そよ風が香る。草木、花、土、命、全ては香りとなって運ばれる。温かみのある、生きた風、それがこの新緑の大地に吹く。
「あゝ、良い風だ、だが、気を緩めるなよ、こんな老人に遊ばれているようでは兵として締まらないからな。」
城の一角、城壁と石塀で囲まれた訓練場の中で、一人の大きな男が言う。その男のは、白髪の交じる黒髪に、麻地で出来た薄手の服を着る。左腕は力なく地面に向かって揺れている。大きく深呼吸をすると、腰に備えた木刀を抜く。ピンと精神の糸を張り、木刀を握る手に力を入れる。その回りを、鎖帷子、その上にハイラル国の兵士という証明の印として刺繍が縫い込まれた衣を着て、鉄カブトを身につけた兵士たちが囲み円を作る。その手に握るのは木槍と木刀、木刀を持つ者は反対の手に木で作られた長方形の盾を持つ。二十を超える数だ。
「さあ、始めよう。臆するな、躊躇うな、回りを見て、自分を確認しろ。いくぞ。」
その言葉を皮切りに、男を囲む兵士たちが唸りを上げて男へ向かう。振り下ろされる切っ先の全てを男はいなし、突かれる槍を、身体を捻ることによってかわす。肉薄する者には木刀の腹で打ち払い、蹴り飛ばす。しかし、あしらわれているとは言え、兵士たちもなんとも出来が良い。一人を囲む、一対多であるにも関わらず、もつれず、誰もが自分たちの動きやすいように動き、打たれ倒れたものが入れば後ろにいるものが引きずって下げる。それを何分何十分と続ける。にも関わらず男に息切れの様子はない。微笑みを浮かべる余裕すらある。タフである。
「そこまで、一旦休むと良い。」
男の一言が響き渡る。途端に訓練兵達は皆崩れるように座り込んでしまう。無理もない。結局、一時間休まずにやり続けたのだ。実践では一時間以上の戦いを強いられるだろうが、男との訓練も実勢に近い。一打一打が手加減されているとはいえ、骨の折れる一歩手前の力で打ち付けてくる。蹴られた時はたまらない。円から外されて城壁に届くかと思われるくらいに強く蹴られる。一度身体に足の裏を付け、押し出すといった蹴りではあるが、蹴られたときに宙に浮かぶという感覚はいかんせん慣れるものではない。加えて地面は石造りの床ときた、受け身を上手くとれなければ再起不能となる。気を抜いて訓練に挑んだと慣れば目ざとく男はそれを察知し狙ってくる。それ故、訓練兵の皆が全力で男に挑むのだ。挑まざるえないと言い換えたほうが良いかもしれない。
石畳の床にへたり込む訓練兵達を目に入れながら、ふむと顎に手をやり、男は考える。私がこの場所に迷い込んでから随分と兵達の練度が上がった。戦争に出てもその実力がその身を守ってくれるほどには強くなっている。だが、だからこそ心苦しいものがある。本来であれば大地に立つことさえありえないはずの自分が何故かこうやって生きている。奇妙だ。死に体の身体の私は朦朧とした意識の中で何故かこの訓令兵集まる兵舎に辿り着いた。そこで今目の前で倒れこんでいる者達に匿われた。上への報告は面倒だからしていない。第一、人一人かくまった所で何か問題が起こるわけではないと皆は笑って自分を手厚く介護してくれた。ようやく一人で動けるようになると、お礼も含めて訓練の内容を見てやることになった。最初はただの指導だった、次は軽い打ち込みから、その場の対処の仕方を語った。老いてなお、生きることに貪欲なこの身体は、ついにふらつくことなくこうやって立っている。嬉しい事だ、また、悲しいことでもある。自分には戦いしかなかった故に戦いを教えた。だが、ハイラルは平和だ、こんなにもいい風が吹いている。血なまぐさい自分が存在してはいけないだろうに、自分は罪そのものだ。その厄を、彼らに振りまいてはいまいか、それが心配だ。
「……。」
鋭い視線を背中に感じる。
「リンクか、そうだったな、忘れていた。では今からやるか。」
