不運な俺は、勇者として召喚された〜因果律操作で無双チートするクズ勇者の顛末〜 作:沼海レン
戦争は、驚くほど簡単に変わった。
勇者召喚から一ヶ月。最初は半信半疑だった王国軍も、今では完全に俺を中心に動いている。
まあ当然だ。
どんな戦場でも、俺が行けば終わる。必ず勝つ。
この前の戦場だと山岳地帯へ逃げ込んだ魔族の軍勢は、突如として発生した落雷で指揮官だけが黒焦げになり、その混乱で部隊同士が衝突して壊滅した。
その前なんて堅牢で有名だった要塞都市も、攻城戦の最中に城壁の一部が崩落し、逃げ場を失った魔族たちが将棋倒しみたいに潰れていった。
最初は偶然だと思っていた敵軍も、最近では俺の顔を見るだけで露骨に怯えるようになっている。
まあ、気持ちは分かる。俺でも嫌だし。
「勇者様はまさに英雄です!」
凱旋した城下町で、兵士が興奮気味にそう言った。
「奇跡だ……」 「神の御業だ……!」
周囲も好き勝手に盛り上がっている。広場には王国旗が掲げられ、酒場からは酔っ払った兵士たちの笑い声が漏れていた。通り沿いでは子供たちが木の枝を剣代わりに振り回し、「勇者様だ!」とか叫んでいる。
いや、そんな大したことしてないんだけどな。
ただ負けろって思ってるだけだし。
「んぇー、勝てればいいんや」
酔っ払った俺が言うと、兵士たちは一瞬静まり返ったあと、笑みを浮かべた。
「ははは、勇者様らしいお言葉ですな」
なんか最近こういう反応多い。
前はもっと普通に話してた気がするんだけどな。てか俺、そんな変なこと言ってるか?
◆◆◆
「勇者様、本日の遠征ですが——」
「めんどい」
作戦会議の途中で俺は机へ突っ伏した。長机の上には地図や駒が並び、周囲の騎士たちは揃って困った顔をしている。
いやだって長いし。
結局勝つんだから細かい説明いらなくなくね?
俺の言葉を聞いたエレノアが小さく息を吐く。
「勇者様、せめて話だけでも聞いてください」
「姫様、真面目すぎ。もっと気楽に行こうぜ」
「……誰のせいだと」
最近、エレノアはちょくちょくこういう顔をする。呆れてるというか、疲れてるというか。多分、俺の世話が普通にストレスなんだと思う。
でもまあ、付き人って大変そうだしな。
「つーか姫様って、生きづらそうだよな」
「……え?」
エレノアが目を瞬かせる。
「いや、なんかずっと周りの顔色見てるし。王女だから仕方ないんだろうけど」
窓から差し込む夕陽が、金色の髪をぼんやり照らしていた。エレノアは少し黙り込み、それから視線を伏せる。
図星だったのかもしれない。
まあ俺も、人のこと言えないけどねぇ。空気読むのってダルいし。そんなことに気をかけてたらコミュニケーションなんてマトモに取れないわけで。
「勇者様は……自由ですね」
「そう?」
「少なくとも、あなたは他人の視線を恐れていない」
それは違う気がした。
別に俺だって嫌われるのは嫌だ。ただ、責任押し付けられる方がもっと嫌なだけで。
「結果オーライならよくね?」
「…………」
エレノアがまた変な顔をする。最近ほんと多いな、その顔。
◆◆◆
その日の戦場は平原だった。
灰色の空の下、無数の兵士が剣をぶつけ合い、怒号と悲鳴が風に混ざって響いている。踏み荒らされた草地は泥と血でぐちゃぐちゃになり、倒れた兵士の鎧が鈍く光っていた。
普通なら泥沼の乱戦になるはずだった。でも、俺がいるからそうはならない。
魔族側の将軍が馬を走らせた瞬間、地面へ突き刺さっていた槍を踏み、そのまま大きく体勢を崩して落馬する。慌てて周囲の兵士たちが駆け寄ったところへ、味方側の投石器が角度を誤って直撃した。
肉片と土煙が舞い上がり、悲鳴と怒号が一気に広がる。
さらに混乱した魔族軍は撤退を始めるが、後方の地盤が崩れ、大量の兵士が地割れへ飲み込まれていった。
そこから逃げようとした魔族同士が押し合い、転倒した兵士を後続が踏み潰し、その上へ崩れた荷車が突っ込む。
全部偶然だった。
だが同時に、そうなることは最初から決まっていたようにも思えた。俺はただ、“王国軍が勝つ”と決めているだけだ。あとは世界の摂理が勝手に辻褄を合わせてくれる。
「勇者様……」
隣でエレノアが呟く。
吹き抜ける風が、彼女の金髪を揺らしていた。その青い瞳は戦場を映しているはずなのに、実際には俺を見ているようにも感じた。
最近、周囲も似たような目で俺を見る。英雄を見る目じゃない。
もっと、災害とか、天災とか、そういうものを見る目だ。
まあ別にいいけど。勝ってるし。勝てるならなんでもいいからな。
◆◆◆
遠征先の屋敷で、俺はベッドへ寝転がっていた。
外は暗く、雨が降っている。石畳を叩く雨音がやけに静かで、戦場の喧騒が嘘みたいだった。暖炉の火は弱く揺れ、薄暗い部屋の壁へぼんやり赤い影を落としている。
柔らかいベッドへ沈み込みながら、俺はぼんやり天井を見上げた。
異世界、飯もうまいしベッドも最高だな。勇者ライフ最高だぜ!!
「……起きていますか?」
不意に、扉の向こうからエレノアの声が聞こえた。
「んー?」
「少し、お話が」
「どーぞ」
入ってきたエレノアは、昼間より少し疲れた顔をしていた。雨に濡れたのか、金髪の先がわずかに湿っている。まあ、戦場見てたし、普通にメンタルやられそう。
エレノアは少し迷うように沈黙してから、静かに口を開いた。
「あなたは、自分が怖くないんですか?」
「なんで?」
「……あなたの力は、あまりにも異常です」
窓を打つ雨音だけが部屋へ響く。まあ、それはそう。俺も最近ちょっと思う。ズルすぎるんだよ。この能力。
「別に俺、悪いことしてなくね?」
エレノアが息を呑む。
「だって魔族倒してるだけじゃん。むしろ感謝される側だろ、俺」
実際その通りだった。誰も困ってない。王国軍は勝つし、人類は助かるし、みんな喜んでる。じゃあ別にいいじゃん。
エレノアはしばらく何も言わなかった。ただ、どこか苦しそうな顔で俺を見ている。
まるで、俺じゃなく別の何かを見ているみたいだった。
◆◆◆
深夜。
寝返りを打ったところで、微かな気配を感じた。
薄く目を開ける。
月明かりの差し込む部屋の中、エレノアがベッドの横に立っていた。白い寝間着姿のまま、ただ静かに俺を見下ろしている。カーテンの隙間から入る淡い光が、その横顔をぼんやり照らしていた。
「…………」
何をするでもなく、ただ見ているだけだ。
その瞳に浮かんでいる感情を、俺は上手く読み取れなかった。執着や恐怖の類かな。