ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
斧槍を掲げる。改めて息を整える。体の動きにゆとりを持たせる。
鼻から静かに息を、大きく吸う。筋肉を一気に怒張させる。
息を吐きながら、円を描くように、そして張り詰めていた緊張を一気に解放させるように、振り下ろす。
ずんっっっっ!!!!
息を吐く。出来た裂け目の深さと長さを確認する。先日より僅かながらも深く、そして伸びているのが確認出来た。
斧槍を改めて持ち上げて、少しだけ場所を変える。再び構えて、呼吸を整え、集中を取り戻す。
そしてもう一度、同じように。今のは本当に自分が出せた全力だったかを自問自答しながら、僅かに姿勢を矯正しつつ。
ずんっっっっ!!!!
中々遠くに居ても響く、斧槍を地面へと叩きつける音。
最早、巨大なドラゴンを相手にしようが過剰に思える破壊力。しかし、真空波を出すにはどうにも威力だけでもいけないらしく、斬撃はまだ飛んでいない。
途中から、自分で作った頑強な障壁を、自分で叩き割る事を幾度も繰り返す。
魔力が尽きてから、体力が危なくなるまで斧槍を振り下ろし続ける。
……何だかんだ、そんな愚直な鍛錬もメイにとっては楽しかった。内外の魔力に意識を集中させて障壁の技術を高めていくというどこまでも繊細さを要求される鍛錬よりは、何倍も。
自分の作った障壁でも、割った感覚すらないように振り下ろせてしまうのが快感だった。
時折、少しだけ阻んだ感触が手に伝わってきて、それは嬉しいような悲しいような。それも毎日やっていると、頻度が少しずつ上がっていく。
地面に鋭く刻まれる斬撃の痕跡が、日に日に鋭く、距離が伸びていくのを見るのが楽しかった。
目の前に叩き切りたいような相手を想像せずとも……一振り一振りに殺意を込めなくても、更なる破壊が出来るようになる事を自分でも期待しているようで、スィニチの腹を殴る事だけを楽しみにしていた時のように集中出来ていた。
大木の近くでやっていたら、根を駄目にしてしまったのか、暫くすると枯れてしまった。
それと同時に、斧槍が少しだけ曲がったのが分かってしまって、ずっと自分と一緒に居てくれたこの斧槍がもう力不足である事を実感してしまう。
「……新しい斧槍、かぁ」
長い柄を撫でれば、ほんの僅かとは言えど、曲がっている事がより実感出来る。きっとここから同じ鍛錬をしていたら、数日経たない内にへし折れてしまう事も分かる。
そこまで、使い捨てにするような気持ちにはなれなかった。
*
獣人と魔獣だけ。ヒューマンなどより食べられるものの幅は少ないが、その代わりに物を生で食したりしても早々に腹を壊さない。
山の中で食べられるものは豊富はある……とはいえ、毎日覚醒をして体力を使い果たす訳にもいかず、鍛錬は程々にして切り上げる。
魔力も体力もそう長くない時間で消耗しきってしまうメイは、他の人の訓練も良く見ていた。
ウトは、手甲や足甲を身につけて、見切りの練習をしていたところだったはずだけれど、いつの間にか複雑な動きも取り入れていた。
ただ、覚醒してのその複雑な動きは、一歩間違えれば自分の体を壊す事にも繋がる。足を滑らせて、慣性のままごろごろと転がっていく。受け身を失敗すれば四肢がぼきりと折れる。
大怪我どころか、下手したら死ぬような事を何度も何度も。
何を会得しようとしているのか、どれだけ見ようともメイには正直良く分からなかったけれど。
そのウトの為にメイはいつも、魔力を一定だけ残していた。
「えっと、聞いていいのかな、何を会得しようとしているのかとかって」
ウトは少し恥ずかしいような素振りを見せつつも、ぼそりと返した。
