そのままツクリ達はぐるぐると第五階層を周回し、昼前には完全に力加減を掌握した。
近接攻撃で魔石を回収できるようになり、ちょうどポーチも一杯になったところで探索を切り上げる。
ギルドでの換金結果は、合計四万ヴァリスと少し。新人としては破格の稼ぎであった。
「これだけあれば武器や楽器のメンテナンス、他にもしばらくは困らなさそうですね。」
ツクリは満足気に微笑んだ。
しかし、同行した三人の疲労は、肉体的なものではなく、既に精神的な限界に達していた。
「これはとんでもない新人が入ってきたものね……。」
「私たち、ほとんどやる事なかったよ……凄いね!」
その声に、ツクリは振り返る。
「そんなことはありません。お三方がいらっしゃったおかげで、背後を気にする事なく潜れましたし、恩恵を得てからの身体の調整までできました。本当にありがとうございます。」
「それはどういたしまして!……とはいえ、本当について行ってただけだからね……そうだ!ツクリはまだオラリオに来たてだったよね?午後はバベルを案内してあげよっか?」
「それは願ってもないです!西のメインストリートにある楽器店は覗いて、ある程度の目処はつけたんですが、バベルとなると高級品が見れそうです!」
「だったら任せといて! バベルの上の階なら、神様御用達の高級品から変な掘り出し物まで、なんでもあるんだから!」
ティオナは意気揚々と胸を叩き、一行を引き連れてバベルの商業階層へと向かった。
巨大な塔の中枢、ギルドの出張所や換金所がある一階から上へ昇るにつれ、空気は次第に洗練され、並ぶ店舗の装飾も豪華なものへと変わっていく。
「ツクリ、何から見たい? やっぱり、まずは武器の予備か……防具の新調?」
ティオネさんの問いに、ツクリは少し考えてから、自身の背にある大きな楽器ケースをそっと撫でた。
「そうですね……。まずは楽器店を覗いてみたいです。高級品を見ておく事でこれからの稼ぎにも力が入るというものですから。」
「バベルに楽器店……あったっけ?」
アイズがポツリと呟く。彼女の視線は、ツクリが背負うケースの中にあるであろう「チェロ」に向けられていた。昨夜の演奏は、それほどまでに彼女の心に深く刻まれていたのだ。
「中層あたりにあった筈よ。行ってみましょ!」
一行は、バベルの中層階にある芸術品専門の区画へと足を踏み入れた。
そこは、ヘルメス・ファミリアやアポロン・ファミリアといった、芸術や美を愛でる神々が頻繁に訪れる場所である。
辿り着いたのは、重厚な木目調の扉が印象的な楽器店であった。
「いらっしゃいませ。……おや、ロキ・ファミリアの皆様。本日はどのような御用でしょうか?」
店主らしき老齢の男が、一級冒険者たちの顔ぶれに姿勢を正す。
「チェロの弦を探しています。できれば、長く使える上質なものを。それと、松脂も良いものがあれば見せていただきたいです」
ツクリは丁寧な口調で店主に告げた。その背後に控える第一級冒険者たちの威圧感に気圧されながらも、店主は商売人らしい目つきでツクリを見つめる。
「ほう……。……少々お待ちを」
店主が奥の棚から取り出してきたのは、古めかしい木箱に入った数種類の弦と、琥珀色に輝く最高級の松脂だった。
「弦は極東から仕入れた『霊糸』の加工品、松脂は中層に生息する『聖樹』の分泌物を精製したものです。どちらも神々への奉納用や、一流の吟遊詩人たちが愛用する逸品ですよ。」
楽器の弦一セットで一万五千ヴァリス、松脂に至っては一個二万ヴァリス。合わせて三万五千ヴァリスという価格は、一般的な新人が数ヶ月かけて稼ぐ額に等しい。
「……高い」
アイズが横からポツリと呟く。彼女にとっての消耗品(研ぎ代)と比較しても、それは決して安くない買い物だ。しかし、ツクリは迷うことなく、ポーチの中から先ほど換金したばかりの金貨を取り出した。
