ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
「あ、メイさん。丁度良いところに。解体手伝って」
いつもの時刻になっても戻ってこないディッツェをメイが探しにいくと、血の臭いがした。
ディッツェのような草食の獣や獣人のものではなかったからほっとしたものの、それを追っていくと、熊を解体しているところに出会した。
魔獣ではないとは言え、ミノタウロスだろうとグリフォンだろうと、短剣だけではまず狩ろうとは思わない獣。
メイだって、覚醒なしで、武器も短剣だけと言われたら、正直戸惑う。
「ええっと……どうやって?」
メイは思わず聞いていた。
「私がダンジョンで隠密して殺した内の1人が、ワーベアーだったんだよね。
その時は大兄ちゃんが付けた傷から、魔法で電撃を流して。そんな、空気中を伝えられる程強い電撃は流せないけど、体内に直接手を突っ込めたなら流石に殺せるくらいは出せるから。
だから、今回は短剣を突き刺して、ビリビリーって」
……えげつない。
いや、別に私が斧槍で真っ二つにするのとそんなに変わらない……のかな。
メイも力が必要なところに重点を置いて手伝い始める。
「ウトとエロクーでも数日分のご飯になりそうだけど、ちゃんと保存しておくか聞いておこうか」
「エロクーさんは数日経った肉でも普通に食べるんじゃないかな? 元々野生だし」
「……一緒に旅してきて本当にそう思う?」
収穫祭では酒を嗜んでいたエロクー。ウトと共に色々と食べて舌鼓を打っていた。蛆虫に食わせたチーズも最終的には慣れていた。
軍の体験入隊の最中は知らないが、その後、久々に皆で飲食店に入った時には嬉しそうにメイに負けじ劣らじの量を腹に詰め込んでいた。
「……余程切羽詰まらないと食べなさそうだなあ」
「そう言えば、今でもエロクーに食べられたいって思ってるの?」
聞けば、動かしていた手が止まった。
「……なんか、一緒に居る事に慣れちゃったので、そういう気持ちも薄れちゃったみたい。
流石に私も、親しくなった相手に食べられたいとは思わないみたいようで。
……いやでも、もし、私がもうダメになった時は、やっぱり食べて欲しいかな。
そう言えば、メイさんはなんか理想の死に方みたいのってあったりします?」
「理想の死に方? そんなの考えた事ないけど……」
手を動かし始めたディッツェに対し、メイが今度は腕を止めた。
「考えた事がないっていうのも珍しいような?」
「珍しい、のかなあ? うーん……。
うーん…………。
強いて言うなら、年老いて、明日も目が覚めて同じような一日を過ごす事を想像しながら寝て、そのまま寿命で死んでいる感じかなあ?」
「なんと言うのか、普通の理想って感じですねえ」
「別に……私の感性が変なところがあるのも自覚してるけど、全部が全部変じゃないと思うよ?」
「メイさんの場合は、普通のところがとことん普通なんですよね」
メイはそれに対しては返さずに、また黙々と解体を始めた。
電流をこれでもかと流した肉はエロクーとウトには不評だった。
*
*
新しい斧槍を持ってユーリがやってきた頃には、もう冬は完全に過ぎ去ろうとしていた。
これから北へ向かうとしても、そんな重い装備は必要なさそうなくらいに。
大きさは同じ。見た目もそう変わらない、漆黒の斧槍。ただ、メイの膂力に耐える為に元々見た目より重かったその斧槍は、更に重くなっていた。
ただ、それよりも。
「随分と戻ってくるの早かったね?」
サブマスターが空を飛んて速く移動出来るとしても、西のダンジョンで過ごした時間なんてまるで無いんじゃないかと思うくらい。
「マスターはそういうのが必要になるって予想していたみたいで、僕が帰ってきた時にはもう用意されてたんだよ。僕が今身につけている装飾具もね」
サブマスターの四肢には腕輪と足輪が付けられていた。そして、首にも首輪が。如何にも重そうで、そして副次的な効果も絶対にある代物。そして手には鍵が一つ。
それを使わないと外せないのだろう。
「輪を全て付けて、ヤヌアールに負けた時の僕……要するに、西のダンジョンの20階に相応しい強さの僕。
そして、首輪と剣を持つ右手の腕輪だけ外せば、今の都市のダンジョンの50階相当に相応しい強さの僕になるってさ。
