不運な俺は、勇者として召喚された〜因果律操作で無双チートするクズ勇者の顛末〜   作:沼海レン

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第4話『因果を喰う勇者』

 

 魔王軍の総攻勢が始まった。

 空は黒く濁り、大地は燃え、人類側の戦線は各地で崩壊していた。王国北部では城塞都市が一夜で陥落し、西方では避難民の列へ魔族の軍勢が追いついたらしい。

 

 連日届く報告書は、ほとんどが敗北か壊滅だった。

 そんな中でも、唯一負けていない場所がある。

 俺がいる戦場だ。

 

「勇者様! 東部戦線が突破されました!」

「ふーん」

「至急、援軍を――」

「分かった分かった」

 

 正直もう慣れた。

 どうせ行けば勝つ。

 周囲は人類滅亡寸前みたいな顔をしているが、俺としてはそこまで焦っていない。だって負けるイメージが湧かないから。

 

 王城のバルコニーから外を眺める。

 遠くの空では黒煙が立ち上り、避難民の列が蟻みたいに地面を埋めていた。泣き声、怒号、鐘の音。街全体が終末みたいな空気に包まれている。

 

「勇者様」

 隣へ立ったエレノアが静かに口を開く。

「……人類の命運は、あなたに託されています」

「重っ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「まあでも、大丈夫じゃね?」

「なぜ、そう言い切れるのですか」

「俺いるし」

 

 エレノアが言葉を失う。

 でも事実だった。

 

◆◆◆

 

 その日の戦場は、もはや戦争ですらなかった。

 平原を埋め尽くす魔王軍。その数は数万を超えている。黒い鎧の軍勢が地平線まで続き、空には翼を持つ魔物が旋回していた。

 

 普通なら絶望的な光景。でも、俺がいる。

 

「別に、負ける要素ないな」

 

 俺が呟いた瞬間だった。雲を突き破って落下した巨大な岩塊が魔王軍中央へ直撃した。轟音と共に地面が陥没し、爆風へ巻き込まれた兵士たちが周囲ごと吹き飛ぶ。

 

 さらに崩れた地盤へ後続の軍勢が飲み込まれ、逃げ惑う兵士同士が衝突し、混乱した飛行魔物が味方部隊へ墜落した。その炎上した死体が補給用の火薬車へ引火し、連鎖的に爆発が広がっていく。

 

 因果が連鎖した。

 

 一つの破滅が、次の破滅を呼び込んでいた。

 俺はただ、“人類が勝つ”と決めているだけだ。なのに世界そのものが、そこへ辻褄を合わせ始める。

 

 山が崩れ、逃走経路を塞ぐ。

 押し潰された兵士たちが雪崩みたいに転倒し、その振動で地盤が割れ、大量の魔族が底の見えない裂け目へ飲み込まれていった。割れた大地から噴き上がった熱風が空を焼き、制御を失った飛行魔物たちが次々と墜落していく。

 

 悲鳴と轟音が世界を埋め尽くしていた。だが、それでも王国軍は歓声を上げる。

 

「勇者様だ!!」

「魔王軍が崩れていくぞ!!」

「勝てる!! 人類は勝てる!!」

 

 兵士たちは半狂乱みたいに叫びながら剣を掲げていた。目の前で山が崩れ、大地が裂け、数万の軍勢が呑み込まれているというのに、誰もそれを止めようとはしない。いや、止められない。

 

 人類が滅びかけていたこの状況で、“勝てる”という事実はそれだけで麻薬みたいなものだった。

 

「勇者様……」

 

 隣でエレノアが呟く。吹き抜ける熱風が金髪を揺らしていた。周囲が歓声へ酔っている中で、彼女だけは静かな顔で俺を見ている。

 その視線の意味を、俺はまだ理解していなかった。

 

◆◆◆

 