男はリンクを視界に収めるとゆっくりと木刀を握る力を強めた。リンク、まだ若い彼は抜きん出て力を持つ者だった。本来ならカブトを付けなくてはいけないのだが、彼だけは頑なに鬱陶しいからと付けずにいる。リンクは随分無口な青年ではあるがその表情は富んでいて、ここに居る皆はリンクの表情と目とで言いたいことを判断している。それだけリンクの思考が単純なのか、純水なのかはわからない。彼は自由な戦い方を好む。集団での戦闘には向いていない。剣と盾を持ち、走り回りながら敵を翻弄し追い詰めていく、それだけじゃあない、一対多の戦いにも慣れている、その戦い方は男とは違うものだが、根本においてはもっともリンクが男の戦い方に近い。
両者は睨み合う、その距離はけっして遠くはない。お互いに走り寄ればニ三歩で詰まる。男がじっとリンクを見据え構えているのに対し、リンクはせわしなく動く。握る剣をくるりと回したり、男の回りを一周するように動いたりする。二人を見る皆は先に動くのはリンクだと考えていた。実際、殆どの場合がリンクが先に動く。だが今回は男のほうが先に動いた。直線的な動きである。リンクに肉薄し、振り上げた木刀を迷うことなくリンクめがけて振り下ろす。しかし男の動くタイミングがまた絶妙であった。リンクが動き出すほんの手前で前に出たのである。身体全体に力を入れて、いざ踏みだそうとした時に、相手が動く。前方に重心を傾けていたリンクは左右に避ける余裕がなく、振り下ろされる木刀をいなすことで交わすことにした。右手で持った盾でもって弾くように腕をふるう。また同時に左手に持った木刀を弾いた後振り下ろせるように上へと上げる。盾が木刀をとらえた時、カンと高い音を立てた。軽い感触が腕を伝う。リンクは盾を使うため、一瞬であるが盾によって視界が埋もれてしまっていた。軽い感触とともに視界が開けるとそこにあるのは眼前へと迫る手である。男の持っていたはずの木刀は、遠くのほうでカランと乾いた音をたてて地面に転がっている。人並み外れた大きな手が迫るのを見たリンクは咄嗟に左手に持つ木刀を振り下ろすのをやめ、身体をねじってその手をかわそうとするが、男のほうが早かった。回避行動を取るより先に、手はリンクの顔を掴み、そして持ち上げ下ろす。ほんの一瞬でリンクは地面に伏すことになった。
「ふむ、今日は少し集中力が散漫としていたな、気を引き締めて望むように心がけろ、一対一の時、相手が常に礼儀正しく武器だけで戦うと思うな、卑怯な手を考えているのではないかと疑え、でないと今みたいに虚を突かれることになる。分かったな?」
男はそう言うと手を離し、今度は訓練兵たちの方へ向く。
「リンクは強い、それは共に技を磨く君たちにはよくわかっているはずだ、だがこうやって遅れを取ることもある、その時、リンクを救えるのは君たちだけだ。心に刻め、軍場で戦うのは一人ではない。自分だけではなく、隣にいる仲間を意識して戦う事を忘れるな。」
男はそう言って、リンクの縦に弾かれた木刀を拾い腰に収めると、一つ息をついた。
「すまんな、少し疲れてしまった。休ませてくれ。」
それだけ言うと、男は兵舎の方へと引っ込んでしまった。見送る訓練兵たちの中の一人、隊長格の兵が敬礼し、アルトリウス殿、指導、有難うございました、と大声で言う。それに続いて他の訓練兵たちも有難うございましたと言った。アルトリウスはそれに腕を上げる事で答えて、兵舎の中に入った。こそばゆい気持ちだ。訓練兵達は、隊長格の号令によって縦四列に隊を組、左右一組となって基礎訓練を始めた。型を意識した訓練だ。お互い交互に素振りをする。隊長格の訓練兵はリンクの組の立ち会いとして二人の間に立つ。この組だけは基礎訓練ではなく、相手となる訓練兵がリンクの練習相手となる形だ。ほぼ実践形式に近い。ちょうど、四戦目の模擬戦闘をリンクと訓練兵が始める時、城壁の上から二人の女性がその姿を見た。一人はハイラル王国親衛隊長、名をインパという。その隣、身を乗り出して訓練を覗く女性は、ハイラル王国王女、ゼルダ姫だ。二人の目にリンクが映る。その戦い方は他の訓練兵達の訓練の中、かなり異質に見える。無論、勝敗は直ぐに決まった。リンクの勝ちだ。リンクは木刀と盾を背中に収めると、先程から此方を覗く視線に目を向ける。かちりとゼルダ姫と視線が交わった。不思議なことに緊張は感じない。どこか近しい何かを感じる。リンクは不思議に思ってゼルダ姫を見つめていると、城壁の上を慌てて走る一人の兵が、ゼルダの元まで来ると跪いたのか、城壁の凸凹としたつっぱりの中に消えるが、その声だけは訓練場全体にも響いて来た。
