ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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迷宮都市オラリオに、黄昏の静寂が訪れる頃。

「黄昏の館」の門をくぐったツクリとレフィーヤの足取りは、どこか重く、けれど確かな力強さを宿していた。

 

「……五十層。あの景色、一生忘れられそうにありません」

「ええ。私たちの音(ちから)が、いかに小さく、届かないものだったか。……良い経験になりましたね、レフィーヤさん」

 

下層の先、深層の入り口である「白の宮殿」の冷気。

第一級冒険者たちに守られながら辿り着いたその場所で、二人が感じたのは達成感ではなく、圧倒的な「距離」だった。今の器のままでは、あの深淵で歌うことすら叶わない。

そんな二人の神妙な空気を切り裂いたのは、爆音のような咆哮だった。

 

「おっかえりぃぃぃ! ウチの可愛いお嬢ちゃんたちぃぃぃ!!」

「――っと」

「わわっ!?」

 

正面から音速で突撃してきた主神ロキをツクリは流麗な歩法で紙一重に回避し、一方で逃げ遅れたレフィーヤはロキの情熱的な抱擁の餌食となった。

 

「あはは! ツクリ、あんた相変わらず避けるん上手いなぁ! レフィーヤは相変わらずスベスベや! よしよし、深層の空気に当てられてしおれとる場合やないで。……準備はええな?」

 

ロキの細い瞳に、神特有の鋭い光が宿る。

 

「はい。……お願いします、ロキ」

「……ぐ、苦しいです……。お願いします……っ」

 

二人はロキの腕から抜け出し、最上階にある主神の私室へと向かった。

夕闇に包まれた室内。

ツクリとレフィーヤは、交互にロキの前へうつ伏せになった。

 

「まずはレフィーヤからや。……いくで」

 

銀の針が肌をなぞる。ロキの指先から紡がれるファルナの更新。レフィーヤの背中に浮かび上がるステータスは、一年半の研鑽を物語る見事な成長を遂げていた。

 

レフィーヤ・ウィリディス(Lv.1)

力:I 82 / 耐久: I 94 / 器用 : F 302 / 敏捷: G 202 / 魔力:S 999

……ランクアップ(Rank Up)可能。

 

「……あ、上がってる。魔力以外の項目も……っ」

「当然や。あんた、ツクリのスパルタ特訓によく耐えたわ。……発現した発展アビリティやけど、『魔導』か『耐異常』、どっちに――」

「……っ、『魔導』でお願いします!」

 

レフィーヤのランクアップが確定した。だが、本当の「異常事態」はその後に控えていた。

 

「次、ツクリ。……あんたの背中、開けるんが正直ちょっと怖いんやけどな」

 

ツクリが寝台に横たわり、背中を露わにする。

ロキが指を当て、神の血が染み込んだ瞬間――室内の空気が、物理的な熱量を持って激しく震え始めた。

 

「――っ、な、なんやこれ……!?」

 

ロキの驚愕の声。

ツクリの背中に刻まれた文字(ヒエログリフ)が、通常の更新ではあり得ないほど眩い輝きを放ち、螺旋を描いて溢れ出している。

一年半の間、限界値(S 999)に達してもなお蓄積され続けた『潜在経験値(エクストラ)』。

ツクリ・瀬笈(Lv.1)

力:S 999 / 耐久:S 999 / 器用:S 999 / 敏捷:S 999 / 魔力:S 999

……ランクアップ。

そして、レベルが「2」に書き換わった瞬間。

溢れていた文字が、一気に「新しい器」へと吸い込まれていった。

 

「……はは、嘘やろ。Lv.2になったばっかりやのに……! ステータスがカンストのまま変わらへん……。まだ器が足りてないっちゅうんか!?」

 

通常、レベルアップ直後のステータスは「I 0」から始まる。

だが、ツクリの場合は、過去に積み上げた『余剰分(リザーブ)』があまりに膨大すぎたため、Lv.2という器を埋めてなお、文字通り溢れかえっていた。

 

「発展アビリティは……『神秘』と『精癒』!? どっちも激レアやんけ……どうする?」

「……これまで魔力で困ったことはありません。より深い音(マナ)に触れたいので、『神秘』でお願いします」

「贅沢な悩みやなぁ……わかったで」

 

ヒエログリフが刻み終わり、写しを取ってロックを掛けたあと、ツクリが静かに起き上がる。その一挙手一投足に、以前とは比較にならないほどの「密度」が宿っていた。

一方、背後のレフィーヤは、自分の数値が「I 0」にリセットされているのを見て、実感が湧かないように首を傾げている。

 

「お嬢ちゃんたち。……おめでとう。今日からあんたらは、オラリオでも指指折りの『中堅』や。……Lv.2へのランクアップ、完了やで」

 

 

レフィーヤ・ウィリディス(Lv.2)

力:I 0 / 耐久:I 0 / 器用:I 0 / 敏捷:I 0 / 魔力:I 0

発展アビリティ:魔導I

魔法:ヒュズレイド・ファラリカ / エルフ・リンク

スキル:妖精追奏(フェアリー・カノン)

