その美食屋、転生者につき   作:苦笑いの妖精

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持ち込み厨房、始動

 

 屋台の評判は、最初の数日で町の端まで広がった。

 出している料理は派手ではない。定番となった跳ね大根の煮込み、岩塩カニの澄まし汁、蜜衣豚の串焼き、泡醤油貝の炊き込み飯。どれも捕獲レベルは低い。少し腕のある美食屋なら確保できる食材ばかりだった。

 

 しかし食としての質が違った。

 

 跳ね大根は雑に扱うと繊維が壊れ、青臭さが強まる。岩塩カニは甲羅の内側に溜まる塩分が強く、下処理を誤ると舌が痺れるほど塩辛くなる。蜜衣豚は脂が甘い反面、焼きすぎると焦げた砂糖のような苦みと粘りが出る。泡醤油貝は殻を開くタイミングが難しく、旨味の泡を逃すと味がしなくなる。

 

 自動料理はそれらの面倒な部分をすべて万全に行う。

 食材が持つ一番うまい状態を、何食分でも同じ水準で再現する。鍋に注がれた汁は濁らず、肉の脂は重くならず、野菜の甘みは芯まで残る。食べた者は大げさな反応こそ見せないが、二口目を急ぎ、食べ終えた後にもう一度列へ戻る。

 

 その反応だけで十分だった。

 

 

 数日後、屋台の横に小さな看板を置いた。

 

 内容は簡単。持ち込んだ食材の調理の受け付け。手間賃は完成料理、もしくは食材の一部。金で支払う場合は応相談。毒抜き、灰汁抜き、熟成、乾燥、解体、下処理込み。ただし、明らかに危険すぎる食材や、周囲へ被害を出す素材は拒否する事を明記。

 

 客の反応は早かった。

 

 最初に持ち込まれた食材は星屑茸。夜間だけ傘の表面に小さな光点を浮かべるキノコで、見た目は綺麗だが調理を誤ると強烈な眠気を誘う胞子を撒き散らし味もひどく落ちる。料理人の間では扱いにくい食材として知られていた。

 そんな食材も自動料理の手にかかれば──傘の裏から銀色の胞子が抜かれ、軸だけが薄く削がれた。胞子は香りの一部だけ残し、悪い成分は消える。最後に透明な出汁へ落とされ──光の粒を浮かべるお吸い物になった。

 

 客は器を受け取ると目を丸くする。

 

 星屑茸の光が汁の中でゆっくり回っていた。味は穏やかで、後味だけが深い。眠気成分は満足感へと変わり、身体が温まり、疲労が薄れる。依頼人は料理を半分だけ受け取り、残りを手間賃として置いていった。

 

 この日から食材庫に星屑茸が加わった。

 

 次に持ち込まれたのは火花唐辛子。乾燥させると小さな火花を散らす香辛料で、扱いを誤ると鍋ごと焼け焦げる難儀な食材。自動料理は種と皮の辛みを分け、香りを油へ移した。

 自動料理に言われるがまま他の食材を投入し、完成したのは蜜衣豚の辛味煮込みだ。

 

 甘い脂に火花唐辛子の香りが絡み、舌の上で熱が弾ける。辛いだけではない。喉を通った後に、肉の甘みがもう一度戻る。客の表情は驚きから困惑へ変わり、最後には笑顔で器を空にした。

 

 食材の一部を手間賃で受け取る方式は、想像以上の成果を上げた。

 

 金だけでは入手しにくい珍しい素材が集まる。依頼人は難物を絶品料理に変えられる。自動料理がある以上失敗はなく、店の信用は高まり、食材の性質を学べる上に食材庫が豊かになる。

 

 持ち込み厨房は屋台の裏側で静かに拡大していった。

 

 やがて、原作にも名を残す食材の端材が流れてきた。

 

 それはBBコーン。

 流石に一本まるごとではない。端が少し欠けた小さめの一粒。それでも普通のとうもろこしの一粒と比べて数百倍の大きさだ。

 存在感は十分。黄色い粒は宝石のように艶めき、軽く触れただけで甘い香りが立つ。一本丸々なら数十億とする超高級食材だが、同時に完璧に弾けさせるには火加減と圧力の管理が難しい特殊調理食材でもある。

 

 しかし我が自動料理に任せると、粒は空中で均等に加熱され、白く大きく膨らんだ。普通のポップコーンとはまるで違う。外は軽く、中は濃厚なコーンポタージュのように甘い。塩もバターも不要だった。むしろ下手にそれらを使えば良さを殺しかねない。

 噛むほど香ばしさが増し、腹に入った後まで満足感が残る。

 

 BBコーンの調理はサービスの宣伝として強過ぎた。

 

 この町で本物のBBコーンを扱える屋台。そんな認識が生まれた時点で、客層が変わった。新人美食屋だけではなく、商人、料理人、食材鑑定士、旅の富裕層まで顔を出すようになった。

