【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0083年。
一年戦争が終わって三年。
地球連邦は勝った。ジオン公国は負けた。歴史の教科書なら、ここで一行だ。
だが実際の宇宙は、そんなに親切ではない。
皇帝が死んだからといって、帝国が消えるとは限らない。
デス・スターを吹き飛ばしたからといって、銀河帝国の残党が全員、翌朝から農業を始めるわけでもない。
ジオンも同じだった。
ア・バオア・クーでギレン・ザビは死んだ。キシリア・ザビも死んだ。ジオン公国は降伏した。
それでも、ジオンの名前を捨てられない者たちは、宇宙のあちこちに残った。
地球圏ではデラーズ・フリートが「星の屑作戦」などという、名前からしてもう悲壮感と迷惑感が同居した大作戦を進めている。
アナベル・ガトーはガンダム試作2号機を奪い、エギーユ・デラーズは旧公国の大義を胸に、連邦へ最後の一撃を食らわせる気でいた。
銀河帝国で言えば、皇帝が倒れたあとも「帝国はまだ終わっていない」と信じて、第二デス・スター建造計画に人生を賭ける人たちである。
そして、そんな帝国残党の聖地みたいな場所が、小惑星アクシズだった。
アクシズ。
木星圏から戻った資源基地であり、ジオン残党の避難所であり、同時に、旧公国軍人たちの巨大な未練置き場でもある。
そこにいる者たちは、敗北とは言わない。撤退と言う。
亡命とは言わない。再起と言う。
負け組とは言わない。選ばれし者と言う。
まあ、言い方ひとつで人間はそこそこ元気になれる生き物なのだ。
そのアクシズで、いま最も大事に扱われている人物がいた。
ミネバ・ラオ・ザビ。
ドズル・ザビの娘。
ザビ家最後の直系。
まだ幼く、玉座どころか政治も軍事も大人の陰謀も、理解するには早すぎる少女。
それなのに、彼女はすでに「旗」だった。
反乱同盟におけるレイア姫。
失われた王朝の証。
帝国残党が「自分たちはただの敗残兵ではない」と言い張るための、最後に残された血統のカード。
そして、その幼い姫の傍らに立つ少女がいた。
ハマーン・カーン。
美しい。
若い。
怖い。
この三つが、同じ顔面に同居している。
十代の少女である。普通なら、将来の進路とか、髪型とか、好きな相手の一人や二人で悩んでいてもおかしくない年齢である。
しかしハマーンは違った。
彼女はミネバを守る摂政として振る舞いながら、アクシズ全体の空気をじわじわと自分のほうへ引き寄せていた。
声を荒げない。無駄に笑わない。怒鳴らない。
ただ一言で、周囲の大人たちの背筋を伸ばさせる。
はっきり言って、ジェダイではない。
あれはダース・ベイダー側だ。
まだ黒いマスクも、呼吸音も、マントもない。だが、方向性は完全にそっちである。いまはまだ「暗黒面へようこそ」の入口に立っている段階だが、周囲の大人たちが下手に持ち上げ続ければ、何年か後には立派な暗黒卿が完成する。そんな予感しかない。
そして、その予感をいち早く察していた男がいた。
オセアノン・パプ。
この男、別に一年戦争の英雄ではない。
赤い彗星みたいに伝説のエースでもない。
ザビ家に近い名門でもない。
ギレンの演説を聞いて感動のあまり泣きながら机を叩くタイプでもない。
彼は後方の男だった。
補給を数え、燃料を数え、壊れたムサイの航路を読み、死んだ兵士の名簿を整理し、生きている兵士を次の港まで逃がす。
要するに、戦争をキラキラした英雄譚ではなく、面倒くさい現実として見てきた人間である。
ジオンの中に無理やりスターウォーズ枠を当てはめるなら、彼は騎士ではない。
ジェダイでもない。
もちろん皇帝でもない。
ハン・ソロである。
