ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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噴水広場からほど近い、オラリオの中でもひときわ異彩を放つ巨大な建築物。

夕日に照らされ、文字通り黄金色に輝く「黄昏の館(たそがれのやかた)」の門をくぐった時、ツクリは無意識に背負ったケースのストラップを握り直していた。

 

「おーい、ガキども! ええ珠(タマ)連れてきたで!」

 

ロキの景気のいい声が広間に響き渡る。

出迎えたのは、まだ幼さの残るアイズや、騒がしく駆け寄ってくるティオネ、ティオナの姉妹。そして、遠巻きに冷ややかな視線を投げかけるベート。

三年前の「ロキ・ファミリア」は、後の英雄譚に語られる姿よりも少しだけ若く、そして荒削りな熱を帯びていた。

 

 

「ロキ、騒がしいよ……新しい『新人』を連れてきたのかい?」

 

フィンの冷静な問いかけに、ロキは鼻を鳴らす。

 

「そうや。今はまだ真っ白やけどな、中身はとんでもないで。リヴェリアもお墨付きや」

 

「……ああ。彼女の資質については、後でじっくり報告しよう。まずはロキ、彼女に『器』を与えてやってくれ」

 

リヴェリアの言葉に促され、ツクリはロキと共に最上階にある主神の私室へと向かった。

 

 

 

 

窓から差し込む夕光が、室内の調度品を長く伸ばしている。

 

「さて、お嬢ちゃん。シャツ脱いで、そこにうつ伏せになり」

 

ロキが手に持った銀の針。その先で、神の血が一滴、小さく光った。

ツクリは言われた通りに帽子を置き、ケープとシャツを脱いで寝台に横たわった。

露わになった濡烏色の髪と、白い肌。そして、その背中にロキの指が触れる。

 

「ツクリの肌はスベスベやなぁ〜……いくで」

 

茶化すような言葉とは裏腹に、神の血が肌に染み込んだ瞬間、空気が変わった。

ツクリの魂の中に眠っていた「力」が、神の言葉(ヒエログリフ)へと翻訳され、背中へ浮かび上がる。

ロキがその文字を読み解くにつれ、その表情から余裕が消え、代わりに戦慄が入り混じった。

 

 

「……なんや、これ」

 

ロキが漏らした驚愕の声に、ツクリは顔を上げずとも、自分のステイタスが「異常」であることを悟った。

 

ツクリ・瀬笈

Lv.1

力:S 999

耐久:S 999

器用:S 999

敏捷:S 999

魔力:S 999

《魔法》

【サウンドスフィア】

・短文詠唱による衝撃波魔法。

・魔力量により派生可能(閃光、付与等)。

《スキル》

【万象奏者(オルフェウス)】

・器用、敏捷、魔力の成長に高域補正。

・楽器演奏時、聞いた対象に僅かな経験値ブースト効果。

・演奏技術により効果向上。

【高速交換(クイックチェンジ)】

・登録した物を、任意のタイミングで瞬時に交換可能。登録可能数20。

 

 

「……は? ……はぁ!? な、なんやこれ……嘘やろ……」

 

ロキの喉の奥が乾いたような音を立てる。

背中に刻まれたヒエログリフが示すのは、単なる「天才」の一言では片付けられない異常。

全ての項目が、カンストを示す「999」。しかも、その文字は限界を超えて溢れ出しそうなほどに輝き、震えている。

 

「お嬢ちゃん、あんた……一体何を食べて、どんな修羅場を潜ってきたんや……」

 

写し取った紙を握りしめるロキの手が、小刻みに震えている。

通常、神の恩恵(ファルナ)は「潜在能力を引き出す」もの。だが、ツクリの場合は、引き出されるべき器そのものが、注がれるべき水を遥かに超えて満ち溢れていた。

 

「……何か問題がありましたか?」

 

ツクリが淡々とシャツを羽織りながら問いかける。

ロキは呆然としたまま、その紙をツクリに突きつけた。

 