 

 その一方で、危険も増えた。

 

 調理の秘密を探る目が増えた。食材庫の場所を探る者も現れた。夜中に宿の周囲をうろつく気配もあった。だが、表向きの部屋に価値のある物は置いていない。念で気配を消し、四次元マンションへ戻れば、それ以上追跡できる者はいなかった。

 

 調理の異常さは、特殊な調理技術として押し通す。正体のわからない腕利き料理人。その程度の不審さならこの美食の世界では珍しくもない。

 

 さらに数日後、持ち込まれたのはフグ鯨の切れ端だった。

 

 完全な個体ではない。毒袋の処理に失敗しかけた物で、可食部の一部だけが残っている。普通なら捨てるか、専門家へ高額で依頼する素材だった。依頼人は緊張を隠せず、周囲の者も距離を取った。フグ鯨の毒は冗談では済まない。

 

 完全に毒化してなくても複雑で、単純な解毒では旨味ごと壊れるらしい。毒と旨味が近い場所に絡み合い、刃の入れ方一つで台無しになる。しかし自動料理は問題なく発動した。可食部は極薄の刺身になり、毒の筋だけが黒い霧のように抜けた。

 皿の上には、透き通った白身が花のように並んだ。

 味は静かだった。

 強烈な香りも脂もない。だが、噛むと心地よい弾力と共に舌の上で旨味がほどけ、後から深い甘みが伸びる。身体の奥に澄んだ水が流れるような感覚があった。依頼人は一口食べただけで膝から力を抜き、しばらく動けなくなった。

 手間賃として受け取った数枚の刺身は、食材庫の特別棚に保存した。

 

 この屋台の運営方針が決まった瞬間だった。

 

 ただの屋台では終わらせない。難食材専門の持ち込み厨房。危険な食材、扱いにくい食材、下処理が面倒な食材を、最高の料理へ変える場所。金持ちは金で払う。美食屋は食材で払う。料理人は研究のために素材を持ち込む。

 

 その循環ができれば、珍味は自然と集まる。

 

 看板を書き換えた。

 持ち込み食材調理所。

 成功報酬は食材の一部、または現金。危険食材は事前鑑定料あり。毒抜き、発酵、熟成、乾燥、解体、燻製、菓子加工、保存食化まで対応。希少食材の場合は、完成料理の一割から三割を調理料として受け取る。

 

 かなり高い代金だ。

 

 しかし、失敗すれば食材そのものが失われる世界では、確実に食べられる状態へ仕上げる価値は大きい。特にフグ鯨の一件以降、対価に文句を言う者は減少した。

 

 代わりに持ち込まれる食材は日に日に増えていった。

 

 霜降りキャベツは葉脈に脂のような甘みを含む野菜であり、生では重すぎるが、0.1℃単位の繊細な温度管理によって蒸すと野菜と肉両方の良い所どりのような旨味の調和がなされる。

 琥珀鴨は羽の下に香木のような匂いを持ち、低温で火を入れると皮が飴色に輝く。

 蒸気芋は切ると内部から旨味を伴った熱い蒸気を噴くため、普通の調理工程では火傷の危険と共に芋がダメになる。自動料理は蒸気を逃がさず、芋の中に旨味を充満させる。

 

 虹の実の欠片も一度だけ入った。

 

 バランスボールほどある本体に比べて拳ほどの小片だったが、香りだけで屋台の周囲が甘く染まった。あまりに強い香気のせいで、通行人が足を止め、空腹でない者まで腹を鳴らした。自動料理はそれを柔らかなゼリーへ変え、少量の水と合わせて透明な菓子にした。

 

 完成品は、ティースプーン程の小さな一口で十分だった。

 

 甘みが七色に変わる。最初は桃、次に葡萄、柑橘、蜜、熟した南国果実、冷たい花の香り、最後に檸檬のような爽やかな余韻。普通の果物とは別格。素材のレベルが違うと料理のランクも変わる。

 

 その日以降、店は町の名物になった。

 

 まだ大都市の有名店には遠い。しかし、低級食材を最高の家庭料理に変え、難食材を甘美なる一食に変える場所として、町の中では十分な地位を得た。宿の主人は態度を柔らかくし、市場の商人は余り物の中から珍しい食材を回すようになった。新人美食屋たちは危ない食材を見つけるとまずここへ持ち込む流れになった。

 

 策略が形を持ち始めていた。

 

 自分が動く事なく向こうから食材が寄ってくる好循環。

 