大義より航路。
忠誠より燃料。
演説より船の整備。
フォースより請求書。
ただし残念ながら、彼にはミレニアム・ファルコンがなかった。
あるのは、アクシズの片隅に回された旧式艦と、ザク、リック・ドム、ゲルググの予備部品と、どこの派閥からもそこまで信用されていない中堅将校たちだけである。
「……なあ、これ、詰んでないか?」
オセアノンは、士官区画の小部屋で、端末に映るアクシズ上層部の通達を見ながらつぶやいた。
画面には、ミネバを中心に据えた今後の体制強化。
ハマーンを軸にした軍政の整理。
地球圏の情勢分析。
デラーズ・フリートへの対応。
どれも表向きは立派だ。立派すぎる。
立派すぎる計画というのは、大抵、現場の誰かが死ぬことで成立する。
「幼い姫。暗黒卿候補の摂政。復讐に燃える騎士たち。辺境に潜む帝国残党。はい完成。どこからどう見てもスターウォーズだ。で、俺はこの話のどこで死ぬ役なんだ?」
死にたくない。
オセアノン・パプの思想は、突き詰めるとかなりシンプルだった。
ジオンが嫌いなわけではない。
ザビ家に恨みがあるわけでもない。
連邦に寝返る気もない。
ただ、アクシズの空気が危険すぎた。
このままいけば、アクシズは必ず地球圏へ戻る。
ミネバの名を掲げ、ハマーンの指揮で、旧公国軍人たちが「正統なるジオンの帰還」を叫ぶ。
そして連邦、エゥーゴ、ティターンズ、ネオ・ジオン、その他もろもろの大人たちが、ビーム・サーベルという名のライトセーバーで盛大に斬り合う。
その未来が、オセアノンにはかなりはっきり見えていた。
「俺はごめんだぞ。王女を守る騎士として死ぬとか、絵面はいいけど本人にとっては最悪だからな」
彼は秘密回線を開いた。
画面に映ったのは、補給士官、整備主任、航法士、艦長代理。
どいつもこいつも、華やかな肩書きとは無縁の男たちである。
だが、こういう連中こそ戦争では一番重要だ。
どれだけ立派な演説をしても、燃料がなければムサイは飛ばない。
どれだけジオンの魂を叫んでも、ザクのモノアイが壊れていたら敵が見えない。
「集まったな」
オセアノンが言うと、整備主任が眠そうな顔で返した。
「閣下。こんな時間に秘密回線とは、いよいよハマーン派に粛清されますか?」
「される前に逃げる」
「はい?」
「だから、逃げる」
一同が黙った。
補給士官が、おそるおそる口を開く。
「どこへです?」
オセアノンは太陽系航路図を表示した。
地球圏。
月。
サイド。
アクシズ。
そして、その外側に浮かぶ赤い点。
火星。
「ここだ」
「火星」
「そう、火星」
「いやいやいや」
航法士が思わず手を振った。
「閣下、あそこは辺境ですよ。連邦の目は薄いですが、生活環境も薄いです。空気も水も薄いです。夢と希望もたぶん薄いです」
「わかっている」
「タトゥイーンみたいに、砂漠の酒場で密輸屋が一杯やっているような都合のいい星じゃありませんよ?」
「だからいいんだ」
オセアノンは真顔で言った。
「都合のいい場所には必ず権力者が来る。権力者が来ると玉座ができる。玉座ができると騎士が集まる。騎士が集まると、大義のために死ねと言われる。火星には、まだ玉座がない」
その言葉に、全員が少しだけ黙った。
アクシズには、もう玉座がある。
座らされているのは幼いミネバ。
その隣に立つのはハマーン。
周りを固めるのは、ジオンの再興を信じる騎士気取りの大人たち。
スターウォーズとしては完璧だ。
だが、完璧な物語というのは、登場人物にとってだいたい迷惑である。
「しかし、ジオンを捨てることになりませんか」
補給士官が言った。
オセアノンは首を振った。
「捨てない。分ける」
「分ける?」
