ダンジョンにネフがいるのは間違っているだろうか   作:黒狐

7 / 18
07

日が完全に落ち、魔石灯が街を彩り始める頃。一行は「黄昏の館」へと帰り着いた。

広間では、報告を待ちわびていたロキとフィン、そしてリヴェリアが三人を迎えた。

 

「おー、おかえり! どうやった、ツクリ! ダンジョンの感想は!」

 

ロキがニヤニヤしながら駆け寄ってくる。その後ろで、リヴェリアが「無茶はしなかっただろうな」と厳しい視線を送っていたが、ティオナが差し出した羊皮紙を見た瞬間、その場の空気が凍りついた。

 

 

踏破階層: 第1階層 〜 第5階層

総収入: 四万二千六百 ヴァリス

備考:最初、力の制御に苦心して魔石ごと魔物を破壊していたが、昼前には調整を完了し、魔石の回収に成功。短文詠唱の魔法により、広間のコボルトを一掃。

 

「……ちょお待て。初日で五層周回して四万超え?」

「ちなみにそのお金、ほとんど楽器とじゃが丸くんで溶かしてたわよ?」

 

ティオネの補足に、ロキの喉がヒクリと鳴った。フィンは顎に手を当て、深い興味を湛えた瞳でツクリを見つめた。

 

「良い弦を買えました。道具(もの)との出会いは一期一会ですから。本当にほしいと思ったものは次に出会えるかわかりません。ですから、手に入れられるならすぐに手に入れるようにしているのです。」

 

その分今日の夕食後は期待しておいてください。とツクリは締めくくると、リヴェリアはその金使いの荒さに頭を抱えながらも、どこか諦めたようにため息をついた。

 

 

 

 

 

夕食後の喧騒が少しずつ落ち着き、黄昏の館の大広間に穏やかな夜の空気が流れ始めた頃。団員たちがそれぞれの時間を過ごす中、ツクリは約束通り、新調したばかりの「霊糸」の弦を張ったチェロを携えて現れた。

その場に居合わせたロキやフィン、リヴェリア、そして今日の探索を共にした三人も、自然と彼女を中心に円を描くように席を占める。

 

ツクリは椅子に浅く腰掛け、エメラルドの瞳を静かに閉じた。

深呼吸一つ。

魔力を指先から弦に流し込み、聖樹の松脂を馴染ませた弓を、新しい弦へと滑らせる。

 

――……トォォォォン……。

 

最初の一音が放たれた瞬間、広間の空気が物理的に震えた。

これまでの弦では表現しきれなかった、地響きのような重厚な低音と、天に抜けるような澄んだ倍音が重なり合い、聴く者の魂に直接語りかけてくる。

 

「……っ」

 

アイズが小さく息を呑む。

昨夜の演奏も素晴らしかったが、今夜の音は「質」が違った。まるで生きた怪物の咆哮のような力強さと、巫女の祈りのような清廉さが同居している。

 

ツクリの指が動くたび、広間を満たす音の波動が団員たちのマナを活性化させ、一日の探索で蓄積した疲労を霧散させていく。リヴェリアは、空間に残留する魔力が異常な速度で循環しているのを肌で感じ、目を見張った。

 

(これは……単なる演奏ではない。精神への干渉、あるいは広域の魔力付与(バフ)に近い。彼女が音を奏でるほど、この場にいる者たちの『器』が刺激されている……!)

 

リヴェリアの驚愕を余所に、ツクリは今日の冒険を、アイズたちとの穏やかな時間を優しい音で表現する。

 

……そして最後の一音が、館の梁に吸い込まれるように消えていった。

 

静寂。

 

しばらくの間、誰もが言葉を発することを忘れ、ただ自分の内側に残る心地よい余韻に浸っていた。

 

「……ぷはぁ! ええもん聞かせてもらったわ。ツクリ、あんた、金使い荒いと思たけど……こりゃ、納得や。この音のためなら、四万ヴァリスなんて安いもんやな」

 

沈黙を破ったのはロキだった。彼女は珍しく真面目な顔で、しかしどこか満足げにツクリを称える。

 

「ありがとうございます、ロキ。道具が良ければ、それだけ私の音楽も『誠実』になれますから」

 

ツクリは楽器を丁寧にケースに収めながら、穏やかに答えた。

アイズがふらりとツクリのそばに寄り、その瞳を真っ直ぐに向ける。

 

「……今日の音、……すごかった。……ありがとう、ツクリさん」

 

「アイズさんに喜んでいただけて、私も嬉しいです。明日も、また良い音を響かせますね」

 

アイズは少しだけ頬を緩ませ、小さく頷いた。

その様子を見ていたティオナとティオネも、ツクリの肩を叩いて笑う。

こうして、ツクリの演奏は毎晩の定番となるのであった。

 

 

 

 

 

深夜。

窓の外に広がる月夜のオラリオ。

ツクリは魔法帽を脱ぎ、濡烏色の髪を夜風に遊ばせながら、胸元のリボンをそっと撫でる。

 

「ホロメ様。……この【ファミリア】は、とても温かいです。ここでなら、新しい詩が、たくさん書けそうですよ」

 

手入れの為に出した村正が、鞘の中で静かに共鳴し、カタリと音を立てた。

彼女の旅は、まだ始まったばかりである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告