その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
今回の目的地は洞窟の砂浜。
フグ鯨が産卵場所として現れるとされる場所だ。
どこにあるんだろうと軽い気持ちで調べてみたらトンでもない事実が発覚した。
なんとこのダイニーから直線距離にして約四万キロ。大陸を跨いだ旅程になるらしい。
いつものようにトベルーラで行こうとしていたのだが、これはさすがに無理だと交通機関を利用することにした。
向かったのはダイニーから最も近い大都市のグルメエアラインの発着場。
恙無くチケットを購入できた。メインディッシュクラス──前世でいうファーストクラス──で頼んだ為に中々の料金にはなったが、一日店を開ければ問題なく回収できる額だった。
近々の飛行機を選んだ為、少し早足で向かう。
飛行場は想像以上に巨大だった。滑走路というより、巨大な食卓を横倒しにしたような広場があり、そこへ幾つもの飛行機が並んでいる。荷物を運ぶ者、見送りに来た者、食材を抱えた商人、護衛付きの富裕層。場所だけで人の流れが違う。
受付でも特に問題もなく手続きが進んだ。
ほとんどが四次元マンションに入っているので身軽なものだ。料理人として遠征に出ると伝えると、職員は納得した様子で搭乗券を渡した。
機内へ入り、チケットに書いてある座席に行くとかなり広い、もはや個室のような席が待っていた。
四席ある内の窓際に腰を下ろす。座席の横には小さな折り畳み式のテーブルがあり、食事用の道具も最初から用意されていた。
サービスで提供されたロゼワインとナッツをつまんでいると機内アナウンスが流れ、静かに離陸した。
地面が遠ざかり、町が小さくなる。やがて雲の上へ出ると、下界の匂いが消えた。代わりに機内へ温かいスープの香りが広がってくる。
最初に出されたのはビアロブスターの冷製前菜だった。
その名の通りビア、つまりビールのような風味を持つロブスターのようだ。透明なグラスの中に剥き身が並び、上から柑橘のジュレがかけられている。口へ運ぶと、まず海老の甘みが来た。次に、ビールの泡を思わせるほろ苦い香りが鼻へ抜ける。
アルコールではないが、酒を飲んだような満足感がある。
移動の始まりに出すには実にいい料理だ。
次に出たのはにんにくガニの香草蒸し。
ニンニクに似た胴体部を持つカニで、カニの旨みとにんにくの香りを一緒に楽しめるカニだ。爽やかな香草と一緒に蒸す事で強いにんにくの香りを抑えながらも引き立ていた。脚を剥くと、肉厚な身と共に湯気と一緒に食欲を刺激する香りが立った。口へ入れると蟹の甘さにニンニクの香りが絡む。
このままロゼワインでもいいが、これはビールが合いそうだ。
客室乗務員に酒を頼むと他の客も同じ事を思ったらしく、続けて注文が入っていた。
スパイスと苦みが強めのクラフトビールと共に味わっていると三皿目が来た。
ゴールドシュリンプを使った極米の炊き込みご飯。
金色の殻を持つ海老を使った米料理で、皿全体に淡い黄金色の艶がある。米の一粒ずつに薄橙色の出汁が染み込み、上には小さく刻まれた身が散らされていた。
頬張りまず感じたのは米の甘みだった。舌先を穏やかに、されどしっかりと主張する穀物の美味しさ。舌の上でほどけるようにバラける絶妙な炊き加減は味わう過程で一切のストレスがない。
そして続く海老の旨味。一度焼いてあるのか殻から出た豊かな香ばしさ。それらが綺麗にまとまっている。
さすがはグルメ時代。交通機関で出てくる飯ですら飲食店と遜色ない。
食事を終えたあとは大陸間の飛行を楽しむ。
窓の外では景色が次々と変わっていき、通った地の説明がされた。
地平の果てまで続く広大な森【ラビリンスフォレスト】。
雲を越え天を衝く巨山【摩天山脈】。
色とりどりで鮮やかな色彩の砂漠【デザート・デザート】。
どれも捕獲レベルのアベレージが50を越える危険地帯らしい。しかしその分だけ秘められた美食のランクも高い。聖地巡りの合間や終わった後に行ってみてもいいかもしれないな。
海では純金クジラが白銀の潮を吹いている場面にも遭遇した。あとは時折、空の猛獣とも遭遇した。機内に緊張が走ることもあったが、装備された拘束具や進路を大きく変える事で何事もなく進んでいく。
