その美食屋、転生者につき   作:苦笑いの妖精

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かつてないほどの評価を頂いており戦々恐々としている筆者でございます。皆様トリコがお好きなんですね~。


星降り鮎、捕獲

 

 川面に映る星が増えていった。

 

 最初は数えるほどだった光の筋が、やがて夜空全体へ細く流れ始める。頭上を流れた星は谷底の川にも映り、水面の奥へ沈むように揺れた。普通の反射ではない。星明かりそのものが水へ溶け、流れの中に淡い光の筋を作っていた。

 

 その光へ引かれるように、川底から小さな影が浮かぶ。

 星降り鮎だった。

 

 体長は普通の鮎より少し大きい程度。だが、姿は明らかに普通の魚ではない。銀色の鱗は夜空を切り取ったように澄み、背には淡い青の筋が走っている。腹側は白く、泳ぐたびに身の奥で細かな光粒が瞬いた。

 

 水面へ近づいた星降り鮎は、口を小さく開いた。

 川面に映った流星の光が糸のように引き寄せられる。光はそのまま口へ吸い込まれ、腹の中で小さく弾けた。身の中に新しい光粒が生まれる。気配が一瞬だけ濃くなり、魚としての生命反応とは別の美味の気配が膨らんだ。

 

 捕獲の瞬間を間違えれば台無しになる。

 

 網を入れれば水が乱れる。釣り針を使えば身が傷つく。手で掴めば鱗が擦れ、驚いた星降り鮎は体内の光粒を吐き出してしまう可能性がある。必要なのは魚そのものを捕ることではない。魚と水と光の状態をそのまま切り取ることだ。

 

 オーラを薄く広げた。

 膜というより布に近い。水へ触れても抵抗にならないほど薄く、しかし外へ逃がさない程度には強い。流れの上流側から下流側へ意識を伸ばし、星降り鮎の周囲だけを丸ごと包む。

 

 最初の一匹は、あえて小さめの個体を選んだ。

 

 流星を食べた直後。魚が一瞬だけ動きを止めた瞬間に、ザバ系呪文を応用して水ごと浮かせる。水塊は球状に保たれ、星降り鮎はその中で泳いだまま驚いた様子もない。水流も途切れていない。流れの一部が丸く切り取られたような状態だった。

 

 その水塊を四次元マンションの扉へ運ぶ。

 

 扉は岩陰に開いてある。外から見えにくく、水面からも離している。水塊を通過させ、水槽代わりの部屋へ移す。中には流星渓流の水が満たされており、温度も近づけてある。

 

 一匹目の星降り鮎は無事部屋の水槽へ入った。

 

 しばらくは戸惑いつつも泳ぎ、落ち着いた。光粒は抜けていない。鱗の輝きも鈍っていない。

 

 成功したように見えた。

 

 しかし、数分後に小さな変化が現れ始める。

 身の中の光粒がわずかに薄れている。環境は再現している。水も温度も保っている。それでも、流星群の夜に川面で星明かりを食べていた状態から切り離した影響はあるらしい。

 

 このまま放置すれば品質は落ちる。

 すぐに呪文の候補を考えた。

 

 キアリー系で水質の改善?

 バイキルトやスカラで強化したらどうだろう。

 

 試したが、効果があるようには見えない。

 まるで生命力と直結した旨味が崩れていっているような感覚。

 

 思考を巡らせる。しばらく考え、思い付いた呪文を試す。

 

 リホイミ。癒しを継続的に与える呪文だ。

 

 鮎に直接掛ける事はせず、水槽に満ちる水へ薄く行き渡るようにする。生命の劣化を防ぐような意識で呪文を使う。

 

 効果はすぐに現れた。

 

 薄れていく一方だった光粒が安定する。星降り鮎の泳ぎも落ち着き、身の奥にあった旨味の気配が保たれる。まさか回復呪文一つでここまでの成果をあげるとは思ってもいなかった。嬉しい誤算とはこのことだろう。

 

 保全の目途が立った。

 

 川辺へ戻ると流星群はさらに強くなっていた。

 

 空にはいくつもの光が走り、川面には星が降っている。星降り鮎も数を増やしていた。浅瀬のあちこちで銀の背が光り、水面近くをゆっくり泳いでいる。ときおり口を開き、星明かりを食べる。そのたびに身の中の光粒が増え、魚の輪郭が一瞬だけ淡く輝いた。

 

 まるで銀河が渦巻くような幻想的な光景に見惚れそうになるが今の自分の目的を思い出す。

 

