ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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迷宮都市オラリオの象徴、バベルの影が長く伸びる「黄昏の館」。

十六歳となったツクリ・瀬笈は、その一角でチェロのケースを背負い、静かに門へと向かっていた。

彼女の階位(レベル)は『3』。

ステータスは、かつてのような全項目カンストスタートという異常事態こそ落ち着いたものの、力と耐久はすでに高水準に達し、器用・敏捷・魔力の三項目は依然として限界値(カンスト)を叩き出している。

かつてLv.1の時に圧倒的な距離を感じた五十層の深淵。そこに潜む強竜カドモスを、レフィーヤと共に真っ向から打ち破るというかつての軌跡を鮮やかに塗り替える偉業。それによって彼女たちは、オラリオでも一際輝く新星として、ロキ・ファミリアの屋台骨を支える存在へと美しく成長していた。

 

「――だから、うちは『お断り』だっつってんだろ! 帰りな、ボウズ!」

 

門の方から響く、品のない怒声。

ツクリは魔法帽を指でなぞり、わずかに眉を寄せた。彼女の鋭敏な聴覚が、中庭の静寂を乱す「不協和音」を捉えたからだ。

門前には、槍を携えたファミリアの門番が、一人の少年をせせら笑いながら追い返そうとしていた。

 

「お、お願いします……! 僕、どうしても冒険者に……!」

 

雪のような白髪に、怯えた仔兎を思わせる頼りない印象の少年。

まだオラリオの毒気に当てられていない澄んだ赤い瞳を潤ませながら、彼は必死に食い下がっていた。

 

「ヘッ、そのヒョロい体で何ができるんだよ。死にに来るような奴を入れるほど、うちは暇じゃねえんだ。ギルドにでも行ってろ!」

 

門番の槍が少年の胸を小突こうとした、その時だった。

 

「――そこまでにしてください。耳が痛くなります」

 

低く、けれど澄み渡った鈴のような声。

門番が弾かれたように振り返ると、そこには濡烏色の髪をなびかせた【絶唱の巫女(アリア・マギカ)】が、エメラルドの瞳を冷ややかに細めて立っていた。

 

「ツ、ツクリさん……! いや、こいつがしつこく入団を……」

「その判断を下す権限が、あなたにあるのですか?」

 

ツクリは一歩、少年の前へと踏み出した。

楽器ケースに擬態させた《スティール・オブ・ザ・レジスタンス》から漏れ出す、深層の空気を纏った魔力のプレッシャーが、門番の言葉を喉の奥に押し戻す。

 

「入団を断る権利があるのは、主神であるロキか、団長、あるいは副団長のみ。門番の役割は『取次』であっても、『選別者』ではないはずです。今の振る舞いは、ファミリアの規律を乱す、ひどく汚い不協和音ですよ」

「……っ、申し訳ありません!」

 

上位冒険者の叱責に、門番は顔を青くして道を開けた。ツクリは小さく溜息をつくと、地面に手をついて落ち込んでいた少年の前で、優しく膝をついた。

 

「驚かせてすみません。……うちの団員が、失礼な態度を。怪我はありませんでしたか?」

「え……。あ、はい! 大丈夫、です……」

 

少年は、目の前に現れた神秘的な少女に圧倒されたように、呆然とツクリを見つめた。

濡烏色の髪、深く被られた魔法帽。そして、どこか慈愛に満ちたその気配。

 

「申し訳ありませんが……今、ロキも幹部たちも遠征の準備で手が離せない状況なのです。本来ならきちんとした手順でご紹介すべきなのですが……」

 

ツクリは申し訳なさそうに眉を下げた。だが、少年――ベル・クラネルは、力強く首を振った。

 

「いえ! 謝らないでください……! ……僕が、弱そうに見えるのがいけないんです。もっと強くなって、いつかちゃんと認めてもらえるように頑張ります!」

 

彼はそう言って、少しだけ恥ずかしく、けれど決意に満ちた顔でツクリに一礼した。

 

「助けてくれて、ありがとうございました! ……さようなら!」

駆け出していく、白い背中。ツクリはその姿が街の雑踏に消えるまで、静かに見送っていた。

 

「……真っ直ぐな、旋律(おと)でしたね」

 

彼女は背中の楽器ケースをそっと撫でた。

三年前に出会ったアイズやレフィーヤ、そして今の自分とも違う。けれど、いつかどこかで素晴らしい「共鳴」を起こしそうな、不思議な予感。

 

「――ツクリ、何してるの?」

 

背後から、透徹した風のような声。

いつの間にか現れていたアイズが、ツクリの隣に並び、ベルが去っていった方角を不思議そうに見つめていた。その黄金の瞳が、僅かに揺れる。

 

「アイズさん。……いえ、面白い冒険者さんに、出会いそうな気がしただけですよ」

 

ツクリは魔法帽を直すと、隣の親友に微笑みかけた。

 

「さあ、行きましょう。新しい物語の幕が、今まさに上がったところですから」

 

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