その美食屋、転生者につき   作:苦笑いの妖精

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流星渓流

 

 次に狙う食材は星降り鮎。

 

 捕獲レベル71。

 

 流星群の夜だけ川面へ現れる魚。身の中に微細な光粒を持ち、その一粒ずつが強い旨味を放つ。捕獲の瞬間に光粒が抜けやすく、網や釣り針では味が落ちる。生け捕りに近い状態で、水ごと守る必要がある。

 

 旬は短い。

 

 しかも狙える夜は限られていた。

 食材地図に記された情報によると今年の流星群は一週間後。星降り鮎はその夜だけ流れの浅い場所へ浮かび上がり、川面に映る星明かりを食べるらしい。その瞬間にのみ身の中へ光粒が生まれ、特別な旨味を持つのだという。

 

 星降り鮎そのものの情報は少なくない。

 

 だが、まともな状態で口にした者は少ない。捕獲に失敗すれば光粒が抜ける。鮮度を保てなければ旨味が落ちる。釣り上げた瞬間の衝撃でも味が欠ける。その高い捕獲レベルを示すように捕獲方法はあまりにも繊細。

 

 しかし自分にとって相性のいい食材でもあった。

 攻撃力は必要なく、品質保全が重要だからだ。力任せの狩猟ではなく、能力の組み合わせがものを言う。四次元マンションとオーラ技術。呪文。自動料理。これらを使えば、普通には難しい泳いでいる周囲の水ごと捕獲する事も可能な筈だ。

 

 まずは準備は慎重に漏れ無く行う。

 

 四次元マンション内の一室を生け簀のように整える。水は現地のものを使うため、あえて用意しない。

 棲み処の水から離しただけで状態が落ちる食材もある。サンサングラミーの例を思えば、棲んでいた環境ごと保つ発想は間違っていない。

 

 捕獲時は周囲の水ごと包む。

 

 ヒャド系の呪文で温度を整える。キアリー系の呪文で水質の悪化を防ぐ。念で水の塊を覆い、振動と衝撃を抑える。四次元マンションへ運び込んだ後は、水槽代わりの部屋へそのまま移す。

 

 自動料理があれば調理はできる。

 だが、捕獲時点で味を損なえば意味がない。

 星降り鮎の価値は身の中に宿る光粒だ。その光粒を抜かずに確保することが最優先だった。手元の道具は多い。だからこそ、力を使いすぎないことが大事になる。過剰な冷却も強すぎる念も水流を乱す。魚が驚けば身が締まりすぎる可能性もある。

 

 安全に。静かに。環境を壊さずに。

 それが今回の基本方針だった。

 出発前に店を閉める準備をした。

 

 町では予約待ちの客が増えていた。食材を抱えた美食屋や料理人の代理人たちは、こちらの都合を気にしながらも期待を隠さない。毒化フグ鯨以降、持ち込み厨房の評判は大きくなりすぎた。無理に予定を詰め込めば自分の時間がなくなる。

 

 表には仕込みのため休む旨を書いた看板を出した。

 文面は穏やかにした。急な休業で迷惑をかけること。預かり食材の安全は保証すること。既に決まっている案件は戻り次第順に対応すること。余計なことは書かない。行き先も目的も伏せる。

 

 客の反応はさまざまだった。

 

 残念がる者。仕方ないと頷く者。強引に予定を押し込もうとする者も少しはいた。だが、裏を返せばそれだけ自分の料理や調理を待ち望んでいると言うことだ。

 

 敵意がない相手に刺々しくする必要はない。

 

 食材を持ち込む者たちは、こちらにとって客であると同時に情報源でもある。無用な反発を生むより、穏やかに距離を取る方がいい。透明の料理処という二つ名は不気味さを含むが、対応まで不遜である必要はなかった。

 

 夜になり、人通りが薄れた頃に屋台を片付けた。

 

 鍋、器、調理台、看板。表に出していたものを順に四次元マンションへ収める。表向きの部屋には価値のある物を残さない。念で周囲の気配を探り、尾行の有無を確認する。

 

 少し離れた路地に、こちらを見ている者がいた。

 

