(……低すぎる!)
夕食後、ロキの部屋に一番乗りしたアイズは写し取られた羊皮紙を見つめて眉をひそめた。
今回の遠征であれだけの敵を屠り、死線を潜り抜けたというのにアビリティの数値がほとんど上がっていない。
それが意味することは、今が私の上限(げんかい)であるということ。
レベル五に到達して三年。これ以上の成長はもう見込めない……。
必要なのはレベルの上昇……より高次な器への昇華……。
(私は”私(げんかい)”を超えたい!!)
主神の部屋を後にし、静まり返った 自室のベッドに横たわりながらアイズは脳裏に白い髪に深紅(ルベライト)の瞳……白兎のような幼い私とどこか似ているあの冒険者を思い浮かべる。
あの子も同じ思いを抱くのだろうかと……。
アイズがステイタス更新のために足早に食堂を後にする頃、第四十九層での熾烈な戦いを勇壮な旋律として演じ終え、 ゆっくりと食事をとるツクリの元に、すでに自らの夕食を終えたリヴェリアが静かに歩み寄ってきた。
「ツクリ、お前はステイタスの更新に行かなくてもいいのか?」
リヴェリアの穏やかな問いかけに、ツクリはスープのスプーンを止め、魔法帽のつばを軽く持ち上げた。
「今回の遠征では魔法がメインでしたし、前衛の皆さんのおかげで直接攻撃をすることも、受けることもありませんでした。ステイタスの変動もほとんどないと考えられるので、急ぐ必要はないんですよ。何より、今回はアビリティを大きく跳ね上げるような、命がけの戦闘もありませんでしたし」
そう伝えて、再びスープを一口。慣れ親しんだファミリアの滋味深い味にエメラルドの瞳を細めながら、ツクリは事もなげに答える。だが、リヴェリアは呆れたように眉根を寄せた。
「五十層のアレは、お前にとって『命がけの戦闘』には分類されないのか? あの新種の猛攻から前線を一番に守り抜いていたのは、間違いなくお前だぞ?」
「アレは結局、音圧で遠くへ吹き飛ばしていただけですからね。自分の手を汚して偉業を成した、という感覚も薄かったですし……まあ、上がっていないと思いますよ。たぶん、ですが」
そう言って最後の一口を飲み干すと、ツクリは「ご馳走様でした」と綺麗に手を合わせ、濡烏色の尻尾を満足げに揺らした。
「それではリヴェリアさん、おやすみなさい」
いつもと変わらぬ穏やかな一礼を残し、自室へと軽やかな足取りで帰っていくツクリ。その後ろ姿を見送りながら、リヴェリアは小さく溜息をつき、微笑を漏らした。
「最近のアイズの焦りもかなりのものだが……逆にツクリは、肝が据わりすぎているような気がするな」
夜風に揺れるカーテンの向こう、少女たちの異なる「旋律」を想いながら、高代の魔導士は静かに目を細めるのだった。