「ジオンという名前を、アクシズだけのものにしない。ギレンだけのものにも、デラーズだけのものにも、ハマーンだけのものにもさせない。もしジオンが本当に宇宙に生きる者の独立を意味するなら、火星にだってジオンはあっていい」
「それ、ハマーン派に聞かれたら反逆扱いですよ」
「聞かれたらな」
「デラーズ派に聞かれたら臆病者扱いです」
「好きに言わせろ」
「連邦に見つかったら普通に撃たれます」
「それはいつものことだ」
整備主任が腕を組んでうなった。
「つまり、全方面から嫌われると」
「ハン・ソロもだいたい最初はそんな感じだったろ」
「閣下、ハン・ソロは最後には仲間に恵まれますが、我々にはチューバッカがいません」
「ガルシアがいる」
「ガルシアは無口でデカいだけです」
「十分だ」
絶妙に納得しづらい空気のまま、計画は始まった。
やることは単純だ。
アクシズの補給台帳を書き換える。
廃棄予定の部品を火星方面長期調査資材にする。
ムサイ級とパプア級に建設資材と生命維持装置を積む。
ザク、リック・ドム、ゲルググの予備部品は、表向きには作業機械用部材として登録する。
要するに、デス・スターの設計図を盗む反乱軍みたいなことを、もっと地味に、もっと事務的にやるのである。
派手な銃撃戦はない。
ライトセーバー戦もない。
あるのは、偽造された搬出許可と、誰も読みたがらない補給書類と、あと少しの度胸。
「作戦名はどうします?」
航法士が聞いた。
「作戦名?」
「こういうのには名前が必要でしょう。反乱同盟だって、何かしら作戦名つけるじゃないですか」
「じゃあ、夜逃げ作戦」
「それは士気が下がります」
「では、火星長期調査計画」
「急に役所っぽい」
「役所っぽいほうがバレにくい」
全員、妙に納得した。
オセアノンは偽名として「チェスター」を使った。
深い意味はない。
旧公国軍の名簿に紛れやすく、発音しやすく、そこそこ偉そうで、かつ本人に似合わない名前だったからだ。
この時点では、ただの偽名である。
だが、偽名というものは怖い。
長く使うと、本名より本物っぽくなる。
ベン・ケノービがオビ=ワンであったように、チェスターもまた、のちに火星で別の重みを持つことになる。
もっとも、この時のオセアノンはそんな未来など知らない。
出航の日。
アクシズのドックは、妙にざわついていた。
地球圏からは、デラーズ紛争の報が次々に入ってくる。
トリントン基地。
ガンダム試作2号機。
アナベル・ガトー。
核弾頭。
星の屑作戦。
若い兵士たちは、それを「遠くの戦争」としてではなく、「自分たちの出番が近づいている合図」として聞いていた。
オセアノンには、それが一番怖かった。
帝国残党は、敗北を認めるより、新しいデス・スターを欲しがる。
ジオンも同じだ。
「全艦、出航準備」
「アクシズ管制より照会。積載リストに未承認項目あり」
通信士の声が少し上ずった。
「バレました」
「思ったより遅かったな」
「どうします?」
「答えるな。隔壁が閉じる前に出る」
警報が鳴った。
赤い警告灯がドックを染める。
追撃用のモビルスーツ隊が射出準備に入る。
アクシズの管制から、正式命令が飛んできた。
「ミネバ・ラオ・ザビ様の名において、即時停止せよ」
ブリッジが一瞬、静まり返った。
ミネバの名前は重い。
単なる幼い少女の名前ではない。
それは王女の名であり、失われた帝国の証であり、ジオン残党たちの心をつなぎ止める最後の糸だった。
レイア姫の名が反乱を束ねるように。
ミネバの名は、アクシズの帝国残党を束ねる。
オセアノンは、少しだけ黙った。
彼はミネバを嫌っていない。むしろ同情している。
幼すぎる王女。
若すぎる暗黒卿。