 

 

ツクリ・瀬笈(Lv.2)

力:S 999 / 耐久:S 999 / 器用:S 999 / 敏捷:S 999 / 魔力:S 999

発展アビリティ:神秘I

魔法:サウンドスフィア

スキル:万象奏者(オルフェウス) / 高速交換(クイックチェンジ)

 

 

ロキの満足げな笑みを背に、ツクリは自身の内に満ちる「新しい器」を確かめた。

 

「……ありがとうございます。これでようやく、あの『楽器』を手に取る資格が得られた気がします」

 

ツクリの脳裏には、楽器ケースの奥底で眠る、銀色の不敵な輝き。

――神器《スティール・オブ・ザ・レジスタンス》の残響が、静かに、けれど強く鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

主神の私室。写し取られた二枚のステータス表を前に、ロキ、フィン、リヴェリア、そしてガレスが卓を囲んでいた。室内に流れるのは、祝杯の空気ではなく、むしろ重苦しい沈黙だ。

 

「……さて。これを見て、どう思う?」

 

ロキが突き出したのは、ツクリのステータスだ。Lv.2になった直後だというのに、すべての項目が「S 999」。そして発展アビリティ『神秘』。

 

「……悪い冗談だと言いたいところだが。あの地竜(ヴァルガン・ドラゴン)を封殺した技量を見れば、納得せざるを得ないね」

 

フィンが眉間を指で揉みながら呟く。

 

「レベルアップした瞬間に、次のレベルへの貯金(潜在経験値)が器を埋め尽くしたみたいだのう。……リヴェリア、お前の弟子も大概だが、このお嬢ちゃんはもう、次元が違うわ」

 

ガレスの言葉に、リヴェリアは静かに頷いた。

 

「ああ。レフィーヤの魔力の育ちも、同胞の中では千年に一人の才でしょう。ですが、ツクリは……『世界の理(システム)』そのものを味方につけているように見える」

「そうや。発展アビリティに『神秘』が出たんも、彼女の魔力制御が神域に達しとる証拠や。……フィン、これは隠し通せるレベルやないで。いずれ、遠征の主力(メイン)に据えることになる」

 

ロキの言葉に、フィンは青い瞳を鋭く光らせた。

 

「ああ。だが、彼女の武器はヘファイストス・ファミリア製とはいえ量産品だった。……リヴェリア、例の件の許可を出そう。Lv.2、そして『神秘』を宿した今の彼女なら、神器の格に器負けしないはずだ」

「……わかった。私からもゴブニュに連絡を入れておく」

 

神と幹部たちは、「黄金時代」の到来を確信し、密かに、けれど熱く、今後の遠征計画を書き換えていった。

 

 

 

 

 

同じ頃、館の自室にて。

私は、自分のステイタス表と、ツクリさんから(無理を言って)もらった彼女の表を並べ、魂が抜けたような顔で固まっていました。

 

「……おかしいです。絶対におかしいです、これ」

 

レフィーヤ・ウィリディス(Lv.2)。

力から魔力まで、すべては「I 0」からのリスタート。これがオラリオの、下界の冒険者の「当たり前」だ。レベルアップという壁を越え、器が新しくなったのだから、また一から積み上げていく。それだって、十分に誇らしいことなのは分かっています。

けれど。

 

「……なんで、ツクリさんは全部『S』なんですかぁぁっ!?」

 

隣に置かれた紙には、眩いばかりの『S 999』の羅列。

Lv.2になったばかり。自分と同じ日に、同じ場所で、同じ恩恵(ファルナ)の更新を受けたはずなのに。

私は枕に顔を埋めて悶絶しました。

あの五十層で見せつけられた実力差。私が必死に一撃を放つ間、ツクリさんは踊るように竜を翻弄していた。その差が、こうして「数値」として突きつけられると、眩暈がしてきます。

 

「……しかも、発展アビリティが『神秘』。リヴェリア様でさえ、Lv.4でようやく発現したという伝説のアビリティを、Lv.2で……」

 

エルフとしての誇り。魔導士としての自負。

それらが、ツクリさんという巨大な存在の前に、サラサラと砂のように崩れていきます。

けれど、不思議と嫌な気はしませんでした。

 

(……あの時、ツクリさんが背中を押してくれたから、私は撃てた)

 

あの温かい、調律されるような感覚。ツクリさんは、私を置いていくために強くなっているのではない。自分たちの「合奏」を、より高みへ導くために、この圧倒的な力を振るっている。

 

「……いつか。いつか絶対に、その横に並んでみせますから!」

 

私はバッと顔を上げ、ステイタス表を大切に懐に収めました。戦慄は、いつしか「目標」へと変わっていました。隣を歩く怪物が、自分を信じてくれている。ならば、立ち止まっている暇などありません。

 

「……でもやっぱり、ステータスだけ見ると『詐欺』じゃないかと思っちゃいますけどね……っ!」

 

独り言をこぼしながら、私は明日からの特訓に備え、愛用の杖を丹念に磨き始めるのでした。

 

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