 戦場の最奥。崩れた大地の先で、そいつは立っていた。

 黒い外套。人間に近い姿。だが、その周囲だけ空気が歪んで見える。

 ああ、こいつが魔王か。

 

「……随分まともな見た目なんだな」

 

 俺が言うと、魔王は小さく笑った。

 

「貴様もな、勇者」

 

 低い声だった。だが不思議と、その声だけは戦場の轟音を貫いて耳へ届く。周囲では今も地形が崩壊しているというのに、この場所だけ妙に静かだった。

 

 魔王は俺を見つめる。その赤い瞳が、ゆっくり細められた。

 

「なるほど」

「……?」

「貴様、相当使い潰したな」

「何を?」

「因果だ」

 

 魔王は地面へ転がる死体を一瞥する。

 

「その力は万能ではない。世界の流れを捻じ曲げる以上、対価が必要になる」

「対価?」

「貴様は人生の災厄を燃やして戦っている」

 

 その言葉で、昔の記憶が脳裏をよぎった。

 傘を盗まれた日。電車遅延。濡れ衣。財布紛失。理不尽な不幸。ずっと続いていた、あのクソみたいな人生。

 

「貴様の不運は、因果として蓄積されていたのだ」

 

 魔王が淡々と続ける。

 

「それを燃料に、世界を書き換えている」

「……へぇ」

 

 妙に納得した。確かに、この能力は都合が良すぎる。無限に使える方がおかしい。

 

「使い切れば、ただの人間だ」

「ふーん」

 

 少しだけ考える。

 でも、すぐどうでもよくなった。

 

「でも勝てるなら良くね?」

 

 魔王が僅かに目を細める。

 

「どうせ使わなきゃ死ぬし」

 

 実際そうだ。ここで負けたら人類終わるんだろ?

 なら使うしかないじゃん。それに、今さら普通の人間へ戻るとか、ちょっと嫌だし。

 

「クク……」

 

 魔王が笑った。

 

「なるほど。やはり、貴様も最後までそうか」

「?」

「だからこそ勇者であり、だからこそ破滅する。お前はいずれにせよ、滅びの運命から逃れられない」

 

 次の瞬間、空間そのものが軋んだ。

 魔王の背後で巨大な闇が渦を巻き、空の色が反転する。ひび割れみたいな亀裂が世界そのものへ走り、崩壊した大地が浮かび上がっていく。

 

「じゃ、終わらせるか」

 

◆◆◆

 

 最終決戦は、もはや人間同士の戦いじゃなかった。

 

 空が裂け、吹き上がった衝撃で山脈がまとめて崩落する。割れた海面からは膨大な水柱が噴き上がり、反転した重力へ巻き込まれた魔物たちが悲鳴を上げながら空へ落下していった。

 

 魔王が放った黒炎は、自ら因果を反転させて術者側へ捻じ曲がり、その爆発へ巻き込まれた魔物軍が連鎖的に消滅していく。崩壊した空間は周囲の法則そのものを狂わせ、砕けた大地も、吹き荒れる暴風も、全てが魔王の敗北へ収束していた。

 

 全て偶然だった。

 

 だが、その全てが最初から決められていた結末みたいに、世界は“魔王が敗北する”という結果へ辿り着いていく。

 

 逃げ場を失った闇が空間崩壊を引き起こし、その歪みへ魔王自身の肉体が飲み込まれていった。

 崩壊する光の中心で、魔王が小さく笑う。

 

「……後悔するぞ、勇者」

 

 直後。

 世界を埋め尽くす閃光が、全てを呑み込んだ。

 

◆◆◆

 

 戦争は終わった。

 人類は救われた。

 街には歓声が溢れ、人々は勇者の名を讃えている。

 宴の最中、俺はいつものように能力を使おうとした。

 近くのグラスを取ろうとして、面倒だったから“偶然こっちへ転がってくる”よう因果を弄る。

 

 カラン。

 グラスは少し揺れて、それだけだった。

 

「……あれ?」

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