 敵意は薄い。おそらく食材商の使いか、好奇心で跡を追っただけの者だろう。無理に排除する必要はない。レムオルで姿を消し、歩調を変え、角を曲がったところで四次元マンションへ入る。追ってきた者は何もない路地で足を止めるはずだった。

 

 それでいい。

 

 追えないという印象は、余計な接触を減らす盾になる。

 四次元マンション内で最終確認を済ませた。

 

 水槽用の部屋は空にしてある。床と壁には念の膜を薄く張り、水を入れても漏れない状態にした。温度確認用にヒャド系の呪文を調整する。解毒と浄化の呪文は水質維持のために使う。直接魚へかけるつもりはない。

 

 食材庫には保存用の空き棚を用意した。

 試作用の食堂も整える。調理場には余計な香りを持つ食材を置かない。星降り鮎のような繊細な食材は、強い香りの素材と近づけるだけでも影響が出る可能性がある。

 準備を終えた時には夜が深まっていた。

 流星渓流はかなり遠い地にある。

 地図で見た距離を普通に進めば、流星群の夜には間に合わない。馬車を使っても遅い。美食屋の足で走っても、道中に危険地帯がある。道を無視して進むなら、それだけ猛獣との接触も増える。

 

 ならどうするか?答えは空を行く、だった。

 

 トベルーラ。

 

 呪文を発動すると身体がふわりと浮いた。足裏から地面の感触が消える。風が衣服を撫で、夜の冷気が頬に触れた。念で身体を包み、気温と風圧の影響を抑える。さらにレムオルを重ね、地上から見つかりにくい状態にした。

 

 高度を上げる。

 

 町の灯りが小さくなった。屋根の並び、街道、畑、市場の広場。昼間は匂いと人の気配で騒がしかった場所が、夜の中で静かに沈んでいく。遠くには森が黒く横たわり、その向こうに低い山並みが見えた。

 流星渓流へ向かうには、まず北側の山地を越える必要がある。

 普通の道は大きく迂回している。荷車が通れる道を選べば安全性は上がるが、時間がかかる。空を飛べるなら話は別だった。地形に縛られない。川を越え、森を越え、崖を越えられる。だが、空にも危険はある。

 

 この世界では、地上だけが猛獣の領域ではない。

 上空を飛ぶ影が遠くに見えた。

 

 無理に近づかない。高度を下げ、雲の影に沿って進む。攻撃呪文で追い払うことはできるかもしれない。だが、空中戦をする意味はない。こちらの目的は食材の確保だ。戦闘ではない。

 

 しばらくは街道を目印に進んだ。

 

 下には夜の道が細く伸びている。時折、旅人の灯りが小さく揺れた。荷を積んだ車も見える。護衛らしき者たちが周囲を警戒していた。空から見下ろすと、人間の領域がどれほど細く危ういものかよく分かる。

 

 街道の外側には森が広がる。

 

 木々の間では大きな気配が動いていた。枝が揺れ、暗がりの中で獣の目が光る。上空からでも分かるほど濃い食欲や縄張りの圧が漂っている。グルメ細胞が宿ってからは、そうした気配を以前よりはっきり感じるようになった。

 

 食べたいという欲もわずかに湧く。

 だが、今は違う。

 目的は星降り鮎だ。

 余計な寄り道をすれば旬を逃す。食材の格が高くなるほど、機会は限られる。腹の奥に生まれる熱を抑え、進路を流星渓流へ固定した。

 

 夜の山地へ入ると気温が下がった。

 

 風が強くなる。山の斜面には岩肌が露出し、谷間には白い霧が流れていた。トベルーラでの飛行は速いが、地形を無視しすぎると危険を見落とす。時折高度を落とし、念で周囲を探る。近くに強い気配があれば進路をずらす。

 

 山の上には静かな湖があった。

 月明かりを映した水面は銀色に見える。そこから流れ出す川がいくつも谷へ落ち、細い滝を作っていた。流星渓流とは別の水系だが、水の清らかさは悪くない。手持ちの情報と照らし合わせ、現在地を確認する。

 

 まだ遠い。

 

