ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
メイと一緒に4人同時に戦うなら、流石に殺さないように手加減している余裕もないが、メイだけならば手加減する余裕がある。刃引きした剣を使って、ひたすらに攻撃をいなし、メイの急所に剣をただ当てるだけも可能だ。
だから、メイは好きなように、体力が尽きるまでオレに襲いかかって来て良い。
やるかどうかは早めに決めてくれると助かる。
端的には、そういう事を言われた。
「はぁ……」
溜息。
元々やる気の起きなかった勉強なんて、もうちっとも手がつかない。
サブマスターと都市で扱かれている最中に聞いたのを思い出した。
『もし、あのヒューマンがまたやって来たら、今のサブマスターは勝てる?』
『勝てる……って言いたいけど、五分にも満たないだろうね。僕もあれから勝てるように色々頑張ったから、あの時のヒューマンにはかなり勝てるようになっていると言えるけれど、あのヒューマンも頑張ってる事には違いないだろうからね。
しかも、メイちゃんと同じくらいの若さであの強さ。僕が必死に頑張って強さを積み上げているその隣で、僕の何倍も積み上げていても全くおかしくない』
……あれから、私も強くはなっている。でも、そこまで毎日強さを追い求めていた訳じゃない。旅に出てからは、覚醒を使えるようになった事と、欠損を治せるようになった事以外は、そんな頑張ってもいない。
でも、メイにとっては返す答えは決まっているようなものだった。
選べるのは、逃げるか負けるか、ただそれだけ。同じようだけれど、逃げてしまえば自分が舐められる事は到底避けられないだろう。負けるとしても舐められるかもしれないが、逃げるよりはきっとマシ。
そして、本当に戦うならきちんと体の調子も万全にして、斧槍も体に馴染ませておきたいけれど、その為には……。
「結局、勉強を片付けないといけないんだよね……」
改めて、大きく溜息をして、鉛筆を壊さないように丁寧に摘んだ。
*
その日からも半日は机に向かう。
南の国の内実を教えられて、鉛筆が折れた。
掛け算で繰り上がりを失敗して、改めて多くの計算をさせられる事となって、また鉛筆を折ってしまった。流石にそれは怒られた。
勉強を教えていたのは華奢なエルフだったが、体格が天と地ほどに違う自分を相手でも全く怖気付く様子もなく真摯に怒ってきたので、メイはそれに驚いた。
そんな感情に気付かれたのか。
「勘違いしないで欲しいが、私はメイを恐れていない訳ではない。
だが、そんなつまらない事で暴力に助けを求めるような人ではないとは見れば分かる。
そして私はそんな恐れよりも、責務を全うする事を優先しているだけだ」
「……それが、自分の命が蘇生もされず、消え失せる事になるかもしれないとしても?」
メイの手によって、ではなく、戦争でそのような命令を受けたとしても? という意図を理解して、そのエルフは返した。
「そうする事で、私の背後に居る大勢の命が救われるならば……と格好良く答えたいところだが……。
場合によるとしか言いようがないだろうな。過去の諍いは、歴史から色々と学ぶ事が出来る。だが、どれだけ学ぼうとも当事者になる事は出来ない。
その時の覚悟も心労も、精神状態も私達には推し量る事しか出来ないのならば、結局その時にならねば分からない。
メイも、私なんぞより死線を潜って来ているだろうが、それでもそのような極限の状況に陥った事はないだろう?」
「……うん」
「そこでどうするか言える人は、もうそういう経験がある人か、単純に馬鹿なだけだ」
「…………」
北に行くとしたら、そんな事も経験……しないか。ダンジョンは、あくまで災厄に備える為の訓練施設に過ぎないし、するとしたら、道中で桁違いの魔獣に襲われた時とか、か。
「それに、そもそも戦争にならないように頑張るのも私達軍人の役目でもあるからな。
体験だけしているメイやヤヌアールには話せない事も色々とある」
それでも本当に入る気はないけれど。
「分かったならさっさと課題を進めろ。
規定の時間以内に、間違いが1つでもあったらまたやり直しだからな」
「うー…………」
*
他人より何倍も長い座学を終えて、それからしっかりと1日に求められる運動量もこなす。
更に意味があるのかと思ってしまう程に厳しさを求められる雑務を幾つもこなし。
ご飯を他人の何倍も食べて、そしてそれからやっと数少ない自由時間。
夜番などもあるが、そこまでは求められず、斧槍を手にして訓練所へと足を運んだ。
血の気の多い人達が木剣などを使って鍛錬しているところだったが、自然と場所を開けられて、そこで斧槍の覆いを外す。
目の前にヤヌアールを想像する……その前にちょっとだけあの勉強を教えるエルフを想像したくなったが、やっぱりやめておいて。
改めて、目の前にヤヌアールを想像する。
「…………」
実際にヤヌアールに斧槍を振ったのは一度だけ。けれど、まるで斧槍の側面を両手剣で撫でるように優しく添わせて、軌道を変え、自分の重心を思い切り崩してきた。
それは今でも鮮明に思い出せる。少しでも抗う為にどうしたら良いのか、何度も何度も考えていた事があったから。
けれど、重心が崩されないように軽く振るえばそれを悟られて武器を弾かれる想像があった。
かといって近接戦闘に持ち込めたとて、体格の差は逆に利用されるようにしか思えない。何たって、ヤヌアールは覚醒したデゼンを素手で殺している。
……やっぱり、何も通じる気がしないなあ。
属性付与したところで、サブマスターのように軌道も自由自在という訳ではなく、一度の付与で何十発も放てる訳もなく。出来るのは精々速さを変えられるくらい。
覚醒したところでヤヌアールは、そんな速く重くなっただけの攻撃なんて別に変わらずいなしてくる事だろう。
そしてヤヌアールも、それぞれそのくらいは出来ると思った方がいい……けれど、それでも、攻撃の威力だけは私の方が上だ。
……でも、冷や汗くらいは掻かせたい。
それだけでも出来たら、私はどこか、救われる? ような気がする。
だから、やれる事はやる。
集中して、虚空に向かって時間一杯斧槍を振るうメイに対して、日が経つに連れて見物しにくる人が多くなっているのに、メイは気付く事もなかった。
2桁の掛け算、今100問解いたとして、ノーミスで行けるかなあ。
多分行けると思うけど。