ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
空から降りてきたユーリ。
いつも通りの軽装。腰には一振りの剣。
「おはよう、みんな」
「おはようサブマスター……この前も多分近くに来てたよね?」
「あ、気付いてたんだ」
「とても強い人が空に居るってくらいだけど、まあ多分サブマスターだろうなって。
それで、何かあったの?」
「何かあったというか、やっぱり心配になってね。災厄っぽいものに巻き込まれた訳だし」
「それじゃあ、サブマスターがまた鍛えてくれるの?」
「……そのつもりだったんだけどね」
何故か溜息を吐いたサブマスター。
「ちょっとね、それより優先すべき事が出来ちゃって……すぐ西に帰らなきゃいけないんだ」
「もしかして……西のダンジョンで同じ事が起きた?」
「いやいや、そんな大層な事じゃなくて」
それから少し言い淀むような間を置いて。
「えっと、うん。ヤヌアールとも会ってきたんだよ。皆が僕を越えようと頑張ってるのも聞いた。
でも……うん、僕も良い機会だから、ヤヌアールにリベンジしたんだけど。
その、勝っちゃった」
「えっ」
「ええっ!?」
「……凄いな」
「わぁ……」
でも、それにしては全く嬉しげじゃない?
それどころか困ってるような。
「それでね、まあ、うん、皆にとって超えるべき壁になるにしても、それ以上に西のダンジョンの20階を務めるにしても、僕、いつの間にか強くなり過ぎちゃったみたいで。
だから、マスターに僕の全力を抑えられるような道具でも作って貰わないと、西のダンジョンにももう務められなくなっちゃうから。
少しだけ皆の調子を見たらすぐに帰るよ」
「あー……」
納得。
サブマスターは西のダンジョンで働いている事自体がかなり好きみたいなところもあるし。
*
「ウトは……うん、まだ暫くはそのままで良いね」
「そう、ですか」
「君の一番の武器である疾さはまだ突き詰められるし、脇道に逸れるよりそれを突き詰める方がすぐに強くなれるって事」
「えっと、その……分かりました」
どこか不満気なウトに対し、ユーリは目を細める。
「……何か、不満そうだね?」
「ええっと、いや、まあ……その、やっぱり技とか欲しいなあって」
「スィニチみたいに? 彼、本当に色々出来るよね。
体術では立ち技も寝技も一級品で、一つ一つが体格以上の破壊力を持ってる。
それに加えて真空波だったり、自己治癒だったり、後は爆音波を出す事も出来るし、震脚だって出来る」
「まあ、はい」
「でもね、スィニチはメイちゃんに負けたんだよね。
辛辣……。
「スィニチが負けた理由は分かる?」
「殺し合いに慣れていなかったから、と思ってますけど。ダンジョンもそんな多く挑んでなかったみたいですし」
「まあ、一番大きな理由はそれだね。
スィニチの強さは、殺し合いには特化してない。
……別に、平和に生きるならそれでも良いとは思うけれどね。
でも、メイちゃんに着いて行ってダンジョンに行くなら、そして尚更、災厄の前兆みたいな事に巻き込まれた身としては、そんなんじゃ、やっぱりいけないから」
そう言うユーリさんには、どうしようにも不安さが滲み出てきていた。
「それと加えて、スィニチはかなり色々技を使えるけど、使えるだけだよ。
試合ではなく、殺し合いの中の一瞬一瞬で、咄嗟に適した技を使えるまで練り上げられてない。
器用だし、常人に比べたらとんでもなく強いけど、でも本当に強くなりたいというより、色々技を使えるようになりたいって感じでああなってるんだろうね。
だから、物を教えるのにはかなり優秀だけど、戦う事自体はやっぱり、うん、微妙だね。
強くなる為に、技はそんな多く必要なくて、一つ一つを極めていった方がよっぽど良い」
……本当に辛辣。
ユーリさんって、もしかしてスィニチさんの事あんまり好きじゃない?
聞かないけども。
「……俺の場合は、それが技ではなく、疾さそのもの、という事ですか」
「うん。疾さそのものを極めれば、ただの爪の一撃でも鎧を裂けるようになるし、メイちゃんに属性付与までして貰ったりしたならば、あの硬い障壁だって意味を為さなくなるかもしれない。
そう言う意味じゃ、スィニチの持っているどの技より、凶悪で、回避不可な代物に仕上がる。
でも……そうだね、一つくらいなら良いか。ウトの強みを活かせる技」
「あるんですか?」
「うん。
体を凄く痛める事になるかもしれないけど、メイちゃんにその都度治して貰ってね」
……ええと?
