ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
夜。
ヤヌアールと同室のウトは、ヤヌアールが少なからずメイに期待しているのに気付いていた。
「メイさんは、期待出来ますか」
「そもそも、オレと戦ってくれる奴なんて早々に居ないからな。ダンジョンには色々挑んだが、オレに自らリベンジしに来る奴は居なかった。
だから今回も、期待はしてなかったんだ。メイが受けると返して来た時点でオレはもう驚いていた」
「それは……」
「共に旅をしてきたなら分かる事か」
「まあ、ある程度は」
メイさんは、別に血肉湧き踊るような戦いだとか、自分の全てを賭けてだとか、そういう戦いに飢えている訳じゃない。
どちらかと言えば、弱い相手を一網打尽にする方が好きだろう。サハギンを素手でボコボコにした時だとか、リザードマン達を鉄球で寄せ付けずに倒し尽くした時とか、メイさん自身は気付いていなかったかもしれないけれど、とても楽しそうにしていたから。
でも、それ以上にメイさんは、自分の事を舐められるのが嫌いだ。その為ならどんな努力も惜しまない。
今回はヤヌアールに舐められる事よりも、逃げて軍人達に後ろ指を刺されるのを嫌がったのだろう。
だから……メイさんには戦いの提案を持ちかけられた時点で、きっと選択肢なんてなかった。
「メイさんは……他人からとやかく言われるのが嫌いですから」
「アレにとやかく言う人が居たらオレは逆に尊敬するがな」
「ヤヌアールさんでも言わない?」
「……恨みなんて好きで買うもんでも売るもんでもないからな」
ヤヌアールにどこか薄暗いところがあるのは、早いうちに気付いていた。
多分、元々はそんな溌剌な人ではなかったような印象。
話題を変えようと、ウトは聞いた。
「ヤヌアールさんは、北に行こうと思っているんですか? それとも、もう行ったとか?」
「ここを去ったら行こうと思っている。そこ以外の難しいと言われているダンジョンは全て踏破してしまったからな。北に行く前に南も行っておいてみるか、くらいの軽い気持ちでオレはここに来たんだ」
「ええと、踏破したって……全部一人で?」
「全部一人で」
さも当たり前のように。
何で、そんなに強いのか。見た目は本当にただのヒューマン。俺より小さくて、爪も牙もないのに。
そう思っていると。
「……オレの体に起きている事をそんな会ったばかりのあんたに開かすつもりはないが、聞いたところで何の役にも立たない事だけは言っておく。
ま、もしオレに着いて行きたいなら、メイの一行で西か東か、都市かのダンジョンにでもきちんと踏破するんだな」
「これからどこに行くかもメイさんの気分次第ですけどね。
今となっては俺達はそんな大した目的もなく旅をしているんですけど、まあそれもそれで楽しいなって思ってるくらいなので、期待はしないでください」
何とも言えない目で見られた。ただ、言える事は、少なくとも呆れたような目ではなかった。
*
昼休憩のタイミングで、ディッツェの近くにヤヌアールが座って来た。
それぞれ暫く黙々と昼ご飯を食べていたが、ディッツェが声を出した。
「聞きたい事でも?」
「そうなるかな」
「何でしょう」
「メイ達との旅は楽しいのかい? 都市から新しく同行して南に来たみたいだけども」
ディッツェは少し考えてから返した。
「楽しいですね」
「詳しく聞いても?」
「まず、そんな私達の歳が離れていないので、その時点で気軽に居られるのが一番ですね。一番歳の高いエロクーさんも、魔獣だからというのを含めても大人っぽくないですし。
それで、良い意味で全員違うんですよ。ウトさんは港町で生まれた常識人。私は田舎で生まれたものの、兄さん達と都市に出て来て。エロクーさんは元々野生で、遊び半分で人を殺した事もあるくらいの、言ってしまえば悪に属するグリフォン。そしてメイさんは……何より見てて面白いんですよね」
「面白い?」
一応、ディッツェは近くにメイが居ない事を確認した。そんな失礼な事じゃないと思うけれど、聞かれたくはない。
「メイさんは、色んなところで二面性があるんですよ。
私なんかよりもっと辺鄙な田舎で生まれて、色んな世界を歩いてみたい気持ちと、ただのんびり毎日を過ごしたい気持ちがせめぎあっていたり。
その生まれ故郷では浮いていたみたいで、けれど西のダンジョンでは丁寧に可愛がられていたみたいなのもあって、舐められる事を嫌っている事からの他人に対する強い警戒心がありながらも、押しには弱かったりもして。
後は、普通になりたいって思っているような様子がありつつも、自分が生まれ持った力を発揮出来る場所があれば進んでそこに突き進んで行っちゃったり。
その理由は、やっぱり生まれた場所がとても田舎で、そんな他人と色々何かをする機会が多くなかったからなんじゃないかなって、私は踏んでいるんですけど。
……とにかく、私はそんなメイさんの毎日を見ているだけでも結構楽しかったりするんです」
「へえ……」
「それから、やっぱり欠かせないのはエロクーさんですね」
「へぇ?」
「私、都市のダンジョンに勤めていたじゃないですか。それで、メイさん達が挑んできた時にエロクーさんに抑え付けられて首筋から思いっきり啄まれたんです」
「あ、ああ……?」
「そこから私、エロクーさんの虜になっちゃって」
「何で?」
「エロクーさんのあの鋭い嘴と硬い爪の生えた前足を見るだけで、いっつもドキドキしちゃって」
「お、おい? ここ、人が沢山……」
「ウトさんは良くエロクーさんに凭れて寝ているんですけど、私がそんな事したらドキドキしまくってしまって多分絶対に寝れないと思うんですけど……」
昼休憩の全てがそのまま吸われた。
*
夜、改めて魔獣用の大きな厩舎に行くと、エロクーが倒れていた。
「エロクー。大丈夫か?」
「誰だ……? ああ、ヤヌアール、だったか?」
「そうだ」
「放っておいてくれ……。頭の中から数式が離れてくれないんだ。
ワタシが魔獣ながら高度な算学を理解出来る天才だからといって、弾道計算の基礎を叩き込んできて……。微分積分って分かるか?」
「……分からない」
「だから、夜はただ寝たいんだ」
「……そうか」
それから外に出ると訓練所に人が集まりつつあるのが見えた。
メイが自分と対峙する為に、何かしらを練っているとだけ聞いていた。自分がそれを見に行くのは余りにも対等ではないから、行く事はないが。
その訓練所に行く人の中にウトを見つけて呼び止め、聞いた。
「オレと軽く手合わせしてみるか?」
ウトは思わず身構えるも、すぐに武者震いするように、挑戦者の目でヤヌアールを見て。
「……殺す気でも構わないのか?」
「当然。何だったらオレは素手でも良い」
その言いようには流石に腹が立ったのか少し顔が歪むも、けれどウトは開き直ったように聞いた。
「いや、訓練用の木剣でも使ってくれ。俺は、その上でメイさんにどう戦ったか話すから」
「……なるほど。それでも良い」
そう返しながら。
ヤヌアールは、共に旅をしているからこそ出て来たようなその言葉に、羨ましさを感じずには居られなかった。