 ある日、巨大な肉塊が運び込まれた。

 それはガララワニの尾肉だった。

 原作に出てきた老成した個体ではなく、若めの個体から切り出された物らしい。それでも肉の存在感は強く、旨味の塊のような脂の膜も分厚い。

 自動料理は尾肉をいくつかの部位へ分けた。

 脂の多い部分は厚切りステーキに。筋の多い先端部分は煮込みに。骨に近い部分はスープに。余った脂は香味油に変わった。大皿に盛られたガララワニ料理は、見るだけで腹が鳴る迫力だ。

 

 依頼人たちは完成品を前に、しばらく動きを止めた。

 

 獣肉の重厚さがありながら、後味は驚くほど軽い。脂は甘く、肉は噛むほど旨味が増す。骨のスープは濃厚で、胃に落ちると身体の芯が熱を持つ。手間賃として受け取った尾肉の一部は、今後の研究用として保存した。

 

 食材庫の棚は屋台を始めた頃とは別物になっていた。

 

 跳ね大根、岩塩カニ、蜜衣豚、泡醤油貝、星屑茸、火花唐辛子、霜降りキャベツ、琥珀鴨、蒸気芋、BBコーン、フグ鯨、虹の実、ガララワニ。そこへ市場で買った調味料や、原作にはない細かなグルメ食材が加わる。

 

 料理の幅が増えた。

 客も増えた。

 評判も増えた。

 そして同時に面倒も増えた。

 

 高級食材を扱えば金の匂いに寄る者が出る。調理所の裏を嗅ぎ回る商人、強引に専属契約を迫ろうとする仲介人、食材の横取りを狙う小悪党。町の治安は悪くないが、金になる場所には必ず余計な虫が湧く。

 

 その対処は静かに済ませた。

 

 宿の部屋へ侵入しようとした者は、入口を開けた時点で何もない室内に困惑する。隠された食材庫は存在しない。金庫もない。証拠もない。後をつけた者は、路地の角で対象を見失う。四次元マンションへ入れば追跡は切れる。しつこい相手には、眠りの呪文を人目のない場所で使い、数時間ほど道端で夢を見せた。

 

 過剰に傷つける必要はない。余計な怨恨が生まれ、更に面倒になるだけだからだ。

 

 しかし、手を出しても得がない相手だと学ばせる必要もあった。

 

 数件の失敗が重なると調理所への雑な干渉は減った。

 代わりに正規の商談が増える。食材を持ち込む側も自分がただの料理人ではないと薄々理解していた。しかしその正体を深掘りする者は少ない。

 美食を出し、約束を守り、食材を無駄にしない。グルメな世界では、それが何よりも信用の証となった。

 

 町の基盤はほぼ完成に近づいたと言えるだろう。

 

 宿の一室は表向きの住所として使い続ける。実際の拠点はマンションだが、荷物や郵便が届く所は必要だった。

 

 屋台は不定期に開く。持ち込み調理は希望者が殺到したため予約制に近い形へ移行した。

 店を閉めたら四次元マンション内で食材の整理と試作を行う。余った料理は保存食化し、長期保存庫へ変えた一室で保管する。

 

 マンション内の部屋割りも整えた。

 

 一室は通常食材庫。

 一室は危険食材保管庫。

 一室は熟成室。

 一室は乾燥と燻製のための加工室。

 一室は試食用の食堂。

 一室は寝室。

 一室は緊急避難室。

 

 残りは14室。この調子で扱う食材の種類が増えれば、専用保管室はいくらでも必要になるだろう。特にフグ鯨や虹の実のような格の高い素材は、他と一緒に置くべきではない。香りや性質が他の食材に干渉してしまうからだ。

 

 既に自分の中で次の目標も見えていた。

 

 より大きな町へ行く。

 

 この町は、このトリコ世界における基盤作りには向いていたが、やはり手に入る食材には限界がある。

 ジュエルミートやメロウコーラ、サンサングラミー級の食材など、格の高い素材は大きな流通網と強い美食屋の近くに集まるのがこのグルメ世界の世の常だ。

 

 とは言えいきなり中心へ飛び込む無茶はしない。

 

 まずはこの町を拠点に、周辺地域へ出張調理を広げる。持ち込み厨房の評判を積む。難食材を扱える料理人として名を馳せる。

 食材を手間賃として受け取る方式を続ければ金では買えないものも少しずつ集まるだろう。

 

 美食世界を楽しむ道のりがはっきり開けていた。

 これから必要になるのは、よりうまいものへ届くための実績の積み上げだ。

 白い調理場に、今日も新しい食材が並ぶ。表の町では、持ち込み厨房の看板を見た客が足を止める。未知の食材を抱えた美食屋が期待と不安の混じった顔で順番を待っている。

 

 美食の世界で自分の居場所はできた。

 まだ小さな一角に過ぎない。

 だが、食材は集まり始めている。金も情報も集まり始めている。何より、誰もが扱いに困る食材を、最高の料理へ変える場所として認識され始めている。

 その事実だけで、次の皿へ進む理由は十分だった。

 

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