ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
歩いている。
ただ、深い霧で包まれたような場所をひたすらに歩いている。
……久々に、この夢を見る気がする。
久々に、と言っても、最後に見たのがいつなのかも覚えていないけれど。
歩いているからと言って、それも自分の意志じゃない。
手足は勝手に動いていて、首を動かす事も出来ない。景色も全く変わらない、薄暗い霧の中を歩いている。
そういう、夢の中。
これを見ていると、決まってサブマスターに聞いてみた時の事を思い出す。
『神様……言ってしまえば、肉体を喪っても質の高い魂だけがこの世に残り続けて途方も無い力を持った存在が、無意識を通じて語りかけて来るって事は、その神様に愛された存在なら時々あるって聞くよ。
メイちゃんは生まれつき僧侶の素質があるんだから、そういう事なんじゃないかな?』
『でも、私、語りかけられたなんて事はないけど。本当にただひたすら霧の中を歩いている感じで。
……多分だけど』
サブマスターは、これまで見聞きした事を思い出そうとするように体を小さく動かしてから。
『霧の中をただ歩いているだけ、ね……。
うーん。僕もそんな詳しい訳じゃないから、そんな深い事は言えないけど、これまで聞いてきた中じゃ、そういうのは聞かないねえ。きちんとお告げがあったとか、そういう方がよっぽど多くて普通だし。
ウチの専属僧侶様もとにかく優秀だけど、お告げとかそういうものは全く受けた事がないって逆に自慢してるくらいだし。
詳しく調べてみたいなら、メイちゃんの地元の方がそういう言い伝えは残っている可能性もあるかもね?』
『えー……。帰る必要があるなら、いいかなぁ』
結局そのまま、この見る夢に対して何も分かろうともしないまま、稀に見る事があるだけ。
本当に、最後はいつ見たんだっけ。久々なのは間違いない。西のダンジョンを出た後は……見ていない、と思う。夢の事なんて確実に覚えているのかも怪しいし。
西のダンジョンに居る間には、多分1回と言わず、何回か見ている、はず。
……何か、掴めそうな。
でも、そこまでだった。
*
「メイさんに僧侶の素質があるって言っても、素質にかまけていた訳じゃないっていうのは私も聞いてて分かってるけど。
最初は普通の治癒しか出来なかったのが、障壁の生成に、聖なる属性による攻撃手法を身につけて、欠損まで治せるようになって、って」
「…………うん」
変な夢を見た事を、そこで思い出した。
……やっぱり、旅の途中も見ているかもしれない。
覚えていないだけで。
妙に間の空いた返答にディッツェが首を傾げるも。
「ううん、何でもない。ちょっと思い出した事があっただけで」
「? まあ、とにかく。
その時に基礎っていうのは、学び直したの?」
「うーん……学び直す必要がなかった、っていうのが正しいかなあ。
僧侶って、魔術師よりも感覚が必要なところがあって。僧侶の素質っていうのは、その感覚が最初からあった、ってだけなんだ。
ええっと……言い換えれば、大気中のマナを感じ取るのと同じように、魂の残滓を感じ取れるようになる事。それさえ出来れば、神様に愛されたりしなくても僧侶の魔法は使えるんだよね。
それで、残滓と言っても魂な事には変わらないから、意志のないマナを操るより癖があるし、実際操るには体の中の魔力もきちんと扱う必要もあるけれども、慣れてしまえば、何というか、お願いするだけ? みたいな感じ。
もちろん、欠損を治したりだとかするには、お願いの仕方がどんどん難しくなっていくんだけど」
「それって、散り散りになっている魂に意志を与える、って事?」
「うん」
「……何にも才能がない人が僧侶になる為には、死にかける必要があるとか聞いた事があるけど」
「うん。魂の残滓を感じ取れるようになるには、死に近付くのが近道だからね。
自分が魂の残滓に近付けば、そういう感覚も掴み易いから。
だから、使えるようになれればどこでも食べていけるくらいに役立つけど……本当に死にかける必要がある上に、死にかけたとて使えるようになるかはそこで感覚を掴めるかどうかでもあるから、全くお勧めは出来ないかな……」
エロクーもディッツェも唖然としていた中。
「でも……それで使えるようになるなら、俺は試してみたいな。この中で唯一、魔法とか何にも出来ないしさ。
それにヤヌアールさんだって魔術師と僧侶の基礎は修めているところはあるし。
メイさんなら、俺をギリギリのところで生かし続ける事ももう出来るだろ?」
じっと目を合わせられて、本気だと分かるものの。
メイは自信なさげにいう。
「……私はまだ、蘇生までは出来ないからなあ。港町のあのお婆さんに師事した方が良いと思うけど」
「俺はメイさんが良い。メイさんが俺に覚醒の仕方を学ぶ事を決めた時のように」
「…………分かった。でも、今からは、流石に違うからね」
「ああ、それは俺も分かってる」
その晩、ディッツェはエロクーにこっそり聞いた。
「今までも思ってましたけど、あれで全く恋仲っていう感じを出してないの、おかしいと思うんですよね」
「異性で友情が成り立つとは、ワタシも正直この目で見ないと信じていなかったな」
「どっちかが別の誰かと付き合ったとしても、それぞれのせいで破局するとかあり得そうで不安だなあ」
「それで、遅れた歳になってからくっつく訳か。別にそれでも不幸じゃなさそうだが、つまらないと言えばつまらないな」
「……エロクーさんって、そういう話とか好きなんですか?」
「……?」
「あ、いや、なんでもないです」
戻ってみれば、何か考え事をしているのか木に凭れてぼうっとしているメイと、焚き火の近くで爪を整えているウト。
どちらも緊張感なんてまるでなく、心の底からリラックスしているようなそれぞれの姿は。
「……熟年夫婦みたいだな?」
実際それはディッツェも思ったが。
……エロクーさんって、多分人のことが好きなんだな。
そういう言葉が出てくるとまでは思わなかったというか。
なまじ賢いからか、もしかしたらもう、同じ魔獣よりも人と生きる事の方が合っているのかもしれない。
その翌日、ユーリが来た。
エロクーはもう野生には帰れません。多分帰る事も許されないけど。