「……残像」
「残像?」
「俺の姿を一瞬その場に残すくらいに、疾さに差をつける技。
身につけられれば、目の前に居ながらにして、俺は視界から消える事が出来るようになる」
「……ええっと、それって真空波よりよっぽど難しいんじゃ」
「いや、真空波は力と疾さの両方が必要だから……俺の場合じゃ、疾さをある程度捨てないと実用的にならない」
サブマスターの真空波があんまり威力がないのと一緒かあ。
「だとしても、残像はそれより難しそうだけど?」
「まあ、理想としては、どんな姿勢からも最高速に移れる事、らしいけれど。
取り敢えず、覚醒中にもっと複雑な動きに体を付いて行かせられるようになる事が前提だってさ」
「うん。まあ……こんな山の中なんだから、本当に、くれぐれも死なないようにだけは気をつけてね。私、まだ蘇生までは出来ないんだからさ」
「一応そこまでならないようには気をつけてるつもりだけどな……」
「頭から落ちて首がぼきっといったりとか、そんな事がないようにだけ気をつけてね、本当に。
死んだら殴るよ」
「え、ええと、はい」
*
エロクーはグリフォンである。
四肢と翼を併せ持つ、巨体の魔獣。メイを超える背丈を持ち、体重もメイの何倍もある癖に空も飛べるし、魔法だって生まれつき使える素質を持っている。使おうと強く思わなければ、その素質が目覚める事もないが。
その代わりに軽やかさない。全速で駆けられるようになるまでには助走が必要だし、空を飛ぶにも曲芸飛行のような事も出来ない。肉体だけでは巨体を押し付けるような戦い方しか出来ない。
「とは言え、魔法一辺倒になるのも、とも思ってはいるのだがな」
「そう言えば、軍でも魔獣の扱いって、大体運搬係なんでしょ」
「そうなのだよなあ……」
的が大きい。
如何なる鎧を身につけても、それを貫通してくるような兵器が存在する。
その2点だけで、前線に出たところで無駄死にするだけ。前線でも活躍出来るのは、的が大きくない、それでいて兵器を使う以上の利点を持ち得る魔獣や幻獣だけ。
だから……ドラゴンでさえも、ただドラゴンであるというだけでは戦争に出るにしては屍を晒すだけになりかねない。
「とはいえ、ワタシには才能があるからな」
すーっ、とエロクーは息を吐いて集中した。さらさらと静かな音を立てている目の前の小さな水流が、ぱきぱきと音を立てて下から上へと氷柱を伸ばして、伸ばして、伸ばして……。
「また高さも伸びたね」
エロクーの背丈すらも超える大きな氷柱が出来る。先端もきちんと鋭い、綺麗な三角錐の形をした氷の柱。
その巨大な体躯もあって、内に秘める魔力量も元から多い。ダンジョンの中で広範囲の水面を一気に凍らせたように。
それに人族が魔法を使う時のような繊細さが加わってしまえば、魔術師としては相当優れる事になるのは疑いの余地もない。
「まだまだ水流は冷たいからな。それと……、今日も試して貰っていいか?」
「うん」
メイはその氷柱の一つを素手で殴る。
目標は、メイが殴っても壊れない固さなのだとか。
ガンッ!
「い゛っ……。素手じゃ、覚醒しないともう壊せないかも」
手を抑えていると、エロクーは嬉しそうな顔をした、が。
「問題は、この遅さではまだまだ実用性には程遠いという事だな。せめて3本は同時に、もう半分の時間で作れれば良いのだが。
今日ももう暫く付き合って貰っていいか?」
「うん。今日は私ももうそんな鍛錬するつもりはないし。
でも、グローブ持ってくるね」
「それにはまだ耐えられそうにないな……」
「付き合ってるんだから壊すくらいさせてよ」
エロクーは溜息を吐きながら返した。
「本当に破壊が好きなんだな」
ほの暮らしで名付けた家畜、出荷したくないなぁ。