ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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「おっかえりぃ~!!!みんな無事やったか!?寂しかった!!!」

「え?__きゃああああ!」

 

『黄昏の館』にたどり着くと同時に門から文字通り飛び出してきたロキ・ミサイルに対し、アイズをはじめとした幹部陣はひょいひょいとかわす。

結果、すぐ後ろを無警戒に歩いていたレフィーヤへと主神の身体が寸分の狂いもなく着弾した。

盛大な激突音とレフィーヤの悲鳴を聞き届けながら、 フィンはやれやれと金髪の頭を掻いた。 それから簡易的な遠征報告を始める。

 

「――ほう、了解や。色々と大変やったみたいやな」

 

いつもの軽い調子で返したロキだったが、彼女の細い目が一瞬だけ、アイズの衣服の擦れや歩幅の僅かな乱れを捉えたのを、ツクリは見逃さなかった。セクハラまがいにレフィーヤの胸の成長をからかいながらも、他の子供たちにかける言葉には、神ならではの深い労いが込められている。

 

「ツクリもお疲れさん!大事なさそうで何よりや!」

「ただいまです、ロキ」

 

ツクリは魔法帽のつばを指で軽く押し上げ、穏やかに微笑んだ。

ツクリ自身、深層での強行軍によるアイズの疲労は把握していたつもりだったが、まさか骨肉の節々が悲鳴を上げるほどに彼女が自分を追い詰めていたとは、地上に戻るまで看破できなかった。神の慧眼(けいがん)というべきか、あるいは主神としての執着の差か。

普段の破廉恥な行為さえなければ、真に仰ぎ見るべき神格者なのだが――ツクリは心中で小さく溜息をついた。

 

 

 

 

 

一旦自室に背中の重いチェロケースを下ろし、玄関に戻りアイズと共に片付けの手伝いをしようと動き始める。しかし、館で留守番をしていた団員たちが「遠征帰りの一級冒険者を働かせるわけにいかない」と、笑顔で荷物を引き受けてくれた。その厚意に甘え、ツクリたちは二週間分の泥と汗を洗い流すべく、館の大浴場へと向かった。

湯気が白く立ち込める大浴場。大理石の湯船からは、旅の疲れを芯から癒やす温かな湯の香りが漂っている。 ティオネ、ティオナ、レフィーヤ、そしてアイズと並んで湯に浸かり、心地よい熱に身を委ねていると、ティオナが水面を小さく叩きながらアイズに視線を向けた。

 

「アイズさぁ、なんか落ち込んでる?ミノタウロス追いかけに行った後からなーんか暗いような気がしたからさー」

 

その問いかけに、ツクリの濡烏色の耳がぴくりと動いた。湯船の中では隠すもののないその耳が、アイズから漏れ出す「迷い」の波動を敏感に察知する。

 

「私も気になっていました。私は最後尾で殿を担っていたので先頭のことはわからないのですが……アイズ、何かあったのですか?」

 

ツクリの静かな問いに、アイズは抱えた膝に深く顎を埋め、黄金色の瞳を曇らせた。しばらくの沈黙の後、ぽつりと言葉が零れ落ちる。

 

「……私って怖いのかな……?」

「う~~ん……確かに第一級冒険者って仲間内でも他でも扱いが変わるし……見方によっちゃミノタウロス以上の化物だし……距離を感じるのもわからなくもないけどさ。気にしないのが一番じゃないかな?」

「……うん、そう……だよね……」

 

納得しようと、アイズがさらに身を縮めようとした、その時だった。

 

「ち、違います!」

 

激しい叫びと共に、ばしゃん、と大きな水しぶきが爆ぜた。 レフィーヤが尋常ではない勢いで話に割り込んできたのだ。湯船の端で大人しくしていたはずの彼女が、お湯を激しく跳ね上げる。その容赦のない直撃を喰らい、ツクリたち三人は一瞬にして顔面までお湯まみれ、文字通りの濡れ鼠と化してしまった。

 

「……レフィーヤ?」

 

ティオネが顔の水を拭いながら、低い声で促す。

 

「すっすみません!盗み聞きみたいなマネしちゃって……」

「レフィーヤ、盗み聞きは構いませんが、湯船で暴れないでくださいね。……それで、何が違うのですか?」

 

