態のスィニチに、私から殴れなければ勝てない。
でも……やっぱりサブマスターよりは、あのヒューマンよりは、弱い。
当たる気配がない。
ミノタウロスとしては尋常ではない身のこなしの軽さ。そして、実戦で鍛えられたであろう勘の良さ。初見殺しのような技を何個か入り交ぜたがどれも何ともないように躱された。
……まさか、ここまでとは。
ウトと組み手をしているのは、道場で寝泊まりをしている様子から察していた。だとしても、これ程の身のこなしがあるとは、想像もしていなかった。
掠りでもすれば皮膚どころか肉をも巻き込んで抉っていくような攻撃を、その戦う前と変わらない淡々とした目のまま避けてくる。
死に慣れている……というのもあるだろうが、だからこそ死を回避する為の最善に身が慣れている、その目。
更に、回避のみに集中しているからだろうとはいえ、二度目となれば、叩き落としてくる始末。叩き落とされた腕は回復させていないままだとはいえ、今でもピリピリと痺れている。
このまま倒せたとしても、それはただメイがミスをしたからになる。
真の意味でメイを上回っている事にはならない。
持久力で優っているだけで勝っても、それも情けないにも程がある。
……本当に、まさか、ここまでとは。
再び距離を取って呼吸を整える隙が出来た。
スィニチに拳を届けるには、きっと慣れれば出来る。その慣れが、体力が尽きるまでに来るかどうかは微妙だったけれど。
そして、同時にスィニチが見た事のない構えをした。全身を最大限捻って。
……何か、来る。
体が僅かに震えた。体が死を予見している。
ゔぅ゛んっ
「!!??」
そう、音がしたのだけ、理解した。
べぎゃっ!!!!
触れてもいないのに、体が吹き飛んで壁にまで叩きつけられたのが、打ちつけた背中と後頭部の感触で分かった。
「——」
肺から息が飛び出す。声にならない声が体から漏れ出す。けれど、意識はどうにかある。
言わばあれは……強引な遠距離攻撃だ。属性付与のように、僧侶や魔術師的な素質を必要としなくても、鍛えた体一つで成し遂げられるとは思いもしなかった。
思わず項垂れた頭を持ち上げる、スィニチの巨体が迫ってきている。
どうにか避けるも、側頭に生える角が粉々に砕けた感覚がした。弾ける痛み、でも問題ない。
距離を取る? 反撃する? どちらも予想されているだろう。なら、もう自分を信じるしかない。
殴りかかる。体重の乗っていないそれは受け止められて、掴まれるどころか握り潰される……その前に、膝蹴りを脇腹に。
「がっ?!」
見てなくても、体の動きから察してもう片方の腕で受け止めようとしたのだろう。
ただ、メイは膝へと属性付与していた。聖なる属性、それは相手が不死でなくとも、鋭い斬撃としての形をしていなくとも、滲むように内へと侵食して破壊を為す。炎や氷や雷などと比べてしまえば、威力は劣るとしても、だ。
「ゔぅっ」
それでもスィニチは掴んだ腕を離さなかった、どころか握り潰された。べぎばぎと音を立てながら腕の先がへたりと折れる。
大した事はないとしても、予想外のダメージ。
甚大だとはいえ、覚悟していたダメージ。
何十年という期間とは言え、基本殺し合いから離れて、ただ自分の鍛錬ばかりをしてきていたスィニチ。
2年程度とは言え、殺し合いに身を置いてきたメイ。
次の所作がより早かったのはメイだった。
壁に体が張り付いている。片脚は浮いている。片腕は握り潰されている。もう片方の腕や脚で殴ろうが蹴ろうが体重も乗らない。
その代わりに、目の前に首があった。メイより背丈が高い分、すぐ目の前に露わになっている分厚い首が。
メイはそれを掴んで、握り潰し……。
「ま」
指先が止まった。
「ま?」
「参った……」
「……ヤだって言ったら? 私の角も腕もこんなにしておいて虫が良くない?」
「何でもする。許してくれ」
プライドすらかなぐり捨てたような声。
「……そういう声が聞けただけでもいっか」
メイが指を離すと、スィニチはメイから離れて、降参を示すように両手を上げた。
要するに真空波。