機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0083年。一年戦争という人類史上最大のポカをやらかし、地球連邦軍からケツをまくって逃げ出したジオン公国軍の残党どもは、辺境の小惑星アクシズの岩肌にしがみついて生きていた。
その極限環境のなか、オセアノン・パプ(のちに火星で『チェスター』という大層な名前を名乗るおっさんである)は、自室の安物のパイプ椅子で頭を抱えていた。目の前にあるモニターには、弱冠16歳にしてにしてジオンの聖処女だか何だかともてはやされているハマーン・カーンの顔写真が映し出されている。
「やってられっか、こんな神輿担ぎの泥舟ビジネス!」
オセアノンは誰もいない部屋で、支給品の下品な合成アルコールを喉に流し込みながら毒づいた。
現在、この岩塊アクシズの政治権力は、死んだマハラジャ・カーンの娘であるハマーンが、ミネバ・ラオ・ザビという幼女を膝に抱いてすでに権力を掌握しつつあった。ザビ家の正統な血統を守るという大義名分は美しいが、中身はただの『おしゃまな16歳によるマインドコントロール政権』である。ソーラ・システムや、圧倒的な物量に散々煮湯を飲まされてきた頑固一徹なオセアノンら旧ジオン公国軍のベテラン兵からすれば、前髪のピンク色の小娘に「ジオンの栄光のために死ね」などと指図されるのは、ノーマルスーツの股間部分のジッパーが噛んで開かなくなるくらいに不条理で耐え難い屈辱だった。
「いいか、若さというものは時に凶器になる。だが、16歳の思春期のヒステリーに付き合わされて、全宇宙の連邦軍に喧嘩を売りに行くなど正気の沙汰ではないぞ。そもそも、あのデラーズ・フリートの禿げ頭(エギーユ・デラーズ)どもを見ろ! 地球圏で『星の屑作戦』だか何だか知らんが、大義名分を絶叫しながらコロニーを落として自爆する気満々じゃないか。あんな暑苦しい狂信者どもに付き合っていたら、こちらの命がいくつあっても足りん!」
オセアノンは机を叩いた。彼が率いる一派、つまりのちの「ジオンマーズ」の精神的支柱となる予定の連中が集まる秘密の通信回線を開く。画面に映し出されるのは、ハマーンの独裁に辟易し、毎日支給される宇宙食のペーストの不味さに胃を痛めている、うだつの上がらない中堅将校たちの顔だった。
「みんな聞いてくれ。このままアクシズにいても、我々はあのピンク髪の摂政の『地球圏里帰りツアー』の特攻要員にされるだけだ。あいつは数年後、絶対に地球圏に攻め込んで、連邦が内輪揉めしている拠点を片っ端から襲っては、泥沼の三つ巴の覇権争いでも始める気だぞ。見え透いてるんだよ! 予言してもいい、あいつは自爆するタイプだ!」
画面の向こうで、一人の部下が恐る恐る手を挙げた。
「しかしオセアノン閣下。ハマーン様に反旗を翻すと言っても、我々には彼女が乗るチベ改型宇宙巡洋艦や、ガザAの生産ブロックを戦闘用へ転用するためのラインを差し押さえるほどの軍事権力がありません。今ここで『ザビ家の血統の私物化反対!』と叫んだところで、デラーズ閣下あたりの、大義だの義烈だのと言い出す脳筋エリートや、マ・クベの遺産に毒されたギャン信者の騎士道オタクに絡まれて、お古のモビルスーツで叩き潰されるのがオチです」
「バカ言え、誰が正面切って戦うと言った! 喧嘩の基本は『相手が調子に乗って前を見ている隙に、全財産を盗んでバックレる』ことだ。現在、地球圏ではデラーズ紛争という名の、旧ジオン軍の生き残りによる最後の大花火大会が開催されている。連邦軍もアクシズの主流派も、みんなそのお祭り騒ぎに夢中だ。この瞬間こそ、有給休暇を永久に取得する絶好のチャンスなのだよ!」
オセアノンの計画は単純明快だった。アクシズの資源採掘ブロックの奥深くに眠る、旧ジオン公国軍の遺産――ザク2後期型、リックドム、ゲルググMといった、まだ動くモビルスーツの予備パーツや、長距離航行が可能なパプア級補給艦、ムサイ級軽巡洋艦の数隻を、書類上の「定期メンテナンス」という名目でどさくさに紛れてハッキングし、そのままそっくり頂戴しようという泥棒作戦である。