 まず探知で周囲を確認する。大型の気配が近づいていないか確かめる。次に星降り鮎が光を食べる瞬間を待つ。食べ終わった直後に、周囲の水ごとオーラで包む。水流の向きを維持したままザバで浮かせ、岩陰の扉へ運ぶ。四次元マンションの水槽部屋へ入れる度にリホイミをかけ直して状態を保つ。こんなことなら効果時間を調べておくべきだったな…。

 

 一匹、二匹、三匹。

 

 数が増えても焦らない。

 

 星降り鮎は群れで動くが、まとめて捕ろうとすれば水が乱れる。水面が乱れれば他の個体が逃げる。欲を出せば捕獲量は逆に落ちる。だから一匹ずつ確実に水ごと切り取った。

 

 途中で川上から小さな獣の気配が近づいた。

 

 流星群に反応して来たのだろう。水辺へ降りようとしていた。星降り鮎を狙っているか、水を飲みに来ただけかは分からない。だが邪魔になる可能性はある。

 

 ラリホーで眠らせた。

 敵意は薄かったため傷つける必要はない。倒れた獣を離れた草むらへ移す。目覚める頃には流星群も終わっているだろう。

 

 捕獲作業に戻る。

 

 四次元マンション内の水槽部屋には、星降り鮎が十匹を越えていた。流星渓流の水の中でゆっくり泳ぎ、身の奥には小さな星が宿っている。リホイミの効果で光粒は安定していた。むしろ捕獲直後より落ち着いた分だけ状態が揃っている。

 

 保存の問題が解決すると、欲が出た。

 もっと捕れる。

 より食べられる。

 色々な食べ方を試せる。

 

 王道の焼き魚。それともままを味わう刺身?骨で出汁を引くのもいいな。炊き込みなんてどうだろう。シンプルに甘辛く煮るのも合うだろう。干したら更に旨味が熟成されるのだろうか?

 

 強烈な旨味の気配にグルメ細胞が騒いでいた。

 

 胃の奥が熱い。川面を泳ぐ星降り鮎を見るだけで舌に唾が湧く。危険な食材ではない。だが、これは別の意味で危険だった。味への期待が理性を押してくる。

 

 そして捕獲を続ける途中でつい食欲に負け、一匹を調理へ回した。

 

 水槽部屋の中で最も状態の良い個体を選ぶ。自動料理を発動した瞬間に、星降り鮎は旨味を最大限に保ったまま静かに締められた。光粒は逃げない。鱗が剥がれ、内臓が処理され、身が薄く切られる。

 

 自動料理が選んだのはお造りだった。

 

 皿の上に飾り立てるように並んだ身は透明に限りなく近い。その身の中で星屑のような光粒が浮いている。照明ではなく、身そのものが切り取った夜空のように淡く光っていた。香りはほとんどない。川魚特有の匂いもない。あるのは冷たい水と夜空に似た清らかな気配だけ。

 

 一切れ、口へ運ぶ。

 

 味蕾が味を感知したその瞬間、意識が遠のきかけた。

 旨味の奔流。

 舌へ触れた瞬間に旨味の星屑が弾けた。一粒ごとに系統は同じ、しかし方向性が違う旨味がある。淡い甘み。澄んだ脂。冷たい水の香り。焼き魚にも似た香ばしさ。まだ火を入れていないはずなのにまるで口の中で無数の調理法が同時に起きているようだった。

 

 噛む必要はほとんどない。

 

 身は体温でほどける。ほどけた瞬間に、星明かりを食べた魚の旨味が喉の奥へ流れ込んだ。

 頭の中が白くなる。膝から力が抜けかける。うっかりすれば、その場で倒れていた。

 

 呼吸を整える。胃の奥でグルメ細胞が跳ねる。血が熱くなり、皮膚の下で力が巡った。ただ純粋な旨味の情報量が多すぎる。食べ慣れていない身体に、星降り鮎の味が強すぎたのだ。

 

 ザメハを連発して何とか持ちこたえた。

 

 口の中には余韻が残っている。川面へ落ちた流星をそのまま舌に乗せたような味だった。美味いという言葉だけでは足りない。食材の格が一段違う。捕獲レベル七十台へ足を踏み入れた実感があった。

 

 危険だと思った。しかし、もっと食べたい。

 その欲を押し込めて川辺へ戻る。

 

 流星群は長く続かない。欲に負け、食べる時間を増やせば捕獲量が減る。今日この時、旬の夜を逃せば次はいつになるかも分からない。

 

 捕獲を再開した。

 

 空を流れる星はますます増えていた。川面では星降り鮎が活発に動く。星明かりを食べた個体ほど身の中の光粒が強くなる。狙うべきはそんな個体だった。

 