*
「ディッツェちゃんは、そうだね。僕と戦うならエロクーの背中に乗って一緒に魔法を使ったりするのが一番だけど、やっぱり強みを活かせるようになるのも並行してやっていこうか」
「強みって、隠密、ですか?」
「うん。魔術師にも適性は強いけど、やっぱり一番はそっちだね。
何でそんな適性があるのかは……ひとまず置いておこうか」
やっぱり私というか、私達兄妹は普通のガラドンとは少し違うんだろう。
……私達が強くなるに連れて、私達の故郷でされていた事は正しかった、と証明する事になりそうで、それはとても嫌だけれど。
「見た目も普通の大きさのガラドンで舐められやすい。
そこから、すっと深く集中して自分を消せる。そして、相手が他の誰かに集中しているところから横槍を刺す。そういう事がディッツェちゃんはかなり得意になれる。
という訳で、今日からウトとエロクーのご飯はディッツェちゃんが用意してください」
「狩猟をしろ、って事です?」
「うん。魔法を使わずに、ナイフとか弓矢とかそういうのだけで獲物を追って、気付かれないまま一息で仕留められると尚良い。
ディッツェちゃんならそんな苦労しないと思うよ」
「草食の獣人が狩猟するって、なんだかなあ」
「今まで挑戦者を狩猟してきたのに、何を今更」
「……それも……そうなのかなあ?」
大兄ちゃんがぶちかまして挑戦者を五体バラバラにする事は、狩猟っては言わないと思うけど。
私が稀に出来た事も、狩猟というか暗殺だし。
「まあ、慣れてきた頃にはもう、メイちゃんやウトが必死に戦っている最中、弓矢やナイフで忍び寄って背後からぐさり、なんて事もきっと出来るだろうから」
「ぐさりとするより、がぶりと行かれたいんですけどね」
「ぐさりと出来る程度の相手にがぶりとされたくもないでしょ」
「……それもそうですね」
真っ当に返されたのに、ディッツェは逆に驚いていた。
*
「エロクーには前に、一つ属性の扱い方を伸ばした方が良いって言ったけど、どれにするか決まったの?」
「氷か土か……、それと風を加えたいと考えている」
「へぇ、なるほど……。要するに、物理的な実体のあるもので攻撃したい。
あわよくば、属性付与して、みたいな事でも考えてるのかな? 属性付与をした氷や石の礫を飛ばして、障壁を効率的に破壊したいとか、そんな事をしたい?」
「まあ、そうだな」
「でも、それにはどうしようもない欠点がある事には気付いている?」
「メイの鉄球の投擲には敵わない事か?」
「うん……なんか、また頭良くなった?」
さらりと答えられて少し意外そうな顔をするユーリ。
それに対して、エロクーは何とも言えない顔をしてから。
「……三角関数やら、微分積分やらって知っているか?」
「知ってるけど……なんで?」
「ワタシは軍の試験入隊でそれらから、確率などの計算も活かして大砲の弾道計算が出来るように仕込まれた」
「へぇ? へぇ〜〜〜〜? え? 体験入隊って50日くらいだよね? エロクーって算学は出来ても、四則演算くらいじゃなかった?」
ユーリにしては珍しく、心底驚いていた。
「辛かったし後悔など毎日のようにしていたが……不思議と思い返してみれば、充実していた」
「そのおかげで、頭も良くなったと」
「ワタシが一番、入隊を拒んだ事を惜しまれたよ」
「因みに、思うんだけど、性格の悪さは足を引っ張らなかったの?」
「……ワタシだって反省する」
「へぇ? メイちゃんに殴られたとしてもエロクーは変わらないと思ってたけどねえ?」
……聞かれても絶対に答えてやるものか。
「……まあ、エロクーは心配なさそうだ。僕の想像以上にね。
属性付与以外にもやれるようになりたい事はあるんでしょ?」
「そうだな。色々考えている」
出来る嫌がらせを想像して楽しんでいる目。
……エロクーの戦う面での長所って、メイちゃんとは違う、ねっとりとした嫌がらせが出来るところでもあったから、そこは変わってなくて良かったけど。
変わったというよりは、より猫を被れるようになっただけかな。
ユーリはスィニチの事を嫌ってまではいないけど、とても勿体無いというか残念という感じに思ってる。
ディッツェは今地元に帰って、自分の性癖を目覚めさせた肉食獣人を見たら、自分でも簡単に殺せる事に気付いて思いっきり萎える。
なろう黎明期にぼちぼち人気だった小説を10年ぶりくらいに改めて読んでみたら拍子抜けするほど質が低かった感じ。
いや……本当に驚いたんですよ。これを楽しんで読んでたんだっけ? って。