その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
輸送機は壁に併設された基地へ降りた。
案内役のIGO職員に連れられ内部の準備室へ通された。
記録機器が取り付けられる。胸元に小型カメラ、腕に生体反応の測定器、最後は腰のベルトに位置情報の発信器を取り付ける。
今回はIGOの管理地での依頼であり動向を監視されるのも契約の内だ。見られたところでどうにかなる能力ではないが、持っていると知られるのと持っている
次にビオトープ内の説明を受けた。
基地から北へ進むとリーガルウォールと呼ばれる巨大な岩壁があり、それを登った先にリーガルフォレストという巨大な木々がそびえ立つ樹林が存在し、更にそこを越えるとリーガルマンモスが活動するリーガル高原があるそうだ。
装備や事前知識を整えた所で、いよいよ宝石の肉の捕獲作戦スタートだ。
基地を出ながら軽く準備運動しつつ、さりげなく補助呪文を掛けておく。
足元は整備された道だった。最初の数百メートルだけは柵と監視装置がある。観光用に開放されている区域も近いらしい。だが少し進むと舗装は途切れ、草が膝まで伸び、足元もガタガタとしてきた。
そんな中、最初に見つけた食材は地面から顔を出す丸い実…モグライチだった。
歩く振動に反応して、土の中へ引っ込む面白いフルーツだ。食べてみたいが、依頼対象ではない食材の採取は許可されていない。ここは見るだけに留めておく。
しばらく進むと丘の向こうから岩を背負ったような猛獣が歩いてきた。
ロックドラム。
身に纏う岩殻は高級食器の素材になる…んだったっけ?サニーが捕獲していた気がする。
まだこちらには気付いていない。なら先手必勝。強化された身体能力で近づき、ラリホーを至近距離で浴びせる。
ロックドラムは数秒と掛からず眠りに落ち、巨体が地面へ伏せる。
今のうちに横を抜ける。
チラリと胸元の記録機器を見る。今の一連の動きも拾っているはずだが、それをIGOはどう見るのだろうか。…いやまぁ、何言われたとしても”グルメ細胞の力”で誤魔化すつもりなんだけども。
ロックドラムの横を抜け、草原を進むと次は森が見えてきた。入る直前、羽が固形のコンソメになっている鳥、コンソメバードが襲い掛かってきた。
鋭い嘴を躱し、メダパニを放つ。コンソメバード空中で羽ばたきを乱し、別方向へ飛んでいった。その際に落ちた数枚の羽はカメラに映らない様にマンションへ送る。バレなきゃいいんだよバレなきゃ。
森を抜けた後も景色が何度も変わる。原作にも出てきた黒草の草原。湿地帯。根が隆起した樹木の迷宮のような林。常に岩が転がる坂。そんな漫画的要素にぶつかる度、ワクワクとした気持ちが湧いてくる。この世界に来て、もうそこそこ経つが未だに慣れる気がしない。
そんなこんなで昼前にはリーガルウォールが見えた。
まるで世界の壁のような巨大な岩壁。霞む先まで縦にも横にも崖が続いている。
トベルーラで崖に沿って登っていく。途中で岩壁に穴が空いており、覗くと黒い体表に血管が浮き出た、異形がすっぽり収まっていた。ヘビークリフ、捕獲レベル30という猛獣だ。幸い、好戦的な種族ではないらしく何事もなく通過できた。他にも切り立った崖にしか咲かない局地躑躅やお湯に浸けると出汁が出る出汁鉱石なんかも見付けつつリーガルウォールを登りきる。
崖の先にはリーガルフォレストが広がっていた。
木が途轍もなく大きい。たかが一本一本が樹齢数千のような大樹だ。
足元にはまるでカーペットのようなサイズの落ち葉が積もり、踏むと湿った音がした。空気には果実と豊かな自然の匂いが混じる。
出発時に受けた説明よるとここから危険度が変わるらしい。捕獲レベルのアベレージは30を超えており、そんな錚々たる猛獣の頂点に君臨するのがリーガルマンモスなのだ。
ここからは空にはいない方がいいだろう。
空中では瞬発力が出せないし、頑強な枝葉が多いせいで自由に動けない。木の上へ出れば早いかもしれないが、樹上にも猛獣がいるらしいし、ここは大人しく地上を行くとしよう。
しばらく森を歩いていると頭上の枝がガサリと揺れた。
見ると緑の毛皮をした大猿、グリーンエイプが枝から枝へ飛び回っている。視線はこちらを向いており、隙を見せれば襲って来そうだ。
相手をするのも面倒だし、トヘロスで威嚇して追い払うとしよう。
増幅された闘争心が周囲に向かって放たれる。周囲から小動物が脱兎のごとく逃げ去り、生命の気配が無くなる。グリーンエイプもまるで化物に会ったような反応で悲鳴をあげながら何処かへ去っていった。デビル大蛇みたいに縄張り意識の高い猛獣じゃなくて良かった。…というかトヘロスが効くなら空から行っても良かったな。次があったらそうするとしよう。
なんて一件がありつつ、他にも花弁がカスタードプリンで中央にはカラメルが溜まっている花、プリンフラワーの群生地を見付けたり、触れるだけで皮膚が爛れるマグマッシュルームを発見したりしながら森を駆け抜ける。
そして木々の密度が徐々に薄れ、視界の先に光が差し込む。森の境界を抜けると視界が広がった。
リーガル高原。
草地が続いている。草の背は低く、風が走るたびに面が揺れる。遠くには岩場があり、さらに先には水場が見えた。森より見晴らしは良い。
これならすぐに見つかる事だろう。リーガルマンモス自体、巨大な猛獣だしな。
森を抜けた事により解禁されたトベルーラを使って空から探索する。
高原の中央には大きな湖があり、そこから幾つもの獣道が伸びていた。
ざっと目線を走らせ、見付けた。
最初はその茶色い塊を小さな山だと思った。しかしその山は動いていた。目算にして数キロは離れているのにハッキリと見える姿はその巨大さを物語っていた。
足音が聞こえる度に地面が震えている。草の先が揺れ、岩の上にいた鳥達が一斉に飛び立つ。湖で水を飲んでいた猛獣たちが草むらに隠れる。
これがリーガルマンモス。
丸太どころではない脚。二本の長い鼻の内片方が前へ伸び、草や岩、あるいは地面ごと獲物を吸い込んでいく。そして反対の鼻から骨が吐き出され、乾いた音を立てて転がった。
さて、どう攻略したものか。
いつも通りラリホーで眠らせその間に中に入って捕獲…が理想なんだが、果たしてあの巨体に効くのか…?