 水塊を切り取る時の振動を減らす。水流の角度を揃える。魚の進行方向を塞がない。水ごと浮かせた後も水の流れは自然に習い緩やかに回し続ける。四次元マンションへ入れる直前にヒャド系で温度をわずかに下げ、リホイミの膜へ滑り込ませる。

 

 何度も繰り返すうちに手順は洗練されていった。

 

 十匹、二十匹、三十匹。

 

 水槽部屋の中には小さな星空ができていた。流星渓流の水の中を、星降り鮎が静かに泳いでいる。身の中の光粒が揺れ、水面にも淡い光が映る。部屋そのものが夜の川へ変わったようだった。

 

 途中で疲労が出た。

 

 トベルーラでの長距離移動。水槽部屋の準備。捕獲の集中。リホイミの維持。オーラの精密操作。身体は以前より強くなっているが、神経を使う作業は別だった。

 

 それでも止めない。

 

 流星群は待ってくれない。星降り鮎も、流星が消えれば川底へ戻る。今しかない食材を前にして、疲れたから終わりにする選択はなかった。

 

 手を止めたのは危険な気配が近づいた時だけだった。

 

 上空を大きな影が通った。川面の光に反応したのか、それともただの偶然か。谷の上を旋回している。レムオルで姿を消し、オーラを抑え、岩陰に身を寄せる。星降り鮎の気配も水面の光へ紛れている。影はしばらく谷を見下ろし、やがて別の方向へ飛び去った。

 

 ほっと一息吐く。

 

 目的に関係ない危険は避けるが吉だ。それにもし下手に戦闘になって鮎が獲れなくなったら目も当てられない。

 

 静けさが戻った後に捕獲を再開する。

 流星群は夜明け前に最も強くなった。

 

 空全体から星が降る。川面は光の帯になり、星降り鮎たちは水面近くで踊るように泳いだ。口を開くたびに流星の反射が吸い込まれ、身の奥で光粒が増える。その光景は狩猟というより神事のようだった。

 

 手を出すのが惜しくなるほど美しい光景。

 

 見惚れていたいが、今回は景色を楽しむ為に来たのではない。食べるために来たのだ。味わうために準備した。生きた光景ごと記憶に刻み、その上で食卓へ運ぶ。それこそがこの世界での美食屋としての在り方だろう。

 

 最後の一匹は、流星が三本同時に川面へ映った瞬間に現れた。

 他の個体より大きい。背の青い筋が濃く、腹の中で光粒が星座のように繋がっている。見た瞬間に格が違うと分かった。普通に追えば逃げる。焦れば光粒が抜ける。

 

 川の流れを読む。

 

 星降り鮎は星明かりを食べるため、ほんの少しだけ上流へ向かっている。水面に映る光を追い、次に口を開く場所を読む。そこへ先に向かい、待つ。

 

 星降り鮎が光を食べた。

 身の奥で光粒が弾ける。

 次の瞬間に水ごと包んだ。

 

 抵抗はない。魚が捕らわれたことに気付かない程繊細かつ迅速に四次元マンションへ移送する。

 

 やがて空の流星が細くなった。

 

 川面の光も薄れていく。星降り鮎たちは一匹ずつ深い場所へ沈んでいった。水面に残っていた銀の背が消える。谷には普通の川音だけが戻り、夜空も静かな暗さを取り戻した。

 

 流星群は終わった。

 星降り鮎の姿も消えた。

 

 川辺に座り、しばらくは達成感で何もできなかった。

 

 水槽部屋の星降り鮎の数を思い心が晴れる。最高の個体も確保できた。リホイミのおかげで保存状態も完璧だ。

 

 結果として大成功だろう。

 

 一頻り達成感を味わったところで空が白み始めたので、四次元マンションの食堂へ戻った。

 

 夜飯…いや朝食にする。献立は言うまでもない。

 

 我慢は十分にした。

 

 ザバで数匹を取り分け、自動料理を発動する。劣化しない様に締めたところで調理場へ移動する。

 星降り鮎は用途ごとに分けられた。焼き魚用。炊き込み用。煮魚用。刺身用。骨出汁用。どれも光粒を逃がさないよう丁寧に処理された。

 

 まずシンプルに焼き魚。

 

 串を打たれた星降り鮎が遠火で焼かれる。皮は薄く張り、鱗の名残が銀色から淡い金色へ変わる。脂が落ちるたびに、星明かりを含んだような香りが立った。焼けた皮の香ばしさの中に、清流の冷たさが混じる。