「行き先はどこです? サイド3ですか? それとも、デラーズ閣下たちの援護に?」
別の部下が期待に満ちた目で尋ねる。やはりジオンの男としては、もう一度ソロモンやア・バオア・クーのような熱い戦場に戻りたいのだろう。
オセアノンは鼻で笑った。
「アホか! 連邦軍が内部で利権争いを始めて泥沼化して、モビルスーツのカタログスペック競争を始める修羅の国だぞ! 我々が行くのはそんな生易しい場所ではない。火星だ、火星!」
「か、火星……!? あそこは水も空気もない、ただの赤い砂漠のジャガイモ畑ですよ!?」
「だからいいんじゃないか! あんなド田舎、連邦軍の小綺麗な制服を着たエリートどもは誰も来やしない。ハマーンだって『あいつら赤い星で勝手に干からびろ』と見捨ててくれるはずだ。いいか、あそこならザビ家の正統性がどうの、ギレン総帥の思想がどうのと、面倒くさい上司の説教を聞かずに、自分たちだけの理想のガンダムお断り帝国を築けるんだ!」
数日後、アクシズのドックの一角で、未曾有の組織的泥棒劇が実行に移された。
オセアノンは「チェスター」という偽名で登録した偽造IDを使い、旧公国軍時代の暗号化プロトコルがそのまま放置されていたという、セキュリティ意識の欠片もないものだった)を書き換えた。
「おい、そこのゲルググの脚部スラスター! それも火星に持っていくからコンテナに詰めろ! ええい、ザクの頭部パーツはどうした? モノアイの予備がなければ、火星の砂嵐のなかで全員手探りで歩く羽目になるぞ!」
整備ドックは、ハマーン派の目を盗んだジオンマーズの卵たちによる、さながら夜逃げの準備のような大騒ぎになっていた。本家ジオン公国の「ジオン・ダイクンの思想の体現」という崇高な目的はどこへやら、現在の彼らの目的は「如何に効率よく、アクシズの共有財産をパクるか」に特化していた。
運の悪いことに、作業の最終局面に差し掛かったところで、ドックの警報が鳴り響いた。
「おい、誰かシステムのアラートを鳴らしやがったな!?」
オセアノンが血相を変えてオペレーターの胸ぐらをつかむ。
「あ、あの、工廠の試作ドックから、開発中だった新型戦闘用MS用の超硬スチール合金製強化フレームの在庫を根こそぎ引き抜いたのが、ハマーン様の直属の監査官にバレました! 『不審な物資の移動を感知。チェスターなる人物の身柄を拘束せよ』との命令が!」
「チッ、あのピンク頭、こういう時だけは勘が鋭いな! 全員、作業を中断して船に乗れ! カタパルトの安全ロックを強制解除しろ! 挨拶回りも有給の申請も全部パスだ!」
オセアノンは自分の愛機である、各部を雑にパテで補修したゲルググのコックピットに飛び乗った。
ムサイ級のエンジンが悲鳴を上げ、アクシズの港湾区画から強引に引き剥がされるように発進する。背後からは、アクシズの防衛部隊である旧型のリック・ドムやザクが数機、慌てて追いかけてくるのが見えた。
「オセアノン・パプ! 貴様、ザビ家の正統たるミネバ様を置いて、物資を横領してどこへ行くか!」
通信コンソールから、若手将校の正義感に満ちた怒声が響く。
オセアノンはマイクを掴むと、全力の悪ノリで言い返した。
「うるせえ! 我々はザビ家の本当の意思を継ぐ者だ! ハマーンのケツ持ちで人生を終えたくないだけだ! あばよ、お前らは地球圏でガンダムの新型にビーム・サーベルでなます切りにでもされてろ!」
メインスラスターが点火し、オセアノンらの乗る艦隊は、小惑星アクシズの重力圏を振り切った。進路は太陽系第4惑星、火星。地球圏のあらゆる政治闘争、ニュータイプの誇大妄想、そして毎度お馴染みの「白い悪魔」の恐怖から最も遠い、絶対の安全圏(と、この時は思っていた)への逃避行である。
「勝った……。ついに私は、あの息苦しい政治劇からオサラバしたぞ……!」
コックピットの中で、オセアノンは勝利を確信して高笑いを上げた。これから向かう火星が、地球圏以上の地獄の泥沼内戦の舞台になり、さらに数十年後には「オールズモビル」などという、骨董品モビルスーツのテーマパークみたいな名前の組織で地球連邦軍に最後の特攻を仕掛ける羽目になるなど、まだ誰も気づいていなかったのである。