何はともあれ行動しないことには始まらない。
宝石の肉捕獲作戦、スタートだ。
リーガルマンモスはまだ食事中のようで視界に入った猛獣達をまとめて吸い込んでいた。
左の鼻がうねり、巨体の前にいた獣を引き寄せる。逃げる相手も、草も、石も、泥も一緒に吸われる。吸い込まれたものは鼻を通って口内へ送られ、不要な骨だけが右の鼻から弾き出される。
リーガルマンモスも生物である以上、吸引したらその分吐く必要がある。狙うならそこだろう。
しばらくタイミングを見計らっているとリーガルマンモスの鼻が下がった。
周囲の草が一方向へ倒れる。
来た…!
足元の土が削れ、砂利が宙へ浮く。小さな獣が悲鳴を上げる暇もなく吸われた。風はどんどん強くなる。
そして吸引が止まったところでピオラを重ね掛け、素早く近付く。山のような巨体を登り、眼前まで来たところでラリホーを唱える。
リーガルマンモスの瞼が閉じ、横に倒れる──寸前で持ちこたえた。
倒れる巨体を支えた無理矢理支えたせいで足元が大きく陥没し、数多の亀裂が走る。
開かれた瞼は今の下手人を捉え、憤怒の表情を浮かべた。
呪文の効果が
靭性のある鋼鉄を束ねたような鼻が横から振られる。
咄嗟にアストロンを唱え、自重を増加させ落下し避ける。
空ぶった鼻先が大地を砕き、破片が飛ぶ。アストロンを解除して回避した次の瞬間、もう片方の鼻が上から落ちてきた。避けきれない事を悟り、反射的にアタックカンタを展開する。ギリギリ光の壁が間に合い、鼻が弾かれる。
リーガルマンモスの動きが一瞬止まった。
その間に距離を取る。
安全な距離を取れた事で無意識に止めていた息に気付き、噎せた。
一歩間違えていたら死んでいただろう。…もしそうなったとしても大丈夫な様に一応の保険はあるとはいえ、できる事なら使いたくはない。
息を整え、改めて自分の勝利条件を整理する。
正面から倒す必要は一切ない。殺す必要もない。目的は体力を削って大人しくさせ、ラリホーを通して眠らせることだ。
まずは足を止める。
ジバリアで地面を隆起させる。石の杭が脚元に生え、踏み込みの角度を乱した。続けてヒャダルコをリーガルマンモスの足元へ向けて撃ち、凍結させて滑りを作る。巨体が体勢を崩しかけるが鼻をバランサーの様に使い、地面を叩いて体勢を戻す。
そしてリーガルマンモスがイラついた様に脚を踏み鳴らすと石杭と氷は砕け散った。しかし一歩、遅れた。
それで十分だ。
バギマで砂嵐を巻き上げて姿を隠し、続けてライデインをリーガルマンモスの後ろの地面へ落とした。
雷の音に意識を取られたリーガルマンモスは鼻を振り回したが闇雲な攻撃は空振るばかり。
ならばと周囲に一帯を吸い込んでやろうとリーガルマンモスは考えたのだろう。吸引が始まる。
砂嵐のベールは呆気なく剥がされ、自分の姿が露になる。そこへ二重の強烈な吸い込みが覆い被さる。
これは無理に逃げようとしても無駄だろう。こちらの速力よりも吸引力の方が上だ。あえて抵抗せずにそのまま吸い込まれ、鼻に入った瞬間、リレミトを使用し体外へ逃げる。
リレミトの光を見たのだろう。鼻が迫ってきていたがまだアタックカンタの効果は続いている。
同じ力で弾かれリーガルマンモスは仰け反った。
その隙を突かない手はない。トベルーラとバイキルトを唱え、リーガルマンモスの胸部へ一撃を加える。呪文とオーラによって強化された打撃が山の様な巨体を更に上へと弾いた。
後ろへと倒れ、轟音をあげながらリーガルマンモスが地に沈む。
起き上がろうとするのをベタンで押さえ付け、ラリホーマを唱え夢へと誘う。
抗おうと力無げにリーガルマンモスの鼻が持ち上がり掛け…ゆっくりと地面に伏せた。
念には念をと更にラリホーを重ねてより深く眠らせ、いよいよ体内へ侵入する。
トラマナを唱えて悪路への耐性を付け、口に飛び込む。
レミーラを唱えて内部を照らし、続けてフローミを使う。…あまりに便利だなこの呪文。
体内の構造が浮かび上がる。現在地から枝分かれする道や先の空間等々。それら頭に入れつつ、まるで岩山のような巨大な臼歯を乗り越え、粘膜の道を進む。