 普通に歩いていれば完全に間に合わなかった。

 トベルーラを使った判断は正しかった。

 

 山地を越えると、地形が変わった。

 

 緩やかな高原が広がり、草の海が夜風に揺れている。川がいくつも走り、月明かりを受けて白い筋になっていた。遠くにはさらに高い山脈が見える。流星渓流はその山脈の手前にある谷の一つだ。

 

 空の色も変わり始めていた。

 

 星の密度が濃い。空気が澄んでいるせいか、町で見る夜空よりも光が強く感じる。流星群が近いからか、時折細い光が空の端を流れた。まだ本番ではない。だが、星降り鮎の生息地が近いことを肌で感じた。

 

 高原の途中で一度休んだ。

 

 無理に飛び続ける必要はない。四次元マンションの扉を開き、内部で水分と軽い食事を取る。腹を満たしすぎると感覚が鈍るため量は抑えた。バターマロンを少し。空飛び昆布の出汁を溶かした温かい汁を一杯。身体が落ち着き、思考も整う。

 

 再び外へ出る。

 夜風が肌に冷たい。

 

 流星渓流へ近づくほど、周囲の音が変わった。水の音が多くなる。細い流れが岩に当たり、浅瀬が小さく鳴る。遠くからは滝の重い音も聞こえた。普通の川ならそれだけだ。だが、この土地の水音には微かな硬質さがあった。

 

 石ではなく光が鳴っているような音。

 その表現が一番近い。

 最後の山肌を越えた時、流星渓流が見えた。

 

 谷底を一本の川が走っている。幅はそれほど広くない。流れも荒く見えない。だが、水面には夜空が異様なほど鮮明に映っていた。星の光が川の中で瞬き、流れに沿ってゆっくりと揺れている。

 

 周囲の岩は黒く濡れていた。

 

 川辺には背の低い草が生えている。木々は少なく、谷全体が空へ開いていた。流星群の光を川面へ受けるための地形なのだろう。山の陰が少なく、空の大部分が見える。

 

 現地に着いた時点で、まだ本番まで少し余裕があった。

 空から直接谷底へ降りるのは避けた。水面を乱す可能性がある。少し離れた岩場へ静かに着地し、絶で気配を薄める。トベルーラを解除した後も念の膜は維持する。靴音すら立てないように歩き、川へ近づいた。

 

 水は冷たい。

 

 手を浸すと指先から澄んだ感覚が上がってきた。水そのものに強い味はない。だが、清らかさが異常だった。微かな鉱物の気配と、星明かりに似た冷たい香りがある。星降り鮎がこの水から離れれば味を落とすという情報にも納得できた。

 

 四次元マンションに作った水槽部屋の巨大水槽へ、まず少量の水を移す。

 念で水を球状に保ち、振動を抑えて扉の中へ入れる。ヒャド系で温度を合わせ、キアリー系で水質を乱さない程度に整える。直接浄化しすぎると水そのものの性質が変わる可能性があるため、あくまで悪化を防ぐ程度に留めた。

 

 何度か往復し、水槽に流星渓流の水を満たしていく。

 十分な量を確保した後は、川辺へ戻って待機した。

 まだ星降り鮎の姿はない。

 川面には星だけが映っている。周囲の気配は静かだった。小さな生き物の反応はある。だが大型の猛獣は近くにいない。流星群の夜には他の食材や猛獣も集まる可能性があるため、油断はできない。

 

 神経を使うが円の探知範囲を広げる。

 

 岩陰、草むら、上空、川の中。すべてを薄くなぞるように意識を伸ばす。敵意のある存在が近づけばすぐに分かる。危険なら四次元マンションへ退避する。無理はしない。

 

 空に最初の大きな流星が走った。

 川面に映った光が水の中へ沈むように見えた。

 次の瞬間、水中の気配が変わった。

 

 浅瀬の奥から、小さな命の反応が浮かび上がる。川底に隠れていたものが、星明かりに誘われるように水面へ近づいてきた。数は多くない。光を食べるために現れたのだろう。

 

 水面がかすかに揺れた。

 星降り鮎が姿を見せるまで、もう少しだった。

 

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