不運な俺は、勇者として召喚された〜因果律操作で無双チートするクズ勇者の顛末〜 作:沼海レン
俺は、昔から運が悪かった。
朝起きたらスマホの充電が切れている。昨日の夜、確かに挿したはずの充電ケーブルはなぜか抜けていた。
急いで家を出れば、今度は傘がない。盗まれたのか、誰かが間違えたのかも分からない。仕方なく雨の中を走って駅へ向かえば、乗るはずだった電車が遅延していた。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
別に大した夢なんてない。楽して生きたい。金が欲しい。可愛い女と遊びたい。働きたくない。でも他人より下なのは嫌だ。その程度の、どこにでもある欲望だ。
なのに、世の中は妙に自分へ厳しい。
ホームへ滑り込んできた電車へ乗り込もうとして、肩が誰かとぶつかった。
「チッ」
サラリーマン風の男が露骨に舌打ちする。
「あ?」
睨み返そうとした瞬間、閉まりかけたドアに鞄が挟まれた。周囲の失笑が耳につく。
(クソが……ああいう迷惑な奴は死ねばいいのに)
学校へ着けば、今度は教師に呼び止められた。
「仁藤、お前また遅刻か」
「いや、電車遅延で――」
「言い訳するな」
さらに昼休みには財布がなくなっていた。購買前でポケットを何度探っても見つからない。
後ろから苛立った声が飛ぶ。
「早くしろよ」
マコトは舌打ちしながら列を抜けた。
空腹も重なり、腹が立つ。
やはり俺は運が悪い。しかも帰り道には朝よりさらに強い雨が降っていた。
「……クソ人生」
俺がぼそりと呟いた瞬間、世界が白く染まった。
◆◆◆
気づけば、知らない場所に立っていた。
赤い絨毯。やたら高い天井。豪華すぎるシャンデリア。周囲には甲冑姿の騎士たち。そして正面には、王冠を被った老人がいた。
「——勇者様」
荘厳な声が広間へ響く。マコトは数秒黙ったあと、率直な感想を口にした。
「……なにこれ?」
ドッキリにしては規模がデカすぎる。だが、周囲の空気は妙に真剣だった。
老人——国王らしき男が重々しく口を開く。
「突然このような形で召喚してしまったこと、深く謝罪する」
「召喚?」
そんな、何年か前に流行ってたWEB小説みたいなこと、あり得ないだろう。そもそも、努力しないで楽してる奴は俺は嫌いだ。まあ、その気持ちはよく分かるが。
「我々人類は今、魔王軍との戦争によって滅亡の危機に瀕している。伝承に残る勇者召喚によって、あなたをこの世界へ呼んだ」
俺ははしばらく黙り込み、それから一番気になったことを聞いた。
「帰れないの?」
その場の空気が凍る。騎士たちが顔を見合わせ、国王は苦しそうに目を伏せた。
「……申し訳ない。現代では帰還術式は失われている」
「うわ最悪……」
思わず本音が漏れる。
戦争とか知らない。異世界とか普通に面倒くさい。死にたくないし、巻き込まれたくもない。てかスマホないし、ゲームもできない。
「マジでやだー」
「本当に申し訳ありません……」
透き通った声が響いた。声の方に視線を向けると、一人の少女が頭を下げていた。
長い金髪。白い肌。青い瞳。息を呑むほど整った顔立ち。どう見てもお姫様だった。
(顔かわいいな、俺の最近気に入ってるアニマルビデオの女優に似てるかも)
少しだけ気分がマシになる。その視線に気づいたのか、少女——王女がわずかに肩を強張らせた。
「まずは勇者様の能力を測定いたします」
ローブ姿の老人が前へ出た。差し詰め、宮廷魔法使いというところか。差し出された水晶へ、俺は適当に手を乗せる。
バチッ、と音が鳴った。
水晶内部に黒い光が走る。
「……な」
魔法使いの顔色が変わった。水晶へヒビが入り、周囲がざわついた。
「因果律……操作……?」
「は?」
「そんな、馬鹿な……」
意味は分からない。ただ空気だけが一気に変わった。
騎士たちの視線に警戒が混じる。王女も、不安そうな顔でこちらを見ていた。
その瞬間だった。
轟音。
城全体が激しく揺れた。
「敵襲です!!」
扉が勢いよく開かれ、騎士が叫びながら飛び込んでくる。
「魔族が城内へ侵入!!」
空気が一変した。
騎士たちが一斉に武器を抜く。
次の瞬間、広間の壁が爆音と共に吹き飛んだ。
悲鳴が上がる。
瓦礫と粉塵の中から現れたのは、黒い甲殻を纏った異形だった。
三メートル近い巨体。片腕は巨大な刃へ変形している。獣みたいな息遣いと共に、赤い眼が広間を見渡した。
「グォォオオオオオ!!」
咆哮だけで空気が震え、騎士たちが飛び出した。
「勇者様をお守りしろ!!」
剣が振るわれるが、魔族の刃が横薙ぎに振るわれた瞬間、騎士たちはまとめて吹き飛んだ。
「ええーやば」
俺の足元に誰かの腕が転がる。
王女が小さく息を呑んだ。魔族の視線が、マコトへ向く。
「……え、俺?」
(ヤバい。普通に死ぬ! 死ぬ死ぬ!)
その瞬間だった。頭の奥で、何かが弾けた。
理解したわけじゃない。ただ、“できる”と分かった。俺は反射的に念じる。
(いや死ぬのは俺じゃない……あいつだ。あいつ、死ね)
魔族の足元が崩れ、巨体が傾く。
「グッ!?」
さらに、壁を破壊した衝撃で生じていた天井の亀裂が砕け、大量の瓦礫が落下した。
魔族は咄嗟に刃の腕で防御する。轟音とその衝撃で、刃の腕に亀裂が走った。
「ガァッ——?!」
さらに足元へ転がっていた騎士の剣を踏み、巨体が大きくバランスを崩す。折れた刃が宙へ跳ね上がった。
偶然みたいな軌道で、魔族自身の首へ突き刺さる。
——ズドン。
広間が静まり返った。赤黒い血が噴き出し、巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
騎士も。国王も。魔法使いも。王女も。
全員が俺を見ていた。俺ですら、数秒固まっていた。少しして、乾いた声が漏れる。
「……なにこれ」
心臓がうるさい。でも同時に、理解してしまった。
この力はヤバい。ヤバいくらい強い。口元が自然と吊り上がる。
「クソ強くね?」