その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
ランキングに入った影響を実感したのはその翌日の事だった。
日が昇る前の早朝だというのに料理処を開く空き地が人でごった返しており、ざっと数えるだけで数百人は居る。何なら今にも増え続けていた。
いつものような不定期営業ではブーイングの嵐…いや暴動が起きかねない。
今までに捕獲した大型獣達で食材庫は8割程埋まっている事だし、旅は中断して料理処の営業に専念することにした。
初期以来の連続営業だったが、普段の開店頻度を知る常連たちからすれば青天の霹靂だったらしい。客達の間では天変地異が起きる、なんて噂が流れていた。…メテオスパイスの存在を知る自分からするとあんまり笑えない。
ふと思ったが現在ってメテオスパイス後なのか前なのかどっちなんだろうな?営業が落ち着いたら調べてみるか…。
今回から出す料理は定食とした。今までは都度注文を聞いていてもなんとかなっていたが、流石に数が多すぎて自動料理でも手が回らなくなった為だ。
定食の種類は3種類。デビル大蛇のハンバーグ定食、ガララワニのステーキ定食、沼ヘビの鰻重ならぬ蛇重定食。
それぞれに刺身、サラダ、揚げ物、スープ、米が付く感じだ。
自動料理によって仕上がった皿を順番に配膳していく。
食事処の営業をしながら、次の旅の行き先を考えていた。
バロン諸島、砂浜の洞窟。原作の流れで言うなら
IGOにコネはないし、今回もスルーかな。
なんて考えていた時だった。
一風変わった男が現れた。
大柄な体格。山賊のような服装。厳めしい顔つき。周囲の客が自然に距離を取る。背後にはスーツ姿のIGO局員らしき者たちもいるが目の前の男に存在感を掻き消されていた。
男はIGO局員のマンサムと名乗った。
その名前を聞いた瞬間、手が止まりかけた。
自分が知っているマンサムとはかなり違う。
記憶にある姿より若いし、何より髪がある。確か、原作に出てきたマンサムはスキンヘッドだった筈だ。
思わず聞いた名前をつい、オウム返しすると男はハンサムと聞き間違えた。
その反応で本人だと確信した。
あ、本物のマンサムだ、と。
マンサムは席へ座った。IGOの局員が来ること自体は以前からもあったし、G7のグナツメに星降り鮎の保全を見せたばかりだから不思議ではない。
客として来て貰った以上は料理を出すべきだろう。
注文を聞くとガララワニのステーキ定食を5人前に酒があればそれも欲しいとのこと。
丁度、前の客が持ち込み食材の対価として虹の実ワインに水晶コーラのサワーを置いていったところだった。
特別料金ですよ?そう伝えるとマンサムはバッハッハッと笑い、了承した。
◆
食事が一段落したところで、マンサムは訪ねてきた理由を切り出した。
IGOが管理する第一ビオトープ。通称、美食の庭園。
そこにいるリーガルマンモスから、宝石の肉を捕獲してほしいという依頼だった。
宝石の肉。
すべての肉の部位の味を兼ね備えた究極の肉。
その捕獲を部外者の自分へ?
何故?という感想がまず浮かんだ。
IGOの管理地にいる食材だ。局員も美食屋もいる。研究所もある。内部の人間で処理できないわけではないだろう。なのにわざわざ透明の料理人である自分へ声を掛けてきた。
理由を聞くとその答えは単純だった。
透明との繋がりが欲しいと言うことらしい。もちろんそれだけじゃないのだろうが。繋がりに加えて透明の持つ技術を解析したいって所か?
他にも美食屋としてどこまで動けるかを確認したいのだろう。
自分は出す食材を自分で狩猟していると公言している。ガララワニも、星降り鮎も、砂浜の洞窟の食材も。だが実際に捕獲している場面を他人に見せたことはない。気を付けていたしな。
透明という二つ名は便利だが同時に疑われる余地もあった。
どこかに専属の美食屋を雇っているのではないか。食材の流通を隠しているだけではないか。特殊な保存庫を持つ商会と組んでいるのではないか。そう考える者がいても不思議ではない。
だからIGOは見たいのだ。
透明の料理人が不正を働いていないかを。
第一ビオトープという管理地なら監視の目も行き届きやすいし危険も制御しやすいと。宝石の肉という人間界有数の肉を報酬にして。思惑は理解した。
腹の奥が熱を持った。
宝石の肉。
食べたい。
それはもう、どうしようもない。
IGOに手の内は見られるが、見られただけではどうにもならないのが自分の能力だ。
マンサムは細かい条件を続けた。
捕獲対象は当然リーガルマンモス。可能であれば生体を殺さず、宝石の肉だけを確保すること。
また、研究用として捕獲した肉の半分を納めること。残りの半分は成功報酬らしい。
悩む必要はない。
受けることを伝えると、マンサムは満足そうに笑った。
ただし日程は客足が落ち着いてからにして貰う。
料理処の混雑が洒落になっていないことは見ての通りだからと。
なので今の消費ペースから逆算した、食材庫が空になるだろう約二週間後までこちらは客を捌き、向こうは入行手続きを初めとした諸々の調節を済ませるということで話はそれでまとまった。
マンサムは帰る前に追加で酒を頼み、定食をもう一つ食べていった。
様子を見ていた客たちは、最初こそ遠巻きだったが、やがていつもの空気に戻った。IGOの職員が来たという事実より、目の前の飯がなくなる方が大事らしい。
そこから料理処は開き続けた。看板の不定期営業の文字を雑に二週間限定毎日営業と上張りした。
百キロ単位で無くなっていく食材。保存していた調味料もかなり減った。
その代わりに金が増えた。それはもう莫大に。
そして二週間目の夕方、食材庫の空きスペースを見て料理処を早めに閉めた。
客からは惜しむ声が出たが食材がない以上は納得して貰うしかない。
翌朝。
まだ空が淡い色の時間帯に、IGOの支部へ向かった。
準備は既に整っている様で輸送機が屋上に用意されていた。
搭乗すると中にはIGOの職員が数人居た。
職員と挨拶を交わし、早速手続きの説明を受ける。とはいっても簡単な物だ。捕獲した食材の分配率、食材の研究に使用するために記録機器の着用、そして免責事項。
目を通すが、どれも問題はない。
署名を済ませると輸送機が動き出した。
このまま第一ビオトープへ行くそうだ。
窓の外で町並みが流れ、朝の市場が少しずつ動き出すのが見えた。
IGOの職員と他愛もない会話をしつつ、しばらく輸送機に揺られていると遠くに巨大な壁が見えてきた。
見るからに堅牢そうで、門自体も高層ビルがすっぽり入る程広い。
ここが第一ビオトープ。美食の庭園。
奥にいるリーガルマンモスを想像し、そして宝石の肉を想起する。
実に楽しみだ…!