「ハイラル郊外より魔物の群れが現れました!」
その言葉に答えるようにゼルダ姫は、直ぐに戦いの準備をとインパに告げる。インパは跪く兵士に目配せをし、兵士はそれに頷くと立ち上がってきた道を戻るように走る。それにインパも続いた。ゼルダ姫はちらりリンクのいる方へと視線を向けたかと思うと、彼女もまた、インパ達の後を追った。
「お、おい、あれゼルダ姫じゃないか。」
「なんで王女様がこんな所に……。」
訓練をしていたはずの訓練兵達は、一旦訓練を止めざわざわと声を立てた。リンクだけは顔を引き締めある場所へと向かう。武器庫だ。向かう途中木刀と木で出来た盾を投げやると、鉄製の盾に刃のある剣を背負って戦いのある場所へと向かう覚悟を決める。
「おい、ゼルダ姫さま、苦戦しているらしいぞ。」
訓練は休止となり、まだ軍場へと出れない訓練兵達は時たま聞こえる伝令などを話し合う。今まさにその軍場へ出ようとするリンクを訓練兵の一人が見つけ、声を掛けるが、リンクは静止の声も聞かずに軍場へと飛び出した。
勿論、魔物の出現については兵舎の奥に引っ込んだアルトリウスの耳に入った。劣勢であることもだ。
「当然だろうなぁ、急拵えの軍では士気も上がりきらず、足並みも乱れる。幾人も死者が出るのだろうな。」
アルトリウスは呟いてため息をついた。この戦いは自分には関係のないことだと、そう心の中で言うと、またため息を付く。どうにもいけない、身体が疼く。もう戦いたくはない筈なのに、否定し続ける感情が膨れ上がっていく。戦いを求めぬ彼は、余りにも彼を助けた訓練兵達と仲良くなってしまったらしい。彼自身の象徴とも言えるその性格が、動かぬアルトリウスの身体を動かそうとしている。それでも、自分は老いたのだ、もう戦えぬのだ、シワだって増えた、白髪だってある、戦える身体ではない、言い訳を考えて抑えこむ。どこかで爆発の音が聞こえた。焼け焦げた匂いが風とともにやってくる。爽やかであったはずのハイラルの風が、生々しさを含めた風に変わる。平和の崩れを身を持って知った。膨れる感情は耐え難い衝動となっていくのを感じる。今にも走りだすのを抑えて、ゆっくりとした歩調で兵舎の外へと出た。自然と訓練兵の視線がアルトリウスに向く。
「私も、戦いに参加する。ここに居る皆も、戦いに参加するものは私に続け。」
静かに告げる。訓練兵達の中に沈黙が生まれる。どうやら迷うものがほとんどのようだ。無理もない、実践経験は一度もない、この軍場から流れ来る空気にだって困惑しているはずだ。アルトリウスは頷いて一人外へと歩き出す。
「何をぼさっとしている、アルトリウス殿が戦いに出ると言っているのだ、私達に戦いを教えてくれたアルトリウス殿が行くのだぞ、私達がそれを支えななくてどうするというのだ、今直ぐに武器を取れ、アルトリウス殿に続くぞ!」
啖呵を切ったのは隊長格の訓練兵だ。その声に呼応するように他の訓練兵たちからも声が上がる。ここで戦わずして何が兵だ、何が男だ、やるぞ、やるんだ、アルトリウス殿に恩を返すんだ、訓練兵達は我こそわと武器庫へ向かった。迷いは吹っ切れたらしい。恩を感じているのは私の方なのに、アルトリウスは呆れ声で言う。だが、彼の後ろに守るべき者達が出来た。将来を支える若い芽が私に続く。なんと頼もしいことだろうか、そう思ったアルトリウスは苦笑を浮かべる。どうやら私は、軍場に出なければ気がすまぬようだ、昔から変わらない、戦いが私を呼び、臆病な私は仲間を募る。そして犠牲を増やす。繰り返しじゃないか、でも、守らなきゃあいけない。彼らを、誰一人として死なせてはいけない。死と罪は私が背負おう、それで彼らを守れるなら、私は進もう、そうだ、今も昔もかわらないじゃないか、私は、私の為に、前へと進む。そう、自分を鼓舞する。後ろに自らに続く兵がいるのなら、自分が情けない顔をしていては示しがつかない。四騎士であったころの自分に戻る。彼らを引き連れて行くのだ。後ろには最早訓練兵ではない、兵士が立ち並ぶ。その手にはちゃんとした武器が握られている。皆が並ぶのをアルトリウスは確認すると、前へと歩き出した。
