ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

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翌朝、夜明けと共にツクリの部屋の扉が小さくノックされた。

身支度を整え、楽器ケース(に擬態した武装一式)を背負って扉を開けると、そこには既に黄金の髪をなびかせた少女、アイズ・ヴァレンシュタインが立っていた。

 

「……おはよう。早いね」

 

まだ感情の起伏が少ないアイズの瞳に、ほんの少しだけ期待の色が混じる。

 

「おはようございます、アイズさん。早起きは得意なんです」

「……行こう。みんな、待ってる」

 

広間へ降りると、そこには既にやる気満々のアマゾネス姉妹、ティオナとティオネの姿。そして、それを見守るフィンとリヴェリア、そして欠伸を噛み殺しているロキがいた。

 

「よし、揃ったね。今日3人には新人であるツクリの初ダンジョンアタックの見守りをしてもらうよ」

「ツクリ、今日のお前はファルナを受けてから変わった自分の事を理解するのに集中するんだ。恩恵なしとの違い、魔法についても多少は試すこと。良いな?」

「はい、リヴェリア先生。心得ております」

 

ツクリが殊勝に頷くと、リヴェリアは「……先生はやめろと言っているだろう」と眉間を押さえた。それを見ながら、ロキがケラケラと笑い声を上げる。

 

「ま、期待してるで、お嬢ちゃん! 派手にぶちかましてきーや!」

 

賑やかな主神の見送りを受けながら、ツクリたち四人は「黄昏の館」を後にした。

 

 

 

 

 

迷宮都市の中央にそびえ立つ巨大な塔、バベル。

その地下に広がる広大な迷宮の入り口へと向かう道中、ティオナが元気よくツクリの肩を叩く。

 

「ツクリちゃん、緊張してる? 大丈夫だよ、上層のモンスターなんて私たちが居れば、ツクリちゃんの髪の毛一本触れさせないからさ!」

「ありがとうございます、ティオナさん。でも、リヴェリアさんの言いつけ通り、まずは自分で動いてみたいと思います」

 

ツクリは背負ったケースから、昨日選んだ「鉄の薙刀」を取り出した。使い古された、何の変哲もない武器である。

それを見たアイズが、横からひっそりと呟いた。

 

「……無理は、ダメ。危なくなったら、すぐ、助ける」

「アイズさんも、ありがとうございます」

 

ツクリは微笑みながら、青白く光る迷宮の入り口、第1階層へと一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

ひんやりとした空気、湿った土と魔力の匂い。

ツクリの五感は、恩恵(ファルナ)を受けたことで驚くほど鮮明に周囲の情報を捉えていた。壁の亀裂から産み落とされようとするモンスターの気配さえ、手に取るように分かる。

 

「あ、出た! ゴブリンだよ、ツクリちゃん!」

 

ティオナが指差す先、壁から不気味な産声を上げ、小鬼(ゴブリン)が飛び出してきた。

ツクリはふぅ、と小さく息を吐き、薙刀を構え__踏み込んだ。

 

――ダァン!!!

 

乾いた破裂音と共に、ツクリの姿がアイズたちの視界から消え去る。

コンクリートのように硬い迷宮の床が、彼女の踏み込みだけで一瞬にして陥没していた。

 

「え……?」

 

ティオナが声を漏らした瞬間には、すべてが終わっていた。ツクリの薙刀が、ゴブリンの首筋を撫でる。

彼女としては、相手の出方を伺うための「軽い挨拶」のつもりであった。

 

――ドォォォォン!!!

 

凄まじい衝撃音と共に、ゴブリンは塵に還る間もなく消滅し、その背後の壁には直径数メートルに及ぶクレーターが穿たれていた。

 

「……あ、あれ?」

 

ツクリは当惑した顔で、手元の薙刀を見つめる。鉄の刃は衝撃に耐えかね、僅かに熱を帯びていた。

 

「……すみません、今のは、かなり優しくしたつもりだったのですが……」

「ツクリちゃん……今の、手加減したって言った!? 壁が、迷宮の壁がひしゃげてるよ!?」

 

ティオナが目を剥いてクレーターを指差す。

 

「……速い。……それに、重い」

 

アイズが、戦慄を隠しきれない様子でツクリの足元を見つめた。

Lv.1の全ステータスS 999。

それは「ランクアップによる補正」こそないものの、純粋な出力だけを見れば、すでにLv.2やLv.3、もしかするとLv4にまで届こうかというほどの暴力的なまでの基礎能力であった。

 

「ツクリ……あんた、リヴェリアからなんて言われてきたのよ……」

 

ティオネが呆れたように額に手を当てる。

 

「『自分を理解しろ』と……。なるほど、まだ私の『普通』と、この体の『普通』が噛み合っていないようです。ティオネさん、お騒がせしました」

 

ツクリは申し訳なさそうに魔法帽を抑え、深く反省した様子で頷いた。

しかし、彼女の「調整」はまだ始まったばかりである。

 

この辺りでは調整も何もあったものではないと判断した四人は、正規ルートを通りつつ第五階層まで一気に降りることにした。

道中、何体もの魔物に襲われたが、ツクリの攻撃は「クレーターを作る」ことこそ無くなったものの、肝心の魔石を回収することは叶わなかった。

ツクリが攻撃した瞬間、衝撃波がモンスターの肉体ごとその核である魔石までを粉々に粉砕してしまうのだ。

 

「むぅ……なかなか難しいですね……」

 

砕け散った魔石の破片を眺めながら、ツクリは困り果てたように眉を下げた。

 

正規ルートから外れた広間。かなりの数のコボルトが屯する空間を覗き見て、ツクリは魔法の練習をしたいと告げる。

 

固唾をのんで見守る3人を前にツクリは広場に向き合った。

 

「響け(レゾナンス)……矢(アロー)!」

 

彼女なりに絞り出すように少なく練られた魔力。それが三十本ほどの音波の矢へと収束し、打ち放たれる。

広間に屯するコボルトの群れは反応すらできず、矢が突き刺さると音の振動を流し込まれ、内側から弾けるように消滅した。

 

「これでも過剰なのですね……」

 

恩恵の効果の高さに苦笑いを浮かべながら、ツクリは広間に足を踏み入れた。

広場の床には、粉砕されずに残った魔石がいくつも転がっている。ようやく訪れた魔石回収のチャンス。ツクリはリヴェリアの教導内容を思い出しながら、それらを一つずつ丁寧に拾い始めた。

 

その背中を見守る三人は、ただただ圧倒されていた。

一発の魔法でフロアの群れを壊滅させる光景は、深層の魔導士であれば珍しくはない。だが、それを無詠唱に近い短文で行う冒険者は今まで見たことがなかったからだ。

 

「アイズと同じ超短文詠唱でこの威力……?」

「凄い……。」

 

アイズの呟きが、静まり返った広間に虚しく響いた。

拾い上げた魔石を腰のポーチに収め、ツクリは満足げに振り返る。

 

「アイズさん、ティオナさん、ティオネさん。ようやく魔石を回収できたので収入の目処が立ちました。もう少し潜っていたいのですが、構いませんか?」

 

その申し出に、三人のベテラン冒険者は顔を見合わせる。彼女たちの初陣の見守りは、既に「未知の怪物の観測」へと変質していた。

 

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