復讐に酔う騎士たち。
失われた皇帝の影。
あまりにも物語として整いすぎている。
だからこそ、彼はその物語から降りたかった。
「返信しろ」
「内容は?」
「我々はミネバ様に背くものではない。我々は、ミネバ様を次のデス・スターの炉心に変えようとする者たちから離れる」
通信士が顔を引きつらせた。
「閣下、それ、だいぶ喧嘩売ってます」
「なら少し柔らかくしろ」
「どう柔らかくします?」
「最後に、航路の安全を祈る、と付けろ」
「柔らかいですか、それ」
「外交文書なんてだいたいそんなものだ」
送信。
直後、ムサイ級の主機が点火した。
パプア級輸送艦が重い船体を震わせる。
旧式艦の外板がきしみ、配管が唸り、ドックの拘束具が外れる。
船は動いた。
背後から追撃のモノアイが迫る。
ザク、リック・ドム、ゲルググ。
TIEファイターほどスマートではない。だが、暗い宇宙に並ぶ単眼の光は、帝国残党の追撃機としては十分すぎるほど不吉だった。
「オセアノン、戻れ」
若い将校の声が通信に割り込んだ。
「今なら、まだハマーン様も処分を軽くされる」
「ずいぶん寛大な暗黒卿だな」
「ふざけるな。貴様はザビ家を裏切るのか」
「違う」
オセアノンはゲルググを反転させ、追撃隊の前に出た。
「ザビ家の名を、一つの玉座に閉じ込めたくないだけだ」
「詭弁だ」
「帝国から見れば、反乱同盟はいつだって詭弁だ」
彼は引き金を引いた。
撃墜するためではない。
進路を塞ぐための牽制射撃だった。
ビームが闇を裂き、追撃隊が散開する。
同じ軍服。
同じ敗北。
同じジオン。
撃つ側にも、ほんの少しの迷いがあった。
その数秒で十分だった。
「全艦、火星航路へ乗れ!」
船団が加速する。
アクシズが遠ざかる。
そこには、幼い王女が残る。
その傍らには、黒衣の摂政が残る。
周囲には、失われた帝国の帰還を信じる騎士たちが残る。
いずれ彼らは、ネオ・ジオンを名乗って地球圏へ戻る。
ハマーン・カーンはミネバを掲げ、疲弊した宇宙に巨大な影を落とす。
デラーズ・フリートは星の屑とともに燃え、連邦は混乱の中からティターンズという黒い鎧を生み出す。
そして火星には、別のジオンが根を下ろす。
まだ国家ではない。
まだ軍と呼ぶにも頼りない。
ただの亡命船団であり、逃亡者たちの寄せ集めだ。
だが、神話はいつも一隻の船から始まる。
ミレニアム・ファルコンが銀河の運命を変えたように。
デス・スターの設計図を載せた小さな船が帝国を揺るがしたように。
アクシズを離れたこの旧式船団もまた、宇宙世紀の片隅に、後の火星独立ジオンへ続く赤い線を引こうとしていた。
もちろん、オセアノンはそんな未来を知らない。
自分がいつかチェスターと呼ばれることも。
火星が新しいタトゥイーンではなく、別の帝国と別の反乱がぶつかる赤い戦場になることも。
さらに後年、オールズモビルという名の亡霊たちが、火星独立ジオンの名で再び地球圏へ牙を向くことも。
何も知らない。
ただ彼は、遠ざかるアクシズの光を見送った。
「ミネバ姫には悪いが」
オセアノンは小さくつぶやいた。
「俺は王女を守る騎士には向いてない。密輸屋か、逃亡者か、せいぜい砂漠の星のならず者だ」
前方には火星。
赤く、遠く、何も約束してくれない星。
玉座のない星。
皇帝のいない星。
ジェダイもシスも、まだ名乗る者のいない星。
そして、ジオンという亡霊が、新しい名を探す星。
船団は進む。
アクシズの神殿から、火星の砂漠へ。
一つのジオンから、もう一つのジオンへ。
帝国残党の物語から、辺境で生き延びる者たちの物語へ。
フォースが彼に囁いたわけではない。
ただ、生き延びた者だけが、次の歴史を書く。