ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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レフィーヤが入団してから一ヶ月。館に新しい風が吹き込み、賑やかさが増した頃、ツクリはいよいよ自らの足で「中層」へと踏み出すことになった。

同行するのは、この一ヶ月ですっかり気心の知れたアイズ、ティオナ、ティオネの三人。第一級冒険者がLv.1の遠征に付き添うという、本来ならあり得ない過保護な布陣だが、ツクリの「中身」を知る幹部たちは、万が一への備え以上に、これが最も効率的な研修になると確信していた。

 

バベルの鐘が朝の訪れを告げると同時に、一行は迷宮(ダンジョン)へと潜行を開始した。

ツクリが背負っているのは、楽器ケースに擬態した武装一式と、携帯テント、寝袋。今回は第十八階層で一泊する予定のため、道中で稼いだ魔石で現地の食料を買う計算だ。

 

「いよいよ中層だね、ツクリちゃん! 空気がガラッと変わるから、気を引き締めていこう!」

「はい。火を吹くヘルハウンドが出るそうですね。……ケースに引火しないよう、間合いには気をつけます」

 

ツクリは殊勝に頷きながらも、(私の外套、火炎耐性があるから燃えないんですけどね)と内心で淡々と考えていた。

第十三階層を越えたあたりから、迷宮はその表情を一変させた。

「洞窟」だった景色は切り立った岩壁へと広がり、霧の向こうからは上層とは比較にならない殺気が漂ってくる。

 

「……来る。ツクリ、左」

 

アイズの警告と同時に、岩陰から三体のヘルハウンドが躍り出た。その口端からは、すでに紅蓮の炎が漏れ出している。

ツクリは最短の歩法で踏み込み、薙刀を一閃させた。それは「斬る」というより、「叩き伏せる」ような一撃。火を放つ隙さえ与えず、二体の頭部を正確に粉砕する。

その直後、バキン、と硬質な音が響いた。

薙刀の刃がついに寿命を迎えて真っ二つに折れ飛んだのだ。丁寧に使ってはいたが、元は過去の団員の遺品。ここ一ヶ月の酷使と、中層の魔物の強固な防御力が、ついに限界を超えさせたようだった。

それを好機と見たか、残った一体が猛然と炎を吐きかける。

ツクリはワンステップでそれを躱すと、迷うことなく折れた柄を捨てた。

 

「《武装交換(クイックチェンジ)》」

 

ツクリの手に瞬時に現れたのは、銀色の『★ハサウェイの短剣』。そのまま流れるような動作で言霊を紡ぐ。

 

「響け(レゾナンス)――付与(グラント)」

短刀に宿した轟音の刃は斬撃と共に衝撃波をヘルハウンドに叩き込み、即座に全身を灰へと変えた。

 

「……折れてしまいましたね」

 

灰が風に巻かれる中、ツクリは困ったように手元を見つめた。

 

「ちょ、ちょっと待ってツクリちゃん! 今、何したの!?」

 

驚愕で目を丸くしたティオナが駆け寄ってくる。

 

「武器が寿命だったので交換したんです。」

「いやいや、おかしいわよ。武器を『抜き直す』暇なんてなかったじゃない。」

 

ティオネが呆れたように、けれど警戒を解かずに周囲を見渡す。

第一級冒険者の目から見ても、今の動作はイレギュラーの中にあってもあまりに滑らかすぎた。

 

「私のスキルに《武装交換》というものがありまして、それで取り出しました」

「便利ね。……でも、Lv.1でそんなスキルを持って、さらにその魔法……。あんた、本当に何者なのよ」

「見てのとおり、ただの吟遊詩人ですよ。ただ、道具は必要な時にそこにあってほしいですから」

 

武器の破損を受け、ダンジョンアタックを続けるか相談したが、ツクリは「まだ予備はありますし、続行しましょう」と平然と答えた。

一行はさらに深くへと進む。中層の殺意は増していくが、ツクリは短剣に『サウンドスフィア』を付与して不可視の刃を延長し、まるで舞うように戦い続けた。

その無駄のない戦い方は、同じくエンチャントを多用するアイズに強い刺激を与え、二人の相乗効果で魔物の処理速度は加速していく。

 

「ねぇアイズ、ツクリちゃん。もう私の出番、なくない!?」

 

大剣を肩に担いだティオナが不満げに頬を膨らませる。実のところ、ヒリュテ姉妹は半分サポーターのような立ち回りを強いられていた。

 

「……付与の仕方が、私とは違う。……見てて、勉強になる」

 

アイズは黄金色の瞳で、ツクリが生み出す魔力の「流れ」を熱心に観察していた。

 

 

第十七階層の巨大な縦穴を抜け、四人はついにその場所に辿り着いた。

視界が開けた瞬間、天井を埋め尽くす水晶群が、青白い「陽光」を振りまく。

 

「着いたぁー! やっぱりここは最高だね!」

 

一行は断崖の無法都市、『リヴィラ』へと向かった。

殺気と欲望が渦巻く街。だが、第一級冒険者三人を引き連れたツクリが、大量の中層魔石を換金所に叩きつけた瞬間、街の空気は静まり返った。

 

「……これ、全部中層の魔石かよ」

 

信じられないものを見る目で凝視する男に、ツクリは淡々と応える。

 

「はい。武器が折れてしまったので、新調するための費用を稼がないといけませんから」

 

換金したヴァリスを懐に、ツクリは市場へと向かった。物価は地上の十倍だが、今の彼女には十分すぎる予算がある。

 

「アイズさん、何が食べたいですか?」

「……。……。お肉」

「なるほど。では、お肉。それから鮮度の良い香草を。……あ、店主さん。ダンジョン内とはいえ、この野菜は少し萎びていますね。もう少し安くなりませんか?」

 

無法者相手に容赦なく値切り交渉を進めるツクリ。その後ろでティオネが深く溜息をつく。

 

「あんた、Lv.1のくせにこの街の連中よりよっぽど肝が据わってるわね……」

 

 

 

 

リヴィラの喧騒から離れた湖のほとり。

ツクリは手際よく設営を終えると、焚き火に鍋をかけた。

肉に香草をもみ込んで臭みを消し、一口サイズに切った野菜と共に煮込む。仕上げに、地上から持ち込んだシチュールウを投入すれば、迷宮の中とは思えない芳醇な香りが漂い始めた。

 

「……んん〜! 美味しい! 幸せすぎるよ!」

 

ティオナが夢中でスプーンを動かし、アイズもまた、満足げに頬を緩ませる。

食後、水晶の淡い光が湖面を揺らす中、ツクリは静かにチェロを取り出した。

 

「迷宮の楽園の夜には、少し落ち着いた音楽が似合いますね」

 

弓が弦をなぞる。

響き渡るのは、荒々しい迷宮を鎮めるような、静謐な夜想曲(ノクターン)。

リヴィラから漏れる下卑た笑い声も、今は遠い世界の雑音のように、その旋律の中に溶けて消えていく。

アイズは膝を抱えながら、その音に耳を傾けていた。彼女の隣で、ツクリの濡烏色の尻尾が、リズムを刻むようにゆっくりと、優しく揺れていた。

 

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