不運な俺は、勇者として召喚された〜因果律操作で無双チートするクズ勇者の顛末〜 作:沼海レン
異世界へ召喚されて三日。俺は現在、人生で一番いい暮らしをしていた。
「勇者様、お目覚めのお時間です」
朝起きればメイドがカーテンを開け、着替えを持ってくる。用意される服はどれも無駄に高そうだし、食堂へ行けば昨日までの俺なら一週間は食費に困らなさそうな料理が平然と並んでいた。肉は柔らかいし、スープは妙にうまいし、パンですら温かい。
(勇者やば……)
しかも周囲の態度が露骨だった。廊下を歩けば騎士が道を開け、使用人はやたら腰が低い。少し立ち止まっただけで「何かお困りでしょうか?」と人が飛んでくる。
完全にVIPである。
まあ、世界滅びかけてるらしいしな。そりゃ扱いも良くなるか。ソファへ寝転がりながら果物を食っていると、部屋の扉がノックされた。
「勇者様。陛下がお呼びです」
◆◆◆
通されたのは昨日も来た謁見室だった。国王と王女、それからローブ姿の宮廷魔法使いが並んでいる。全員やたら真面目な顔をしていた。
「勇者様。この度は本当に感謝している」
「いや別に」
実際、まだ魔族一匹倒しただけだ。しかも半分くらい事故だったし。
「あなたのお力は、間違いなく人類の希望です」
国王の声は重い。横にいた宮廷魔法使いも頷きながら前へ出た。
「因果律操作――あれほどの能力、儂も文献でしか見たことがありません」
「だから、その因果律操作って何なんです?」
俺が聞くと、宮廷魔法使いは少し考えるように目を細めた。
「……恐らく、“結果”を先に定める力でしょうな」
「結果?」
「例えば、“敵が死ぬ”という結果を定める。すると、そこへ至る過程が世界によって補完される」
昨日の光景が脳裏をよぎる。足場が崩れ、瓦礫が落ち、武器が折れた。全て偶然みたいだったが、今思えば最初からそうなる流れが決まっていたようにも感じる。
原因が積み重なり、最後に“死”へ辿り着く。まるで運命そのものを捻じ曲げるみたいな力だった。
「全て偶然。だが、必然だ」
老人が嗄れた声で低く呟く。
「つまりクソ強いってこと?」
「……端的に言えば」
ちょっと笑ってしまった。ズルじゃん、それ。国王が小さく咳払いする。
「勇者殿、魔王を討伐した暁には望むものは可能な限り用意しよう」
「可能な限り、ねえ」
俺は何となく国王の隣へ立つ王女を見る。相変わらず顔が良かった。長い金髪も綺麗だし、肌も白いし、近くを通るとなんかいい匂いがする。
王女は俺と目が合った瞬間、わずかに肩を強張らせた。その反応が妙に面白い。
「……例えば、何が欲しいか申してみよ」
少し考える振りをする。いや、実際ちょっと迷った。でも、こういうのって言ったもん勝ちな気もする。
「いや別に? 大したことじゃないよ」
「…………」
一瞬で空気が止まった。騎士たちの視線が痛い。王女も小さく息を呑んでいる。
(やば。これ俺がめちゃくちゃ悪者みたいじゃね?)
そう思った俺は笑って誤魔化す。
「いやほら、勇者ってそういう美人の付き人とかいるイメージあるじゃん?」
「…………」
「マジで無理なら全然いいんだけど」
国王の顔が引き攣っていたし、宮廷魔法使いは露骨に目を逸らしていた。
(え、なんで? 俺そこまで変なこと言った?)
すると、不意に王女が口を開いた。
「……私が、勇者様のお側につきます」
場が静まり返り、国王が目を見開いた。
「エレノア」
「勇者様は人類の希望です。ならば王族である私が支えるのは当然かと」
王女——エレノアは静かな声でそう言った。
俺は内心ちょっと驚く。
(え、マジで? でもこれ、別に俺は悪くなくね? 『無理ならいい』って言ったし!)
◆◆◆
数日後。俺たちは魔王軍の前線基地討伐へ向かっていた。
馬車の中でエレノアが地図を広げている。この王女、付き人になってからずっと真面目だ。美人なのに損してるタイプだと思う。
「この砦には魔族の部隊長が駐留しています。通常であれば王国騎士団でも攻略は困難ですが……」
「まあ俺いるし」
「…………」
最近ちょっと分かってきた。この人、割と感情が顔に出る。たぶん今、「うわぁ……」って思ってる。
やがて砦が見えてきた。黒い城壁、大量の魔族、見張り台からこちらを睨む兵士たち。普通なら絶望的な光景なんだろうが、不思議と怖さはなかった。
(負ける気しねぇな)
騎士団が突撃する。直後、砦上から放たれた矢が風に煽られるように逸れ、そのまま魔族側の指揮官へ突き刺さった。
指揮官が見張り台から落下し、動揺した魔族たちが隊列を崩す。その隙に狼型の魔獣が突然暴れ出して味方へ噛みつき、混乱した魔族同士が押し合い、振るわれた剣が別の魔族を斬り裂き、倒れた兵士が火薬樽を巻き込んで爆発する。
さらに、その衝撃で砦上部へ積まれていた岩材が崩れ、大量の瓦礫が雪崩みたいに降り注いだ。
轟音と悲鳴が重なり、黒い城壁が崩れていく。
全部偶然だった。
だが同時に、そうなることは最初から決まっていたようにも思えた。俺はただ、“あいつらが負ける”と決めただけだ。あとは世界が勝手に辻褄を合わせる。
気づけば戦闘は終わっていた。立っている魔族はもういない。騎士団長が呆然と呟く。
「これが……勇者様の力……」
エレノアも黙ったまま俺を見ていた。その瞳に浮かんでいる感情は一つじゃない。尊敬、恐怖、それから理解できないものを見るみたいな興味。全部が混ざっていた。
正直、悪い気はしなかった。
昨日まで財布なくして購買パンすら食えなかった俺が、今日は戦争の勝敗を指先一つで決めている。
崩れた砦を見上げながら、俺は小さく笑った。
「勇者って思ったより楽しいな」