ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
「……食べ物」
宿の、暗い部屋の中。
朝早くに起きたメイはそう呟いて、のそりと起き上がる。
同じ部屋で寝ているディッツェはそれに少し気付くが、眠気を優先してそのまま。
テーブルに置かれている、包み越しでも少し臭いが漏れ出している2つの食べ物。
それを躊躇なく手に取って、すぐにでもそれを剥がして食べたい衝動に駆られるも、流石にそこまでの良識は捨てておらず。ふらふらとした足取りで宿の外へと出た。
まだ日も登っていないどころか、東の空を見ても黒が深い青に変わるのが僅かに見える程度。
けれど、もうその数日に渡って開かれる収穫祭の、その2日目の準備をしている人達の活気が感じられる。
それから、子供のドラゴンでも大きく聞こえて来る鼾。
「……」
それらを感じながら、メイはまず腐った豆の紙包みを開いて中を全て口に流し込み。
口の中でねっちゃねっちゃ。
更に蛆虫に食われているチーズの紙包みを開いて、飛んでくる蛆虫を無視するように、全部まるごと口の中に入れる。
ぷちぷちと音を立てながら、蛆虫も臼歯ですり潰して、ごくん、と。
「……全然足りない……」
どちらも詳細な味の感想に思いを馳せる余裕もなかった。
何でも良い。とにかく、食べないと。
ふらふらと歩いていった。
乾燥させていた藁。朝露に濡れた雑草。そんなものでは空腹は全く満たされない。
きちんと育てられている果樹園も見えたが、流石にそこに足を踏み入れはしなかった。
露店にも布が掛けられていて、金を持っていたとしてもそれを引き剥がすのは憚られる。
その代わりに、昨日メイや力自慢達が砕いた瓜がそのまま転がっていた。食べられるものではないと噂の、ただ大きさだけを追求した瓜。
でも食べて良いなら食べる。
ばりゅ、ぼりゅ。ばりっ、ぼりっ。
大きく音を立てながら、酷い味というより、ただただ味がしないそれを派手な音を立てながら咀嚼して、咀嚼して。
胃が活発に動き始め、遅れて空腹感が少しずつ落ち着いて来る。
ばりっ、ぼりっ。めりっ、ばりっ。
そう長い時間ではなかった事でもあって、それに気付いた人はほぼほぼ居なかった。
気付いたのは、深夜からもう翌日の準備をしていて、その休憩中だった数人だけ。
その人達も、食べられないはずの瓜を無心で食べているミノタウロス……しかもそれが収穫祭で精力的に働いていたかと思ったら、悍ましい雄叫びを上げて瓜を粉々にした女だと分かれば、声を掛ける事なんて出来る訳もなく。
程なくして去っていった後に、その証拠として残っているものは歯形の残る瓜が僅かにある程度で、布が掛けられている露店の代物にはどれにも手を触れた様子もなく、勿論追いかけて問い質すだなんて出来る訳もなく。
『私、中々言えなかったんですけど、見たんですよ……。
あのミノタウロスさんが、朝早くにあの瓜を食べているところを……。
ハンマーを叩きつけるところも、まるで正気じゃないような声を上げていたのは皆さんの記憶に残っているかと思いますが、まるでその時のような人を人たらしめる意志をどこかに捨ててしまったかのように、ただひたすら瓜を食べていたんです……。
いえいえいえいえ、瓜を食べているだけって言っても、あの得体の知れないような怖さは、実際に見てみないと分かりませんって! 本当なんですから!』
最大の瓜を破壊した女のミノタウロスの話には、そんな変な尾鰭が少し遅れて付く事となった。
「……また眠くなってきた……」
覚醒と薬の併用は、確かに身体能力は更に向上するも、燃費が悪過ぎてダンジョンの中で使えるものではない。
体も未だに軋んでいるし、これから寝て起きたら、またお腹も減っている事だろう。
宿の中にまで戻って、またベッドに倒れ込み。
眠る前に。
「ディッツェ、起きてる……?」
「……なに?」
「私、多分昼までまた寝るから、私の財布好きに使っていいから、ご飯沢山買って来て……」
「……。あのチーズの味、どうだったの?」
「ええっと、濃かった」
「……それだけ?」
「お腹減っててそれどころじゃなかった……」
「…………」
「お願い……おやすみ……」
「……おやすみなさい」
メイさんって私の事を変な目で見るけど、メイさんも中々相当だと思うんです。
*
*
その夕方。
四人が囲んでいるテーブルの真ん中には、改めて買ってきた蛆虫のチーズが。
カードがそれぞれに配られる。
「それじゃあ、1回ごとに負けた人が4分の1を食べるというルールで良い?」
エロクーが恐る恐る聞く。
「一応聞くのだが、4連続で負けたら、全て食べる事になるのだよな?」
「そうだね。でもまあ、毒じゃないから。私も味はあんまり覚えてないけど、お腹は壊してないし」
「…………」
大金を賭ける時と同じくらい緊張しているように見えた。
前脚を器用に使ってカードを摘む。
エロクーほどでないにせよ、ウトとディッツェも緊張していた。
「じゃあ、ディッツェから」
「はい」
迷う事なく場に出されたカード。それを見て。
「……は?」
ウトが思わず声を上げた。まず、最初に出す事なんて考えないようなカード。
そして、ディッツェはそんなウトの表情を見て。
……この人達、多分定石とか、ハメ技とか、まだ何も知らない。
「食えるが……ワタシにとっては、好き好んで食べようと思うものではない。絶対に」
とエロクー。
「香辛料とも違う刺激で……時々思い出す事になる味だ、これ。
10年後とかにまた食べても良いかもな」
「……2度目で俺の舌に完全に記憶されてしまった。時々どころか、結構頻繁に思い出しそう」
とウト。
「……うん。あの瓜よりはよっぽど……いや、あの瓜と比べたら失礼か。美味しいよ」
と、最後にメイ。
「それと……ディッツェは私達にこのカードの事をこれから教える事」
「はーい」
「……随分素直じゃないか? 有利に立ち回れるものを手放すのに」
エロクーが嫌味ったらしく言うも。
「教えたところで、使いこなせるかどうかは別だから。
痛い目を見た方が使いこなせるようになると思うけれど、またやる?」
エロクーは目を閉じて、酷く真剣に悩む顔をしてから答えた。
「…………やる」
「……じゃあ、俺も」
「なら、私もやろうかな」
結局ディッツェも含めてそのチーズの味が舌に染み込むまで、深夜までカード遊びは続いていた。
貴方の蛆虫チーズはどこから? 私は王様の仕立て屋から。
食べた事ないけどね。