ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
余程辛く苦しいものでもなければ、これまでの日々を振り返ればいつだってそれは一瞬だ。
ユーリという傑物に挑めるようになる為に、それぞれがそのユーリ自身に素質を見極められて、その上で出来るようになるべき事を選び、鍛えてきた。
夜になっても肌寒さというものはなくなってきた頃、メイ達は都市へと向けて出立した。
久々に宿に泊まって、河原で体を洗う程度ではどうしても溜まっていった汚れをきちんと落として。生肉ばかりだったり、自生している木の実や果実や草花をそのまま食すばかりの日々から、料理というものを久々に食べて味の濃さに驚いたり。
それから、久々に柔らかいベッドで何も気にする事なく眠る。
メイにとってベッドが軋む音がいつもより強い気がしたのは、久々だとしても多分気のせいじゃないだろう。
新しい、より重い斧槍に体を鳴らしていく間に……それかもしくは、ヤヌアールと再戦する準備を整えている内に、体はより重くなっていたのにそう驚きはなかった。
「私、多分重くなったみたいなんだけど、見た目まで変わったかな?」
「毎日目を合わせてて気付ける程、私はそんな人の外見に興味ないですー」
「……そうだよねえ」
メイもディッツェの事を責められる程、人の見た目を常に気にしている訳ではなかった。
*
*
特に街などで長居する事もなく、寄り道もせず。
ただただ歩くばかりの、都市への帰路。けれど、その帰路には僅かながら緊張感が漂っていた。
都市に戻れば改めてダンジョンに挑む事になる。
ヤヌアールの北への旅路に着いていく為に、ユーリを倒す為に。どうしてかヤヌアールよりユーリの方が今は強いようで、ユーリ自身が制限を付けてという事になるが。
そして、災厄に巻き込まれる可能性も、きっと高い。都市のダンジョンは再開して、それから千を軽く超えるパーティが改めて挑んでいる。その中で、ユーリから聞く限りは数回……単純に数えれば100回に1回以下の確率でしか再現していない。
また、他のこの国のダンジョンでは災厄は未だ起きておらず、災厄に出くわす事を期待して態々遠方から来ているパーティも居るようだが、都市のダンジョンを踏破出来るようなパーティでは全く起きずに終わったりしている。
『起きる為の条件を強いて挙げるなら……ある程度の実力がきちんとあるパーティが、いつも通りに立ち回れなくなった瞬間壊滅するくらいの、そんなギリギリな難易度に達した時、起きる事が多いみたい』
……別に私達はそんな苦労しなかったけど。
でもあの時、私が焦っていたらウトもエロクーも連られて焦って、一気に壊滅していたのかもしれない。
試されているような意志のある災厄。
私達は、きちんと強くなった。でも、今の私達がどれだけ制約をつけたサブマスターに勝率があるのか、それは正直もう全く分からない。少なくとも、確実に勝てるとは思っていない。
だから……サブマスターの待ち受ける50階で起きる可能性は高い。いや、確実に起きるとまでサブマスター自身は感じていそうだった。
そうしたら……。
「ねえ。
……本当に、皆、私と一緒に挑む、で良いの?」
メイは、おずおずというように聞いた。
「逆に聞こうか。何でメイはそこまでしてダンジョンに挑みたい?
強くなりたいという気持ちも別にそこまで強くないのだろう?」
エロクーはすぐに返した。
まるで聞かれる事が分かっていたかのように。もしくは……エロクーの方からも聞きたかったかのように。
メイは、少し考えてから、返した。
「何で、かぁ。
私がそうしたいから、って言うだけじゃ理由になってないけど……でも、そういう理由に結局落ち着くのかな」
「?」
「えっと、言ってしまえば、私は死に慣れちゃっているから、になると思う。
私は蘇生される可能性が高いみたいだし、実際もう7回も死んでる。でも、次も生き返れるとは限らない事は重々承知してるつもりだから。
だから……今回死んだら本当に、絶対に死ぬって言うその恐ろしさも、私にとってはいつも西のダンジョンで戦っていた時とそこまで大きくは変わらないかなって。
えっと……だから、災厄に巻き込まれるかもしれないという問題は、私にとって、私がそうしたいからっていう意志を曲げるまでにはなってない、って事」
……やっぱりメイさんって強いなあ。
「言ってしまえば、ウトが共に挑む理由は、メイに憧れているところがあるからだろう? ワタシもウト程ではないにせよ、そういう部分はある」
「じゃあ、私は? ってところ?」
ウトが同意する前に、ディッツェが続けた。
そのウトは、別に口を挟もうともしていなかったから、エロクーの言っていた事は正しいのだろう。
「そうだな、ワタシも少し不思議に思っている」
「私はねー……結局、いつかは食べられたいって思いつつも、まだ本当に死にたくはないかなっては思ってるんだよね。
故郷を追い出されてからは、大兄ちゃんよりも自由に生きさせて貰っている気持ちだったけど。まだ、私は生き足りてない。
でも、もし災厄に巻き込まれたとして、力及ばずに斃れたとしても、メイさん達と一緒ならきっとそんな後悔しないかなって。
だって、メイさんが怖気て最後の最期まで頑張れずに死ぬなんて、あんまり想像つかないもの。
私達が災厄に巻き込まれて死ぬなら、それは私達全員が全力を尽くした後だから。
それなら、私はきっとあんまり後悔しない。理想的な誰かに食べられるに近いような満足感を得られながら死んでいけるかなって」
「……私だって怖気付いた事はあるけどね」
「でも、ユーリさんにも怖気付かないなら、都市のダンジョンでは怖気付かないでしょ?」
「まあ、うん、多分」
「なら、私にとっても十分です」
「そう、かぁ……」
ただ、そう返して前を向き直して歩き始めたメイ。
納得がいかないのではなく、それぞれから返ってきた答えをじっくりと、自分の頭の中で反芻しているようだった。
*
*
そして、都市に着き。
ユーリが優先的に入らせて貰えるようにしてくれたのか、予約をしようとすると、その翌日にはもうダンジョンに入る事となった。
しっかりと食べて寝て、ダンジョンへと赴き。
今回は36階からを促されて、その50階建てのダンジョンへと足を踏み入れた、その途端。
「…………」
「メイさん?」
「もう、感じる」
「……ええと、となると?」
多分……もう、この踏み入れた足を戻す事も出来ないかもしれない。
でもそれ以上に……この足を戻そうとした時点で、決定的に何か、私の中で欠けてしまうものが出来る。
「入ったら、もしかしたら踏破するまで出られないのかもしれない。
それが、私達にとってのギリギリの難易度って事かも」
それを聞いて、ウトは呼吸を整えると、さっとメイを超えてダンジョンの中へと入ってしまった。
「あっ!?」
驚くメイを余所に、エロクーも、ディッツェも続いて入る。
「残るはメイさんだけだね」
「…………」
……もしかしたら、私が一番恐れているのかもしれない。
この中で誰か死人が出る事を。
そう思いつつ、メイもその全身をダンジョンへと潜らせた。