ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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夕食後、幹部陣より、明日の予定として未到達階層の開拓に先んじた「特定依頼」の遂行が発表された。 二組の少数精鋭パーティがこれに当たり、それ以外の団員はキャンプの防衛に就く。

そして、事件は起こった。 謎の新種、巨大な幼虫型魔物の発生。 溶解液を溜め込んだ生体爆弾とも言うべき代物で、攻撃を加えれば武器を腐食させ、吐き出された液は盾や鎧、あるいは人体をも容易に溶かし去る。

 

「響け(レゾナンス)……吐息(ブレス)!」

 

ツクリは衝撃波を伴う音のブレスを放ち、迫りくる幼虫を次々と跳ね飛ばす。物理的な接触を避けつつ、キャンプへの進軍を力尽くで防ぎ続けていた。

 

「もうすぐフィンやアイズたちが戻ってくる! それまでは何としてでも持ちこたえるぞ!!」

 

リヴェリアの怒声が飛ぶ。だが、防衛線の被害は深刻だった。矢は尽き、溶解液に身体を焼かれた者たちの悲鳴が上がる。 士気が削り取られ、全滅の二文字が脳裏をよぎった、その時。 凄まじい暴風が幼虫の山を吹き飛ばした。

 

「アイズ! ……間に合ってくれたか!」

 

アイズは皆の惨状を一瞥し、決意を込めて呟いた。

 

「……みんなを守る」

 

そのまま魔物の群れへと飛び込むアイズ。それを追うようにベートが突貫し、ティオナが怪力で魔物の注意を引きつける。 その様子を横目に、ツクリは冷静に自らの役割――防衛線の維持を続行した。

ファミリアの魔導士部隊による一斉掃射まで時間を稼ぎ切り、幼虫の群れは一掃された。 だが、喜びは一瞬で凍りつく。 魔物の女王(クイーン)とも呼べき、さらなる巨大な個体が出現したのだ。それを見たフィンは、即座に決断を下した。

 

「……総員撤退だ。最低限の荷物だけを持ち、キャンプを破棄。この場から離脱する」

 

「あの魔物から逃げるのか」という戸惑いの声が上がるが、フィンはそれを一喝した。

 

「最小限の被害であれを仕留めるには、これしかない」

 

フィンはアイズを見つめ、告げる。

 

「アイズ。あの魔物を討て。一人でだ」

 

静止しようとする仲間たちを、魔物が放つ余波が襲う。

 

「二度言わせるな、急げ!」

 

フィンの檄に、団員たちは後退を開始する。

 

「十分に距離を取ったら信号を出す。それまで時間を稼いでくれ……すまない、アイズ」

 

そう言い残し、フィンはキャンプの方へ走り去った。

アイズは魔物の足を止めるべく孤独な死闘を演じ、撤退完了の信号が上がると同時に、舞い散る粉塵の爆発を利用して急接近。 必殺の《リル・ラファーガ》を放ち、ついに巨躯を討ち取った。

こうして、ほぼ無傷で帰還したアイズを伴い、【ロキ・ファミリア】は深層遠征を終了。 運命の出会いが待つ、地上への帰路に就くのであった。

 

 

 

 

 

「せっかく苦労して五十階層まで行ったのに……暴れ足んないよー!」

「しつこいわよ、あんた。いい加減になさい」

 

ダンジョン十七階層。五十階層にて遭遇した幼虫型の新種――。その戦闘で多くの物資を、何より主戦力である武器のほとんどを失った【ロキ・ファミリア】は、遠征続行を断念した。二隊に分かれ、傷ついた陣営を立て直すように地上への帰還路を辿っている最中だった。

 

「うぅー、悔しい! 結局何だったのよ、あの芋虫は!」

「未確認の個体としか言えないわね……。確かにおかしな点はあったけれど」

 

ティオナの不満げな声に、ティオネが同意しつつも険しい顔を見せる。ティオナが懐から、取り出したのは一つの魔石だった。  それを見たツクリが、帽子の鍔を抑えながら静かに問いかける。