それで、どうする?」
「えっと、どうするって言うのは?」
「どの僕に挑む? ヤヌアールの言う通りなら、全ての輪を付けた僕に勝つ、でも十分のはずだから」
「それは……」
メイは皆の顔を見た。
「一応言うけど、私はやっぱり保険なしでダンジョンには挑みたいって思ってる」
「メイさんのお好きに。ええと、その。
これまでもそうだったけど。西のダンジョンで戦い続けてきたメイさんの矜持を俺なんかが邪魔するつもりはないから」
「ワタシも同じく」
「どうせ、災厄に巻き込まれたら保険があろうがなかろうが変わらないんでしょ」
改めてそんな、当たり前のように言われると少し恥ずかしい気持ちになる。
サブマスターに向けて振り返る。
「じゃあ……50階で待ってて。そこまで行くから」
「そう言うと思った。じゃあ、これ」
そう言って手渡されたのは、丁寧に封を為された手紙。
「もし、万一、僕の階層で災厄に巻き込まれた時、開ける事。
マスター直々に書かれた、僕の攻略法が入っている」
「……」
メイはそれを受けとろうとしたものの、躊躇うようにその手を止めた。
「……メイちゃんが舐められる事が嫌いなのは僕だって分かってる。
でも、災厄に入ったら、蘇生すらも出来ないんだ。全滅したら本当にそこで終わり。
意地は、張らないで欲しい」
「じゃあ、聞くけど……私だけじゃなくて、この中の誰かが死ぬ可能性があるのは何階から? そこから先の全ての攻略法は要らない?
それに……今はもう都市のダンジョンは再開しているんでしょ? 全員にこういうの配ってたりするの?」
「それは……」
ユーリは言葉に詰まった。それだけでメイの質問の答えは分かったようなものだった。
けれど、ユーリはその上で続けた。
「……確かに、僕はメイちゃん達の事を、とりわけメイちゃんの事を特別扱いしている。
そして今のメイちゃん達の実力じゃ、都市のダンジョンを全員生存したまま踏破するのは……制限付きでも僕に誰も死なずに勝つのは厳しいとも思っているし、だからこそ意地を張るよりせめて保険を身につけていって欲しいって思ってる。
……それに。
メイちゃんはもう何度も保険なしで死んで生き返っているから、僕の階層でもいつも通りで、その意地を抱いたまま立ち回れるかもしれないけど。
皆も同じように立ち回れる? 立ち回れなかった瞬間、僕の姿をした災厄に蘇生なんて到底出来なくなるまで切り刻まれるかもしれない。
それでも、皆までその意地を貫ける?」
「……メイさんが居れば。メイさんがいつも通りなら、きっと」
「ワタシも。35階で、ワタシとウトは災厄に巻き込まれた。でも、その上で斧槍を手にして矢面に立つメイに、とても安心を覚えた」
「まあ、私はそんなところには出会してないけれど、それは分かるなあ」
そんな事を聞いて、ユーリは難しい顔をした。
「メイちゃんを心の支えにしてしまうと、メイちゃんが災厄に巻き込まれて死んだら、同時に皆の死が確定するようなものだけど。
メイちゃんには、それを受け止める覚悟はある?
どれだけ傷ついても、どれだけ絶望的な状況になっても、メイちゃんは矢面に立って勝機を探し続けなきゃいけない」
「……少し不安なところもあるけど。考える事が変わるだけで、やってる事はダンジョンでフロアボスをしていた時と、そんな変わらない気がする。
あの時だって、好きで死んでいた時なんてもちろん無かったから」
……説得するのは、無理そうだ。
ユーリは溜息を吐いた。大きく、とても大きく、自分を納得させるようにも見えるように。
「分かった。よーく分かった。
メイちゃん達の意思はもう揺らがなさそうな事がね。
でも、せめて、もう30……40……50……40日は鍛えてから、ここを発つ事。
ヤヌアールの寿命が短いとはいえ、そのくらいは待ってくれるはずだし、都市には暇潰しの相手が僕以外にも色々居るはずだから」
「……うん、分かった」
その後、サブマスターは手取り足取り教える必要ももう無いだろうから、と言って都市の方へと去っていった。
……多分、それ以上に、一緒に居続けるとサブマスター自身の決心も揺らいでしまうんだろうな。
新しい斧槍の感触を確かめながら、メイはそんな事を思っていた。