その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
デビル大蛇の料理を始める。
まず始めに毒袋や毒腺が除去された。黒紫の液体や物体が霧となり虚空へ消えていく。残った肉はいつもの様に部位ごとに分けられるかと思ったが自動料理は全てを挽いていく。
デビル大蛇の肉はそのまま焼くよりも挽き肉にした方が旨みが引き立つらしい。
巨大な胴体から肉が切り分けられ、筋が外される。余計な毒の気配は消え、肉だけが残る。赤黒い身は粗く刻まれ、さらに細かく挽かれた。脂は少ない。だが粘りがあり、挽いた瞬間に香りが立った。
最初に作られたのはシンプルなハンバーグ。
挽き肉へ少量の塩とアミノ珊瑚の粉が混ぜられる。つなぎは少ない。肉の粘りだけで形が整った。鉄板へ置かれると音が鳴る。表面が焼き固まり、肉汁が内側へ閉じ込められた。
皿へ乗ったハンバーグにナイフを入れると透明な肉汁が流れた。
口へ運ぶと密度のある旨みが広がった。牛の濃厚さと鳥の淡白さが合わさったような味で、噛むほど赤身の味が出て美味い。ソースが無くても十分美味いが、砕いたにんにくガニの殻と岩塩ガニの塩を混ぜたガーリックソルトで食べると更に味のランクが上がった。
お次はミートパスタ。
デビル大蛇の挽き肉がさっと炒められた後、トマトに似た食材と煮込まれる。隠し味に粉チーズと香油サソリの香油が数適入るとソースは鮮やかな濃い赤になり、麺へ絡む。
肉の旨みがソースの中でほどけ、麺の小麦の甘みを押し上げる。香油の刺激が後味を締める。重いのに飽きない。皿を傾けて残ったソースまで食べたくなる味だった。
最後の料理はドリア。
米の上に先程のミートソースが敷かれ、さらに白いソースがかかる。表面には多めのチーズが散らされ熱が加えられ、焼き上がると表面に焦げ目ができた。
スプーンを入れる。
米、ソース、挽き肉。全てが一つに纏まっている。米とソースがよく合い、チーズのまろやかさが後を引く一品だ。
メインである程度満足したところで砂浜で取れた食材も調理していく。
イカマグロは二種の寿司に変わった。
尾鰭の食腕は細く切られ、ゲソ軍艦。身は炙り寿司だ。ゲソは歯応え抜群で磯の香りと共にイカの甘味が出てくる。寿司の方は炙った事によって香ばしさだけでなく表面の脂が立ち、醤油だけで十分うまい。調味海の溜まり醤油と合わせると、もう最高だった。
アミノ珊瑚とシンジュレは食材というより調味料枠なので調理は割愛する。アミノ珊瑚はハンバーグで使ったし、シンジュレは取った時に試食してるしな。
アミノ珊瑚は少量を振るだけで味の底が上がる。万能調味料としてこれから重宝させて貰う事になるだろう。シンジュレはその見た目から映える料理に使えそうだ。
ミキサーヒトデは固い外皮を剥いた後、揚げ物になった。
エビとカニの中間。揚げると外は薄く固まり、中はぷりっと残る。マヨネーズソースとマッチし、一度食べ出すと手が止まらない。
洞窟の砂浜で得た食材を食べ終えると、胃の奥でグルメ細胞が反応していた。毒を持つデビル大蛇を食べたからか、身体の奥に抵抗力のようなものが増えた感覚がある。
腹を満たせた所で寝室へ行き、その日を終えた。
◆
翌日の早朝。
マーキングからダイニーへ戻る。大陸と大海を跨いだ距離で少し心配だったが何事もなく繋がった。…大概この能力もおかしいよな。
人目の少ない場所を選び、四次元マンションから外へ出る。動き始める朝の空気に帰ってきた実感を覚えながら、もはや透明の料理処専用のようになっている空き地へ向かう。…そろそろ屋台じゃなくて店を持った方が良いのだろうか?…いやでも、これからも頻繁に店は空ける事になるしな…。
やはり今まで通りが一番か。
閉店看板の周囲にはいつも通り客が何人かいる。戻りを待っていた者だろう。こちらに気付いた者の顔に期待が浮かぶ。今日の営業を聞きたそうな空気もあった。
開店する事を伝えつつ、看板を回収しようとした時だった。
背後から声を掛けられた。
振り向くと、高そうなスーツを身に纏った男が立っていた。周囲にはSPらしき者が何人もおり、町の商人や美食屋とは纏っている空気が違った。
男は自分をG7の一人、グナツメと名乗った。
世情に疎い自分でもその名前は知っていた。
IGOに関わる味の権威。美食の世界においては国のトップよりも上に位置するとも言われる食の重鎮。
グナツメは穏やかな態度で用件を告げた。