 

 次に炊き込み。

 

 米の中へ星降り鮎の身と骨から取った淡い色の出汁が入る。余計な調味は不要だった。身の光粒が米へ移り、炊き上がる頃には釜の内側が微かに輝いた。蓋を開けると湯気の中に川面の夜空のような香りが広がる。

 

 煮魚はあっさり目に仕上げられた。

 ただ甘辛く濃く煮るのではない。身の旨味を逃がさない程度の穏やかな煮汁。星降り鮎の身は崩れず、煮汁の表面に細かな光が浮いた。箸を入れると柔らかく割れ、内側から光粒を含んだ旨味が滲む。

 

 次に薄造りになった。

 夜につまみ食いした時よりも状態がさらに整っている。リホイミで保たれた身は張りを失っていない。透明な白身の中に星屑が浮かび、皿の上で淡く瞬いた。香りは控えめ。だが近づけるだけで舌が反応する。

 

 最後は吸い物。

 

 骨から取った出汁は澄み切っていた。濁りは一切ない。椀の底が見えるほど透明なのに、香りは深い。空飛び昆布の出汁紙を少しだけ合わせると、川の旨味に柔らかな深みが加わった。椀の表面には小さな光が一つ二つ浮いている。

 

 鮎尽くしの朝食が並んだ。

 焼き魚。炊き込み。煮魚。刺身。骨から取った出汁の吸い物。

 

 どの皿にも同じ食材を使っている。だが、まるで違う料理になっていた。焼きは香ばしさ。炊き込みは米と旨味の一体感。煮魚は柔らかく広がる甘み。刺身は暴力的なまでに澄んだ旨味。吸い物は骨まで含めた余韻。

 

 まず焼き魚から食べた。

 

 皮が薄く弾ける。中の身はふっくらしている。火を通したことで光粒の刺激は少し丸くなり、香ばしさと一緒に舌へ乗った。噛むほど旨味が増える。鮎らしい苦みはある。だが嫌な苦みではない。星明かりの甘みを引き締めるための苦みだった。

 

 炊き込みを口へ運ぶ。

 

 米の一粒ずつに旨味が染みていた。星降り鮎の脂は重くない。口の中で米の甘みと魚の光粒が混じり、飲み込んだ後にも香りが戻る。主食でありながら主菜でもある。箸が止まらない。

 

 煮魚は静かな味だった。

 

 身をほどくと煮汁が絡む。甘みと旨味がゆっくり広がり、後から川魚の清らかな香りが抜けた。刺身のような衝撃はない。だが食べ続けるほど落ち着く。朝食としては危険なほど完成していた。

 

 次に刺身を一切れを口へ入れる。

 二度目だが、その旨味に驚いた。

 旨味の奔流が舌から頭へ突き抜ける。光粒が弾けるたびに、清流と夜空と魚の脂が重なった。危ういほど美味い。

 

 これは単純な魚の旨味ではない。

 

 流星群の夜。川面の光。冷たい水。短い旬。そのすべてが身の中へ閉じ込められている。星降り鮎は魚であると同時に、一夜の景色そのものだった。

 

 そして最後に吸い物で締める。

 

 椀を持ち上げると湯気が静かに立った。口をつける。骨から出た旨味は深い。身の派手さとは違い、土台の味がある。川魚の骨から出る清らかな苦みと甘み。そこへ光粒の名残がわずかに混じる。胃へ落ちると身体の奥がじんわり温まった。

 

 食べ終える頃には、夜通し作業した疲労がさっぱり消えていた。

 

 グルメ細胞がゆっくり反応している。激しい変化ではない。だが身体の芯が少し澄んだような感覚がある。味覚もさらに鋭くなった。水の違い。火入れの差。光粒の残り方。そうしたものが以前より細かく分かる。

 

 捕獲レベル71。

 確かに、一段上の食材だった。

 

 水槽にはまだ多くの星降り鮎が泳いでいる。全てを自分で食べるという選択肢は心惹かれるが選ばない。そもそも仕入れとしてここに来てる訳だしな。

 

 また透明の食事処の名声が上がりそうだ。

 

 先の事を考えながら、最後に炊き込みの残りを一口だけ食べた。

 米の中に残った星明かりの味が、朝の静けさに溶けていった。

 




無理に生け捕りにしなくても調理すれば良いのでは?と思われた方がいるかもしれませんが、星降り鮎の旨味は調理をしたとしても刻一刻と抜けてしまうので生け捕り以外に保存が効く方法が存在しません。
筆者の力が及ばず、後書きによる説明で申し訳ない…!
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