ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
「例えばエロクーさん。貴方は空を飛べる魔獣の例に漏れず、目がとても良い。
相手の如何なる魔法も届かない上空から敵の位置を正確に把握出来る。それに加えて、人と全く遜色なく会話をこなしつつ、計算も容易くこなす、魔獣の中でも高い知性。
それは敵が何をしようとしているのか、それをいつ仕掛けようとしているのか、正確に推し測る事にも繋がれば、経験や勘といったものに頼らずとも大砲などの兵器を運用し、正確に着弾させられる事にも繋がる。
その二つが合わされば、どうなると思う? そう、エロクーさんはエロクーさんだけで、偵察から砲撃……敵を壊滅させるところまでこなせてしまうんだ」
おだてられてまんざらでもない顔をして、とりわけ大砲を使えるというところに強く反応しているエロクーの事を、メイは冷たい目で眺めている。
……それは、エロクーのクズな性格を徹底的に叩き直さないと成立しないと思うんだけどなあ。
「ウトさんは、ワータイガーとしてはかなり素早く、その歳で覚醒をも使いこなせている。
その上で体も軽く、一人でダンジョンに挑み、かなりの上層まで到達したとも聞いています。
それならば、継戦能力に関してはきっとメイさんより優れているでしょう。
ウトさんは、誰よりも戦い続ける事が出来る。そうやって常に戦闘の前線に立ち続けられているような人が居ると、ただそれだけで戦っている人達はとても鼓舞されるんだ」
……でも格闘家としては多分求められてないよね。
爪や牙で戦うのに拘るんじゃなくて、接近戦が出来るとしてももっと簡単に殺せる、短剣とか使うように言われるんじゃないかな。
「ディッツェさんは、肉食の獣人がお好きですよね?
血の気の多い人達は相当に多いので、後方支援だとしてもそのような人々をより間近で見られる機会は多いですよ。
また、体も一般的なヒューマンやエルフと比較したら強い方と見受けますので、後方支援でなくとも前線に立ち、そのような肉食の獣人と肩を並べる事だってもちろん可能かと」
……それ、ディッツェが何故、肉食の獣人を目で追っているかを知っても可能なのかな。
……でも、大なり小なりはあっても皆、唆られてるなあ。体験だけなら、少しくらいは入ってみても良いかな? っていう感じで。
「そしてメイさん。メイさんは、自分自身の事をヤヌアールさんには遠く及ばないと言ってますが、それでも並外れた傑物である事には変わりありません。
メイさんは、何をせずともただ前で立っているだけで士気が上がる存在になり得る。ましてや、戦うとなったらそれだけで敵は震え上がる。そんな力を持つ事には変わらないんです」
……そんな、個の力で戦争って左右されるものじゃないって聞いてるんだけど。
でも、最終的にはそうだとしても、小さいところではこの人が言っている事も正しいのかもしれない。
嘘はきっと言ってないから。
それに……。
メイは改めて周りを見回した。断らないで欲しいという雰囲気が少なからずあった。
サブマスターの扱きに比べたら天国みたいなものだろうし、まあ、良いか、もう。
諦め半分でメイは顔を上げて聞いた。
「体験でも入ってみる方向で……」
*
*
どっ、どっ、どっ、どっ。
体力などを測る目的でまずはひたすらに走らされていた。
一定のペース以上を保って、指定の距離以上。出来れば、走れなくなるまで。
ミノタウロスは鈍重だからとそんな長い距離は走らされないのだが、メイは既に定められた倍の距離を走っていた。
重い足音とそれ相応の砂埃を撒き散らしながら。
「メイさん、そんなに走ったら後がきついんじゃないの?」
メイの燃費の悪さを気にしたディッツェが走りながら聞いて来た。
「ご飯はたっぷり出るみたいだから、良いかなって。それにここ数日は食べてばっかりだったし、まだ余裕はあるよ。
それに、やっぱり舐められたくないし」
「そっちの方が強い理由でしょ」
「まあ、うん」
そこからも走り続けていたら、規定の3倍の距離を走ったところでようやくストップが掛かった。
普通のミノタウロスと同等な膂力を持つのに身軽に動けるのがメイであり、総合的な肉体のスペックで言うならば比肩する者は早々に居ない。
流石に懸垂など、自分の重い体を持ち上げる事柄に関しては平均的な数値に収まったものの、ヒューマンや身軽な草食の獣人に匹敵するような持久力と、肉食の獣人やエルフに匹敵する瞬発力を持ちながら、重量のある獣人やドワーフと同等な筋力を見せつけてしまえば、まず下手な口を聞く人は居なくなった。
ただ……勉学に関しては並以下だった。
*
……何で私、軍に入って勉強する事になってるんだろう。
屋内で座って、長い文章を読まされる。2桁の足し算や引き算から掛け算や割り算までやらされている。
ちょっと力を込めればぺきっと折れてしまうペンを摘みながら、頭だけ動かしている。
今まで感覚でやってきた事を、きちんと誰からしても想像出来る言葉で共有出来る事。
常識や必要な知識といったものをきちんと頭に入れておく事で、意志の疎通を齟齬なく、潤滑に出来る事。
メイは地頭が悪い訳でもないから、勉強の必要性を説得されて納得しない訳ではなかったが、それでも体を動かしている方が好きな事には変わりはないから、不満はたらたらとあった。
「そんな事でへばっているな能無し共が! 貴様等は南の奴等が迫って来ていても情けなくくたばっているのか!?」
外では怒声が聞こえてくる。
……皆、どこで何をしているのか分からないけど、今の私のようにやりたくない事をやらされてるんだろうなあ。
ある意味、サブマスターの扱きの方が楽だったとも思えるような。
目の前の紙の束なんて放って外をぼうっと眺めていたい気持ちに駆られるも、これをやりきるまでは他に何もさせて貰えないのもあるし、自分自身の為にもなる事も分かっているしで、渋々ながらも改めて目の前の問題に取り組もうとした時。
扉を開ける音がしてそちらに顔を向けると、ヤヌアールが入って来た。
「……何か用?」
「ああ。随分とお疲れのようで」
「それは、もう」
メイは分かりやすく脱力した。
「あんたにとっては良い知らせかどうか分からんが、知らせを一つ持って来た」
「……何?」
「俺とあんたが戦っているところを見たい人が、とても多いそうだ」
体を動かしたい。勉強から抜け出したい。
けれど、戦うとなったらまず確実に負ける相手。
それにここにはダンジョンのような保険処理の効いた場所があるのかないのか。
なかったとしたら、それも込みで本当に殺し合うのを見たいと言っているのか。
色んな考えがごちゃまぜになって。
「……えーーーー……?」
そんな、ただ良く分からないような声を長く垂れ流した。
エロクーが軍への体験入隊を一番後悔している。