ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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迷宮第四十九階層、赤砂の激震地『大荒野(モイトラ)』。

ロキ・ファミリアは、深層の洗礼とも呼べる熾烈な鉄火場を迎えていた。

 

「盾、構えぇ!」

 

フィンの鋭い号令が、熱風を切り裂いて響く。

 

「前衛、隊形を崩すな! 後衛は攻撃を続行! ……ティオナ、ティオネ! 左翼支援、急げ!」

「あーん! 身体がいくつあっても足りなーい!」

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい!」

「コラ、前から来てるぞ撲殺姉妹!」

 

ベートの煽りに、双子のアマゾネスが声を揃えて吠える。

 

「「わかってるわよっ!」」

 

大剣と剛脚が唸りを上げ、迫りくる魔物の群れを文字通り「粉砕」していく。

 

(……ツクリが右翼を完璧に抑えてくれている。だが、前線の消耗は限界に近いな……。リヴェリア、まだか……!)

 

フィンの視線の先。ツクリは魔法帽を深く被り、《スティール・オブ・ザ・レジスタンス》を旋回させていた。彼女の周囲だけ、魔物が近づく前に「音」の壁に弾かれ、あるいは内部から爆ぜるように霧散していく。

一方、中央。リヴェリアは自らが持つ魔法の中でも最大級の超長文詠唱を紡いでいる。その完成を待つわずかな隙――陣形の一角が、魔物の猛攻に軋んだ。

 

「レフィーヤ!」

 

防御陣を抜けた魔物がレフィーヤに躍りかかる。だが、その爪が届くより速く、一筋の銀光が閃いた。アイズ・ヴァレンシュタインが群れを真っ二つに切り裂き、後輩の窮地を救う。

 

「アイズさん! ……あ、あのっ」

 

感謝を伝えようとしたレフィーヤを置き去りに、アイズは踵を返して魔物の真っ只中へと突貫した。

 

「ちょっと待って! どこまで行くの、アイズ!」

 

ティオナの叫びも届かない。アイズは狂おしいほどの熱量で剣を振り続ける。

(……まだ足りない。もっと……もっと強く! 限界を超えて……はるか先の高みへ!)

 

「戻れ! アイズ!」

 

フィンの命令さえ、今の彼女の耳には届かない。その背中を見つめ、右翼を支えるツクリは静かに目を細めた。

(……アイズさん。今のあなたの音は、ひどく荒れて、走っています。……調律が、必要ですね)

ツクリは魔力を薙刀の先端に凝縮させる。

 

「響け(レゾナンス)――閃光(フラッシュ)!」

 

ツクリが放った高周波の衝撃波が、アイズの周囲で爆ぜた。

眩い光と、脳を揺らすような激震。アイズを包囲しようとしていた魔物たちが一斉にスタンし、その動きを止める。

 

「……っ!?」

 

不意の衝撃に、アイズの意識が強制的に戦場へと引き戻される。その直後、背後から世界を塗り替えるような熱量が溢れ出した。

 

「【焼き尽くせスルトの剣、我が名はアールヴ】――」

 

アイズが風を纏って後方へ飛び退くと同時に、リヴェリアの最大火力が顕現する。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

炎の奔流が第四十九階層を埋め尽くし、魔物もろとも階層をマグマの海へと変えた。

猛炎の端、ギリギリの範囲外に降り立ったアイズ。その肩に、フィンの冷徹な、けれど怒りを含んだ声が突き刺さる。

 

「アイズ。……後で正座だ。」

「……。……はい」

 

剣姫の消え入りそうな返事を聞き届け、一行は第五十層のセーフポイントへと向かった。

 

 

 

 

 

水晶の壁に囲まれた第五十層、セーフポイント。 遠征軍のキャンプが放つ微かな灯火が、冷え切った空気をわずかに溶かしていた。

 

(『窮屈かい? 今の立場は。』)

 

