迷宮第二十六階層。
轟々と鳴り響く大滝の咆哮を背に、ロキ・ファミリアの一行は足を止めていた。
「ツクリ、レフィーヤ。……前へ出ろ」
フィンの鋭い声が響く。周囲にはリヴェリア、ガレス、アイズ、そしてヒリュテ姉妹。第一級冒険者たちが包囲網を築く中心には、一頭の巨大な魔物が鎮座していた。
――ヴァルガン・ドラゴン。
下層の洗礼とも呼べるその巨竜は、真紅の鱗を逆立て、口端から不吉な黒煙を吐き出している。
「これより、あの竜の討伐を二人だけで行ってもらう。……これは、君たちの『器』を試す試練だ」
フィンの言葉に、レフィーヤの肩が小さく跳ねた。魔力はすでに限界(S999)に達している。けれど、実戦での重圧が、彼女の詠唱をいつもあと一歩のところで狂わせて続けていた。
「レフィーヤさん、大丈夫ですよ」
ツクリはヘファイストス・ファミリア製のミスリル薙刀を構え、いつものように穏やかに告げた。
「私が、すべての不協和音(攻撃)を逸らします。……あなたはただ、ご自身の魔法を信じて」
「――ツクリさん……っ。はい!」
「――グォォォォォォォン!!」
ヴァルガン・ドラゴンの咆哮が滝の音を塗り替える。岩をも砕く尾の一撃がツクリを襲うが、彼女はそれを紙一重の回避でやり過ごした。
「響け(レゾナンス)――付与(グラント)」
ツクリは振動を纏わせた刃で、竜の脚部を精密に突く。一撃、二撃。Lv.1とは思えぬ技量で、竜の注意(ヘイト)を完璧に自分へと固定していく。
「……信じられないな。あの巨体の突進を、たった一人で完封している」
見守るガレスが感嘆を漏らす。だが、リヴェリアの瞳は厳しかった。
「……ああ。だが、ツクリの今の武器では、あの竜の鱗を貫く『決定打』が足りない。」
ミスリルの刃が火花を散らすたび、悲鳴のような金属音が響く。ツクリの突きは鋭いが、竜の致命的な装甲を抜くには至らない。
「……っ、あ……【来たれ、炎の精霊……!】」
後方でレフィーヤが詠唱を開始する。だが、竜のブレスと、目前の死闘が放つ圧迫感に、彼女の言霊が震えた。
「ダメ……魔力が、まとまらない……!」
「レフィーヤさん、リズムが走っています!」
ツクリは竜の懐に飛び込み、ブレスを放とうとする顎を下から薙刀の柄で叩き上げた。爆炎が空へと逸れ、ツクリの背後に火の粉が舞う。
「――la――」
滝の轟音を切り裂き、ツクリの口元から澄んだハミングが漏れた。
スキル『万象奏者(オルフェウス)』。
それは戦場の混沌を調律する旋律。レフィーヤの乱れたマインドを強制的に整え、眠れる経験値を呼び覚ます『成長の福音』。
(……あ、音が……ツクリさんの音が、聞こえる……!)
レフィーヤの瞳に光が戻る。ツクリが盾となり、指揮者となり、戦場の混沌を一本の正解へと収束させていく。
「さあ、レフィーヤさん! あなたの最高の音を!」
ツクリが渾身の力で竜の首元を強打し、その頭部を大きく仰け反らせた。無防備に晒された、唯一の弱点。
「――放たれるは火矢。野を焼き、全てを灰燼に帰せ。――ヒュズレイド・ファラリカ!!」
放たれたのは、これまでの一年半の研鑽。
極限まで圧縮され、一点を射抜く紅蓮の光条。
それはヴァルガン・ドラゴンの喉元を正確に貫き、その内側から巨躯を爆砕した。
爆炎が収まり、魔石を落として霧散する竜。
静寂が戻った大滝のほとりで、レフィーヤはその場に膝をついた。
「……やった……私たち、やったんですね、ツクリさん……」
「ええ。素晴らしい響きでしたよ、レフィーヤさん」
ツクリは手元で、過負荷に耐えかねボロボロに砕け散った薙刀を静かに下ろした。
駆け寄ってきたアイズとティオナの賞賛。フィンは満足げに、そしてリヴェリアはどこか誇らしげに二人を見据えた。
「地上に戻ったら、すぐに『更新(アップデート)』をしよう」
その言葉は、滝の音さえも消し去るほど、二人の心に高く響き渡った。