戦況は言わずもがな劣勢である。かき集めた兵士に対して敵の数が圧倒的に多いい。各砦がどんどん攻め落とされていく。リンクもどうやら苦戦を強いられているらしい、戦いの中には指揮官であるはずのゼルダ姫も混じっている。誰も彼もが休んで入られない、押し寄せる波をさばこうと必死だ。落ち着きが無い、それでは駄目だ、皆死に物狂い、それでは駄目だ、それじゃあ獣だ、優秀な指揮官が指揮しようとも、獣では戦況をひっくり返せない。隊を率いる者だけが活躍していては、兵が死ぬばかりである。アルトリウスは嘗てのように、若き日のあの頃のように声高らかに言う。
「慌てるな、怯えるな、数だけの烏合の衆に必死になるな、お前たちは守護者だ、この国の守護者がそんな体たらくでどうする。」
不思議とアルトリウスの声は、戦場一帯へ響く。ハイラル兵の全てが、突然のこの声に驚く。それは敵も同じだ。戦場の時が止まる。彼の声だけで止まる。
「お前たちが守るものは何だ、平和か、この国か、それとも誇りか。それでもなければお前たちが大切だと思うものを守っているのか。違う、違うぞ!この戦いは守るための戦いではない、勝つための戦いでもない、生きるための戦いだ、守護者であるお前たちの命がなくて誰がこの場所を守る、お前達が、お前達自身の命を守ることによって大切なモノは守られる!ならば生きるために戦え、生きるために模索しろ、どうすれば生きられる、どうすれば生き残ることが出来る、隊は乱れていないか、自分は一人孤立してはいないか、お前達の目前に迫る敵は脅威か、違う、厳しい訓練を経て強くなったお前達の前では敵ではない筈だ、ならば何を恐れることがある、笑い飛ばしてやれ、後悔させてやれ、お前達の力を見せつけてやれ!」
ハイラル全兵達の心が沸き立つ、身体がカッと熱くなる、一種の狂気にとりつかれたように、彼らは口もとに笑を浮かべる。小さな魔物共が、野蛮にナタを振るっているだけではないか、自然と隊にまとまりが生まれる、心に余裕が生まれる、兵達の士気が上がっていく。
「お前達の命こそが、このハイラルの明日になる、突然現れた魔物どもにその明日を摘まれていいのか、駄目に決まっているだろう、だからこそ戦うのだ、戦え、明日のために!」
響く雄叫びがまた、戦場の時を進める。押されていた戦況が今、ひっくり返る。
兵達にとって誰の言葉であるかはどうでも良かった、急に戦いに駆り出された自分たちの心を奮い立たせるきっかけが欲しかった。それがあの雄叫びだ、そして今度は自らが雄叫びを上げる。生き抜くために奮い立つのだ。
アルトリウスは後ろを見る。今にも戦禍に混ざらんとする者達、アルトリウスそれを見て言う。
「私に続け、そして生き抜くぞ、この戦場を。」
アルトリウスはまた直ぐそこで起きている戦いに視線を戻し、歩を進める。戦場に残留するソウルが、アルトリウスの元へとやってくる。死して行き場をなくしたソウルが、彼を満たす。彼自身のソウルが霧となって自分を覆う。霧の晴れたそこには、ボロボロの甲冑に身を包み、身の丈ほどの大剣を肩に担いだアルトリウスがいる。大剣をゆらりと下ろし駆ける。それを合図に、後ろに控えていた兵たちも皆、雄叫びを上げて戦いの中へと入り込んでいった。古狼は駆ける。もう潜むことはない。むき出しになった牙は、喰らい尽くすまでは止まらない。古の騎士の、無双が始まる。
ゼルダ無双とのクロスオーバーですね
アルトリウスはみんなに慕われるおじさんポジションです
しかし最後の方にいくとわかると思いますが、かなり投げやりな文章となっています
申し訳ない
戦場全体が止まるわけ、ないですよねぇ……
機械仕掛けの神もいいところです