その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
町へ戻り、以前にも透明の食事処を開いていた空き地に向かう。
休業を知らせる看板の周りには何人かの客が集まっていた。予約を入れている者、食材を持ち込む予定の者。噂を聞いて様子を見に来た者。透明という二つ名が広まってからは、店が閉まっていても人が寄るようになっていた。
自分の姿を見て驚きを表情にする人々をかき分け、看板を新しい内容へ書き換えた。
流星群の夜に得た星降り鮎を使った特別な食事を出すこと。数に限りがあるため、事前予約の客を優先すること。献立は焼き魚、炊き込み、煮魚、薄造り、骨出汁の吸い物の五品。
価格は通常の料理とは比較にならないほど高く設定したつもりだったが、グルメ時代を舐めていたらしい。
ざっくりと想定していた注文数まで5分と掛からなかった。
星降り鮎が出る。
その知らせが回った途端、町の空気が変わった様に見えた。予約の先頭にいた食材商が駆け込む。続いて予約席が埋まり、三席だけ用意した自由席も名の知れた美食屋たちに押さえられた。間に合わなかった料理人たちは情報だけでも得ようと店の近くへ集まる。
星降り鮎という食材の価値を知っている者ほど動き出すまでが早かった。
鬼気迫る椅子取りゲームの様子を見ながら焼き魚を香ばしく仕上げた。炊き込みは米へ旨味を移し、煮魚は穏やかな味に整える。薄造りは光粒の隙間に刃を通す。吸い物は僅かな温度変化を繰り返し、骨の旨味を丁寧に拾い上げる。
朝に自分で食べた構成を元にしながら、客へ出す皿として最後に少しだけ整えた。
最初の皿が出た瞬間、席が奇妙なほど静かになった。
高額な食事には慣れている者たちだ。珍しい食材を食べた経験も豊富で、公にはしないが危険な食材の味も知っている。しかし星降り鮎の皿を前にした瞬間、余裕が呑まれた。
食欲の赴くままに焼き魚に箸を入れた客は、皮が弾ける音を聞いた瞬間に動きを止めた。
澄んだ夜空のような香ばしさと清流の香りが湯気に混じる。
一口食べたらもう止まらない。身の繊維一本一本を逃がさないようにしていた。
普段なら産地や火入れについて語る料理人も、この時ばかりは黙っている。
続いて炊き込み。
米の一粒ごとに星降り鮎の旨味が入っている。箸を入れるたび、湯気の中で淡い光が揺れる。
食材商の一人は一口食べた後、しばらく器を見下ろしていた。自分だったらこれをどう売るか。どう扱うべきか。食材の価値を深く知るからこそ出た、商売人としての顔だ。
次に薄造りを出すと、空気が変わった。
透明に近い白身の中で光粒が瞬いている。客たちは箸を伸ばす前に、呼吸を整えるような間を置いた。味を知る前から、本能的に軽く扱っていい食材ではないと理解したのだろう。
最初の一切れを口へ入れた者は、背筋を伸ばしたまま固まった。
誰もが静かになり、目を閉じる。自分の舌に起きていることを整理しようとする。星降り鮎の旨味は、ただ濃いわけではない。冷たい水と流星の光と短い旬、それらの経験が一気に弾ける。客たちは美味いがオーバーフローしたのか、顔から表情から抜け落ちていた。…もしかして自分が食べた時もあんな感じだったのだろうか?かなり異様というか、怖い。
気を取り直し、煮魚を提供すると空気が緩んだ。
薄造りほどの衝撃はない。だが食べ続けるほど深くなる。緊張していた客の肩が落ちる。美食屋の一人は器を両手で持ち、煮汁を一滴も残さないように口へ運んでいた。粗野な仕草ではない。むしろ礼儀のような、食材へ敬意を払うような動きだった。
そして最後の吸い物。
焼き魚も炊き込みも薄造りも煮魚も、それぞれが主役級だ。そしてこの吸い物はそんな主役達の活躍へ有終の美を飾る〆だ。
骨から取った出汁は、星降り鮎という食材の根幹を示していた。派手さの奥にある清らかな、しかし確かな旨味。光粒の名残から始まり、川魚としての苦みや甘み、青臭さすら包含した椀だ。一口含み、椀を置いた客はしばらく余韻を味わっていた。
いつもの事ではあるが、ひっきりなしに客が現れ、特別メニューは凄まじい早さで完売となった。
追加分を求める声も相次ぐ。まだ数はある。水槽部屋にはまだ泳いでいる。しかし、ここで安易に追加すれば価値が崩れる。星降り鮎は流星群の夜にだけ得られる食材だ。食べたい者が多いからといって、乱雑に出すものではない。…自分の分がなくなるし。
予約を逃した客には、次の機会があれば優先を検討する旨を伝えた。
失望する者はいた。だが理不尽に怒る者は少ない。実物を見た者ほど、星降り鮎の扱いに慎重になる。食材の価値を理解している相手なら、無理を言えば自分の格が落ちることも分かるのだろう。
食事処の評判はさらに広がった。