「問題しかあらへんわ! 見てみ、全項目『S 999』や。こんなん、オラリオの歴史……いや、ウチら神様が下界に降りてきてから、一度も見たことない数字や。しかもこれ、999で止まっとるけど……中身はもっとある。器がLv.1やからここまでしか表示されへんだけで、あんたの魂には、Lv.2やLv.3になってもお釣りが来るくらいの『潜在経験値(エクストラ)』がパンパンに詰まっとるんや。」

 

ロキは冷や汗を拭い、不敵な、それでいてどこか恐ろしさを感じさせる笑みを浮かべた。

 

「つまりや。あんたは、『偉業』さえ成し遂げれば、今すぐにでもLv.2になれる。……お嬢ちゃん、あんたは『逸材』なんてレベルやない。」

 

「……なるほど。これが『恩恵(ファルナ)』というものですか」

 

写し取られた紙を覗き込み、ツクリは淡々とした声を漏らした。

オラリオの常識を知らない彼女にとって、その文字の羅列がどれほど「世界の法」を逆撫でしているか、まだ実感が湧いていない。

しかし、目の前の神は違う。

ロキは震える指でツクリの肩を掴み、がくがくと揺さぶった。

 

「『なるほど』やないわ! ええかお嬢ちゃん、普通はな、何年もかけて必死に死線を潜って、ようやく一つか二つの項目を『S』にするんや。それをあんたは恩恵(ファルナ)を受けた瞬間から上限に触っとるんやで!?」

 

「つまり……この数字が変わらないということは、私はもう、この段階(レベル)では成長できないということでしょうか」

 

「そうや。正確には、成長はしてるけど器から溢れ出しとるんや。あんたの経験値は、次の器……Lv.2、いやその先まで貯金されとる状態や」

 

ロキはふう、と深く息を吐き、乱れた髪を掻き上げた。

そして、ニヤリといたずらっぽく、けれど冷徹な「軍神」の貌で笑う。

 

「……面白い。最高に面白いやんか。この事実は、ひとまず幹部だけに伝えて秘密にするで。」

 

主神の私室を出て、長い螺旋階段を下りる二人。

広間では、先ほど出迎えた面々が待ち構えていた。

 

「ロキ、終わったかい。彼女のステイタスは――」

 

フィンが歩み寄る。その後ろには、腕を組んで様子を伺うリヴェリア。

ロキは無言で、先ほどの紙を二人の前に突き出した。

 

「…………っ!?」

 

最初に絶句したのはリヴェリアだった。

魔導の極致に至らんとするハイ・エルフの瞳が、あり得ない「魔力:S 999」の文字に釘付けになる。

続いて覗き込んだフィンの眉間にも、深い皺が寄った。

 

「……ロキ。これは、君の悪戯か何かかな?」

「馬鹿な……。Lv.1で全ステータスがカンストしているなど……彼女は今まで、どこで何をしていたんだ?」

 

リヴェリアの疑念の視線がツクリに刺さる。

ツクリは帽子のつばを軽く抑え、優雅に一礼した。

 

「先ほども申し上げた通り、私はただの吟遊詩人です。旅の途中で、少々……死線を潜る機会が多かっただけですよ」

「死線、ねえ。深層の主(ボス)相手に護身術でも披露してたんとちゃうか?」

 

ロキの皮肉に、ツクリはエメラルドの瞳を細めて微笑むだけで答えない。

フィンは小さくため息をつき、けれどその瞳には、かつてないほどの戦略的野心が宿っていた。

 

「わかった。ツクリ……君を歓迎しよう。君が望むなら、君のその『力』を正しく振るう場所を、僕たちが提供する」

「ありがとうございます、団長さん。まずは……そうですね。楽器の弦を新調する資金も必要ですし、この街の『ダンジョン』という場所を見てみたいです。」

「……小遣い稼ぎがてらに行く場所じゃない気がするけどな」

 

ロキのぼやきを背に、ツクリのオラリオ生活――そして、三年前の暗黒期を塗り替える「英雄譚」が、静かに、けれど圧倒的な音色と共に幕を開けた。

 

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