一度目の乗り換えは大陸中央の空港だった。
そこからさらに別のグルメエアラインへ乗る。待ち時間に空港内の出店を覗く。魅力的なグルメ達が立ち並んでいる。
ふらりと寄って行きそうになるのをぐっと堪えた。今食べ歩きを始めると確実に時間を忘れる。そんな確信があったからだ。代わりとは言ってはなんだが、売店で気になった弁当を買った。
タンドリー烏骨鶏のスパイスカレー弁当。
ガーリップのニンニク炒飯。
あんみつ鳥の天津飯。
食欲がねだるままに選んだら見事にご飯ものが揃った。軽く笑いつつ待合のラウンジで舌鼓をうっているといつの間にか時間が来ていたので飛行機に乗り込む。
二度目の飛行はさらに広い海を越える便だった。
窓から見える海は広い。どこまでも続く青の上に、時折巨大な影が浮かぶ。魚か、海獣か、あるいはもっと別の何かか。近づきたくはない。こちらの機内食ではエンペラーカレイのフィッシュバーガーをはじめとしたファストフード風のコースが出た。
身は柔らかく、脂は少なく、バターのコクと少し酸味のあるソースがよくマッチしていた。
食後に出た年代物のスカッシュグレープのスパークリングワインを嗜みつつ、風景を見ながら思いを馳せる。
自身のステップアップとして決めたこの旅だったが結果としてとても良い思い出づくりになっている事を実感する。
いつの間にか眠っており、着陸のアナウンスに起こされた。
ここから先は原作にも出てきたグルメ列車を使う。トリコでも屈指の人気キャラである二郎が出てきたやつだ。
洞窟の砂浜に近い沿岸部まで線路が伸びているらしい。
駅は空港とはまた違う賑わいがあった。
長距離列車を待つ客たちがお土産の入った袋を下げている。
ホームには弁当を売る店が並び、次々と売れていく。自分も例に漏れず弁当を買い込んでいると、グルメ列車が到着したようだ。
落ち着いた色合いの外装。向かい合う席の間にはテーブルが存在する。持ち込んだ弁当を置いて席に座ると列車が動き出した。
車輪の音が一定のリズムで響く。窓の外では街並みが流れ、やがて草原へ変わり、さらに岩の多い荒野へ変わった。速度はかなり出ているが思っていたよりも揺れが少なく走行音も静かだった。飲食を邪魔しないように設計されているのだろう。
最初に食べる駅弁は野菜が主役のベジタブル弁当。
ベーコンの葉にパプリカンチェリー、パキパキレタス、オレンジオニオンなど色とりどりな野菜が入った弁当だ。
ヘルシーな見た目とは裏腹に中々の満足感を得られる弁当だった。植物なのに脂の旨みと塩気があるベーコンの葉は雑穀米との相性は抜群。合間に食べるさくらんぼのように繋がったパプリカンチェリーと爽快な歯応えのパキパキレタス、そして柑橘の風味を持つオレンジオニオンのサラダは口直しとして完璧で、漬物枠のバナナきゅうりのキムチも箸休めには最適だった。
そんな野菜尽くしの弁当の次はやはり肉だろう。
酒乱牛のサーロインがメインに置かれた、酒豪諸島の食材で作成された酒豪弁当を開く。
フワリと広がる酒精の豊かな香りに思わず笑みが溢れる。
まずはメインのサーロインを一口。鼻を突き抜ける豊潤なブランデーの感覚に脳がとろける。熟成した香りとまろやかな口当たり、そして目が覚めるような強い酒精はサーロインの脂と肉の味を引き締める。
付け合わせには刻んだカルーアニンジンが入ったポテトチップツリーのマッシュポテト。ニンジンの甘みと乳成分のまったりとしたコクがマッシュポテトにベストマッチしていた。
米は食べられる酒米、
一緒に買った冷酒と共に美食を楽しんでいるといつの間にか目的地に近付いていた。
それから1駅後、洞窟の砂浜に最も近い荒野の駅で降りる。
ほろ酔いをキアリーで治し、気合いを入れる。
荒野をしばらく進むと、大口を開けた洞窟が見えた。
中から冷ややかな風が吹いている。
ここが洞窟の砂浜、フグ鯨の捕獲地か。
もっとも、時期ではない以上見ることも叶わないだろう。しかしそれでも足を運ぶ価値は大いにある。
洞窟という環境の経験値。
最深部にマーキングを施しておけば時期が来た時にいち早く捕獲できるだろう。
期待と興奮を胸に秘め、洞窟の砂浜へ踏み込んだ。