透明は星降り鮎を傷つけずに捕獲し、光粒を保ったまま料理へ変えた。そんな噂が客の口から市場へ、商会へ、料理人の間へ流れていく。フグ鯨の解毒の時とはまた違う種類の評価。
解毒フグ鯨は不可能を可能にした料理。
星降り鮎は旬と風景をそのまま皿に移した料理。
どちらも自分の価値、株を上げるには十分だった。
営業を終えると空が夕方の色に変わっていた。
屋台を片付け、表の看板を下ろす。売上は過去一だった。金だけで見れば、しばらく働かなくても困らないほどだ。だが今は金よりも客たちの反応の方が頭に残っていた。
本当に満足していた。
料理人たちはそれに加えて悔しさを滲ませていた。
食材商は味わいつつも頭の片隅では次の商いを考えていた。
美食屋たちは純粋に透明がどこまでやれるのか測ろうとしていた。
それぞれの反応によって名声がまた一段上がったことも理解していた。面倒は増えるだろう。しかし、それ以上に新たな食材へ近づく道が広がった事が大きかった。
店仕舞いをして、四次元マンションへ戻る。
水槽部屋の巨大水槽には流星渓流の水が満ちている。部屋の中は薄暗く整え、余計な刺激を抑えてあった。水面には淡い光が揺れている。星降り鮎たちは静かに泳ぎ、身の中の光粒を小さく瞬かせていた。
そんな姿を見て、ふと自分の戦闘力が気になった。
星降り鮎の捕獲レベルは71。
人間界ではかなり高い方に入る数値だ。
入手できる時期が限られ、生息地も特殊。捕獲方法が難解であり些細なミスで味が酷く落ちる。品質の維持だって能力をフル活用してようやっと成功した位だ。それらの条件が重なった結果が捕獲レベル71という数字なのだろう。
以前にも例えたがサンサングラミーと同じ系統の食材なのだ。捕獲レベルの数字は高いが、猛獣として襲ってくるわけではない。知識、準備、手順、前提条件。それらをクリアするのが難しいのであってそれを乗り越えてしまえば一般人でも捕獲可能だ。調理は別として、だが。
ではもし、今回狙う食材が星降り鮎ではなく、同じ捕獲レベルの猛獣だった場合。
自分は捕獲できただろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
客観的に見て、捕獲技能はある方だろう。気配を消す。対象を観察する。環境ごと保つ。退路を確保する。食材を傷つけないように扱う。普通の美食屋とは方向が違うかもしれないが、食材を得る技術、技能は積み上がっている。
しかし、戦闘力となると実感が薄い。
多種多様な呪文がある。念も使える。グルメ細胞も育ち始めている。
要素は十分すぎるほど揃っている。だが、具体的に捕獲レベルいくつの猛獣に通じるのかが分からない。
もしかしたら圧倒できるのかもしれないが、試していない以上は机上の空論でしかない。
この世界には理不尽な生物がいくらでもいる。
食義を修め、捕獲レベル3桁を易々と狩猟できるトリコがページを挟んだら右半身を失ったりするのだ。あれは八王というこの世界における頂点の一角が相手だったとは言え、あれを見た時の衝撃は凄まじいものがあった。
相対するだけで死が確定する相手もいるのだ。…リザオラルを掛けておくとしよう。
即死とまでいかなくとも一撃を受けた瞬間に意識を失えば結果は一緒だろう。
捕獲レベルは万能の指標ではない。が、目安にはなる。
少なくとも今の自分がどの程度の猛獣まで安定して対処できるかを知らなければ、次の段階へ進むには危うい。そう思った。
さんざんに語ったがゆくゆくはグルメ界にも挑みたいとも思っていた。
そのためにもまずは情報を得るべきだろう。捕獲レベルの低い相手から試していき、自分がどこまで通用するのかを。
当たり前のように感覚で使えていたせいで自分が使っている呪文達の詳細も知れていない。
最上級の呪文威力、呪文の効果時間、どのように効果を発揮しているのか。
知るべき事は考えるだけ出てくる。
そうだ、どうせなら原作に倣ったルートで力試しを行うのはどうだろう?
最初はガララワニ、次に虹の実、そしてフグ鯨へと。どれも時期が合わないからそのものは捕獲できないだろうが、その地へ行けばトリコと同じ経験が積める事だろう。
そうと決まれば早速行動だ。思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日…だったな。
四次元マンションから出てまずはバロン諸島へ進路を決めた。
考えていたストーリーはここまでなので続きは思いつき次第となります。
もし、筆者よりも要素や設定を使えるぜ!と言う方がいらっしゃいましたら筆者の代わりに続きを書いて頂いても全く構いません。むしろ歓迎致します。筆者の許可等も必要ありませんのでお好きにご活用下さい。
トリコの二次創作増えろ~!