 

「……それは、あの幼虫の魔石ですか?」

「まぁね!」

「あいつら、絶命すると同時に自爆するか腐食液で溶けて消えるかだったのに。よく原型を保ったまま見つけられたね」

「ふふふ……執念で直接引きずり出してやったわ!」

 

ティオナは得意げに笑い、隣のティオネにその魔石を渡す。ツクリも彼女たちの肩越しに、その極彩色の魔石を覗き込んだ。

 

「わ……なにこれ、変な色……」

「ええ。通常、モンスターの魔石は紫紺色をしているはずだけど……」

「なんというか……赤に青、黄。どぎつく混ざり合って、まるで毒々しい絵の具をぶちまけたようですね」

 

不気味な輝きを放つ「未知」の結晶。そこから発せられる微かな不協和音にツクリは生理的な嫌悪感を覚えて眉をひそめた。その時、先頭を走る隊員から、迷宮の静寂を切り裂くような報告が飛び込んできた。

 

「進行方向、ミノタウロス! ――大群です!!」

 

ラウルが指揮を執り、Lv.2の隊員たちに実戦経験を積ませようとする。しかし、獲物と目されたミノタウロスたちは、殺気立ったベートやヒリュテ姉妹の威圧を浴びた瞬間、戦う前から恐れをなして絶叫した。  魔物としての本能が壊れたかのように、彼らはパニック状態で我先に逃げ出してしまった。その蹄の音は恐怖でバラバラに乱れ、最悪なノイズとなってツクリの鼓膜を叩く。

 

「ええっ!? 嘘、逃げたぁ!?」

「お、おい!? てめぇらモンスターだろ、矜持はねぇのかよッ!」

「……牙を剥き出しにして今にも襲いかかろうとする猛獣が目の前にいれば、逃げ出したくもなりますね」

「「誰が猛獣だッ!!」」

 

ツクリの冷静な指摘にベートとティオネがハモる。その喧騒を裂くように、リヴェリアの鋭い制止が飛んだ。

 

「追え、お前たち! パニックに陥った魔物が何を引き起こすか分からんぞ!」

「! これほどの大群が上層側へ走るのは危険ですね。急ぎましょう!」

「あの、私、白兵戦は苦手で……」

「杖(チカラ)で殴り殺せんだろ! 殺(や)れッ!」

 

ベートに一喝され、レフィーヤが「そんな無茶苦茶な……!」と涙目で杖を握りしめる。

当然ながら、ダンジョンには自分たちの他にも多くの冒険者がいる。暴走したミノタウロスの大群に出会えば、上層の冒険者では一たまりもない。  しかし、ミノタウロスは止まらない。逃走の旋律は加速し、ついには上層への階段を駆け上がっていった。

 

「一匹たりとも取り逃すな! 各階層に人員を割け!」

 

最後尾――「殿」を担ったツクリは、神経を研ぎ澄ませた。周囲の壁の軋み、遠くの蹄の音。取り逃しがないか、その耳で迷宮の鼓動を聴き取る。  

肺を焼くような強行軍の果て、ようやく事態は収束した。五階層まで逃げ延びた一団が、間一髪のところでアイズたちによって仕留められたという報告が入る。

急な試練も迷宮の常とはいえ、自分たちの不手際がきっかけで怪我人が出ていたら、どれほどの汚点になったことか。アイズと、そして不本意ながら騒動の『原因』となったベートの迅速な処理には感謝しかなかった。

 

「んー! 二週間ぶりの外の空気!」

 

地上に戻り、街の柔らかな風がツクリの頬を撫でる。  

ふと見れば、アイズがどこか迷子のような、心細い旋律を纏ってしょんぼりと肩を落としているのが気にかかる。  

けれど、一行はようやく、騒がしくも温かな我が家――『黄昏の館』へと辿り着いたのだった。

 

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