まずはギルド。3年前、まだ若き職員たちが慌ただしく立ち働く中で、ツクリは登録用紙を記入する。
問題はステイタスについてだ。
「リヴェリアさん、これ、正直に書いても大丈夫なのでしょうか?」
「馬鹿を言え。……新規入団でLv.1全項目S999など、ギルドがひっくり返る。外部への提示は全項目Iにしておけ。君の力は、当面の間、我が派閥の秘匿事項だ」
リヴェリアの徹底した管理体制に、ツクリは「過保護すぎでは……」と思いつつも、素直にその方針に従った。
窓口では、新米職員であるらしい担当してくれたハーフエルフの女性職員__エイナ・チュールが「頑張ってくださいね、ツクリさん!」と笑顔で声をかけてくれた。
館に戻ったツクリを待っていたのは、山のような量の教科書とリヴェリアの厳しい視線だった。
「まずはダンジョンの知識からだ。未知を既知にする事が生存率に直結する。まずはこの『迷宮概要・上層編』全5巻を、今日中に頭に入れろ」
講義室の机にドサリと置かれたのは、辞書のように分厚い教科書と、手書きの注釈がびっしり書き込まれた資料の山。リヴェリアは冷徹なまでの真剣さで、ツクリを真っ直ぐに見据えた。
「上層……第1階層から第12階層は、冒険者の登竜門だ。だが、侮る者は死ぬ。出現するモンスターの特性、迷宮の地図、安全地帯(セーフティポイント)の場所……。これら全てを暗記することは、剣を振るうことよりも重要だ」
「……わかりました。やってみます」
ツクリは内心で「結構な量だな……」と思いつつも、本を一冊手に取る。
講義が始まって20分。
「ふぅ……とりあえず一巡しました。」
(早すぎる……)、とリヴェリアは内心で舌を巻いた。本当に覚えているのだろうか、と心配になるほどだった。
「もう読んだのか…速いな。それではテストをするぞ。」
そうして全巻の内容をランダムに抜き出したテストをツクリに解かせてみると、なんと全問正解してくる。
ツクリの持つ技能『暗記』。それは単なる記憶力の良さではなく、視覚情報を瞬時に脳内に固定し、必要な時に取り出す「情報の最適化」に近い。
リヴェリアが三時間かけて解説する予定だった範囲を、彼女はわずか三十分で完璧に吸収してしまった。
ひとまず上層までの知識の確認を終えたリヴェリアは、次に実技――魔力制御の訓練へと移る。
「次は、私の最大の懸念点である『魔力』だ。999という数値は、放っておけば暴走する。まずは、指先にだけ魔力を集め、それを『音』に変えずに維持しろ」
ツクリは目を閉じ、自身の内側に渦巻く膨大なマナを感じ取る。
普通なら制御しきれず、熱や光となって霧散するはずの力。しかし、彼女の手のひらの上では、魔力がまるで静かな湖面のように、一寸の揺らぎもなく収束していった。
「……信じられん。これほど精密な『魔力制御』を、恩恵を受け、魔力が跳ね上がったばかりの者が行えるのか?」
「魔力制御は昔、友人からみっちり教わった技術の一つです。得意分野の一つなんですよ。」
ツクリは事もなげに答える。だが、リヴェリアは理解していた。彼女の魂には、すでに数多の経験と、高度な技術の研鑽が刻み込まれているのだ。
結局、三日はかける予定だった「冒険初心者の心得」は、昼下がりには全て終了してしまった。
教えることがなくなったリヴェリアは、深いため息をついて魔導書を閉じる。
「……リヴェリアさん。中層の資料も読んでもいいですか?」
「…………いや、今日はここまでだ。これ以上詰め込んでも良いことはない。……認めよう、君は知識においても『新人』の枠をとうに超えている」
リヴェリアは少しだけ悔しそうに、けれどどこか誇らしげに口元を綻ばせた。
「明日は朝からダンジョンに向かう。アイズ、ティオナ、ティオネを同行させるが……。ツクリ、あくまで君自身の初陣だ。いいな?」
「はい。楽しみにしています」
ツクリは魔法帽を深く被り直した。
「ダンジョンアタックが明日に前倒しになったのは良いが、武器があれでは悪目立ちが過ぎるな……。倉庫に使い古しがいくつかあったはずだ。一度フィンに取り次いでから取りに行くぞ」
リヴェリアに促され、ツクリは彼女の執務室を後にした。そのまま団長であるフィンの執務室へ向かい、事の次第を説明する。すると、「面白そうだね」とフィン自身も同行を申し出たため、三人で地下の兵装倉庫へ向かうことになった。
重厚な扉をフィンが鍵で開けると、油と鉄の冷えた匂いが鼻をくすぐった。
「……さて。ここにあるのは主に引退した団員たちが残したものや、予備としてヘファイストス・ファミリアから仕入れたものだ。派手さはないが、質は悪くないよ」
フィンがランタンの明かりを掲げ、ツクリを促す。
リヴェリアは様々な武具が並ぶ棚に目をやりながら、隣の少女に問いかけた。
「ツクリ、君の主武器(メインウェポン)は何なんだ? 持っていたのは薙刀と刀、それに短刀だったが……」
「薙刀です。刀は演武用に近いものですし、短刀は主に魔法の補助に使っていましたから」
そう答えながら、ツクリは長柄武器(ポールウェポン)が並ぶ一角へと足を運んだ。様々な形、長さ、重さの武器群の中から、自身の手に馴染む「代用品」を探す。
その様子を、フィンは壁に背を預けながら、興味深そうに観察していた。
「リヴェリアが半日で講義を切り上げるなんて珍しい。ツクリ、君はよほど『物分かり』がいいみたいだね。……あるいは、既に知っていることばかりだったかな?」
「まさか。リヴェリア先生の講義は、非常に刺激的でしたよ」
まさかの呼び方に、フィンは思わず小さく吹き出した。当のリヴェリアはといえば、面白くなさそうにジト目で二人を睨んでいる。
そんな穏やかな空気も、ツクリが三本の薙刀を選び出し、実際に取り回し始めた瞬間に一変した。
――流麗。
その無駄のない石突きの返し、空を断つ穂先の軌道。動作に、フィンの親指が強者との遭遇を予感して微かに疼く。
「……なるほど。リヴェリアが慌てて君を囲い込みたがる理由が、なんとなく分かったよ」
フィンは穏やかに微笑みながらも、その瞳には軍師としての鋭利な光が宿っていた。
やがて、ツクリは三本の中から、装飾の一切ない一本を選び出した。柄は硬い樫(オーク)で作られ、刃には使い込まれて何度も研ぎ直された跡がある、至極真っ当な「鉄の薙刀」だ。
「これにします」
二人にそう告げると、フィンが満足げに頷く。
「よし、武器は決まりだ。防具もあまり上質なものは避けよう。……ツクリ、明日から君の『冒険者ごっこ』が始まる。……いや、『英雄譚』の序章と言うべきかな?」
「買い被りすぎですよ、フィンさん。私はただ、美味しい食事と新しい弦のための小銭を稼ぎに行くだけですから」
ツクリは借り受けた薙刀を恭しく掲げ、控えめに、けれど不敵に微笑んだ。