リヴェリアに説教されていた最中、フィンがそう問いかけてきた。 見透かされている。アイズは膝を抱え、自身の剣を見つめた。

わかっている。ここは深層、一歩間違えば全滅もあり得る死地。 私の第一の役割は、仲間を守ること。無茶をして、隊列を乱してはいけない。 頭では、何度も、何度も繰り返している。……なのに。

止まることができない。 最近また、自分の中に眠っていた「黒い炎」が、音を立てて燃え上がっている。 どこまでも、私は強くなりたい。

 

「あ……、アイズさん」

 

キャンプの隅。ぼんやりと思考の海に沈んでいたアイズの耳に、震える声が届いた。 見上げれば、そこには指先を落ち着かなく動かしているレフィーヤが立っていた。

 

「先程は助けていただいて、ありがとうございました。……それと、いつもいつも足を引っ張ってしまって……その……すみません! 本当に、すみませんっ!」

 

ぺこぺこと、折れそうなほど深く頭を下げ、謝罪を連呼し始める後輩。 アイズは少しだけ慌てて、言葉を返した。

 

「……その、怪我は大丈夫? レフィーヤ」

「あっ……あの、はい! 全く全然大丈夫です!」

「うん……良かった」

「……本当にすみません。護られているだけじゃいけないのに、いつも私は……」

「――くよくよタイムは五秒で充分ですよ、レフィーヤ」

 

鈴を転がすような、けれど毅然とした声。 帽子を深く被ったツクリが、二人の間に温かな蒸気が漂うハーブティーを携えて現れた。

 

「! ツクリさん……」

「ほら、そんなに音色(ねいろ)を震わせていては、アイズも困ってしまいますよ?」

「私は……大丈夫、だよ?」

 

アイズの言葉は短かったが、そこには嘘はない。 それでもなお、レフィーヤのエメラルドの瞳には自責の念が滲んでいる。 それを見たアイズは、少しだけ迷った後――おずおずと、レフィーヤの柔らかな金髪に手を置いた。

 

「……大丈夫」

 

ゆっくりと、言い聞かせるようにその頭を撫でる。 人肌の接触、それも憧れの【剣姫】からの慈愛。エルフであるレフィーヤにとって、それはあまりに過剰な刺激(バフ)だった。

 

「ひゃっ……あ、あ、ぁう……っ」

 

顔を真っ赤に染め、長い耳をぴくぴくと震わせるレフィーヤ。 ツクリは帽子の下で目を細め、この「微笑ましい不協和音」を、ハーブティーの香りと共に楽しんでいた。

 

「よかったですね、レフィーヤ。アイズに撫でてもらえるなんて、今日はもう、魔力も全快したのではないですか?」

「も、も、もったいないお言葉ですぅ……!」

 

パニック状態で赤面するレフィーヤを見送りながら、ツクリはアイズの隣に腰を下ろした。

 

「……アイズ。少しだけ、音(きもち)が落ち着きましたか?」

「……。……少しだけ。レフィーヤ、熱かった」

「ふふ、エルフは情熱家ですからね。……さあ、冷えないうちに飲んでください。次の探索は、さらに音が速くなりますよ」

 

ツクリはアイズの肩にそっと寄り添った。 帽子の鍔が触れるか触れないかの距離。アイズの中にくすぶる黒い炎を、ツクリの穏やかな旋律が、そっと包み込んでいく。

 

「さぁ、まずは夕食ですよ。今日も腕によりをかけたので、期待しておいてください」

「ツクリの料理が食べられるのも遠征のいいところだね!」

 

さっきまでテントの設営を行っていたヒリュテ姉妹も合流し、賑やかな喧騒に包まれる一行。その様子を幹部陣が眺めていた。

 

「どうやら僕らの出る幕はなかったようだね」

「騒がしい者ばかりだからのう。この【ロキ・ファミリア】は、くよくよする暇さえ与えてくれんわい」

「……そうだな。良き仲間に巡り会えたな……アイズ」

 

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