ツクリは目元を濡らす湯滴を優しく払いながら、後輩の「昂る旋律(こころ)」を宥めるように声をかけた。 レフィーヤは真っ赤な顔のまま、けれど譲れないものがあると言わんばかりに、杖を握るかのように両手を握りしめた。

 

「その……みんなアイズさんを……第一級冒険者の皆さんを怖がっているんじゃないんです ……みんな、憧れているんです!」

「でも……私が怖い冒険者もやっぱり……いるよ」

 

アイズの脳裏には、あの第5階層で助けたはずの、白髪の少年の恐怖に歪んだ顔が焼き付いていた。差し伸べた手を拒むように、悲鳴を上げて逃げ去ったあの白い背中。 そのアイズの弱音を包み込むように、ツクリが静かに水面を揺らして近づいた。

 

「アイズさん。恐怖というものは、大抵が『未知』から来るものです。あの方があなたを怖がったというのなら、それは単に、あなたの本当の優しさをまだ知らないということなんですよ」

「そうだよ!そんな人には話しかけちゃえばいいんだよ!」

 

ティオナが我が意を得たりとばかりに笑顔を咲かせる。しかし、アイズの不安はまだ消えない。

 

「……もし、逃げられちゃったら?」

「次に見たらまた話しかける!逃げられても何度でも!ちょっとでもアイズと一緒にいれば怖くなんてなくなるよ。だって私たちみんなアイズのこと大好きなんだから!」

 

ティオナの屈託のない言葉に、レフィーヤも激しく同意して何度も首を振る。 ツクリはその様子を見ながら、『アイズ語』の解読に勤しんでいた。

(なるほど……アイズさんが仕留めたミノタウロスの近くに、別の冒険者がいたのですね。そして、その人に逃げられてしまった、と)

 

「案外、怖がられて逃げられたわけではないかもしれないですよ。それに、ティオナさんの言う通り、何度も話しかけてこちらの『音』を届けるというのは、非常に良い作戦だと思います 」

 

ツクリがエメラルドの瞳を優しく細めると、アイズの強張っていた肩の力が、湯の温もりの中に溶けていくように抜けていった。

 

「ティオナ……レフィーヤ……ツクリ……。ありがとう」

 

アイズの口元に、本当に微かな、けれど確かな安心の微笑みが浮かぶ。湯気に包まれた少女たちの笑い声が、大浴場の天井へと心地よい和音(コード)となって響き渡るのだった。

 

――が、その美しい余韻は、一瞬にして吹き飛ばされることになる。

アイズの純粋な感謝の言葉に、限界まで照れて狂ったレフィーヤが湯船の中で大きく悶絶した。その拍子に、身体に巻き付けていたバスタオルが無残にも解け落ち、絶賛成長中であるエルフの双丘が白日の下に晒されてしまう。 それを見たティオナが「 裏切り者ーっ!」と涙目で叫んだ瞬間、どこからともなく貧相な影が姿を現した。

 

「おおお!安心せぇティオナ!うちが責任持って揉んで育てたるわぁぁ!」

 

目を血走らせた主神が、歓喜の雄叫びを上げながら宙を舞う。まさに肉食獣の如きルパンダイブであった。 だが、その軌道を察知したツクリ、アイズ、ティオネ、ティオナの四人は、お湯を撥ね上げながら一斉にひょいと身をかわす。結果、誰もいなくなった空間を突き抜けたロキ・ミサイルは、タオルを失って硬直していたレフィーヤへと、寸分の狂いもなく再び着弾した。

 

「いやああああああああっ!?」

 

本日二度目となる、全く同じ天丼(流れ)の悲鳴。それを背中で聞き流しながら、ツクリたちはやれやれと首を振り、騒がしい湯殿を後にした。

脱衣所へと戻ると、そこにはレフィーヤから強烈な一撃(ビンタ)を喰らい、頬に見事な紅葉の跡をこさえた主神が、床に正座させられていた。ロキはジリジリと赤く腫れ上がる顔をさすりながら、バスタオルにくるまって未だに怒り心頭のレフィーヤを見上げ、ニヤリと口端を吊り上げる。

 

「痛たた……よし、それじゃあ今晩は先着十名様限定で、ステイタスの更新を受け付けるで!」

 

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