ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
その日も訓練を終えた後に更に自己鍛錬を終えて訓練場から帰るところのメイに、ウトが声を掛けて来た。
「ヤヌアールさんと軽く手合わせしたよ」
「……凄かったでしょ」
「ああ……」
自然とそこらに座って、ウトは戦った時の事を話し始めた。
「俺はワータイガーだから、ヒューマンより戦闘面に関しては優れているはずだ。
体格も、足の速さも、筋力も、身のこなしも。
劣っているのは、持久力と手の器用さと、後は食べられるものが少しばかり限られてる事とか、基本的にはそのくらいのはず、だよな?
如何に
木剣一本で、俺はヤヌアールさんに触れる事すら出来なかった」
「どのくらいの時間、手合わせしたの?」
「……俺がくたびれ果てるまで」
ウトは現実逃避するかのように夜空を眺めた。
「エロクーのように空からひたすらに魔法で虐めて来たり、ユーリさんのように魔法と共に剣で攻め立ててくるならまだ分かる。でも、ただの剣一本で、俺の方が疾いのに、捨て身になろうとも、覚醒まで使おうとも、触れる事すら出来なかったのは、流石に参った。
正直……あんな人が居るだなんて思いたくもなかったな……」
その強さには何かしらの理由があるとしても。
「それで、愚痴だけを言いに来た訳じゃないんでしょ?」
「まあ……。一応、役立てる事があればって思ったんだけどさ。殆どなさそうだ」
「一つくらいはある?」
「ああ。役立つかも分からないけど、一つだけ。
ヤヌアールさんは俺の攻撃を全て、まるで世界の理の全てを理解しているかのように避けたり、受け流したり、叩き落としたりしてきたんだけどさ。
あれは鍛錬によって身についたものではない、とだけは確信した。……いや、俺がそう思いたいだけなのかもしれないが、俺がどれだけ疾く動いて、ヤヌアールさんの視界から姿を消したり、縦横無尽に動いても、ヤヌアールさんはどれにも本当に的確に対応してきて、流石に違和感があった。
「世界の理を理解している能力、とでも言えば良いのかな」
「そんなものあって溜まるかと思うが、俺はそんなようにしか思えなかった。
……役立つか、分からないけど」
「いや……もしかしたらヤヌアールを本気にさせるくらいは出来るかもしれない。
元から私がやろうとしていた事とそんな変わらないけれど、それでもそれが正しい事に自信を持てた。
ありがとう」
ウトは驚きながらも返した。
「……何を思いついたのか分からないけれど、楽しみにしておくよ」
「うん、楽しみにしておいて」
真面目な横顔。既にヤヌアールとどう戦うかまた考えている。
勝てるとは思っていない。でも、惨めに何も出来ないまま負けるつもりもない。
そんな顔。
*
訓練が休みになる日の、その昼過ぎ。
軍では求められる事のない、個としての突出した強さを持つ2人の戦いは、それでも人が多く集まっていた。
見たところで別に大半はそれを目指す事もないだろう。
ただ娯楽として消費するだけ。けれど、その中でもメイはいつになく集中していた。
メイはいつもの斧槍と、腰に何かが詰まった袋を携えていた。
対するヤヌアールは刃引きされた訓練用の両手剣……とは言え、鉄の塊には変わりないから、まともに受ければミノタウロスと言えど致命傷になり得るものを一本、ただそれだけを手にしていた。
その2人の外見だけを見るならば、悪趣味な見せ物かと思う程だ。
ヒューマンは別に大きくもなければ、ミノタウロスに少しでも抵抗出来るような筋肉を携えている訳でもなく、ミノタウロスの一撃を耐えられるような重厚な鎧に身を包んでいる訳でもない。
手に持っている両手剣もヒューマンにも扱える程度の普通の大きさのもので、目の前のミノタウロスを相手取るには余りにも心許なかった。
それに対するミノタウロスは女であり、男と比べたらすらりとした体型をしているものの、目の前のヒューマンより二回り程も大きい事には変わりない。更に、全身を覆うような防具を身につけていないその肢体から見える筋肉は分厚いというより整っていると言った方が似合っているもので、ミノタウロスらしからぬ疾さまで備えている事が想像出来た。
そして手に持つ黒い斧槍は、ミノタウロスの体躯に合わせた刃の大きさと柄の長さをしており、ただ力任せに振るわれるだけでも生半可な人は近付く事すら出来ないだろう。
けれども……実際に見る人は、それぞれを知らなくとも、ヒューマンが勝つと答えるに違いない。
それ程に、
ヤヌアールはその両手剣をきちんと握り締めると、そんな緊張感のない声で。
「いつでも掛かって来て良いぞ」
「うん。最初は、単純な実力の差を感じたいから、斧槍一本で行ってみる」
「どうぞ」
その瞬間、メイはヤヌアールに向けて走り、斧槍を振るう。
片腕を伸ばし、最大の射程でヤヌアールの首に向けて容赦無く、斧槍を横に薙ぐ。
それに対し、ヤヌアールは的確に一歩引き、目の前を通り過ぎていく斧槍に上から両手剣を叩きつけた。
ガァン! と金属と金属がぶつかる重い音。
メイは斧槍を離さなかったものの、その衝撃に手首が変に曲がり、帰ってくる斧槍を受け止めるはずのもう片方の手はただ宙を掴むだけになる。
それに対してヤヌアールは流れるようにメイに距離を詰め、その喉元に両手剣を突きつけた。
「…………もう1回」
「何度でもどうぞ」
……違和感、ね。
勝てる気がしないながらも、メイはウトから聞いた事を反芻していた。
別に鈍く斧槍を振った訳じゃない。とりわけ片腕も伸ばして振った斧槍の先端の速さは、どれだけ目が良かろうが叩き落とすだなんて芸当を出来るものではない、と思う。
何というか……勝ち筋に繋がる未来に向けて従っているだけ、みたいな印象。
……ただ斧槍を振るうだけでは、どれだけ私が何を努力しようとも勝てる事はないんだろうな。
そんな思いを確信まで近付けつつも、メイはもう暫く真面目に戦ってみる事にした。
剣士で目が良いから強いって設定はもう擦られ過ぎた印象がある。