中庭での早朝特訓が恒例となって、二ヶ月。
朝日が昇る前の淡い光の中、神楽舞を納め、《村正》の残心を解いた。
「……レフィーヤさん、また音が散っていますよ」
「っ、すみません……! 」
杖を構え、必死に汗を流すレフィーヤ。そんなレフィーヤにツクリは言葉を重ねる。
「今のあなたに必要なのは、魔法発動までの流れに対する『習熟』です。その膨大なマナを、自分の手足のように扱えるようになりましょう。今は力が入り過ぎていて、これでは迷宮の壁まで不協和音を歌い出してしまいます」
「迷宮が歌う……。はい、もう一度、集中します……っ!」
レフィーヤの杖から放たれる火矢が、以前よりも小さく、けれど燃えるような赤を濃くしていく。
その様子を、数歩離れた場所でアイズが静かに見守っていた。
かつてのアイズなら、この時間さえ惜しんでダンジョンへ潜っていたでしょう。けれど今の彼女は、特訓の後にツクリが作る「滋味溢れる朝食」を心待ちにしている自分に気づいていた。
(……お腹が、空いた)
アイズの視線が、特訓からツクリの手元へと移る。
「……ツクリ。今日の、朝ごはん。何?」
「ふふ、今日はデメテル産のカボチャを練り込んだスコーンですよ。アイズさんが昨日、ダンジョンから早めに帰ってきてくださったご褒美です」
「……。……頑張って、帰ってきた」
アイズが少しだけ誇らしげに胸を張る。
ダンジョンに住み着く執念を「食欲」で上書きするという、リヴェリアにさえ出来なかった快挙を、ツクリは事もなげに成し遂げていた。
そんな三人の様子を、執務室の窓からリヴェリアは見下ろしていた。
(……レフィーヤの魔力が、あそこまで静謐になるものか。……いや、それ以上にアイズの顔が、あんなにも穏やかなのはいつ以来だろうか。)
リヴェリアは手に持った書類を机に置き、深く溜息をついた。
自分が教えていた時よりも、レフィーヤの成長は明らかに「芯」が通っている。ツクリの傍で流れる時間は、彼女たちの成長を加速させる特別な旋律に満ちているようだった。
「――ねぇねぇ! やっぱりここで何かしらやってたんだね!」
突如として中庭に響いた、天真爛漫な声。
ティオナとティオネの姉妹が、植え込みを飛び越えて乱入してきた。
「ツクリちゃん、最近アイズとレフィーヤが朝からこそこそしてると思ったら、こんな面白いことしてたなんて! 私たちも混ぜてよ!」
「あ、ティオナさん、ティオネさん……っ! 今は特訓中なんです!」
レフィーヤが慌てて魔法帽をツクリに被せようとしましたが、ツクリはそれを手で制した。
朝日を浴びて、濡烏色の耳がぴくりと動く。
「……あ」
ティオナの動きが止まった。続いて追いついたティオネも、驚愕に目を剥く。
「ツクリちゃん、その耳……もしかして、狐人(ルナール)!?」
「隠していたわけではないのですが……おどろかせてしまいましたね。おはようございます、お二人とも」
ツクリはいつものように穏やかに微笑み、尻尾を優しく一振りした。
驚愕は一瞬。ティオナの瞳が、すぐに好奇心でキラキラと輝き始める。
「すごーい! 本物だ! 触ってもいい!? ねぇ、いい!?」
「こらティオナ! 失礼でしょ! ……で、ツクリ。レフィーヤが最近特に調子が良くなったのは、あんたのこの『特訓』のおかげなわけ?」
「どうでしょうか。彼女自身の努力ですよ。……お二人も、よろしければ一曲(一戦)いかがですか?」
ツクリが木槍を構えると、ティオナが「のった!」と大剣を振りかざした。
賑やかさを増していく中庭。
黄金色、濡烏色、そして桃色のアマゾネスたちが入り乱れる、新しい朝の合奏が始まろうとしていた。
その喧騒から遠く離れた渡り廊下。
銀髪の狼人が一人、忌々しそうに舌打ちをした。
「……チッ。群れて傷の舐め合いかよ。くだらねぇ」
ベートは背を向けて去っていきましたが、その耳には、中庭から響くツクリの心地よい「音」が、どうしてもわずかに届いてしまうのだった。