「これをお願いします。良い道具は、それだけで自身の研鑽を助けてくれますから」
「……まいどあり。」
店主は驚きを隠せない様子で代金を受け取り、品物を丁寧に包んでツクリへと手渡した。
ツクリはそれを受け取ると、宝物を手にした子供のような、けれどどこか職人のような真剣な眼差しで中身を確かめる。
「ありがとうございます。……アイズさん、ティオナさん、ティオネさん。お待たせしました。おかげで良い買い物ができました」
「本当に全部使っちゃうなんて……ツクリちゃん、男前すぎるよ!」
ティオナは呆れたように、けれど楽しそうに笑いながら、ツクリの背中をパシパシと叩いた。
「ま、それだけ稼いだのはあんたの実力だしね。武器の予備はいいの?」
ティオネの問いに、ツクリは昨日借りた鉄の薙刀を愛おしそうに眺めた。
「ええ。今日はこの薙刀の限界を知ることもできましたし、まだこの子と一緒に頑張れそうです。ティオネさん、気遣ってくださりありがとうございます」
「ならいいけど。……じゃあ、せっかくここまで来たんだし、最後はあそこに行ってみない?」
ティオナが指差したのは、さらに上の階層。神々が好んで通う、展望の素晴らしい高級喫茶店や、珍しいお土産物が並ぶ区画だった。
「アイズも、あそこのジャガ丸くんのアイス添え、食べたかったでしょ?」
「……。……食べたい」
アイズの黄金の瞳が、わずかに輝いたのをツクリは見逃さなかった。
「ふふ、いいですね。初陣の成功祝いとして、私からご馳走させてください。ティオナさん、案内をお願いしてもよろしいですか?」
「やったー! 決まりだね!」
夕闇が迫り、魔石の灯火が街を彩り始める頃。
ツクリたちはバベルの展望階へと向かった。
窓の外には、黄金色に輝くオラリオの街並みが広がっている。その景色を眺めながら、ツクリは懐に収めた新しい弦に触れた。
イルヴァで学んだ技術、ホロメから授かった遺産、そしてこの街で得た新たな恩恵(ファルナ)。
それらが混ざり合い、ツクリの新しい旋律が、少しずつ、けれど確実に形作られていく。
「……迷宮の底でも、この音を響かせますよ」
誰に聞かせるでもなく、ツクリは静かに、けれど強く、その決意を言葉にした。
バベルの展望階に位置するその喫茶店は、下界の喧騒を忘れさせるほどの静寂と、贅を尽くした調度品に囲まれていた。窓の外には、沈みゆく夕日に照らされて燃えるように輝く迷宮都市が広がっている。
「お待たせいたしました。『ジャガ丸くん・プレミアム――バニラアイスとハチミツを添えて』でございます」
恭しく運ばれてきたのは、揚げたてのジャガ丸くんに冷たいアイスクリームがとろりと溶け出した一皿だ。
「……っ」
アイズの瞳が、今日一番の輝きを放った。彼女はフォークを手に取ると、熱さと冷たさが混じり合う絶妙な一口を慎重に運び、至福の表情を浮かべる。
「あはは、アイズ、本当にそれ好きだよね! ツクリちゃん、見て見て。アイズがこんなに分かりやすく喜ぶの、珍しいんだから!」
「ふふ、喜んでいただけて何よりです。アイズさん、ゆっくり召し上がってくださいね。ティオナさんとティオネさんも、遠慮なくどうぞ」
ツクリはハーブティーを一口含み、アマゾネスの姉妹にも笑顔を向けた。
「ありがと! でも本当、初日の稼ぎをほとんど楽器と食い物に使っちゃうなんて、あんた……意外と豪快というか、金銭感覚が神様寄りなんじゃないの?」
「かもしれませんね、ティオネさん。イルヴァにいた頃も、金貨は貯めるものではなく、より良い経験や道具に変えるものだと教わりましたから」
「イルヴァ、ねえ……。聞いたことのない場所だけど、あんたのその余裕はそこで培われたものなんだろうね」
ティオネは感心したように頷き、ティーカップを傾けた。