毒化したフグ鯨の解毒と調理。
その功績により、透明の料理人である自分が世界料理人ランキング96位に入ったらしい。
思わず聞き返したが、肯定が返ってきた。同時におそらく最速記録であるということも。
世界料理人ランキングに載る。この世界における料理人として最高の栄誉だ。
それに店を構えてたった数ヶ月の自分が入るというのはもはや異常でしかない。
しかし毒化フグ鯨を、しかも更に美味しく食べられる調理を行ったという実績は、それだけの評価に値するらしい。
確かに今受け持ってる予約の殆どが毒化したフグ鯨ではあるのだが…。
グナツメの目的はそれを伝えることだけではなかった。
透明の料理人の腕を実際に見たいとのこと。
グナツメは当然のように席へ座った。SPたちは周囲に散り、客たちは距離を取る。空き地の空気が変わった。野次馬もいる。常連もいる。食材商らしい者もいる。G7の一人が座ったとなればただの営業では済まない。
まだ営業する気は無かったがせっかくG7という味の権威に訪ねてきて頂いたのだ。
今の自分が用意できる最高を出すとしよう。
出す食材は当然、星降り鮎だ。水槽部屋にはまだまだいるしな。
自分の特殊性が露呈する形になるが、ランキングに入ったのなら今さら隠しきる必要もない。むしろ世界ランカーになったのだ多少派手な事をしても説明がつく土台ができたと思うべきだ。いちいち力を使う時にコソコソするのも面倒になってきていたしな。
グナツメに星降り鮎を出すと伝えると、彼の表情に驚愕が浮かんだ。
星降り鮎は旬が短く、最長でも捕獲してから数時間が限度だ。
そんな食材が出るというんだ。驚かない方がおかしいだろう。
四次元マンションへ入り、最も状態の良い個体を選ぶ。最近発見したレミーラによる餌やりのお蔭で更に保全に磨きが掛かっている。
旨みの元である光粒は安定しており、泳ぎも良好だ。呪文の効果で水質も崩れていない。自動料理に任せると星降り鮎は光粒を逃がさず締められた。
献立は以前と同じ五品。
焼き魚、炊き込みご飯、煮魚、薄造り、骨の出汁を使った吸い物だ。
最初の焼き魚を出す。
グナツメは一口目で黙った。
表情は穏やかだが、目が変わっている。皮の香ばしさ。身の甘み。光粒の残り方。すべてを舌で分解しているのが分かる。一般の客のように驚きへ飲まれるのではない。味を受け止め、評価し、さらに奥へ踏み込んでいる。
続いて炊き込みご飯。
星降り鮎の旨みの光が米の一粒ごとに移っている事を確かめるように食べていた。箸の動きは一定。しかし回数を経るごとに掴む量が増えていっていた。
米が半分減った所で煮魚を出す。身は当然の事ながら、旨味が溶け出した煮汁は米との相性は抜群だ。
更に畳み掛けるように薄造りを出した。
透明に近い白身を一切れ口へ入れた瞬間、グナツメの顔から仕事の表情が消えた。味覚の権威ですら星降り鮎の薄造りは衝撃的だったらしい。
最後に骨出汁の吸い物を出す。
椀を受け取ったグナツメは、湯気の香りを確かめてから口を付けた。
最初の一口で最後の一滴まで飲み干した。途中で離そうとしていたが体が言うことを効かない、そんな様子だった。
かなり満足してくれたみたいだ。
感想を聞くまでもない。その表情を見れば分かる。食べ手として満たされた顔だ。G7といえ立場を背負っていても…いや、背負っているからこそうまいものを食べた時の感情は誤魔化せない。
食事を終えたグナツメは、星降り鮎を今も保持している事実に触れた。
捕獲しただけではない。
旬の状態を保ち、光粒を失わせず、数日後にも料理として成立させている。
薄々は分かっていた事だが、保存技術として異常らしい。
その事実が正式に確認されれば、料理人ランキングはさらに上がる可能性が高いと告げられた。
ランキングに入ったばかりなのに、もう順位が上がる。
既に自重する気はさらさらなかった。むしろ望むところだ。どうせなら二桁、いや一桁を目指すとしよう。
グナツメは満足した様子で立ち上がった。SPたちが動き、周囲の空気も戻る。去り際、彼はまた来ると言い残し去っていった。
どうやらかなり気に入った貰ったらしい。
それは透明の料理処がただの噂の店ではなくなった事を示していた。
世界料理人ランキング96位。しかも更に上がるらしい。
突然生まれた肩書きが看板に重みを加えてくる。
とは言え自分の行動方針は変わらない。不定期に店を開き、持ち込み食材を捌き、気ままにグルメ世界を楽しんでいくだけだ。